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洋介

 

夜六時、大学生の田中洋介は、一人、コンビニでアルバイトをしていた。今日は1224日のクリスマスイブ。ほとんどの日本人は恋人同士や家族で過ごすだろう。洋介もこの後、恋人の緑と約束している。しかし、そんな日の夕方でも客は来る。

 

 

 

客もちらほらとしか来ず、洋介もこの後の緑との時間に気を取られていた。そんな客の一人に、あるおばさんがいた。

 

一言で言い表せば、さえないおばさんだった。目や鼻など、顔のパーツが全体的に大きく、肥満体とまでは言わないが、体つきもがっしりしている。そしておそらく、いや確実にノーメイク。皺やシミなんかが丸出しで、肌荒れも酷い。触らずとも分かる剛毛を、後ろで低く束ねている。

 

服装も、彼女が着ているからそう見えるのかもしれないが、見るからに安っぽく、くすんだジャケットとズボンだった。

 

年齢は50くらい?いやもっと上でも通じるだろう。ひょっとしたら、まだ30代だけど異常に老けてるのか?

 

 

 

この年齢からすると、主婦と考えるのが普通だが、洋介はなんとなく違う気がした。そして彼女の買う物を見て、ますますその予想を確信に近くした。

 

 

 

そのおばさんは店に入ると、ぎこちない動きでかごを取り、俯くような姿勢で、足早にまっすぐ、デザートのコーナーと惣菜のコーナーで何かをテキパキ入れると、レジに持ってきた。

 

かごの中には、一人用のショートケーキとのり弁が一つ。

 

クリスマスイブにこんな寂しい買い物をしているわけだが、おばさんには全く、その買い物の中身を気にする様子は無い。

 

レジの前で計算を待つ間、相変わらず目を伏せ、口を結び、妙に緊張してはいたが。

 

買い物を終えると、おばさんはさっさと店を出て行った。そういえば、店に入ってから出るまで、ずっと無表情であった。

 

とりたてて言うほどの、変な人ではないと思う。しかし、洋介は彼女に、どこか妙な空気を感じた。恋愛の相手になど、絶対に考えられないし、深い関わりも持ちたくなかったが、野次馬のような好奇心が湧いたのだ。

 

なので、また店に来るといいなぁ、と思った。

 


美子

 

パートタイマーの美子は、仕事を終え帰宅途中に、コンビニに寄った。

 

今日はクリスマスイブだ。ほとんどの人間は家族なり恋人なり、誰かと過ごすのだろう。職場の同僚はほとんどが結婚後の主婦であり、未婚で恋人も居ない美子はますます寂しさを感じずにいられなかった。

 

彼女達には、共にイブを過ごす相手が居る。世界中ほとんどの人間が、誰かと暖かい人間関係を築いているというのに、自分には老朽化したアパートで待っている子猫のリンだけだ。

 

それでも美子がまだ若ければ、そんな惨めな気持ちにはならなかった。彼女は今46歳。そして仕事による、社会的地位も無い。

 

要するに美子は、社会の一員、歯車の一つになる事ができなかった。それを世間に対して後ろめたく感じ、恥じているのだ。

 

悪い事をしているのではない、と知っている。移ろいやすい世間の価値観に振り回されるべきではない、とも。

 

しかし、人々がどんどん先へ進んでいく中、自分一人が置いてけぼりにされたような、そんな焦燥や不安、寂しさを感じるのだった。

 

 

 

コンビニに入ると、店員が一人レジの方で立っていた。学生風の男性だ。彼が美子を凝視したような気がした。

 

美子はそれで思わずどぎまぎし、それからずっと伏目で足早に買い物を済ませた。その間ずっと、彼の視線を感じていた。

 

まだ若い20代の頃、クラブや町を歩けば、男達は美子をお姫様でも見るような目で見ていた。もしくは美子はそう感じていた。その経験が、今でも後遺症のように染みついている。

 

 

 

だから「あの店員は私に見惚れている…」美子はそう捉えてしまった。

 

 

 

何を買うつもりだったのか、一瞬で忘れてしまったので、一生懸命思い出していた。そうだ、今日の夕ご飯を買うのだった…ついでにイブなので、一人用のケーキも買った。

 

一人用のケーキを買う事で、イブを一人きりで過ごす事を相手にアピールしたかったのだ。

 

「イブなのに一人なんですか?もし宜しければ、一緒に過ごしません?」などと誘われる事を少し期待していた。

 

しかしさすがにそんな結果は望めなかったが、想定範囲内だったから落胆は無かった。

 

イブにこんな寂しい買い物をするなんて…という風な感傷も吹っ飛び、店を出た後もしばらくドキドキしていた。心が温かく、ワクワクと何かを期待していた。

 

 

 

その店員の名は「田中」であると、名札を見て知った。

 

また、同じ時間帯に居るかな?美子は一人、嬉しそうに笑みを浮かべながら帰り道を歩いている。

 

 

 

老朽化した、アパートの二階に美子の自宅はある。ドアを開けても、美子の鼻には無臭でしかない。人は嗅覚に耐性をつけやすいと聞いたことがあるが、毎日その匂いのある場所で過ごしていると、その匂いを感じなくなるものである。

 

無造作に散らかった1LDK、ろくにベッドメイキングしてないがために、布団の乱れたベッド。布団はもう何十年も干していない。

 

そんな不潔な雰囲気のする部屋の隅に、子猫のリンが横たわっている。

 

 

 

冷蔵庫から冷えた焼酎を出し、のり弁をつまみにし始めた。焼酎を飲みながら、美子はリンを膝にのせて、語りかける。

 

 

 

「リン、今日ね帰宅途中にコンビニに寄ったの。とりあえず、今日食べる物買おうと思って。そしたら、ちょっとカッコいい男の子の店員がレジに居て…あ、私は全然恋愛対象として見てないんだけど。ちょっと(?!)若すぎるわよ。一般的な眼で見た感想、ただそれだけ。多分、学生だと思うわ。

 

その田中くんていう子、私が店に入った瞬間、心臓引き抜かれたようにびっくりして、それから私が店の中に居る間、ずっと私の事気になってたみたい。

 

私が購入した物から、恋人が居ないかもしれないって憶測して安心したでしょうね。今日はイブだし、「一人ですか?一緒にどうです?」って誘おうとしたけど、そこまで勇気は無かったんだと思う。

 

でも明日はクリスマス。ひょっとした、明日…

 

彼には彼女が居るかもしれない。でもきっと、惰性や性欲のみでダラダラ付き合っているだけに決まってる。」

 

 

 

明日も、あのコンビニへ行ってこよう…明日こそ田中君は、勇気を出して私に声をかけるつもりなのかもしれない。

 

美子はアルコールによる眠りにつきはじめた。

 


緑と

 

バイトを終えた田中洋介は、某レストランで恋人の小林緑と食事をしている。

 

今日、バイト先で見たおばさんと緑。あまりに違いが有りすぎて、比べるのも変だと思うが、おばさんの印象が強かったためか、つい比べてしまった。

 

年齢や容姿の作り以上に、何か大きな違いがある。

 

緑は絶世の美女という作りではないだろうが、誰もが「可愛い」と言いそうだ。表情が生き生きとしている。喋り方の感じも良い。彼女に対応した相手は100人中99人が彼女に好感を抱くだろう。要するに、人を魅了する力がとても強いのだ。

 

洋介は、あのおばさんと喋った事は無いが、ものの数分見ていただけであまりの魅力の無さを悟る事ができた。

 

 

 

翌日、学校が終わってからバイト先へ向かう。また、あのおばさんに遭遇しないだろうかと期待しながら。

 

今日は夕方から数時間の予定だ。客もまばらな夕方、数分後におばさんが現れた。最初見た時と違って化粧をしていた。いかにも厚化粧のおばさんという感じだ。服装は似たようなものだったが、気のせいだろうか?目が少し輝いているように見える。何か良い事でもあったのだろうか?

 

おばさんは相変わらずの無表情で、今度は真っ直ぐレジに向かってやって来る。

 

 

 

「おでん お願いします」おばさんは洋介の目を真っ直ぐ見て言った。おばさんの目は何かの喜びか希望だかに煌めいているように見えた。しかしそれは美しいどころか、不気味ですらあり、魔女の老婆を彷彿とさせる。

 

 

 

「はい」洋介は愛想良く対応し、おばさんの注文通りのおでん種を器に入れていく。

 

おばさんが店を出て行くと、隣に居た従業員が声をかけてきた。

 

 

 

「ねえ、あのおばさんて…」

 

 

 

「え…?」

 

 

 

「私、今日早朝からここに入ってるの。6時ごろに来て、10時頃、12時頃、15時頃と数時間置きに来てるのよ。それも、何も買わずに。店内をしばらくうろうろして帰って行くの。

 

万引きとかしてる様子は無いから、どうでも良い事なんだけどね。あ、私今日はこれで上がりだから。後よろしくね。」

 

 

 

「はい、お疲れ様です。」

 

 

 

洋介も早朝や昼間に入った事はあるが、あのおばさんを見かけた事は無かった。なので、毎日そのような生活をしているわけではないだろう。

 

しかし変なおばさんだと思っていたら、本当におかしな行動をしていた事が分かり、嬉しくなった。まるで妙な生き物を発見したような気分だ。

 

 

 

おばさんが店を出た後を、何気なくガラス越しに見ていた。するとおばさんがゆっくりと振り返り、そしてにんまりと笑ったのだ。

 

その目は明らかに自分を見ているような気がしたが、すぐに自意識過剰だ、と打ち消した。というか、勘違いだと思いたかったのだ。あの笑顔は怖い。まるでこの世の者ではなかった。

 

 

 


妄想

 

美子は今日、仕事が休みだった。しかし朝寝坊はしていられない。セットしていた目覚ましが鳴ると、重い体をぬっと起こし、いつもより念入りに身支度をすると、田中君の居たコンビニへ向かった。

 

外から見て落胆した。レジに田中君が居ない。ひょっとしたらレジ以外の場所で雑用をしているのかもしれない、そんな希望に縋りながら店内に入った。

 

しかし店内を回っても、彼は見当たらなず、15分程うろうろしながら待っていたが、店の奥から出てくるという事も無かった。

 

落胆しながら帰宅する。

 

 

 

このコンビニのシフトについて、全く知らないが、少なくとも4時間くらいは入るのが普通だと思う。

 

そう考え、目覚まし時計を9時半にセットし、仮眠をとる。夢を見ていたが、起きた瞬間に忘れてしまった。

 

起きると身支度をし直して、再びコンビニへ向かった。しかし田中君はまた居なかった。主婦らしき女性店員が2人居るだけである。コンビニで店員が3人待機しているとは考え難い。しかしそれでも再び店内に入り、うろうろしながら田中君を探したり待ったりしながら10分くらいを過ごして帰った。

 

 

 

美子はなんだか虚しくなった。本当は、自分がこのように田中君から追われたいのだ。なのにこれでは理想と全くの逆じゃないか。

 

田中君は学生だ。学校に通い、友人付き合いもしたくなくたってしなければならない。でもその間だって、私の事で頭がいっぱいに違いない。

 

例えば友人が何かのお土産で、羽二重餅をくれて、皆で食べる時、きっと私が羽二重餅を口に運ぶ所を清潔な映像として、想像するだろう。

 

艶めかしいとか情欲をそそる想像ではいけない。そんな対象となる女は彼の同級生やバイト先等に居る同年代の女達、もしくは彼の彼女なのだ。私は彼女達とは別格の女なのだから。

 

 

 

そんな風に自分を元気づけ、12時、15時と同じように通い続けて19時、ようやく田中君に出会う事ができた。

 

達成感と喜びに顔が輝いているのが分かる。田中君の顔もまた、美子と会えた喜びに溢れているように彼女には感じられた。

 

まっすぐレジに進むと、美子は田中君の顔を真っ直ぐ見ておでんを注文した。おでんは他の物を注文するより、店員と過ごす時間が長くなる。

 

長い時間、妄想し続けたために美子はすっかり間違った自信をつけていた。彼女の頭の中では、田中君が自分に会いたいがため早くバイト先に行きたくて仕方が無かった、バイトに出られない間も自分の事で頭がいっぱいだった、という事になっていたのだ。

 

クリスマスを一緒に過ごそう等という誘いは無かったが、すぐ隣に他の店員も居たからできなかったのだろう。

 

ひょっとしたら、レシートにこっそり電話番号を書いてたりしないだろうか?と期待して、店から出ると探ってみた。

 

ドキドキしながらレシートの裏を見る。しかし真っ白な裏面を見てすぐに落胆した。

 

落胆したままで終われなかった。無理やりにでもサプライズを得なければならない程、美子は退屈で虚しくて寂しかった。

 

だからもう一度、今度はレシートの表側を見ると、バーコードの下に数字がいくつか並んでいる。美子はそれを、田中君が自分に示したメッセージ、即ち彼の携帯番号であると判断した。

 

そして思わず、田中君の居る方向へ振り返り、とびっきりの笑顔を向けたのである。

 

今年は数十年ぶりに胸のときめくクリスマスが過ごせそうだ。

 

 

 


吉田と美子

 

午後8時、某スーパーの社員、吉田はパート職員の佐藤美子と休憩に入っていた。

 

アルバイトの学生が急に熱を出して休んだため、急遽連絡した美子に入ってもらったのだ。

 

急な事であったが、美子は嫌な顔もせず引き受けてくれた。何か良い事でもあったのか、いつもより機嫌が良い。

 

それは助かるのだが、美子と二人きりというのが吉田は気詰りだった。美子は無口なだけでなく会話下手で、何か話を振っても直ぐに断ち切れてしまう。彼女に悪気は無いのだろうが、どうも居心地が悪い。

 

しかし今日は違った。休憩に入るなり、美子は席を外し誰かに電話をかけに行ったのだ。何を話しているのか分からないが、浮足立った声が聞こえてくる。

 

 

 

(佐藤さん、ひょっとして恋人でもできたかな?そりゃ良かった、あの人交友関係も無いみたいだからなぁ。人が一人でいるのは良くないよ。)

 

 

 

しばらくすると、美子が戻ってきた。目がいつもと違って輝いている。吉田はさっそく電話の相手について尋ねてみた。好奇心というよりも、会話の切り口が欲しかったのだ。そして美子の様子から、尋ねても嫌がらないであろう事を察する事ができた。

 

 

 

「違いますよ、ただの友人です。だって若すぎですよ、とてもそんな風に考えられない。」

 

 

 

そう言いながらも、赤い顔ではにかむ美子はまんざらでもなさそうだ。

 

 

 

「て事は年下?どれくらい下なの?」

 

 

 

「本当に何も無いんですよ?…まだ大学生、22歳です。」

 

 

 

吉田は驚くと同時に少し心配になった。まさか何かの詐欺ではないか、と。しかし今の美子に面と向かって言う勇気も無かった。

 

 

 

「つ、付き合ってどれくらいになるの?」

 

 

 

「だから付き合ってませんて。よく行くお店の店員さんで、今日電話番号を渡されたんです。それで暇だし電話してみたら妙に話が弾んじゃって、でも友達ですよ?ホントにただの。」

 

 

 

(詐欺かどうかなんて、まだ分からないじゃないか。本当に純粋な恋心かもしれない…今の所金銭等の要求もされていないみたいだし、早とちりして興醒めさせるような事は言わない方が良いよな…)

 

 

 

そう考えながら、吉田はふと美子を仰ぎ見た。美魔女とは程遠いおばさんが、そこに居る。容姿だけではない。鬱々とした性格や会話を始めとして、美子には人を魅了する感化力が全く感じられない。

 

 

 

(いや、分からないぞ。好みは人それぞれなのだから!)

 

 

 

吉田は自分にそう言い聞かせた。

 

 

 

仕事が終わり、美子は「お先に失礼します」と言い上がって行った。

 

彼女が店から出て帰って行くところを、吉田はふと目にしたのだが、美子はスーパーのすぐ前にある電柱に小走りで近寄って行く。

 

そして電柱に着くと、立ち止まった。少し頭を揺らして、まるで誰かと話しているように見えるが、後姿だし、距離も遠いので、きっと見間違いだと吉田はあまり気に留めなかった。

 

それに何より、電柱の周囲には美子の他に誰も居なかったのだ。

 

間もなく美子は電柱を離れ、ゆっくりと闇に消えて行った。

 



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