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お題:「シュレディンガーの猫」「椅子」「振り子」

 やれやれ……。
 一体どうして僕がこんな誰にも知られていないようなド田舎までやって来たのか少し説明しておく必要があるだろう。

 先日久方ぶりに学時代の友人Yから連絡があったのだ。
 奴との付き合いは大学時代の物理学実験という講義で同じ班になった頃までさかのぼる。
 実験は振り子を使った重力加速度の検出という実に幼稚なものだった。しかし僕たちは学科史上ワースト5に入るほどの誤差を検出して見せた。そんなわけで彼とは当時から学友と言うより悪友という関係だった。
 そんな奴からの連絡は大学時代と変わらず同じメールアドレスから発信されていた。
 内容はこうだ。

『直ぐに俺のウチへ来て欲しい。出来るだけ早く……』

 たったのこれだけだった。
『出来るだけ早く』と言われても僕にだって仕事があるわけだ。しかも今Yが住んでいるのは山口県だ。メールを貰って二つ返事で行ける距離でも無い。結局僕はメールを貰ってから二日後に有休を取得し山口県のYが住むX村を訪ねたと、こういうわけだ。
 もっともあんな短いメールでここまでやって来る僕も酔狂な男だと言われたら返す言葉も無いが。

 それはともかく、Yの住むアパートは直ぐに見つかった。

 理由は簡単。他に民家が見当たらなかったのだ。Yのアパート自体Y以外に人が住んでいるようには見えない。
 久しぶりの再会と言うこともあって僕自身嬉しくなかったと言えば嘘になる。
 僕はインターフォンを押す。

『ピンポーン』

 一人暮らしの奴を呼び出すには十分な音量だった。
「……」
 待つこと5分。ようやくインターフォン越しにこんな返事が返ってきた。
「待っていた」
「こっちのセリフだ。さっさと開けろよ!」
 こんなド田舎くんだりまで人を呼びつけておいてこいつはまだ俺を待たせるつもりか?

「まぁ、待て……」
「なんだよ?」
「お前は量子力学の講義を受けていたな?」
「ああ? まあ、な。もう記憶に無いけど」
 僕の回答を聞くなりYはこう言った。
「『シュレディンガーの猫』は知っているな?」
「ああ? まぁ有名だからな、名前くらいは覚えている」
 確かの蓋の閉じた箱の中にいる猫が生きているか死んでいるか開けるまで決定しないとかそんな話だったように思う。正確な内容まで覚えていない。
 するとYはこう言った。
「俺は大学を卒業してからずっとその実験を続けてきたのだ」
「はぁ?」
 唐突に何を言うんだ、こいつは。
「くっくっく……俺は、俺こそがシュレディンガーの猫なのだ」
 Yのただ事では無い様子はインターフォン越しからも理解出来た。
「おい! どうでもいいから、ここを開けろ!」
 僕は怒鳴った。
 すると彼は静かにこう答えた。
「開いているよ。上がりたまえ」
 僕は急いで扉を開けると部屋へ入った。

 うっ! なんだ? この異様な臭いは!
 薄暗い部屋。
 Yは一人椅子に座って真っ直ぐ僕を見据えていた。
「おい!」
 部屋がの灯りを付けるためスイッチをオンにする。

『パチ!パチ!』

 ダメだ!
 電気が付かない。
 僕はYに駈け寄った。

「おい!」
 Yの肩に手をかけた次の瞬間、僕は絶叫していた。

 Yは腐ってボロボロと崩れ落ちたのだ。

 ボロボロと崩れながら落ちながらYは僕ににじり寄った。
 目のあるべき所に既に目は無く、鼻のあるべき所に鼻の無いYはその顔を僕に近づけてこう言った。

「これが『シュレディンガーの猫』の解だよ……」

 気付いたときには僕は気を失っていった。
 気を失っている僕は近隣の農家のおやじさんに発見された。
 僕が発見されたときYの姿は既にそこになかったそうだ。

 だとすれば、僕が見たYは一体何だったのだろう?

お題:「しおり」「地図」「空」

 ポツリポツリとしか人の居ない駅。
 そこは屋根すら無い青空駅だった。
 少女はホームにあるベンチに腰をかけて、低学年向けの文庫本を読み初めて小一時間経った。
 そんな彼女は読みかけの文庫本にしおりを挟むとぱたりとそれを閉じ立ち上がった。
「ホンマにいつになったら来るんかなぁ?」
 そんな事を呟きながら電車の来る時刻を確認するために、駅員の元へ向かう。
「おっちゃん、おっちゃん。電車まだ、来えへんのん?」
 少女は無愛想な駅員に向かって尋ねる。
「……お嬢さんはどちらまで?」
 少女は背中に背負ったピンクのリュックサックを下ろすとゴソゴソと何かを探し始めた。
「あれー? 確かここにしまったはずやねんけどなぁ」
「……」
「ああ、あったわ! これ、ここ!」
「どれどれ?」
 駅員は少女の取り出したモノをのぞき込む。
「ここが行き先やねん!」
 少女が駅員に見せたのは地図だった。
「……お嬢さん、地図を見せて頂いても私にはどうすることも出来ません」
「そうなん?」
 少女は小首を傾げてそう言った。
「切符を拝見させて頂けますか?」
「うん! ええで!」
 少女はポケットから切符を取り出すと駅員に手渡した。
 駅員は少女から切符を受け取って、その行き先を確認する。
「お嬢さん」
「ん? なに?」
「お嬢さんの乗るべき電車はいくら待っても来ませんよ」
「なんでよ!」
「お嬢さんの乗るべき電車はあちらのホームに到着予定です」
 駅員はそう言って向こうのホームを指さした。
「ええ! そうなんや!」
 少女は元気よくリュックサックを背負う。
「駅員のおっちゃんありがとな!」
 そう言って駅員が指さした向こうのホームへ向かって走り出した。
「お嬢さん!」

「うん?」
「切符を忘れていますよ」
「ほんまや!」
 少女は駅員の元に戻ると照れくさそうに駅員から切符を受け取った。
「お気をつけて……」
 駅員は少女に声を掛けた。
「ありがとうなぁ! 駅員のおっちゃん!」
 少女はパタパタと走って行ってしまった。
 
「まだ幼いのにねぇ……」
 駅員の後ろのベンチに座っている老婆が呟く。
「ええ……」

 駅員は老婆の方に振り返ってこう言った。
「しかし、せめてもの救いはあの子の持っていた切符が『天国行き』だった事ですよ」

お題:「座敷童」「双子」「毬」

 女の子は鞠つきをして遊んでいた。
 いつもいつも女の子は一人ぼっちだった。
 女の子の家族は事故で父親を早くに亡くし、今は母親の細腕で一つで何とかその日をしのいでいた。
 女の子は幼いながらにその事を理解していたらしく誰にも不平一つ漏らすことは無かった。

 そんな女の子を見かねた近所に住むじいさまがある日女の子に話しかけた。
「お嬢ちゃん、偉いね」
「?」
「いっつも一人でお留守番じゃろ?」
「……」
 女の子はフルフルと首を横に振った。
「うちの家に来らば、お菓子もあるぞ?」
「……」
 女の子はわずかばかりの間考えた末に、やはり首横に振った。
「そうかい、そうかい」
 女の子はじいさまに軽く会釈をすると大事そうに鞠を抱えてその場から立ち去っていった。

 ところが、ある日を境にプツリと女の子は姿を見せなくなった。
 替わりに今まで見たこともなかった女の子によく似た男の遊ぶ姿を見かけるようになった。
 男の子は女の子と同じように一人ぼっちだったけれど、楽しそうに蹴鞠をして遊んでいた。
 だから近所の人たちはみんな双子だとおもうようになった。

 そんなある日、じいさまは男の子に話しかけた。
「坊ちゃん。偉いねぇ」
「?」
 不思議そうに男の子は小首をかしげる。
「一人でお留守番じゃろ?」
「そうだよ!」
 男の子は初めて口を開いた。
「ところで坊ちゃんはどこの子じゃ?」
「あそこ……」
 男の子が指さす先には女の子の家があった。
 そこで、じいさまはこう尋ねた。
「お嬢ちゃんは元気にしているのかいのう?」
「うーん……」

 男の子は困ったようにこう答えた。
「今は病気だけど……、もうじき元気になるよ!」
「そうかい」
 何とも可愛らしい返事だ、じいさまはそう思った。
「もしよかったらワシの家に遊びにこんか?」
「ええ?」
「お菓子もあるぞ」
「……」
 男の子はしばらく考えた末にこう答えた。
「僕はあのお家にいなければいけないんだ。ごめんなさい」
 男の子は軽く会釈をして帰って行った。

 ある日、じいさまは女の子と男の子の母親に会う機会があった。
 じいさまは労を労う意味をかねてこう言った。
「お嬢ちゃんが病気をしているそうですな」
「ええ、でも随分元気になりましたの。おかげさまで……」
 少し窶れてはいたが母親の顔色は悪くなかった。
「大変なようじゃったら、坊ちゃんだけでも預かりますぞ?」
「坊ちゃん?」
 母親は不思議そうに首をかしげる。
「どうしました?」
「うちの家には娘しかおりませんが……」
「!」
 じいさまは母親と話す中で初めて一家が元々四人家族であったことを知った。
 そして事故で亡くなったのが父親と女の子の双子の兄だった事を知った。

 じいさまがその話を聞いてから、誰も男の子を見かけることは無くなった。
 だからじいさまはこう理解している。
 女の子の双子の兄は死してなお、『座敷童』としてあの家に残って母親と妹を見守っているのだと。

お題:「仁」「乾燥機」「障子」

 梅雨のこの季節になると毎年のように思い出す。

「まったく毎日毎日お洋服を汚してきて!」
「だって、お外で遊ぶと汚れるんだもん……」
「この子はまたそんな言い訳をして!」
 私は手際よく息子のシャツとズボンを脱がせると洗濯機に放り込んだ。
 やれやれ……、さっき聴いたラジオの天気予報によれば今週はずっと雨らしい。
 この調子でいくといつまで経っても洗濯物を干すことが出来ない。
「はぁ……」
 思わずため息が溢れる。
「お母さん、どうしたの?」
 不思議そうに小首を傾げる息子。
 全く無邪気なモノだ。
「あのね。今週はずーっとお天気は雨なの。だから洗濯物を乾かすことが出来ないの」
「あの『ごぉーっていう機械』じゃだめなの?」
 息子が言っている『ごぉーっていう機械』とは乾燥機のことだ。
 ただし乾燥機は乾燥機でも布団乾燥機なのだ。
 無論、洗濯物を乾かすことが出来ないわけでは無いけれど、生乾きになることが多いので私はあまり好きでは無い。
 私が難しい顔していると、息子はこう言った。
「仁志君に頼もうか?」
「仁志君?」
 一体誰のことだろう。
 息子の新しく作った友達のことだろうか。
「お母さん、ちょっとこっちへ来て!」
 息子は私の服を引っ張ると隣の和室へ向かおうとする。
「こら! お隣のお部屋にはおばあちゃんが寝ているからダメって言ってるでしょう!」
「いいから、いいから!」
 私の言うことを聞こうともせずに息子は私を連れて、和室の障子を開く。
 和室には案の定お義母様が布団の上で横になっていた。
「おばあちゃん、仁志君貸して!」
「……うーん? ひとし君かい?」
 横になったままお義母様は穏やかに微笑みながら窓を指さしこう言った。
「ひとし君ならあそこにいるよ」


 お義母様の指さした先には可愛らしいてるてる坊主がぶら下がっていた。

「仁志君! お母さんが困っているので明日は天気にして下さい!」
 息子は窓にぶら下がったてるてる坊主に向かって懸命にお願いをしている。
「お義母様……」
「いいんだよ。それに意外とひとし君は頼み事を聞いてくれるものなんだよ……」
 お義母様はそう言ってお茶目にウィンクして見せてくれた。

 翌日の天気は晴れだった。


 和室にお義母様がいなくなった今でも仁志君は窓にぶら下げたままにしている。
 お義母様の代わりに仁志君が息子を見守っていてくれる……そんな風に感じたから……。

エピローグ

「やれやれ、これで一体何巡したんだ?」
 淳は呟いた。
「だいた三巡目くらいじゃないの?」
 佐津紀が応える。
「そうか、結構盛り上がったな」
 義弘はそう言いながら気になっている事を尋ねる。
「ところでさ、まだ一度も回っていない奴はどうするの?」
「え?」
 淳が不思議そうに首をかしげる。
 部屋にいる他の全員も怪訝な顔をしている。
 あれ? 俺今おかしな事言ったか?
「義弘、お前何言ってるの?」
 哲夫が義弘に向かって尋ねる。
「いや、俺の隣の女の子まだ一回も順番に当たっていないからさ」
 義弘は隣に座っている赤いワンピースの女子を見ながらそう応えた。
「あはは、なるほどね!」
 義弘の対面に座っていた祐子は納得したようにこう言った。
「最後はホラーでオチを持って行こうって作戦ね! なかなかエロいじゃん!」
「いや、そういうわけではなくてさ……」
 義弘は頭をポリポリ掻きながら困ったような顔で誰かに助けを求める。
 真面目な顔を崩そうとしない義弘を見て淳がこう呟いた。
「義弘、お前の隣ってさ……。縦鏡なんだけど?」
「!?」
 義弘は思わず立ち上がって振り返る。

 ……。

 確かにそこには縦鏡しかなかった。
「お前時々だれと会話してたの?」
 哲夫がたたみ掛けるように問いかける。
「……?!」
 混乱してコメントのしようもない義弘。
 そんな中で、祐子がこう言った。
「もういいじゃん。取りあえず楽しい時間も過ごせたし今日はこれでお開きにしよ!」
「おぉっ! だったらメールアドレスの交換をしようぜ」

「いいわよ」
 義弘を除くみんなが各自のメールアドレスの交換を始める。
「義弘、お前はいいのか?」
 淳にそう言われてようやく我に返る。
「あ、ああ、じゃあ。俺も……」
 義弘のメールアドレス交換を待って、一同は店を後にした。
「解散!」
 淳が今日の合コンの終了を宣言した。
「今日はありがとね!」
「じゃね!」
 女の子の声を背中に聴きながら、義弘はその場を一人後にする。
 
 何だったのだろう?
 あの赤い女は?

『ブルブルッ!』

 携帯のバイブレーションが義弘にメールの着信を告げる。
 きっとさっきの女の子からのお礼のメールだろう。

 義弘は携帯を開いた。
 タイトル無し。
 発信者不明。
 本文をダブルクリックすると、液晶画面には携帯で撮影されたと思われるさほど鮮明では無い写真が映し出された。

 そこには鏡越しの赤い黒いワンピースの女に話しかける自分が撮影されていた。

 思わず義弘は絶叫した。(了)



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