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序文

      *     *     *

 

 「あい」という小娘が、ふらりと江戸へ遊びに行っては、町医師柏木周庵先生と、

その愉快な仲間達のもとで、気儘に好き勝手をする話。

 タイムスリップでは、ない。

 魂だけが、ふいっと遊びに行って、実体を持って動き回るような――

 いや、もう、そんなSFじみた設定なんぞは、どうでもいいのです。

 とにかく、あいはその気になれば、いつだって遊びに行けるのだし、江戸にいる間

は小娘になれるのさ。

 

     *     *     *

 

 ――というような感じで、これも、かつてパソコン通信(死語?)とかホームペー

ジに、とりとめもなく掲載していた駄文でしたが、再録ではなく、全面的に書き直し

ます。

 今読み返したら恥ずかしくて、とても人様にはお見せできない;

 もっとも、今書いている物も、しばらくしたら、とても見せられないと思うように

なるのでしょうが;;;

 

 第一巻は、なんで今さら急に再び書き始める事になったのかという発端と、本邦初

公開、そもそものはじまりの物語。あいと周庵先生が出会う話で、江戸三大大火の一

つ、文化の大火の渦中のお話です。 

 

 

 

※今回は特に、少々、時代が行ったり来たりしますので、タイトルの年号をお見逃し

無きよう。

 ちなみに、文化三年は西暦1806年、天保五年は西暦1834年です。

 もともとの「江戸へ行こう」は、文化三年から文政四年(1821年)の間に書か

れました。それから、天保五年までの間はご無沙汰だった、ということ。

 また、平成二十六年に対応する江戸の時代が、天保五年ですよ、ということ。

 十二支十干を見て頂くと、分かりやすい。

 いや、もっと簡単に言えば、きっかり180年前。

 ただし今後は、天保六年(今年)より先には時代を進めないつもりです。

 先生が、年取り過ぎちゃいますんでねぇ(いや、既に!)

 あいも、年取りたくないし(笑)

 もっとも、そもそも、往時の話が主となる予定ですが。

 ――設定としては、こんなところでしょうか。


平成二十六年 九月二十日 発端

 

 

 

 

 

 彼岸の入りのその日、私は、突然倒れた――

 

 

 

 

 

     ◆     ◆     ◆

 

 長い間、江戸へは行かなかった。

 どうしてかと言われたら、よく、分らない。

 けれど、こっちでの私は、既に小娘ではなかったし、亭主も持った。

 もう、独りぼっちでは、なかったからなのかも知れない。

 

 ほら、幼い女の子には、よくいるでしょう?

 自分だけの『お友達』を持っている子。

 やがて大人になるにつれ、すっかりと忘れ去ってしまったりもする。

 

 

 私も、いつしか周庵先生のことを、忘れるともなく忘れていた。

 

 

 

 だけど、その日――


天保五年 秋の彼岸 再会

 ふと、気が付いたら、江戸にいた。

 江戸でのあたしは、相も変わらず、ちんちくりんの小娘だ。

 もちろん抜かりなく、ちゃんと土産に一升、ぶら下げている。

 酒無しじゃあ、先生のところは、訪ねられないからね。

 また、火事があったのだろう。江戸の町並みは随分と様変わりしていたけれど、先

生はおおむね元の――神田の町に住んでいた。

 もちろん、どこへ家移りしようと、先生の居所は、あたしにはちゃあんとわかるの

だけれどね。

 

 あたしは、何事もなかったかのような顔をして、先生の前に立った。

 十何年も無沙汰をしたことなど、おくびにも出さずにさ。

 だけどやっぱり、なんだかちょっと、気恥ずかしかった。

 先生は、ちょっと目を瞠いて、

「ちっとも、変わらないんだな」

 と言った。

 余計なことをごちゃごちゃ聞かないところが、先生のいいところさ。

 実はずうっと先の未来から来たんだよって言おうが、本当は狐が化けているのさっ

て言おうが、「ふうん」と言ってにこにこ笑っているような、大物なんだか馬鹿なん

だか、よく分からないような人なんだ。

 

 それにしても――

 先生だって、まるで変わっていないように見えた。

 刻の流れがこっちと同じだったとしたら、もう八十を過ぎているだろうに、半白

だった髪が、真っ白に近くなっていたくらいで、足も腰もしゃんとしていたし、声に

は張りがあった。

「しかし、この辺りは、随分変わったろう?」

 この春に、また火事で焼けたのだよ、と言った。

 だから、こんな貧乏長屋も、木の香が新しい。

 そういえば……と、先生は、懐かしげに目を細めた。

「お前さんと、はじめて会ったのも、火事の時だったな――」


文化三年 三月四日 大火

 お雛祭りの翌日のその日、江戸の町には不吉な強風が吹き荒れていた。

 炎蛇は西南の風に乗って空を飛び、紅蓮の炎が江戸の町をなめ尽くす。

 はじめ一つだった半鐘が、やがて三つに変わったと思う間もなく、たちまちけたた

ましい擦り半となって、人々が右往左往する中を、あたしは、まるで実体のないもの

のように、ふらふらとさまよっていた。

 もはや、火消しの鳶たちも、為す術がない。

 堀も火除地も、何の役にも立たなかった。

 大店の二階家が、がらがらと崩れ落ちるのを、あたしは呆然と眺める。

 もし、あたしが今、この下敷きになったなら、『本当の私』は、一体どうなるのだ

ろう……

 そんなことを、ぼんやりと考えていた。

 

「危ない!」

 鋭い声が飛び、ぐいと腕を引っ張られて、よろめいた。

「馬鹿。何をしているんだ。こっちへ来い」

 途端に、さっきまであたしが立っていた辺りに、どおんと太い柱が倒れてきて、火

の粉をまき散らした。

(――熱い)

 確かに、熱かった。

 はだしの足は、どこかで切ったかして痛かったし、血が流れてもいた。

 全ての感覚が、現実味を帯びてきて、そこは、本当の地獄絵図だと分かった。

 逃げ惑う人々の悲鳴、怒号。

 そして、胸が悪くなるようなこの臭いは――人が、焼ける臭いだ。

 また、別のところで火柱が上がり、誰かが絶叫する。

「見るんじゃない。来なさい」

 その人に手をひかれるまま、あたしは、燃えさかる炎をくぐり抜け、ひたすら走っ

た。


文化三年 三月五日 鎮火

~柏木周庵によって語られた話~

 

 冷たい雨が、半日燃え続けた炎を漸く鎮めた。

 どこをどう逃れてきたのか、まるで覚えていない。

 気が付けば、どこだかよく分からないが、辛うじて奇跡的に焼け残ったらしい、小

さな稲荷の祠の前に、一人ぼんやりと佇んでいた。

 混乱の中で、一人の少女を助けた。

 辺りを見回したが、どこにもいない。

 手を離したつもりはなかったが――

 いや、最前までは一緒にいたような気もしたが、いつの間にか消えていたのだ。

 無事であればよいが、と思った。

 もっとも、助けたのだか、助けられたのだか、分かったものではない。

 火事は、苦手だった。

 もちろん、半鐘が鳴るやいなや、わざわざ火事場見物に飛び出していくような輩だ

とて、自身が焼け出されて火の手に追われるのを好む者など、いるはずもなかったが、

幼時の記憶というのは格別のものらしく、赤々と燃え上がる炎を見ると足がすくむの

は、如何ともし難い。

 少女を助けなければという思いが、体を動かしたのだとも言える。

 まあ、幼子ではない。少なくとも十二、三にはなっていただろうから、後はどうと

でも出来るに違いなかった。

 わたしは、稲荷に手を合わせると、焼け野原を大まかな見当で、歩き始めた。

 

「先生! ご無事で何よりだ。心配しやしたぜ」

 御用聞きの万蔵が駆け寄って来て、愁眉を開いた顔をした。

 小柄で、ずんぐりとした体型をしているが、さすがと言うべきか、動きは敏捷だ。

「いってえ、どこへ行っていなすったので?」

「日本橋の方だよ。ちっとばかり、呼ばれてな」

「そりゃあ、運が悪かったね。大人しく家にいりゃあ――往診で?」

「いや、そういうわけじゃ、ないんだが」

 日本橋の大店が、わたしのような藪医者を往診になど呼ぶわけがない。

 声がかかるのは、大体において、もっと俗なことだ。

 もちろん、親しくしているとは言え、仮にもお上の手先に、わざわざ語って聞かせ

るようなことではない。

 もっとも、こうなってはもはや、どうでもいいことに違いなかったが。

「いやね、神田一帯も焼け野原には違えねえ。先生んとこの長屋も丸焼けでさ。だけ

ど、それこそ日本橋の辺りにまで火がかかった時分には、もうこいつはいけねえと分

かったから、すぐさまみんなして川向こうへ避難しやしてね」

 炎の中を逃げ惑うような目には、遭わずに済んだらしい。

 長屋の者は、怪我一つ無く、全員無事だという。

 しかし、寺には怪我人も集まってきているから、助()けて欲しいと言った。

 もちろん、否やはない。

 

 肩を並べて歩みながら、ふと最前の少女の話をした。

 万蔵は、「黙っていなくなるたあ、礼儀知らずなあまっちょだ」などと勝手に憤っ

たりしていたが、稲荷の祠のくだりで、妙な顔をした。

「先生――そいつあいけねえ。日本橋の辺りは丸焼けで、何一つ残っちゃいやしませ

んぜ。万一、お話しみてえにお稲荷さんがぽつんと焼け残っていたりした日にゃあ、

みんな有り難がって、大評判になっているに違えねえんだ。お狐様に、化かされなす

ったか」

「もしそうなら、化かされたというよりは、助けられたと言うべきだろうよ」

 そしてもちろん、どこをどう通ったか分からぬくらいに、随分と歩いたのだ。

 あそこは、日本橋ではない。

 しかし――

 ならばどこだったのかと思い返しても、どうも皆目分からない。

 そしてその後も、江戸中のどこからも、稲荷が一つだけ焼失を免れた、などと言う

噂は、聞こえてこなかった。



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