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驚いたぼくは何も言えずに、少しの間彼女と見詰め合う。だけどすぐに彼女は拳をぶんぶん振り上げて

 

「女は黙って愛されたい! 女は黙って愛されたい!」

 

と言って、また大きな瞳でぼくをじっと見る。

 

その表情は何か言葉を待っているようだった。

 

「え……っと、お、男だって愛されたいよ……?」

 

恐る恐るぼくは、その目に応じてみる。

 

すると彼女は「正解〜っ!」と言って、箱の上からぴょんと降りると「えへへー」と笑ってぼくを見上げた。背が低かった。小学5年生という感じだ。けれど顔付きは、10代にも見えたし、20代前半くらいにも見えた。頭にはリボンを幾つも着けている。

 

「何しに来たの?」

 

彼女はぺらぺらの声で言う。

 

「うーんと、お願いごとって言うの?」「あー」「だから、お賽銭、入れようと思って」

 

「あーなる」

 

あなると言ったことをツッコんでいいのか、でも言葉の上とはいえアナルにツッコむのってどうなのとぼくが逡巡したのも束の間、彼女は言葉を続ける。

 

「うち、そういうのやってないからね」

 

「えっ。何で?」

 

あーなる。ぼくは彼女の口振りから、ここの巫女さんなのか、と勝手に結論付ける。

 

「これ、見た?」

 

彼女は自分の背後にある、三つの木箱を指した。

 

よく見ると、箱にはそれぞれ

 

【疑うこと】【赦すこと】【愛すること】

 

と書いてあった。

 

「うちが集めてるのは、お賽銭じゃなくてこれ」

 

女の子は口角を上げて言う。

 

「どういうこと?」


「紙に書いて、この箱に入れるのよ。それでおしまい」

 

彼女はにこにこ笑顔でぼくを見詰めた。

 

「まだ判んない?」「うん」「疑うことと、赦すこと、それから愛することって生きるために必要なことなの」「うん」「でもね、そんなの人間が一人で全部やると大変でしょ?」「まぁそうかも……」「そうだよ。だって人間はすぐ死んじゃうのに、することが沢山あるんだからっ。おいしいご飯を食べたり、歌ったり踊ったり、ねっ?」

 

ぼくは黙る。そういえば柚佳も同じようなことを言っていた。

 

「疑うことも赦すことも愛することも、全部自分で背負い込むと、物凄い時間とエネルギーがかかるじゃん? こういうのって、本来は神様のお仕事なんだよっ」

 

赤い着物の裾を翻して、少女は彼女の背にある箱の裏から紙とペンを取り出した。

 

「今の人はね、みんな自分でなんとかしようとしすぎ。だからすぐ疲れちゃうんだよ。そんなの全部神様に任せて、楽しいことだけすればいいのに」

 

少女は「はい」とぼくに、紙とペンを渡すと「任せたいことを書いて、あとは神様に頼めば良いから」と言う。

 

「うーんそうだね」

 

ぼくは箱に書かれた文字を見る。疑うこと、赦すこと、愛すること……。それはぼくが囚われている事だ。

 

「でも、急に言われても難しいね」「そお? じゃあ何で泣いてたの?」「……見てた?」「聞こえた」「そっか」「何で泣いてたの?」「うーん……。トラウマってやつだよ」「何? トラウマって」「心の傷的な……」「じゃなくて、キミのトラウマの話!」「あー。……付き合ってた子がいたんだけど」「振られた」「違う。一応ぼくが振った」「じゃあなんでトラウマなの?」「二股掛けられてたんだよ」「あー」「しかもぼくが浮気相手の方」「それは別れて正解」

 

「……そうなんだけどね」

 

ぼくは俯く。彼女の小さな足と真っ赤なペディキュアが目に入った。


「ぼくはきっと上手く愛せなかったんだ。本当に好きだったし、大事だったから、ちゃんと愛したかったんだけど、ぼくの気持ちは何も届かなかったんだ」

 

「うーん。しょーがないよ。その子と合わなかっただけだよ」「そうなのかな」「そうだよ」「でも……」「それだけのことだよ」「うん……」正論だ。ぐうの音も出ない。だけど正しさはぼくを救わない。苛んでばかりだ。

 

「分かってるけど、悲しいんだよ。ぼくなりにちゃんと愛していたのに……。好きだったのに。あの子だけじゃなくて、あの子の前の子も、前の前の子も。結局ぼくは、誰にも愛されたことがないんだよ。ぼくが悪いんだよ。こんなぼくじゃ。上手くやれないんだもん。下手くそなんだもん。ぼくなんて底へ」「はいストップ!」彼女の手がぼくの口を塞いだ。冷ややかな感触が、火照った顔に気持ち良い。

 

「キミはきっと、自分に期待しすぎてんだよ。だから、上手くやれなかった自分が許せないんじゃない? 楽しい未来を作れなかった自分のことが憎いんだよ」

 

風が吹いて雲が流れる。月明かりが気まぐれに影を作った。

 

「だからさ、そーやって自分を責めても何もラクにならないよ。別に責めることないんだから。キミが下手とか悪いとかじゃなくて、ただあの子と合わなかったってだけのことなんだから」

 

彼女の目を見ていると、少しラクになれそうな気がして来る。

 

「でもさ、責めちゃう気持ちも分かるけどね。まー、それだけ自分のことを信じてるってことだもんね」

 

彼女はやっと、ぼくの口から手を離した。

 

「ぼくね、考えたんだ。よく言うよね? 『自分を愛せない人は、他人のことも愛せない』って。つまり、ぼくは自分を愛していないから、あの子たちをちゃんと愛せてなかったのかなって」

 

「うーんそうだね。半分正解。キミはキミなりにちゃんと彼女たちを愛してたんだと思うよ。でもさ、キミに愛されてないキミは、きっとあの子たちには魅力的に見えなかったんだよ」

 

「……ぼくは自分のことが可愛いけれど、やっぱり自分のことが許せなくて、愛したいけど本当の所溜まらなく憎たらしいんだ」

 

「キミが自分のことを許してなくても、神様は許してるよ」

 

少女が笑った。

 

「だって、もし許してなかったら、すぐに消しちゃうよ。神様の手に掛かったら、人間なんて一瞬で消えるんだから」

 

遠くでカラスが鳴いている。

 

「あ、いけない。もうすぐ夜が明ける。ねぇ、いいからもう、とっととこの紙に、疑ってることと、赦したいことと、愛したいことを書いて入れて行きなよ」

 

彼女がぼくに詰め寄った。


その顔を視ていると、ぼくはどうしても書かなくちゃいけないって気になってくる。

 

「うん、わかったよ……」

 

木箱の上に紙を置いて、ぼくは一枚ずつそれぞれ、思っていることを書いた。

 

疑っていることは、未来の幸せ。

 

赦したいことは、過去の自分。

 

愛したいことは、自分自身。

 

ぼくが書いた紙を眺めると少女は満足そうに何度も頷いた。

 

「いいねいいね。こんな重たいこと、自分だけで背負い込むと潰れて当たり前だよ。こんなの全部、神様に丸投げしちゃえばいいんだから。だって、そのために神様っているんだよ」

 

少女はにっこり笑う

 

いつの間にか、声からヘリウムっぽさがなくなって、ふつーの可愛らしい声になっていた。

 

ぼくは自分の手で、紙をそれぞれ「疑うこと」「赦すこと」「愛すること」の箱に入れる。

 

「ありがと。何か元気出た。かも」

 

瞼はまだ熱を帯びていたけれど、徐々に冷めて行く。

 

「そんじゃ、もう帰れ」

 

 彼女が笑いながら云う。

 

「分かった。帰る」

 

「おやすみっ」

 

 木箱の前で手を振る彼女に、ぼくも手を振って別れを告げた。

 

 そういえば、ガスの抜けた声は、柚佳に似ていた。

 

 けれどそれが何だろう。

 

 あの子はあの子で、柚佳は柚佳だ。

 

 翌朝起きたら瞼が重くて、鏡を見たら憔悴しきった顔をしていた。

 

 心の中はスッキリしたものだというのに。

 

 仕事に行くと、事務の佐倉ちゃんに「風邪ですか? 大丈夫ですか?」と割と本気で心配そうな顔をされてしまって、こんなどうでもいいことで心配を掛けてしまうぼくは本当にかっこわるいし、申し訳ない。

 

 でもそうじゃなくて、佐倉ちゃんはぼくを心配するに値する人間だって言う事を、伝えてくれているわけで、だからもうぼくは自分を卑下する必要なんてない。

 

 そして、そういうのは佐倉ちゃんに限ったことじゃなく、休憩に誘ってくれる同僚や、コンビ二で手を握っておつりをくれる女の子、それからインスタでいつも♡をくれる人たちとか。

 

 ぼくを赦してくれている人は沢山いて、ぼくがぼくを赦さなくたって、ぼくは赦されてるんだなってことを感じてる。

 


 翌朝起きたら瞼が重くて、鏡を見たら憔悴しきった顔をしていた。


 心の中はスッキリしたものだというのに。

 

 仕事に行くと、事務の佐倉ちゃんに「風邪ですか? 大丈夫ですか?」と割と本気で心配そうな顔をされてしまって、こんなどうでもいいことで心配を掛けてしまうぼくは本当にかっこわるいし、申し訳ない。

 

 でもそうじゃなくて、佐倉ちゃんはぼくを心配するに値する人間だって言う事を、伝えてくれているわけで、だからもうぼくは自分を卑下する必要なんてない。

 

 そして、そういうのは佐倉ちゃんに限ったことじゃなく、休憩に誘ってくれる同僚や、コンビ二で手を握っておつりをくれる女の子、それからインスタでいつも♡をくれる人たちとか。

 

 ぼくを赦してくれている人は沢山いて、ぼくがぼくを赦さなくたって、ぼくは赦されてるんだなってことを感じてる。

 

  誰かの恋愛話を聞いても、街で高校生のカップルを見ても、ぼくは何とも思わなくなった。

 

 自分と彼らを比べなくなった。

 

 それはきっと、ぼくが過去の自分を赦せるようになったからなんだと思う。

 

 柚佳のことを思い出すと、やっぱり少し切なくなるけど、もう悲しくはない。

 

 そうして気持ちが軽くなったのは、あの神社でお願いしたことが関係あるのかどうか分からないけど、少なくともあの日以来、ラクになったのは事実だから、ぼくはお礼参りに行こうと、すっかり春めいた日曜日、街をぶらぶら歩いてみる。

 

 北口の雑貨屋を右に曲がって……そこからはマイナーな路地を曲がりに曲がったことしか覚えてないから、手当たり次第、しらみつぶしで路地を行く。

 

 けれど、神社なんてどこにもなかった。

 

 酔っ払って夢を見たのか。それとも、記憶違いなのか。

 

 一日中探しても、ぼくは神社を見付けることが出来なかった。

 

 まあいいか。あれが何だったとしても。

 

 街を彷徨っている間、ぼくは何人か金髪おかっぱ頭の女の子を見かけるけれど、みんな彼女とは似てもにつかない顔立ちをしていた。

 

 あの日、ぼくは出会うべくして出会ったような気がする。

 

 神社にも、彼女にも。

 

 だからきっと出会わなくちゃいけない時が来たら、ぼくはまた、あの神社にも彼女にも出会えると思う。

 

 だってしょうがないだろう。自分の記憶を責めたって。それに、そういうのって、すべてを自分でコントロールしようとするみたいでおこがましい。頑張ってもダメなことは、ぼくは何だって神様にぶん投げるよ。

 

 またいつか、あの子にも会えますよーに。

 

 暮れかけた空に、ぼくは祈りを捧げる。

 

 

 

● おしまい ●

 

街のイメージは下北沢です。

 

 



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