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生老病死の儚さを越えよ

◇12月25日(金)晴れ

 寒い日であった。2学期の終業式が行われました。

明日から生徒たちは、いよいよ冬休みに入ります。私の担当するクラスは3年生ですので、彼女たちにとっては、いよいよラストスパートをかける時期です。各大学の入学試験まであとわずかです。最後まであきらめずに、第一志望合格をめざしてがんばって欲しい、というのが私の心からの願いです。思えば彼女たちは勉強も部活動も、学校生活全体においても、自分をしっかり磨いて来たと信じています。

 しかし、人間はギリギリにならないと、なかなか集中できないという悪い癖みたいなものがあるようで、校長先生があいさつの時、3年生に志望校受験の自信がある人と聞かれた時に、手を挙げた人の少なかったこと。私のクラスもあまり居なかったので、もっと自信を持たせることができなかったのかと、受験者のメンバーに申し訳なく、深く反省してしまった。良い意味で人間は短期の集中は結構できるが、悪い意味では長期展望にたった挑戦に弱いという事になる。もっと長期展望にたって受験指導に当たっていかなくては、彼女たちの集中が切れてしまうという事を実感しています。私自身の一歩成長が、どのように彼女たちに影響を与えられるかだが、我が高校の進路指導室と四つに組み、生徒一人一人の夢と希望を叶えるために、あらゆる方法手段を駆使し、その他に+αがあるのではないだろうかと模索する!

  

 同僚でもあり親友でもある鈴木さんが、先週から教習所に通いだしたと言ってきた。どちらも自転車を持っていなくて、6時に起きて6時半に待ち合わせをし、学校へ出かけた。いつも朝寝坊するのが鈴木さんで、その度に電話して起こし・・・・・・。雨の日も風の日も、毎週火曜日・金曜日のバスケット部とテニス部の朝練に通って2年余。あの時の修行?と言えるかわからないけれど、激励をお互いにし、頑張ったこと。眠く苦しくても、やり抜いたこと。差し入れの数など。そのおかげで今、生徒たちから絶大に信頼されていると確信しているし、鈴木さんとの友情は、これからも大事にしていきたいと思っております。その鈴木さんが免許を取ったら、私を第一号に乗せてあげると言った。私は彼殿と結婚を前提に付き合っているので、怪我でもしたら彼殿が悲しむし、第一私の方が先に結婚が決まりそうなので、殺意を感じるから、「乗るか乗らないか判らないわよ」なんて冗談を言いつつ帰ってきました。2月初めまでには取る予定だという。早くとれるように祈ってあげよう。     しのぶ

 

◇12月31日(木)晴れ

 タカシさんは故郷の長野県に帰郷している。いつも正月は帰郷しないそうだが、今回の正月は、私と付き合っていることを報告するために帰ったのだ。

今年も学校で色々な事があったが、個人の生活としては、彼殿に巡り会えたことが、一番の出来事であると言えそうです。あまり乗り気でなかったのに、9月20日に出逢った時からこの天邪鬼の私、徐々に惹かれていく自分が不思議でした。やはり彼殿は私の伴侶になる人でしょうか?まだ暗闇の中にいるようで判りませんが、一日ごとに惹かれて行く気持ちを、隠すことができません。1993年という明日からの人生を、彼殿と少しでも彩ることができれば幸せです。とは面と向かって言えないけれども(笑い)。

母と一緒に年末の買い物に出かけました。家具屋さんの前で母が入ろうと言ったので入りましたが、今までまるで関心のなかった洋服ダンスや食器棚やベージュの素敵なソファなどに、目が行ってしまいました。母はとても嬉しそうに家具を品定めしているのです。まだ結婚が正式に決まっていないのに、そわそわして触ったりしているのです。それを観察していて、女親が嫁がす娘の支度に喜びを感じるというのは、こういうものだと知りました。将来嫁ぐことになったとしたら、母には何事も相談をして行きたいと思った。

 

1993年の決意

1.教師として、一人ひとりの面倒をよく見て、りっぱな人材を育成します。

2.教育の本から人生論まで、50冊以上の本を読んで成長していきます。

3.一家の和楽を目指す(健康になり、笑みの絶えない家庭になるよう努力し

ます)。

4.朝倉タカシさんのご両親と御家族の健康と繁栄を、いつも心の中で祈る。

5.朝倉タカシさんを尊敬し、信頼し、崩れざる将来の建設を目指す。

6.私自身、人から好かれる器に成長したい。○感謝できる自己○物事を良い

方へと解釈できる自己○感情を顔に出さないようにする自己。

7.我がクラスの全員が成長し、無事進路決定、無事卒業、そして、新一年生

の成長!

以上

 

考えるともっとたくさんあるのだけれど、まずこの目標に挑戦します。

 今までは私一人が毎年目標を立て挑戦を繰り返してきたのに、1993年からは大事な彼殿を中心に、私の人生を進める心強さを感じているのです。

それにしても昨日、今日電話をくださると言っていたのに入りません。電話の前まで行ったけれど、長野県の実家にかける訳にはまいりません・・・・・・。電話番号を聞くことを忘れていたし・・・・・・。                しのぶ(淋しい)

 でもね、1月4日は彼殿とサーカス見物に行くことになっている。しばしの我慢!!

 

 

タカシは3日の夕方、長野県の実家から帰り、そのまま手土産を持って武井家に新年の挨拶に行った。元日にしのぶには電話で新年の挨拶を済ましていたが、改めて着物を着込んだしのぶに逢うと、新年を本当に迎えたという感動が込み上げてきた。武井勇と咲子もタカシの改まった新年の挨拶に応じた。弟の実は友人と出かけていたので不在だった。この日は2回目の武井家への訪問である。挨拶に来た社員達が帰った後なので、父の武井勇はかなり酔っていたが、タカシと改めて飲み直し始めた。今日で三が日が終わりだというのに、お節料理が潤沢にあった。母の咲子がタカシのためにと、確保しておいたそうである。しのぶと横に並んで食べるタカシは楽しいはずなのだが、正面に座った勇に饒舌に話しかけられるので、その受け答えで晩餐は終わってしまった。横でしのぶはにこにこ笑っているだけである。帰り際、坂の下の道路まで見送りに来たしのぶの手を握ってお互いの顔を見つめ合った時、初めてこころが満たされ、気分は絶好調になった。着物姿のしのぶの艶やかを、自分の網膜に焼き付けるかのように、何度も振り返っては目を凝らすタカシであった。

 

翌日、五反田で待ち合わせし、荒川区のJR地下鉄南千住駅前に向かった。今日はしのぶの希望でサーカス見物だ。やはり一度もサーカス見物したことがないと言うのである。しのぶは待ち合わせ場所で逢った時から機嫌が良くて、鼻歌などを歌っている。タカシは子供の頃、父親に連れていってもらったサーカス見物の記憶の断片が、とても懐かしく、とてつもなく楽しい光景であったことを思い出した。今日見るサーカスも、きっとその時と同じものかもしれないとタカシは期待した。会場に到着してタカシとしのぶが席に座ると、場内の照明やデザインは、記憶の中のサーカス小屋より一段と洗練されているが、やはり見覚えのあるものだった。20年の時を経た今、子供の頃の感動と同じものを感じ取ることができるだろうかとタカシは思ったが、その懸念はあっという間に打ち破られた。

華麗なるオープニングショーが始まると、黄金色の衣装やキラキラと銀色に輝く衣装を着飾った女性たちが、身体全体でお客様への歓迎を表し、笑顔を振りまいて踊る。

つりロープショーでは、ロープと体の間に作られた摩擦だけでぶら下がって、鍛えられた美しい人間の肉体美や体の曲線を見せてくれた。

動物のショーも定番だが、動物を自在に操る技は、日頃の訓練の積み重ねなのだろう。キリンやシマウマの曲芸は、可愛らしくてコミカルで思わず頬が緩む。不思議の王国タイからやって来た像のショーも、民族衣装をまとった可愛さと、滑稽な演技に拍手喝采である。同じ動物のショーでも、ライオンとなるとやはり猛獣であるがゆえに、曲芸中に事故が起きないかと要らぬ心配をするのだが、調教師と獰猛な動物たちとの深い心の通い合いの芸に、思わずタカシは、

「凄い!」

 と叫んでいた。しのぶは、

「本当に凄いね。自分の心でさえ上手くコントロールできないのに、あの調教師は獰猛なライオンを操っているわ。愛情で猛獣の心をしっかり掴んでいるのでしょうね」

 と感動したままの目でタカシを見つめ、肩を軽く触った。

タカシのサーカスの記憶の中で、一番衝撃的に覚えているのは、オートバイショーであった。耳の中に、バイクのエンジンの音が、20年を経ても残っているような錯覚がある。赤や黒などのバイクスーツを着込んだ若者が、茜色に輝く丸い網の中をぐるぐると走り回る。遠心力とはいえ何故天井に行っても落ちないのかと、タカシはこの年になっても合点がいかない。しのぶも口を半開きにして、耳を少し抑えながら、キラキラした目で会場の中央を見ているのである。

 

地上からの高さは、恐らく10数メートル、両端に設置されたジャンプ台の間隔は、約20メートルぐらいあるだろうか。長いのや大きいのや小さいのや、6つほどのブランコを使って繰り広げられる、サーカスの大輪の華とも言える空中ブランコショーも圧巻である。タイミングが一番大事な曲芸である。特に目隠し飛行や紙破り飛行などの芸は、呼吸が止まるかとも思われるほど観客を惹き付ける。まさに怖いものを見たい心境なのであろうか。鍛えに鍛えた出演者の息をのむ大技に、観衆のどよめきは天井まで登って行く。そうかと思えばサーカスには欠かせないピエロの登場で、場内は湧き上った。

タカシはこのブランコを見ているうちに、中原中也の『サーカス』という詩が、脳裏を過ったのを感じた。あの不思議な詩である。

 

幾時代かがありまして

茶色い戦争がありました

 

幾時代かがありまして

冬は疾風吹きました

 

幾時代かがありまして

今夜此処でのひと盛り

今夜此処でのひと盛り

 

サーカス小屋は高い梁

そこに一つのブランコだ

見えるともないブランコだ

 

頭倒(さか)さに手を垂れて

汚れた木綿の屋根のもと

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

それの近くの白い灯が

安値(やす)いリボンと息を吐き

 

観客様はみな鰯

咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

屋外(やがい)は真ッ暗 暗(くら)の暗(くら)

夜は劫々(こうこう)と更けまする

落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

詩の文言が頭を過った後に、最後のゆあーん ゆよーん ゆやゆよんという何とも淋しい音色のようななものが、何度も頭の中を掻き回した。いやブランコのように左右に頭の中で揺れている。遥か20年前の福島の大きな町で行われたサーカスの金色に染まったイメージ風景や、度肝を抜くような演技の数々に、タカシの小さな手が汗ばんでいたことを思いだした。帰りには父におんぶしてもらって、夕焼けの茜色を遥か彼方に見ていた時、深くは判らないけれども、儚い人間の人生のようなものが、ひたひたと迫ってくるような気がしたことを、鮮明に今この瞬間に記憶の島から紡ぎ出した。ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん。淋しいけれど人生の一面を見ると、ゆあーん ゆよーん ゆあゆよんのようなものだとタカシは呟いた。

タカシはその幼い時に、ぼんやりと茜色の夕焼けを見ていると、苦難の人生を乗り越えて、様々な年輪が顔に無数の皺を作らせた優美な老人になったような気がした。何をする訳でもなく、父の背中でじっと茜の空を見ているのだ。退屈であるから気持ちを紛らせている訳ではない。フローリングの床にうつ伏せになり、庭の先にある門の外にじっと視線を向けている犬のように、時間の流れに任せて、一切の煩わしい世間の動静など歯牙にもかけず、平然と佇んでいたような記憶がある。生まれてもいずれ亡くなってしまう人間の儚い定めに、タカシは泣き出しそうな気配もあったが、どこかで超然と達観しているような妙な心境もあった。人間の一生の中で、生老病死は必然のものである。それであるが故、人間は儚さに対抗するために哲学を持つ。それは一瞬一瞬において力強い前進の哲学でなければ、越えようもないものかもしれない。幼い時のタカシは、あっという間に消えてしまう夕焼け空の儚いイメージの中に、そんな生き方をしなければ美しくないと直感的に悟ったのであろうか。そう、人間の命が尽きる時には、一幅の見事な一枚の絵が出現し、その絵の前で平然と眺めているような光景が起きてくるのかもしれない。鍛え抜かれた人間が生み出す空中ブランコの律動、一幅の絵画のような黄昏、その儚さを刹那の瞬間に手に入れていたという事は、幼き頃のタカシは、実は幸福であったのかもしれない。人生は短い、あっという間に過ぎ去る。その中でこの至福の瞬間を感じられることは、人間に与えられた特権なのかもしれないとタカシは思った。

 

その他空中大車輪、イリュージョン、空中アクロバットショー、日本的な古典芸、椅子を幾つも重ねた上で演ずる妙技、一輪車の曲乗りパレードなどなど、2人はあっという間に過ぎた演目の数々に、振り返り思い出しながら名残惜しそうにして会場を後にした。

 

銀座で夕食をとったが、2人の話題はもっぱらお互いの両親の話になった。タカシは最近になって、しのぶの両親や家族と逢ったので、その感想などを話しているうちに、肉親との死別の話にまで及んでいった。それは空中ブランコからあの中原中也の詩へと連想され、茜色の夕焼けの思い出に行きつく時に、生み出された生死に対する感慨を、しのぶにも話しておきたいと思ったからだ。しのぶとタカシの2人の未来に対する予感が、そうさせたのだろうか。

 

  

◇1月5日(火)晴れ

 昨日、年の初めにゆっくりとサーカス見物が出来た。サーカスを生で見たのは生まれて初めて!嬉しかった!タカシさんに感謝!ありがとうございました。

  

今日は用事があって先輩教師に電話をした。すると何度か親しくお話したことのあるお母さんが出られ、『元気にやっていますか』『頑張っていますね』などと声をかけてくれた。先輩教師は不在だったが、タカシさんとのことで相談にのってもらったりしている。そのお母さんの話では、お父さんが入院しているが、もう余命は短いとのことだ。それでも毅然としっかりとした語調で、『お父さん、お母さんを大切にしなさい』と言われたことが、胸に深く響いた。

 

もう一人、高校時代の同級生の昨年2月に結婚した三奈美さんに電話をした。2月の初めに赤ちゃんが生まれるという。余命いくばくかの方と、生まれてくる赤ちゃんの話が重なった。殺伐とした世の中に見えて、死と生の中で生身の人間は戦っているのだ。その人々の存在の渦中に彼殿と私がいる。そう思うと、もっと人と人とのつながりを大切にしたい。 

昨日、彼殿が私に申しました、親の死による別れを今考えています。彼殿が申しましたように、たぶんその時には髪を振り乱して、悲しむと思います。

 でも、今までは弟がいましたし、これからはもっと力強く励ましてくれる彼殿がいます。いつまでも親と共に生きたいというのが、私の思いですが、人間には寿命があります。できる限り長生きしてくださいと、心から祈るしかありません。それは私の両親と彼殿のご両親の健康・長寿です。 

高校時代に鑑賞した『ET』の映画の別れの部分で、激しく泣いてしまったことを覚えていますが、昨日のディナーでの彼殿の言葉が、10年前に泣いたことを思いださせてくれ、不覚にも涙ぐんでしまいました。

  人間は必ず死ななければならないことは周知の事実です。でも、今は周囲の人が亡くなることは少しも考えていません。けれども必ず死は訪れるのです。しかし、できうる限り長生きして欲しいです。人の死は淋し過ぎます。悲し過ぎます。 

人の健康と幸福を願い、彼殿と2人して必ず幸せになっていきたい!しのぶ


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誕生日に酩酊するタカシ

1月30日の土曜日は良く晴れていた。今日はタカシの誕生日である。27歳になった。しのぶが一週間前に誕生会を開くと言ってきたが、その話が武井家に伝わり、どういう訳か両親までお祝いをしたいと言ってきた。タカシは2人だけで食事でもと思っていたが、しのぶの両親がそんな話で盛り上っているなら、賑やかなのも嫌いではないので、応諾することにした。

 

夕方の4時頃、タカシはなだらかな坂を上っていた。左に折れると武井家だ。白い外壁の美しさに見とれながら接近していくと、しのぶがグレーのカシミアニットアンサンブルに、白の刺繍柄のスカートをはいて、ドアの前に立っていた。少し寒そうだが、顔は綻んでいる。

「待っていてくれたのですか?」

「いいえ、今出てきたら丁度タカシさんの姿が見えたの・・・・・・」

 いつものように質問に対して、素直に認めないような雰囲気があるが、化粧をした美しい顔を見ると、タカシは心が緩んだ。

 しのぶが開けたドアから先に入ってと促すと、タカシは目の前に父の武井勇と母の咲子が、満面の笑みで立っているのに恐縮した。冬の鋭角な西日の光線が、両親の顔を撫でている。今日で3度目の訪問であるのに、最初と変わらない初々しい出迎え方に、タカシはしのぶに対する両親の深い愛情を、感じずにはいられなかった。

 客間に通されると、もうすでにいくつかの料理が出されていた。独身のタカシにとっては垂涎ものである。

「私が作ったのはこの春巻きです。あとはお母さんだけど・・・・・・」

 しのぶは料理は得意ではないが、精一杯作ったその料理は、神々しいような自己主張をしている。

 宴が始まった。武井勇とビールで乾杯をすると、しのぶはしゃれた紙袋を、別の部屋からご機嫌な時のステップを踏むような歩き方で持ってきた。

「はい、朝倉さん。27歳の誕生日、本当におめでとうございます」

 と紙袋を差し出した。中にはリボンのついた大きめのシックな箱が入っていた。タカシは言われるがままリボンをほどいて箱を開けてみた。黒い革製のショルダーバッグだった。触ってみると何とも言えない柔らかな素材に、タカシうっとりとしてしまった。好きな素材で欲しかったものである。

「ありがとう。しのぶさん。僕が好みそうなバッグを良く知っていましたね」

 しのぶは片目をつぶって、

「池袋に遊びに入った時、バッグ屋さんのショーウィンドーで眺めていたから、欲しいんだなって判っていたわ。それにこのブランドは評判も良いし・・・・・・」

「本当にありがとう」

 タカシは嬉しさのあまり、しのぶの白魚のようなすべすべした手を握ったが、彼女の実家であることを思いだし、すぐに手を引っ込めた。その仕草が余りにも微笑ましく映ったのか、家族からは弾けんばかりの笑い声が上がった。しのぶも下を向いて恥ずかしそうに笑っている。

「さあさあ、タカシさん、しのぶとはまた後でゆっくり水入らずで話もできるでしょうから、まずは飲みましょう」

 勇はビールの瓶を持って、タカシのグラスに注いだ。タカシは恐縮した顔をしながらグラスを持っている。今度はタカシが勇のグラスにビールを注いだ。家族全員の乾杯の掛け声で、タカシは美味しそうにその杯を半分ぐらいまで開ける。すると、また勇はビールの瓶を持つのである。勇はタカシが可愛くて仕方がなかったのだろうか。愛娘であるしのぶの心を射止めたという意味では、タカシという人物を、ある意味尊敬し評価しているのであろうか。アルコールは、堅苦しい社会常識やお付き合いを深めるための長い工程を、一気に走破する威力を持っている。ためらいがちな気おくれや緊張感が緩和し、お互いの深層心理が表に出てくるようだ。大脳を刺激する高揚感が、明るい会話を生む。だから勇は仲良くなりたい人物と良く酒を飲む。経営する会社の社員達とも定期的に懇親会を持ち、苦情のガス抜きや、本音を聞きだすことに力を入れている。今日はそのお相手が愛娘の将来の婿殿となれば一層、その人物に対して興味は尽きないようだ。

「タカシ君はどの位飲めるのかね?」

「僕は長野の田舎育ちですから、生い立ちの環境としては、呑兵衛が美徳みたいなところがあって、何か行事があると皆良く飲みますね。実家はログハウスを建築する仕事をやっていますので、職人たちが集まると良く飲んでいました。それに寒いところですから、それを凌ぐためにというのを言い訳にして飲みます」

「酒は人生を彩る至福の時を作ってくれるから、僕に言わせると飲めない人はある意味可哀想だと思うよ。僕も若い頃は本当に飲んだ。お金がなくても飲んだ。それでこの咲子には、随分迷惑をかけてきた。酔った勢いで言う訳ではないが、本当に感謝してる、咲子さん」

 隣にいた咲子は、照れているのかばつが悪いのか、勇を軽く睨んで苦笑いしている。

「タカシ君、人間は遊ぶために生まれて来たと思うがどうだろうか。もちろん一生の大半は苦しいことばかりだが、その苦しいことを修業して乗り越えるから楽しいんだよね。これが遊びでなくてなんでしょうか。僕はそんな時に美味しい酒を飲むんだ。そんな時の気分は最高の幸せだね。だから、お酒には感謝。これが無かったら寂しいものだ」

 タカシも酔いが回って来たのか、酒の哲学論を力説する勇に反論したくなった。

「でも、武井さん、僕もお酒は大好きですが、そこまでは思いませんよ。だって酒でなくても人それぞれいろんな至福の時がありますから、お酒だけに肩入れするのはどうかと思いますが・・・・・・」

「面白い、タカシ君は僕に反論するんですね。僕が思うに、お酒が一般大衆に広がっていて、下戸でもない限り誰でも飲めるものです。これだけ普及していたら、世の中の大抵の人は、私のお酒が最高であるという至福論は賛成多数だと思うがどうだろう」

「僕が言いたいのは武井さんの言うことが、皆賛成ではないという事だけです。その人達にお酒が絶対に最高の至福だと、強制的に言わせるわけにはいかないですから」

「じゃあ、他にどんな至福の時があるというんだい」

「女性だったら、特にご褒美に美味しいものを食べるというのがあります。男女問わずでは、ゆったり寝ている時が至福の時という人がいます。僕もかなりそういうところがありますが・・・・・・。また、好きな人と喋り捲るというのも至福の時です。ある人は、快晴の日、洗濯物を干して、隅々までお掃除した時が至福の時っていうのもあります。他にはこんな人もいます。一日の仕事を全て終えて、読書している時が一番っていう人も。温かい風呂に入っている時が幸せとか、野球を生で見ているのが快感とか、美容院に行っている時がまったりしているとか、ドライブしている時が最高など、人の数だけ違う至福の時があるのかもしれません。だから、人が本当に幸せを感じているというのは、外見では判らないと僕は思いますが」

「そんなことは僕も判るよ。でもね、この世に生まれてきた人間には、何が本当に一番楽しい快楽か、判るように遺伝子に記憶させている。だから、その遺伝子にある記憶の中では、間違いなく食欲や性欲の次に、酒欲というものがあるんだよ」

「僕もお酒は大好きですが、そこまでは言いきれないと思います。やはり人間それぞれの幸福感というものには、差別がありますので・・・・・・」

「君もしぶとい男だね。結構食い下がってくるね。まあ簡単に妥協する人間よりは良いのかもしれないが」

 酔った上での日頃の思いを、勇は若いタカシにぶつけて楽しんでいるようなところがある。勇はビールから焼酎に変えた。タカシは次の飲み物を聞かれたので、申し訳なさそうにウィスキーがあればと所望した。すると準備をしていたのか、透き通った氷が入ったダブルが出て来て、氷の入ったアイスペールとウィスキーの瓶までテーブルに置かれた。しのぶは下戸であるから、何故そんなに楽しそうに飲めるのか、不思議だというような顔をしている。

 

勇とタカシの話は、やがて人生論になった。人間は苦労した方が良いのか、苦労しない方が良いのか論である。タカシは高度成長期の真っただ中に生まれているせいか、できればそれほど苦労しない方が良い派である。勇は第二次世界大戦時代に生まれているから、この時代は苦労を買ってでもしろである。

「やはり苦労は勝手でもしろと言うのは、正論だと思う。苦労すればするほどそれは必ず全部自分に、素晴らしい結果や幸福をもたらしてくれるのは間違いない」

 勇は苦労して今の会社を築いたいわば成功者であるが故に、この持論に対する自信は強い。

「人間の一生は修行だと思う。その修行をしているからこそ、苦労しているからこそ、どんな場面でも前向きに挑戦していける。強く生きれるんだね。やっぱり一生は長いようで短い。その中で自らが体験できることは限られている。しかし自ら困難を選び乗り越えていけば、人生の豊かさは二倍、十倍、百倍と無限に広がっていく。その分だけ自分の自信として揺るがないものになって行く。これが本当の幸福感だよ、タカシ君。だから苦労はした方が良い」

「少し前に人間の幸福感には人それぞれ差別があると申し上げましたが、この考え方から言うと、苦労と言うものにもいろいろな差別があると思います。その中でも最高のものがあるかも知れませんが、残念ながらその人の気持ちまで覗くことはできません。ですので僕が思うのは、苦労をすることは判りますが、一律に苦労しろと言うのは無理です。人によっては微々たるものでも、苦しくて鬱になったりします。だから、人間を一律に同じ苦労させるという考え方には反対です。その人に合った適度な苦労は必要でしょうが、他の人と同じような苦労を与えて、壊れてしまったらどうします。だから僕は難しいとは思いますが、その人の器が耐えて越えられる程度のそれぞれの苦労を、選択できる方がいいと思いますね。そうなると、武井さんから見たら、小さな苦労でいっぱいいっぱいの人の場合でも、それは苦労じゃないと一言で終わってしまうかもしれません。でも、現実に何の配慮もなく一律に苦労させることによって、鬱になったり、自殺したりする人が出るのです。一辺倒な苦労ではなく、もっと繊細にその人にフィットした困難を与えないと、だめだという事です」

「僕には鬱病になる人間については良く判らない。なんですぐめげてしまうんだ。心が弱いんだね。そんな人間ばかりが増えてきた。僕には最近の青年たちが良く判らない。生命力が弱いんだね」

「確かに時代は管理社会になり、昔のように人間が自然の中で育つという事はなくなりつつあります。環境はだんだんと悪化しています。それでも、昔だって鬱病の人はいたでしょうし、そんな強い人ばかりではないと思います。これだけ情報が行きかう世の中になったから、人間の弱さとかにスポットライトが当たるようになっただけで、人間の強さ弱さはどんな世代であろうとほとんど変わらないと思うのですが」

「タカシ君もなかなかの理屈屋だな。そんな細かいことでなく、苦労を買ってでもするという王道は変わらないというのは間違いない」

 タカシは両親に口を酸っぱくして言われてきたそのフレーズが、あまり好きではない。大ざっぱではなく、もっと思慮深く人間を見ていかなくては、こぼれてしまう人間がいると、その後も主張し続けた。

 やがて、また話は小さな対立を生みながらも、様々な分野に広がって行った。いくつかの話題がその後続いたが、戦争の話になった頃にはもう9時近くであった。その時刻になると、月末で土曜出勤していた実が帰宅してきた。タカシに誕生日のお祝いの言葉を言うと、一緒になってテーブルに座って夕食を取り始めた。ウィスキーのボトルは、半分ぐらいが空になっていた。眠くなったタカシの様子を見ていた勇は、しのぶに隣の部屋に布団を敷くように言った。今日は予期せぬことに泊まることになったのである。タカシは上機嫌で、しのぶと同じ屋根の下に寝ることに、子供の時の外泊する楽しさに似たものを感じた。パジャマを出してもらい、着替えて布団に入ると、タカシは強い眠気に吸い込まれていった。

 

 2時間ぐらい経っただろうか、タカシは胃の中が不快になるのが判り、こみ上げてくる苦しさに目を覚ました。しのぶと咲子は隣の部屋でまだ起きていて、話し込んでいるようだ。タカシは障子を開けて、しのぶに歪んだ顔を向け、気持ちが悪いと言ってトイレに駆け込んだ。便器の前に膝をついて前かがみになった途端、危険水域に耐えかねた堤防が決壊したかのように、汚物は吐き出された。しかも激しい水圧である。タカシは勇にウィスキーを盛んに勧められ、良い気になって飲み続けた自分の末路が、この状態である事に、深い恥ずかしさを感じた。いいや、しのぶへの恥ずかしさである。お酒でしのぶを不快にするような行為になった事に対する恥辱感である。酩酊はしているが、その恥辱感は痛いほど胸を刺した。トイレのドアを叩く音がする。

「タカシさん大丈夫ですか?背中をさすりましょうか?」

「とんでもない。大丈夫です。一人で収まるまで何とかしますので気にしないでください。申しわけない」

 そう言うのがやっとであった。その後もおさまって布団に入るが、またしばらくするとトイレに駆け込む。トイレに30分ほど閉じこもり、また布団に入る。そんな状態が朝方の5時ぐらいまで続いた。しかし、やがて吐くことに疲れたかのように、タカシはこんこんと眠り始めた。

 

「おはようございます」

 タカシは天から降り注いでくるような声に目が覚めた。しかし、目が覚めた途端、しのぶの目に少し涙が溜まっているのが見えた。

「大丈夫ですか?胃の調子はどうですか?」

 悲しみと怒りが混在しているような不思議な声である。タカシは頭の中にある得体のしれない鈍い痛みに苦慮しながら、 

「すみません。醜態を見せて。君のお父さんと話が弾みすぎて、つい飲み過ぎてしまった。本当にごめん」

「私は全然平気です。二日酔いのようですから、このお薬を飲んでゆっくり寝ていてください。私は学校に急用ができたので、出かけますけど・・・・・・」

「いいや、長居するわけにはいかないから、すぐアパートに帰って寝るよ」

「そうね、それじゃアパートの近くまで送っていくわ」

「いいよ、いいよ。君は学校へ行く支度をしてください。僕は君のご両親に、お礼とご迷惑をかけたことを謝ってから帰ります」

 しのぶの目は一瞬寂しそうな気配を見せたが、こくりと頷いて、薬と水の入ったグラスが載ったお盆をタカシの前に置いた。タカシは錠剤と水を弱った胃の中に流し込んだ。

 両親に丁寧に詫びると、父の勇は、自分の若い頃なんかそんなものじゃないと言って、呵々大笑された。外に出ると快晴であった。家の前の路地を出て坂を下っていくと、眩しい太陽の光線が、タカシとしのぶのつないだ手を温かくした。洗足池から流れてくる小川の側で、タカシはしのぶと別れた。振り返りながら、タカシは手を振った。そういえば、昨日しのぶからわくわくするような素敵なカバンを貰ったのに、ゆっくりお礼をしていなかったことを思い出し、タカシは醜態の件とダブルパンチとなって、頭の痛みが増すような気がした。

 

 

◇1月31日(日)晴れ

 昨日は彼殿の27歳の誕生日。今、少しグレーな気分です。昨日の夕方からタカシさんがいた部屋の中を、今日は複雑な思いで見ています。学校の用事を終えて帰ってきたら、遊びに来ていた親戚の夫妻と甥が、やはりこの部屋の中にも入りました。今は両親と弟がテレビを見、私は暖房機の側に横になって日記を広げています。書き始めようと思ったのですが、ペンを動かすにはとても苦しくて、文章が書けません。精神的に疲れています。昨日から悲しみが消えません。彼殿の悪酔いを見てしまったのですから・・・・・・。ただひたすらに、布団に入り眠りにつきたいと思うだけだ!                     しのぶ

 

◇2月1日(月)曇りのち晴れ

自分の悩みの中で空転していると、周囲から自ずとあまり良くない報告が入って来る。本日、大学入試の試験日にあたる生徒が多いのだが、全力を出し切れるように指導して来たのに、最も力を入れていた2人の子が、全然ダメだったと言って来た。

1993年は、私にとっても勝負の年だ。特に全員、志望の大学、就活を勝ち取ってもらい、無事卒業して欲しい。そのことを年頭にも祈願したが、今日はショックな日となりました。世の中に役立つ人材の創出という大道に立ち、学校においての戦いは、負けてはいけないと自覚していたのに・・・・・・。未熟さを痛感しています。落ち込むという言葉はとても嫌いなのですが(いつも現状維持を引用しています)、この言葉が昨日、今日と当てはまっているのです。

今までは、どんなことがあっても彼殿のことを考えると、気持ちが沈んでいても、生命力だけはめきめきと燃えてくるのは不思議だったのです。そんな時に本当に出逢えて良かったなと実感してきました。所詮は落ち込んだとしても、彼殿という支えがあれば、必ず解決するのだからと。確かに落ち込むことはないのでしょうが、そこが凡人の悲しさで、現実にぶつかると悩んだり苦しんだりしましたが、要はどのくらいの時間の中で、立ち上がるかが問題だったのです。

その元気をくれる支えとも思える存在の彼殿に、今日は残念なことに苛まれています。ですから学校のこともなかなか気持ちが晴れません。今私が思うことは・・・・・・。

お酒を飲むことには反対しませんが、お酒に飲まれることと、周囲の人に迷惑をかけることは、して欲しくないのです。

私の父はとてもお酒が好きで、人が来ると昼だろうが夜だろうが必ずお酒を出させます。また、お酒の場になると、最初に飲み始め、最後まで座っています。そのまま静かに寝てくれるならいいのに、ある時は路上で寝ていることもあります。そんな時の母の悲しむ姿を見ていますから、あの苦労はしたくないし、もし結婚するのなら、お酒に飲まれない人だと願ってきました。

彼殿のお酒の限度はどの位なのかは知りませんが、私の想像していた飲みっぷりより、はるかに超えたものであることを目の当たりにして、昨日は悲しくなってしまい、ちょっと泣いたりしてしまいました。いずれ彼殿には直接お話をする予定ですが、決して涙で抑えようとか、やめさせようとか今は思っていない。彼殿は優しい人だから、私の嫌がることを止めようときっと思ってくれるでしょう。けれど好きなものを止めるということほど残酷なものはありません。好きなものでしたら、本当はどんどん飲んでもらいたいのです。ただし、お酒に飲まれないことと、周囲に迷惑をかけないこと(酔ってもどしたり・・・・・・)。

そしてあと二つあるのです。将来もし結婚した時のことを考えて、箇条書きにして残しておきます。

1.何処で友人・知人と飲んでも構いませんが、自宅に帰れない時は必ず連絡をして欲しい。

2.趣味で飲んでいる分には構いませんが、もし所帯を持った場合、生活が苦しくなるほどお酒にお金を使わないこと(お給料の大半がお酒のお金であったりしない事)。

以上の2点に関しては、守ることを彼殿が承知しなくても、私が感じたら多分必ず家を出ます(この時仮に子供がいたとしたら、連れて行きます)。この考えはあくまでも結婚を前提とした話です。

今日ずっと良く考えに考えて決めました。このことを言ったら、彼殿の気持ちを非常に重くするのはよく判っていますが、人はいくつかのやって欲しくない事を持っています。

私にとって、お酒のイメージは良くないのです。ですから飲む場に行っても、飲みっぷりの良い人の側ではなく、つきあい程度で飲む人の側か、あるいは飲まない女性の側にいつもいました。弟に言わすと、『姉貴が飲めるようになれば、その分だけタカシさんの量が減るかもしれないから、大酒のみになったら・・・・・・』と冗談を言っていました。

これは多分面と向かって言えないことです。

いつまでも彼殿がいて、私がいるのだと思い続けたいのです。そのためには努力はします。恋に恋焦がれる単純なる青年よ(コレ、イヤミ)!

もっと大人になって精神的に私を抱きしめてください(コレモイヤミ)。 

そして私のわがままを聞いてください!            しのぶ


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卒業生よ未来に向かって羽ばたけ

◇2月15日(月)晴れ

今日は本校へ入りたい中学3年生たちの一般入学試験の日。

一週間ぐらい前から微熱が下がらず、睡眠をとることすら億劫で、体がむず痒くなっているような気がする。朝、嫌な感覚が体を覆っているようなので、どこが悪いのか点検してみたが、どうも胃のあたりがかったるい。私の身体とは裏腹なのか、外を見ると快晴で空気が透き通っているようだ。

卒業する私の可愛い生徒たちが、ここにきて風邪をひくようなことになったらいけないと心配している。17日は予餞会、18日は卒業予行練習、19日は卒業式だ。何かと準備で忙しく、今日も教職員室に張り付いている。5時半に入試合格の報告で、二人の生徒がやって来て懇談。8時になっても同僚たちはまだたくさん残っている。それでも9時には卒業式の役員と打合わせを終え帰宅した。疲れました!

私のクラスの生徒の中には、いろいろな環境の子がいた。父子暮らしで、朝食の支度をしてからでないと学校に来れない子。低血圧で朝にとても弱く、いつも遅刻で駆けつけていた子。3年の前半を入院生活していた子。膝に水が溜まり思うように正座などが出来ず、雨の降る日にはひざが痛み、ふらふらしながら歩いて、泣きながら学校に来ていた子等々。1人ひとりが自ら背負う宿命と闘いながら、社会の人材になろうと挑む姿に触れ、全員が力ある人材として、大きく成長できるように願ってやまない。

外部の識者等から激励を受ける機会も設けてきたが、その成果が出てきて、クラスの生徒の眼差しは、真剣なものになったと今は感じている。

卒業式の際には、全員が新しい航路に出発するのだから、さらなる決意をしていけるよう、当日を大成功させたい。少々体だるし!!       しのぶ

 

◇2月19日(金)晴れ

少し暖かい日であった。今日の卒業式は圧巻でした。私の思った以上に大成功で、涙が出ました。

正装されて全生徒の父兄が参加。用事で来れないと聞いていた父兄も、やりくりをして来ていただいたので、その生徒も大喜びでした。もう一人の親は風邪をひいていたのですが、娘の晴れ舞台に参加しないのは子不幸だと、病院に寄って駆けつけてくれた方もいました。生徒や父兄の皆さんが、今日の旅立ちを何とか盛り上げようと一生懸命なので、目頭が熱くなりました。卒業式の流れは、「国歌」「校歌」斉唱、卒業証書授与、校長告辞、来賓祝辞、在校生送辞、卒業生答辞、自署名簿提出の辞、卒業記念品目録贈呈、保護者代表謝辞、「仰げば尊し」斉唱で進んだ。特に卒業証書授与では、ひざの痛む子を、脇で支えてサポートする同級生の微笑ましい姿に涙しました。校長先生は、大学へ行く生徒、就職する生徒それぞれに、本当に心のこもった素晴らしいはなむけの言葉を述べていました。卒業生全員の心に残ったと思います。送辞と答辞も、目がうるうるになってしまいました。答辞はうちのクラスの金子さんだから、彼女の苦闘や成長の日々を思い出して、万歳をしたいくらいでした。彼女は将来、国際弁護士として世界平和のお役に立ちたいと、日本の法曹資格と米国の法曹資格を取得することと、国際法・条約に関する知識や語学力を身に付けたいと言っています。うちの高校始まって以来の秀才で努力家ですから、きっとその目的を達成すると信じています。彼女は高校一年の時からずっと見てきましたが、1年生の時は怠けて学校に来なかったり、少しいかがわしいところで遊んでいるところを補導されたりと、退学になると考えられていた子です。その子が自宅謹慎の時、たまたまあるアメリカの弁護士物語の映画のビデオを見たのですが、それが青天の霹靂だったようです。その日から人が変わったように勉強し始めました。そして今回、中央大学の法学部に一発合格し、新しい人生を歩み始めています。人間って判らないものです。ですから可能性の大光は、どんな人にもあると信じてやみません。それに彼女は少しぐれていたころには考えられないくらい、他人の体のことを心配したり、またクラスの団結を願ったり、ボランティアに挑戦したりと、本当に大成長しました。感無量です。他の生徒も同じですが、未来に向かって羽ばたけと言いたい。

教師になってはや7年目!また卒業生を送り出す今日この日、私の教師としての戦いの中で、何人かの人材を、いいえクラス全員の人材を輩出できた実感を手中にし、たくさんの喜びを、震える思いで受け止めている。体は不調でだるいが、気分だけは爽快!  しのぶ

 

◇2月28日(日)曇時々雨

今日は腹痛がしている。食欲もあまりない。体調があまり良くないのである。卒業生を送り出した安心感で、どっと疲れが出たのだろうか。

一昨日の仕事が終わってから、2年先輩とともに帰る時、彼女が今、交際を申し込まれていることを聞かされました。

男性など寄せ付けないほどの何か凛とした気迫のある女性だと、同僚と噂し合っていた彼女なのです。彼とは、海外研修のときに偶然出会ったそうで、三歳年下の彼を、弟のごとく女性との交際のアドバイスをしてあげていたそうです。それから時がたち、忘れかけていた12月の中旬ごろ、連絡が入り始めたのだそうです。その彼は東京に出て来て9年目、年齢は27歳。実家は福井県にあって、大工さんをやっているそうで、親元から離れ、一人暮らし。ねえ!誰かに状況がそっくりではありませんか?そんな状況は、周囲にはたくさんありますか?でも、ちょっぴり大人に脱皮してないことや、考え方も驚くほど良く似ていたのです。彼女は申し込まれて、次に会う時にご返事をするそうですが、もうその気のようです!今は女性のメンツで、自分の方からは一度も電話をしたことがないそうです。交際には色々なパターンがあるのだなと感じています。

 

彼殿から電話があったので、これから待ち合わせなのですが、構えた姿勢で行くのです。思い切ってお酒の話をするのですからね・・・・・・!只今午後4時。

 

彼殿とお逢いしてきました。

2人とも今後の主導権を誰が取るのかということで、今まで遠慮しながら言葉を投げてきたのも事実だと思います。私も彼殿に対して、実体のない不安(心の動き)で、彼殿の考え方を思いあぐね、自身の心を動揺させてきました。今日からは出来る限り、天邪鬼ではなく、素直になりたいのです。裸の自分を出していきたいのです。2人だけでいる時は、もっと頼っていきたいし、甘えたいと願望しています。しかし、表現の下手な私は、反作用となり、意地悪いことを言ったり、皮肉なことを言ったりしてしまいます。が、心優しき彼殿は、そんな私の事を知っていてくれて、温かく見守ってくれるでしょう!

今日はずっと側にいて、貴方のぬくもりを感じていたいなと我儘な心でいました。今も鼓動は高なり、判断力は弱くなっているけれど、もっともっと貴方の心の中に深く入り、独り占めをしてみたい。おやすみなさい。あ・な・た。

 

あなたが今生きていること

そして私が今生きていること

そして2人が出逢ったこと

それは偶然なことではありません

例え日本の地ではなくても

2人は出逢えていたであろうと 

私は信じているのです                     しのぶ


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奥付



私、がんばったよね


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著者 : 三輪たかし
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