閉じる


<<最初から読む

4 / 6ページ

9階のフロアへ繋がるドアを開いて中に逃げようと思ったけれど、男たちは私に近いところまで迫っていて、一度立ち止まるとすぐに掴まりそうだったから諦めた。私は屋上への階段を駆け上がる。屋上から中へ通じる階段でもあれば良いんだけど。繋がっているかどうか、私は知らない。

「諦めるんだ!」

「そうですよっ!」

男の声と少女の声が追いかける。階段を上りきった私は屋上へ着いた。

空模様は曇りだった。天気予報では20%だったのに。ひとタコ降りそうな天気だ。

屋上は2mほどの柵でぐるりと囲まれていた。一面コンクリートで、大きな給水タンクとエアコンの設備らしき大きな機械があるより他には何もなかった。アテが外れた。屋上とビルの内部は繋がって居ない。

「そこまでだ!」

振り返ると、スーツの男が、私にピンク色の水鉄砲を向けていた。

「おとなしくするんですっ!」

セーラー服の少女が男の半歩後ろから顔を覗かせる。

私はもう逃げることを諦めた。

「あの……さっきから何ですか? 私、犯人なんかじゃありませんよ」

「じゃぁ何故逃げる?」

男は私との距離が1mほどになった所で足を止める。

「いや、ヤバい人だと思って」

「そうだろう? それは心に疚しいことがあるからだ。犯人にとっての『ヤバい』人間は、探偵だと相場が決まっているからな」

「探偵なんですか?」

「そうだ」

「先生は名探偵なんですっ」少女が言う。

「人呼んで『囚われ探偵・トラウマ』とは俺のことさっ!」

男が爽やかな笑みを見せた。

よく分からないことについては、否定も肯定もしないよ、私は。

「……名探偵なら分かりますよね? 私が犯人じゃないってことくらい」

「分かるさ。お前が犯人だって事くらい」

「……何の犯人だと思ってるんですか?」

私は彼を睨んだ。生臭い風が頬を撫でる。

「お前はこの囚われ探偵トラウマを殺す犯人だ!」

「はぁ!?」

「戸惑うのも無理はない。お前はまだやってないんだからな。だが、これからやるのだ」

「そうですよ。この名探偵・トラウマの手に掛かれば、どんな人も犯行を犯さなくてはならなくなってしまうのです」

少女が得意気な顔をした。

不気味に感じた私が黙っていると、彼女は更に言葉を続ける。

「あなた、サングラスを掛けてますね。それが何よりの証拠です。犯人はサングラスを掛けているんですから!」

「そんな理由でっ!?」

妙な言いがかりを付けられちゃたまんない。腹が立ったのもあって、私はサングラスをバッと勢いよく外してコンクリートの床に叩き付けた。すると、同時に『恋愛運UP』をうたったパワーストーンのブレスレットも腕を抜け、ゴム紐が切れてピンクや白の石がばらばらになって飛び散った。サングラスのレンズも外れている。

めちゃくちゃだ。

「これが犯行のトリガーだ。この『恋愛運UP』のブレスレットが壊れたことで、恋愛に絶望した犯人は、持っていた紐状のモノで探偵の首を絞め……」

囚われ探偵が語り出す。

空が磯臭い。ポトッと私の頭に小さなものが当たって落ちた。足下を見ると、小さな赤いタコの足の切り身だった。

 


空を見ると、ぽつぽつと、タコの足の切り身が落ちてきている。

今日はたしか、降タコ確率20%だったのに。でも最近時々こうやって、ゲリラ降タコがあったりする。

「か、傘っ!!」

囚われ探偵トラウマがその場に膝を付いて崩れた。

「はいっ!!」

助手はトートバックの中から紺色の折りたたみ傘を出すと、大慌てで拡げて、探偵にパスをする。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

探偵は目を見開いて苦しそうに喘いでいたけれど、傘を手に再びゆっくりと立ち上がった。

「まさかタコが降ってくるとはな……。天気予報はいつだって嘘つきなのさ……」

「先生ッ、無理しないでっ!」

少女は傘を持っていない。まぁ、私だってタコ足くらいじゃあまり傘を差さないけれど。タコ足って言ったって、降ってくるのは茹でた状態のモノだからだ。

「真実から見付ければ、謎なんて生まれない! 犯人はお前だ!」

囚われ探偵トラウマが人差し指で私を差した。山高帽、黒縁眼鏡、髭、スーツ。この四つのアイコンは私の好みそのものなのに、こんなことされちゃこの先、眼鏡男子を愛せるかどうかわかんない。眼鏡男子を見る度に、名探偵トラウマのことを思い出しかねない。

なんてことしてくれるんだ。この人は。

私は黙っている。

探偵も何も言わない。

信者らしき少女も。

タコ足の切り身が探偵の肩に落ちる。

「うわっ」

探偵は顔を上げる。

「わーっ、あああああっ!」

傘には穴が開いていた。

暗雲が空に立ちこめて、タコの足がずだだだだと間断なく降り注ぐ。

生臭い。

探偵はその場に跪いた。手放した傘が、風に吹かれて飛んでいく。

「うっ、うぅっ……っ、えぇぇぇっ」

探偵が嗚咽する。

「何でっ、あぁぁぅぅうぅぅっ、もうちょッと、ってところで……また、うっうぅぅぅぅっ」

「先生、大丈夫ですよ。もう大丈夫です」

少女が探偵の背中をさする。

「おぇっ、うえぇぇえぇっ」

探偵が口元を抑えたけれど、間に合わなかったようで、口から何かの塊を吐き出した。

少し大きめのソーセージのようだった。

「うっ、うぅっ……まただよぉ……っ、また出てるよぉっ……」

少女は困ったような、悲しそうな顔付きでただ背中をさすっている。

「何で、もう……っうぅぅぅっ」

探偵がえづいて、ソーセージがまた一本出た。さっきのと繋がっている。

「こんなの、もう、嫌なのに……っ」

喉からソーセージを垂らして、探偵が泣きじゃくる。たこ足が彼の背中を叩いて、落ちた。

探偵はソーセージを掴むと、引っ張って繋がっているソーセージをずるずるずるっと4本ほど出した。

「無理しないで下さい」少女が言う。

「いや、俺は無理をするよ……」

彼は更にソーセージを引きだす。

「いい加減もうやめたいんだ……」

「でも、こんなのキリがありませんよっ! 切るか飲み込むかしないと、収まりません」

「うぅ……」

繋がったソーセージを出したまま、彼は肩を震わせる。

どうやら非常時らしくて、二人はもう私の事なんて忘れている様だ。

この隙に逃げようか、と私は後ずさりする。

すると、尻ポケットの電話がピコピコッと通知を告げた。

慌てて電話を出すと、繋がったままのイヤホンもずるるっと出てくる。

栞夏? と思って画面を見るけど、通知は、ゲリラ降タコを知らせる天気予報サービスからのものだった。

7年前から、雨の代わりに時々タコ足が降るようになっている。

理由は未だに解明されていない。

ニュースでは「異常気象」にカテゴライズしているけれど。

探偵は背中を丸めて嗚咽を上げている。

哀れな泣き声が降り注ぐタコ足の中に響いて、この人ラクになれないのかなあと思いながら、電話をまた尻ポケットに突っ込もうとしたところで、私は手の中のイヤホンに気付く。

『犯人は、持っていた紐状のモノで探偵の首を絞め……』

探偵の言葉が蘇る。

どうしよう。私はイヤホンの紐をぴんと伸ばして、考え込んでしまう。

 

 

おしまい


奥付


囚われ探偵トラウマ

2014/11/11 


http://p.booklog.jp/book/94770


著者 : 蜂子
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/cure-pop/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/94770

ブクログ本棚へ入れる
http://booklog.jp/item/3/94770



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社ブクログ



この本の内容は以上です。


読者登録

蜂子さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について