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龍神の行方

「中野、お前、今度安い酒を俺のお客にだしたらクビだぞ」

「社長、今、会社が大変な時ですので、経費節減をお願いします」

「バカ言え、そんなんだから、相手に足元見られるんだよ」

「……」

 

 シマ・リゾート・グループの島社長は、今、会社が倒産の危機に瀕しているのがわかっているのか。わかっていてあえて、強がりを演じているのか。

 島は、俺の父親の会社を汚い手を使って強引に乗っ取り、そのために父親は自殺。島は、世間体を気にしてか、息子の俺を自分の会社に社長秘書として雇い入れた。しかし実態は単なる社長の使いっぱしりだった。

 

 今夜も、九時からVIPルームでどんちゃん騒ぎだ。いい気なもんだ。

 ふと、視野に下田(しただ)の姿が入った。ここの自慢の流れるプールの清掃担当の派遣社員だ。

「この前は、酒が飲めないお前に、愚痴を聞かせて悪かったな」

 数日前、酒宴が終わって、後片付けを下田に手伝わせた時に、酔いにまかせ、愚痴った相手だった。親父のことや、会社のことなど話した後、殺したいとも言ったような気がする。

「中野さん、一つの魔法しか使えない魔法使いは、手品師以下だよね。でも……」

「お前、何言ってんだ。なんか悪いこと言ったか」

「別に、何でもないです。プールサイドの清掃があるので失礼します」

 今日は、月一回のプールの休業日で、デッキブラシを持った下田の後ろ姿を目で追う。時計を見ると、まもなく夕方五時だった。

「もうすぐ日が沈むぞ。早く片付けてくれ。でも、いい加減な作業だとプールの監視カメラでばれてクビを切られるぞ。ウチの社長はそういうところ細いから」

 

 予定通り九時から、社長主宰の酒宴が始まった。今日のお客は、銀行のお偉いさん。融資の審査で来ているのに、酒を飲ませて接待すればなんとかなると社長は考えているようだ。宴が始まり、ようやく融資の話が出かけたというのに、

「あっ、こんな時間だ。私は自分の健康管理にはうるさい方で、夜中の一時には誰もいないプールでトレーニングすることにしているんですよ。融資の詳しい話は、ここにいる中野にお願いします。それじゃ」

 社長は、銀行に頭を下げるのも嫌いだし、喉から手の出るくらいほしい融資も、その気配さえ見せないことが、融資を引き出す秘訣だと勘違いしているようだ。交渉はすべて、俺がやってきた。

 明け方まで、お客の接待やら後片付けを他の職員として、明け方六時になり、少しは仮眠しようとホテルの裏にある従業員用の宿泊スペースに向かった。銀行の融資については決着がつかなかった。

 島社長が亡くなって、あなたが社長になれば、いくらでも融資しますがねえ。という言葉が、睡魔と共に蘇ってくる。

「中野さん、しゃ、社長が」

 従業員の一人の電話で眠りの入り口で呼び戻された。

「島社長が、プールで死んでいます」

 

 警察が、監視カメラを確認した。ここのプールは、複数のカメラが、年中無休^24^時間、死角なく監視している。これは、島社長の職員管理の面が大きいが、公には、万全な安全対策のためということになっている。さっそく、社長がブールに入ってからのすべての映像が確認された。

 夜中の二時過ぎに、カメラはプールの中に引きずり込まれるかのように沈んでいく社長の姿を記録していた。警察は、心臓発作か、痙攣で事故死したと判断した。なぜなら、前後四時間のすべてのカメラの記録には、誰も映っていなかったし、潜水の道具をプールの近くに運び込んだ様子もなかった。

 警察が帰った後、気になることがあり、一人で、ある地点の監視カメラの映像を確認してみた。それは、昨日の午後五時半前後のカメラBと明け方の五時半前後のカメラFだ。なぜなら、下田と飲んだ時に、監視カメラのことを話したことだけはしっかりと覚えていたからだ。

「うちの監視カメラシステムは、完璧なんだが、この時期どうしても、一瞬夕日がカメラに映り込んで、画面が真っ白になる一台と、同じように朝日が映り込んで真っ白になる一台がある。ホワイトアウトして画面に何も映らないのは、ほんの一分ぐらいだがな」

 

 思った通り、カメラBは、ホワイトアウトする前にだけ、そして、カメラFには、ホワイトアウトの直後のみ、人影が映っていた。警察は、時間帯もずれているし、単なる作業員としか、考えていないのだろう。しかし、俺には、はっきりとそれが下田であることがわかった。

 人の気配がして、振り返ったら、その下田だった。心臓が止まるかと思った。

 

「この前飲んだ時に、中野さんにお話ししたこと、覚えていますか。僕は、龍神の子孫で、その証拠は、たった一つの能力。その能力で、中野さんの望みを叶えて差し上げることにしたんです。派遣社員の僕に優しくしてくれたから」

「お前、あれは冗談じゃなかったのか」

「今回は、あなたから重要なヒントを頂いたので、簡単に仕事ができました」

「夕日でホワイトアウトする監視カメラの前で水面に入り、朝日でホワイトアウトするカメラの前で水面からでる。そんな長い時間、プールの底でじっとしている。そんなことができるのは……」

 もう一つ、飲んだ席で、下田が言った言葉が蘇ってきた。

「僕の龍神の子孫としての証拠は、永遠に水の中に潜っていれること。祖先から引き継いだ、たった一つの魔法の能力」

 俺は、バカにして相手にしなかったが、その力がなければ、今回のことは不可能だ。

「間違っても、『河童』とか、言わないで下さい。祖先を悪く言う人は、水辺に近づく時は注意したほうがいい」

 下田は、ニヤリとし、デッキブラシを持って、立ち去った。その後、俺の前に二度と姿を現さなかった。


この本の内容は以上です。


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