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  いつものように、こたつの中で目がさめた勇治は、玄関ドアに顔を向けた。

  毎朝、時計よりも先に郵便受けを見る習慣だ。

  二つの新聞が窮屈そうに押し込めてある。それを確認すると、かけ声と同時に、勢いよく上半身を起こした。

 このボロアパートに住み出したのは、民子と離婚した五年も前のことだが、仮住まいの要素が多分にあった。

 六畳一間は、傷だらけの土壁にすっかり色あせたカーテン、万年床のこたつ、片隅に新聞紙や週刊誌が乱雑に積んである。

  その様からわかるように、雨や雪をしのげるためだけの空間でしかなかった。

  三十五歳の健康体独身男性にしては、何ともわびしさが漂う。

  勇治は畳にころがっている置き時計を見た。七時を過ぎたばかりだった。

  ゆっくりとたばこをくわえ、ライターを捜した。

  こたつの上は、紙パックの日本酒やコップ、食べ残しの手巻寿司、ビールの空き缶などで埋まっている。

  それらをずらして探ってみたが、ライターは見当たらなかった。

「ないか……」

 ぼそっと声を出す。

   何気なく、つぶやいてしまう癖は、民子と暮らしていた時はなかった。無意識に孤独を励ましているのかもしれない。

   勇治はおもむろに立ち上がり、玄関脇の流し台へ寄った。

   ガスコンロでタバコの火をつけ、大きく吸い込む。一日のうちに一番おいしいと思う時だった。

 タバコを口にくわえ、郵便受けから二つの新聞を無理やり引っ張った。

「ちぇ、破れやがった」 

 金曜日は一週間のうちで一番チラシが多い。そのために新聞は大きくふくれていた。といっても、年々その枚数は減っている。

  しかも、テレビやパソコンで情報を得られるだけに、新聞そのものを取らない家庭が増えているという。

  そんな風潮の中で、ボロアパートの住人が二つの新聞を必要とするのは、何とも怪しげでもあった。

  勇治はチラシを取り除き、急いでこたつに入った。

  胃潰瘍のために、太れない細身のからだには、二月の冬の寒さが一番苦手だ。

「さあーてっと、お仕事を捜しますか」 

 新聞を広げ、何よりも先に見る所があった。葬儀・告別式の欄だ。

   鋭く見入っていたが、しばらくすると息をついて新聞から眼を離した。

 勇治が選ぶターゲットは、七十歳以下の死亡者と決めていた。

   七十歳以上は老衰などの覚悟された死亡が多く、葬儀にも顔見知りばかりの集まりになる。整えられたリスト者の焼香に、見知らぬ者が入り込むには目立ちすぎた。これまでの経験で心得ている。

 『香典詐欺師』……これが勇治の本業だった。

 


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