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お題:「システムアナリスト」「絵日記」「安全地帯」

 大変だ!
 早く課長に知らせなくては!
 僕は転げそうになりながら課長のいる席へ向かう。
「課長、課長!」
「う、うん? 何だ、下北沢君……」
「大変です! 事件です!」
「ああ?」
 寝ぼけ眼の課長が僕に問い返す。
「轢き逃げですよ!」
「ふーん、でガイシャは?」
 事件だというのに何て興味のなさだ!
 同じ公僕として僕は恥ずかしい! そんな事を考えながら手帳をめくる。
「ガイシャは何でも外資系のIT企業に勤めるシステムアナリストだそうです」
 それを聞いた課長は目を見開いた。
「ん、システム……オナニストだと?!」 
 いやいやいや、間違ってるし!
 っていいうかどんな職業だよ、それ!
 僕はキッチリ訂正する。
「課長! アナリストです!」
「アナル人……なの?」
 分かってやってるのか? この人は。
「……もう良いです。」
 これで突っ込みを入れたら単なる駄洒落だ。
「ふん! で、ガイシャはどこで轢かれたんだ?」
 僕の回答に不服そうではあったけれど課長は僕の方を向いてくれた。
 急いで僕は手帳に記載した事件現場の住所を確認する。
「三丁目の長い横断報道の真ん中にある島です」
「あのね、下北沢君。そういう場所を交通法規上『安全地帯』と言うんだよ。君何年目だい?」
「はぁ、すみません」
 某有名バンドと勘違いされたら遺憾だと思ったから言い方を変えたまでだ。決して僕が交通法規に疎いわけではない。断じて違う。
「それで事件……っていうか事故みたいなそれはいつ起きたの?」
「昨晩です……」
「ええ?!」
 僕の言葉に課長はマジで驚いたらしい。

「君、昨晩って昨日の事件、今頃判明したの? この狭い町で?」
「はぁ、すみません……」
 何で僕が謝る必要があるんだ?
「目撃者はいるの?」
「ええ。ガイシャはオープンカーに轢かれたらしく、顔の特徴までバッチリ判明しています」
「いや、だからその目撃者は?」
「小学生二年生の男の子です!」
「うーん……」
 課長は頭を抱え込む。
「君、信頼にたる目撃情報はそれだけかい?」
「小学生は証拠品として自分の描いた絵日記を提出してくれました!」
「ふーん、じゃあ一応見せてくれる?」
「はい!」
 僕はその絵日記を課長に手渡した。
「ふむ、ふむ……」
 絵日記を受け取った課長は食い入るようにその中身を見ている。
 そしてこう言った。
「確かに、車に乗っている人間の特徴を的確に捉えているね」
「そうですよね!」
 ふぅ……と溜息をつくと課長は絵日記を僕に見えるように突き出した。
「君?」
「はい!」
「この絵日記の、この車に乗ってる男性は……、その……、僕だよね?」
「間違いありません!」

 僕は課長に思い切り『グー』で殴られた。


お題:「必要悪」「多数派」「船」

 世界中の多くの人々が堕落していた。
 いや堕落しきっていた。

 そして誰もかれもが預言者たる彼の言葉を信じようとはしなかった。
 後に彼は『旧約聖書』に預言者として名前を残す事になる。

 彼は仕方なく一隻の船を建造する事を決意する。
 彼は彼を含む家族と一緒に作業に着手した。
 彼はその日までに残された日数を計算しながら必死で作業を進める。

「審判の日は近いぞ、みんな頑張れ!」

 そん中ついにある朝、船は小高い丘の上に完成した。

 そして極めて少数ではあるけれど、彼らのひたむきな姿を目にした人々の中には悔い改める人間も現れたのだ。
 しかしそうした人々は結局堕落した多数派の迫害を受ける事になる。

 そしてついにその日はやってきた。
 預言通り多くの堕落した人々は流された。
 人だけで無くありとあらゆる者が水の中に還っていった。
 彼の家族を除いて……。

 四〇日に及ぶ大洪水を乗り切った彼とその家族はある山の中腹にたどり着く。
 長い航海の末にたどり着いた土地で彼は神について考える。

「果たして本当にこれで良かったのだろうか?」

 彼と彼の家族たちは救われた。
 しかし預言通りに失われた代償はあまりに大きかった。

「何をもって堕落と呼ぶのですか?」
 彼は船を降りるとそう呟いた。
 
 それに対して神はこう答えた。

「堕落した者は私を敬い信仰する事を忘れた。それ故に私は天罰を下したのだ」

「あまりに惨い!」
 思わず彼は叫んでしまった。
 神は答える。
「彼らもまた信なる者を選び出す上で必要不可欠な存在だったのだ」
「それでは彼らの存在は必要悪だったという事ですか?」
「……」
 素朴な疑問に神は沈黙する。
「神は悪を認めるというのですね?」 
「……」
 神は沈黙を持って解とした。

 しかしこのやり取りは神にとって不都合であったため、聖典はおろか偽典・外典からも削除され誰の目にも触れる事無く今日に至る。


お題:「サヴァン」「はじめて」「誘蛾灯」

「ふむ……」
 その男性はこの船の何かに納得したようにしきりに頷いている。
 そんな彼を不審に思った私はそっと彼に近づき声をかけた。
「お客様、何か?」
「ほう……」
 彼は何かに感心したようにこう言った。
「さすがだね」
「はぁ」
 何の事だろう?
「私の半径3メートル以内に存在しながら私の持つこの知覚過敏能力に反応しないとは……。さすがは原子力機関を守っている人間だけの事はある」
「はぁ?」
 この人は冷たい水を飲むと歯が痛むのだろうか?
 いずれにしても勝手にこんな場所まで入ってこられては、後で私が上司に叱られる。
 速やかにこの場から出て行って頂かなければ……。
「お客様、あのですね……」
 渋々説得を試みようとする私に向かって彼はこう言った。
「人は皆私の事をMr.Light Trapと呼ぶ」
「ミスターライト? トラップ?……ですか?」
 ん、邦訳すると誘蛾灯?
 カッコ悪!
「私が小学生の頃、クラスメイトから貰い受けた通り名だ!」
「ええ!?」
 クラスメイトに思い切り嫌われてるじゃん!
 絶対この人いじめられっ子だったんだよ!
「今も変わらず愛用している通り名だ」
 絶対やめた方が良いですよ!
「くっくっく……」
「はぁ? 何がおかしいのですか?」
「何も知らないというのは幸せな事でもあるが、同時に気の毒な事でもある」
 何を言っているのだろう、この人は。
 少なくとも私はこの人にだけは『気の毒』とか言われたくないし。
「まさに『無知の恥』だ!」
「『無知の知』ですね!」
 古代ギリシャの有名な哲学者の言葉を激しく間違って使ってるし。
 そりゃ苛められるわ。
「君とこれ以上話しをするつもりは毛頭ない!」
「私だってこれ以上あなたとお話するつもりはありませんよ!」
 すると男は私に居直ってこう言い放った。
「教えてやろう! この船こそ『原子力貨客船サヴァンナ』なのだ!」
「お客様……」
 あまりに気の毒なお客様に私は思わず言葉を失った。
「くっくっく。呆気に取られて返す言葉も無いか?」
 不敵に……いや不適にほくそ笑む男性。
 しかし伝えて差し上げなければ。
 なぜならこの場所には私しかいないのだから。誠に遺憾ではあるけれど……。
「お客様、誠に申し上げにくい事ではあるのですが……『サヴァンナ』は昨日出航致しました」
「?!」
「この船は旅客船『サうナ』です」
 男のゴクリという唾を飲む音が聞こえた。
「……マジで?」
 私はコクリと頷く。
「……」
 男は茫然自失といった雰囲気でしばらく立ちつくしていたが、
「マジ?」
 という最後の彼の問いかけに対して私ははっきりと答えて差し上げた。
「マジです」
 すると彼はおとなしくこの船を降りていった。
 悲しそうな背中を私に見せながら……。

 かくして世界で二番目に建造された、非軍事目的原子力動力船の初航行は守られたのだ。

 誰の手も借りずに。
 ちなみにミスターライトトラップの正体を未だに私は知らない。
 まあ、知る必要も無いのですけれどね!

お題:「雨」「自転車」「階段」

『ザー……』という鳴り止まない音。
 それは降り止まない雨。

 こういう酷い雨の日には使い古したビニル傘を差して僕は『その場所』を訪れる。
『そこ』はビルとビルに挟まれた暗く細い路地の先。
 さらにその突き当たりにある階段を下りた地下に『その場所』はある。

 入り口の横にはチョークで丁寧に書かれた『喫茶 大原』という小さな看板が置いてある。
 僕はその看板に書かれた『今日のお勧めランチ』の文字に目をやりながら店の扉を開く。

『カランコロンッ』

 客が訪れた事を知らせる鈴の音が店内に響く。
 店内は薄暗くアンティークな雰囲気の内装が、僕たちのお気に入りだ。
 
 誰もいないカウンター。
 いつもの事だ。
 きっと店で出す軽食の素材を買いに行っているのだろう。
 ずっと昔から僕たちはマスターに不用心だと注意しているというのに……。

 僕は、僕たちがいつも使っている奥まったテーブル席に腰を下ろす。
 この席だと、もはや外の音も聞こえない。

「はぁ……」

 分かっているのに、僕の口からため息が零れる。
 そう、こんな場所を待ち合わせに選んできたばかりに『彼女』は悲劇に巻き込まれた。

 大切なモノは失ってはじめて気付くのだ。

「はぁ……」

 僕はもう一度溜息を吐いた。
 思い起こせば、僕が彼女を店の前に置き去りにしたのがいけなかったのだ。
 だから、あんな事になってしまった。

 僕はやるせない思いでいっぱいになった。だからこの店は嫌いなのだ。

『カランコロンッ』

 呼び鈴の音と共に唐突に店の扉が開く。
 僕は新しい客を確認するために振り返る。

「……待った?」

 彼女は僕に向かってそう言った。
 僕は大切な彼女に向かって優しくこう答える。
「いいや。今来たばかりだよ」
「そう! 良かった」
 満面の笑みを浮かべる彼女。
 しかし僕の大事にしていたもう一人の『彼女』は返って来るまい。
 そんな僕の心境を表情から察したのか、彼女は僕の対面の席に座りながらこう言った。
「いい加減に忘れたら?」
「……」
 思わず沈黙してしまう僕。

「たかが『自転車』を盗まれただけじゃない?」
 
 彼女の言葉は僕の心に鋭く突き刺さった。


お題:「玉繭」「少年時代」「夢」

 夏が過ぎ……、風あざみ……。
 私はふと『少年時代』の一節を思い出した。

 なぜなら今も昔もまさに詩が歌うその時期だったから。

 あの時、私は着物と帯をこれまでしてきたように丁寧に畳んで桐衣装箱に仕舞っていた。
 すると、久方ぶりに家に戻ってきている娘が私を見てこう言った。
「それ……、まだその帯使っているんだね」
「うん?」

 私は最初、娘の言葉の意味を理解できなかった。

「それ、私が小学生だった頃から着ているじゃない?」
「……そうかもしれないわね」
 娘の言うとおりだ。
 この玉糸で作られた帯は昔、私がお義母さんから譲り受けたものだ。
 着物こそ着古してダメになってしまったけれど、帯だけはいまもまだ大切に使っている。

「近いうちに、この帯はあなたにあげるつもりでいるのよ」
「ええ……、いいよ。別に……」
 娘は迷惑そうにそう言った。
 でも、この帯にはお義母さんの夢が込められている。
 玉糸の素材は玉繭。
 そしてそれは二匹以上の蚕が一緒になって初めて出来るもの。
 だから私はその事を娘に知っておいて欲しい。
「あのね、この帯は玉糸といって、二匹の蚕が一緒になって……」
「ああ、もういいよ。お母さん」

 娘は面倒くさそうに私の言葉を遮った。

「お母さんがそんなに言うなら遠慮無く貰うよ」
「ありがとうね」
 私は娘に礼を言う。
「どうしてお母さんがお礼を言うのよ」
「ふふふ、そうね。おかしいわね」

 私は娘の顔を見て微笑んだ。
 娘もまた私を見て微笑んだ。

 そう、私の娘はもうじき結婚する。

「幸せになってちょうだいね」
 私は小さく呟いた。
 すると、娘にはそれが聞こえていたのだろう。
「お母さんみたいになるよ」

 あの頃そう言ってくれた娘ももうじき母親になる。

 夏が過ぎ……、風あざみ……。
 この時期は私にとってもあの子にとっても一生忘れられない季節になるだろう。


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