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ファミレスと紅茶女

【紅茶】(名詞)

 カメリヤ・シネンシスと呼ばれる植物から採れる葉を、揉んだ後に発酵・乾燥させたものにお湯を注いで出来る飲料。薬効効果が期待されていたが、後に嗜好品として広く親しまれるようになる。思考力アップやウィルス抑制など今でも様々な効能が期待されている。

-と女】(仮名、本題)

 

 彼女は紅茶にはうるさい女だった。

 本当はそんな面倒な女はシカトしてすっかり忘れてしまうのがハッピーへの近道だとは思うのだけど、何か気になる。そういうことってないか?気づけばはまってるよなー、俺ってさ。みたいなこと。

 合コンではイマイチの印象だったのに、メールアドレスを交換してから、数日に一度くらい「天気いいね」「風強いね」なんていう詰まらない時節の挨拶を交わすようになって、少しずつ印象が変わって行った。

 たまにそういうコトを言いたがる女がいるけれど、どうやら彼女は人見知りが激しいらしくて、合コンではやたら大人しかった。この「人見知り」という主張が俺は苦手。人見知りと言う割には合コンなどという、初対面の人に会って話をするのが目的の場所にまで積極的に出向いておいて、最後の最後にソレかよ。何か魂胆があるとしか思えない。

 本人の主張を信じれば人見知りで初対面が苦手な彼女のことは、長い黒髪に花柄のワンピースというダサい恰好の甘ったるい声をした女子大生としか記憶されていなかった。丸い瞳と小さな口と鼻、顔つきは奥ゆかしくて悪くはない。チークを丸くいれているところも嫌いじゃない。ただ、全体的に野暮ったい。ようやく褒める場所を見つけたとすれば「素朴だよね」ぐらいだろうか。

 でも、2人きりの携帯の世界では彼女は人が違うみたいにおしゃべりで、普通に女子とカラオケに行ったり、彼氏のことばかり話す友達を鬱陶しく感じたり、お姉ちゃんと喧嘩したと落ち込む一般的な女の子だった。

 参った。俺は参っていた。正直外見は、携帯のやりとりをしていくうちにどんどん印象がぼんやりしてきていたし、もし付き合うことになったとしたら、似合う髪型を提案して、洋服もモデル崩れの友達にセレクトしてもらって、みるみる女垢抜けて、もしかして彼氏できてからキレイになったんじゃない?なんて友達からうらやましがられたりして、とそんなシナリオが勝手に暴走し始めていた。自分の背中をバンと叩いて恋に突き落とす、そんな感じ。

 わざとらしく元気のないフリをしてみたり、俺のことを「ヤザワくん」と少女漫画の女主人公みたいに甘いトーンで呼ぶことも、自分が元気づければ世の中の男は皆元気になると本気で信じているようなところも、全部目を瞑ろう。ただ、紅茶のことになるとなぜか彼女は校門の前でどっしりと立ってる女教師みたいに、鬱陶しくて邪魔になる。

 それが判明したのは最初のデート。フリードリンクの種類が半端無いことが有名なファミレスでのこと。

 まぁ大学生の俺が最初から気張って、身の程知らずなシャレた店など連れて行っても後が続かないし、かと言って「馴染みの店を紹介したくて」と何の変哲も無い居酒屋に連れていくのもわざとらし過ぎて寒気がする。俺がファミレスに行ってドリンクのみで腹を満たしたのはあの店が最初だ、と冗談混じりで呟いたのをしきりにうらやましがったのは彼女のほうだ。そんなファミレス行ったことがない、と言うので、とりあえず行ってみる?とデートに誘う口実にした。

 これまでのやりとりでは、まあ気が合わないことはないと思う。顔とか外見とか化粧や洋服で何とかなるところは、まぁ生理的にNGじゃなければこれからの伸びしろも考慮にいれて大丈夫だろう。ただし、胸は大きいほうがいいかな、お尻もぺっちゃんこよりはふわっとしてたほうがいい。あとは贅沢な女は嫌だ。以前背伸びして付き合ったお嬢様(瞳が大きくて、胸がでかく、超俺好みだった)はデートにもプレゼントにもとにかく金のかかる女で、キャッシングの文字がアタマから離れなくなり、しまいには親に借りようかとまで思い詰めたところで、こっちから別れを切り出した。

 相手からしたら、バカな貢ぐ男が1人減ったぐらいの気持ちかもしれないけれど、俺はしばらくは「好きなのに別れなければならない辛さ」に身動きが取れなくなった。あんな、金さえあれば続けられるのに、といったどうしようもない状況は二度とご免だし、好きが膨らみ過ぎて、どうしても許せない欠点1つと天秤にかけるような想いも出来れば避けたい。今度失敗したら、恋が出来なくなるかもしれん、俺。

 でも運命ってヤツに逆らわないのが俺のいいところ。とにかく「始めなければ始まらない」が座右のメイってヤツ?だから、とにかくもう一度会って決めてやろうとデートの糸口を探しながら、メッセージのやりとりをしていた。

 駅前のコンコースで待合わせて、そのまま徒歩でファミレスへ移動する予定の当日、10分遅れで女は白いスカートに紺のブラウスで現れた。

 うわっ、これぞ初デートってスタイルだなぁ。雑誌何読んでるんだろう。俺はちょっと困った。まぁ自分もそんなシャレたスタイルではないのだけれど、一応学生らしいカジュアル路線。彼女も大学生のはずなのに、学校が違うだけでここまでスタイルが変わるのか。同じ大学の同級生とは違う香りをぷんぷんさせていた。

「ごめんなさい、お待たせしちゃって」

 これからファミレスでフリードリンク飲み倒そうってときに、お待たせも何もあったものではないけど、もしかしてこの女はお嬢様ってヤツなのか?そんな素振り見せなかったけど・・・しかもその重たい黒髪はすっかり下ろしてくるんだ。自慢のストレートってヤツですか。 切ってと言ったら死ぬ気で反論してきたりして。厄介だな。

「いやいや俺も今来たとこだよ。全然平気」

 実は遅刻気味の女は苦手。謝りはするけれど、全然悪びれない女はこれからどんどんずるく、どんどん遅くなってくる。びしっと言ったり、不機嫌をアピールするのが関係の上位を獲得する秘訣らしいのだが、そんなことして本当に嫌われたらどうする。俺はイケメンでもなんでもない自覚のある男だ。寒い勘違いはしない。とにかく今日のところは目を瞑ってやろうじゃないか。これからの対応は、物事が進展してから考えるとして。

「じゃあ行こうか」

 それにしてもファミレスデートに白いヒールか。目にしみるぜ。

 いかん、こんなこと言ってるから彼女がなかなかできないんだぞ、俺。

 まったく、イケメンじゃないというだけでスタートラインから離れたところから出発しなければいけないのが辛いところ。余裕かましたり、焦らしたり、甘えたりするのは一部の特権階級だけのハイソなお遊びなのだ。ムカつく。

 そう、友達で腐れ縁、モデル崩れのイケメン来栖も、外見がいいだけで何をやっても女には許されるというハイクラスの階級の住人だ。そういう奴らは最初からプラスポイントを持参しているのだから、多少の減点は何のそのだ。

 そんなことを言う前に、まず気になるのは女の反応。前会ったときには薄暗い照明の中で、来栖と一緒にいたから俺もマシに映っていたかもしれないけれど、今はこの青空の下。真剣に来たこと後悔してるんじゃないだろうか。いつ帰ろう、フリードリンクなんかにするんじゃなかったなんて内輪会議してるところじゃないよな。来栖目当てでとりあえずクッションの役割として俺を使ったんだったらおあいにく様。来栖はもっと面倒臭くて、もっとクセのある、変な女が好きなんだよな。

 ファミレスは、残念なことにおしゃべりボリュームのぶっ壊れたおばちゃん達がひしめきあっていた。個々の塊から発せられる熱気が、空中に浮遊して膜を張る。しっとりした店内では、極力人員を減らした店員たちが、右往左往してさらに湿気を増幅させていた。

 俺たちはそんな奴らの救世主だろう。目的はフリードリンク、しかも初デートのピリピリムードが一粒の清涼剤としてこの店内に新風を吹き込んでいるはず。

 そんな俺たちの雰囲気を察してか、張り付いた笑顔に疲労が滲むおばちゃんに通されたのは、端っこのボックス席だった。ありがとう、おばちゃん。ただ、そのピンクふりふりのミニスカートはないと思うぞ。いくらこの店の制服だから仕方ないじゃないったって、ほかにいくらでもパート先はあったはず。

 なんてことにうつつを抜かすフリをして、俺は言いようのない不安と緊張が入り交じる気まずさを追い払おうとしていた。

 その俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は座るとすぐスイーツが食べたいなどと自由発言が過ぎる。まぁいいか、スイーツは女子の特権だしな・・・と隣の高校生らしきバカップルが2人ででかいパフェを食べているのを絶望的な思いで見つめた。そんなパフェなぞを人前で食べるんじゃねぇ。恥ずかしいじゃないか。スイーツ男子とか言って浮かれてると、来栖みたいな女運だだ下がりのふにゃけた野郎になっちまうぞ。

「ヤザワくんは?食べる?」

 今日はこの前よりもさばさばしているように見える。そうか、やっぱり前のちょっとおどおどしたような清楚な衣はまやかしだったか。それとも俺の癒しオーラにすっかりリラックスしたのだろうか。まずまずの滑り出し。

「いや、俺はいい。甘いもんあんまり苦手」

 文脈がおかしいけど気にするな。別に緊張してないぞ。

「じゃあワタシ食べるねー」

 女はスイーツを吟味し始め、ぶつぶつと何かを話し始めた。俺に聞かせたいのかどうなのか、微妙なボリュームで妙なことを口走り始める。

「飲み物がコーヒーとしたら、やっぱチョコ系かチーズ系だよねぇ。でもダージリンファーストフラッシュとか言われちゃうとなぁ、でもアッサムはプリンともいいマリアージュだし・・・」

「何何?」

 思い切って身を乗り出すと、

「ワタシ、アッサムティーにする」

 とにっこり笑顔。確かにフリードリンク以外の飲み物メニューはあるけれど、今回の目的はフリードリンクではなかったか。

「だってー、アッサムとかダージリンとかあるんだもん。飲みたくなっちゃうじゃない?飲み終わって足りなかったら、フリードリンクにするし」

 メニューを差す指先には、ピンクのネイルがピカピカ光っていた。ハートマークの石までご丁寧に埋め込まれている。

 俺は初志貫徹、フリードリンク目的で他に浮気などしないけど、お前がそう思うならそうすればいい。ただ、金のかかる類いの女じゃないだろうな。俺の金と女に対するトラウマは結構しつこいものですけれど。

 女はフリードリンクはうっちゃっといて、単品で飲み物を注文するという。しかもフリードリンク280円のところ、そのダッサムとかダージリンとやらが480円もしやがる。どうだ、この自由さ。

「この値段でファーストフラッシュはちょっと怪しいから、アッサムだよね、やっぱり。それにはミルク系だからぁ、プリンアラモードにしよかな、うんうん」

 来栖もよくコーヒーが云々と面倒なこと言い出して合コンではドン引きされてるけど、この女もいい勝負じゃなかろうか。ただし、来栖はただの腐れ縁の友達だから笑って済ませられるけど、さすがにこれから付き合うかどうかって女だと辛いか?どうだ?

 ただ・・・今日改めて見てわかったのは、胸がデカい。結構デカい。そのふわふわに一度でもいいから触りてぇ。ま、飲み物に少々うるさいぐらい、女子にはありがちだって。これが男ならマズいけど、女だもんな。女子ってそういう生き物だった。前カノの記憶が怪しくなるくらい、俺って禁欲生活送ってたんだよなぁ、涙出るな。ちいせぇことをうだうだ気にするから俺はダメなんだ。広い心を持て、デカイ男なんだ俺は。

 と意気込んでちまちま取りに行くフリードリンクに心が折れそうになるけど、気にしない。かけつけ一杯、レモンティーでいいや。

「えー、何それ。レモンティー?紅茶の風味が飛んじゃうじゃない。でもまぁアレでしょ?お湯って、あそこでじゃーって出すのでしょ?じゃあ一緒か」

 どうしよう、はかとなくウザい。修復したように見えた心にまたひびが入りそうになる。ただ、あの胸には一度触りたい。それが叶うまでは、少々の難は目を瞑ってもいいのではないか。

 俺は散々な言われようのレモンティーくんをちびちび飲みながら、このデートの出口を探した。フリードリンクの種類の多さについてひとしきり感動する予定が、いきなりつまづいている。こんなに恋愛って難しかったか。ちょっとの予定変更に狼狽するあたり、まだまだだな、俺。

 そこへ、粋な計らいをしてくれたおばちゃんが型通りの空元気で、彼女のお頼みもうしたポット入りのアッサムとやらとプリンアラモードを運んできた。

 わぁなんて手を合わせて喜ぶと、胸がぼわんぽわんと跳ねる。ちょっと機嫌が直ってきた。

 ところが、紅茶を注いで一口、口に含んだ途端、ぎゅっと眉間に皺が寄る。

「嫌だ、苦ぁい。信じらんない、茶葉多過ぎなんじゃない?」

 ポットのフタをぱかっと開けて、「嫌だ、茶葉入れっぱなし。何この茶こし。ウケる。信じらんない。苦味出過ぎてるじゃん」

 女は無邪気に茶葉入りの茶こしを取り出して、俺が持ってきたカップ&ソーサーの皿をひょいと横取りしてそこに置いた。

「香りも台無し。お湯の温度低過ぎ」

 すげー、来栖なんて目じゃねぇ。何なんだこの女。

「あ、ごめん。わたし、紅茶のことになると我慢できないんだよねぇ。中国茶も大好き。お茶ってはまると楽しいよ」

 楽しいのかぁ、何か押し付けがましいですけど。

 女はそれでも全部紅茶を飲み干して、プリンも平らげて、フリードリンクを追加してずっとコーヒーを飲んでいた。それから中国茶についても散々講義されて、俺は数時間ですっかり煮出されたティーバッグみたいな心境になった。なぜか紅茶は飲む気がせず、結局コーヒーばかりをすすった。ああ、胃がおかしい。

 いい子、なんだけどなぁ。別に感じ悪くないし。いや、悪くないか?

「ねえ、ヤザワくんと来栖くんって仲良しなの?モデルの友達いるなんてスゴイね」

 来た、今からそれか。自分の好きなこと散々話し散らかした後、そう来ますか。

 それからは来栖の人となりやエピソードについてあれこれ聞かれ、俺はようやくそこでこの女とはダメなんだ、あの胸に俺が触ることはないんだと悟った。

 気づけばまわりはファミリーが増え始めていて、従業員の顔ぶれも一掃されている。

「そろそろ行こうか」

「うんうん、次は来栖くんも一緒にどう?わたしも友達呼ぶし」

 友達って紅茶狂いの女ですか?それともコーヒー?

 いやいや言葉が過ぎました。さようなら。

 しばらく紅茶は飲めそうにない。

 


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