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本書『斐陀匠物語』について

 著者の六樹園飯盛、本名・石川雅望(いしかわまさもち, 1754-1830)は、江戸時代後期の戯作者。狂歌師、国文学者として知られる。通称石川五郎兵衛、号は「六樹園」「五老山人」等、狂名は「宿屋飯盛」。家業の宿屋を営むかたわら狂歌、国学研究、戯作、随筆等の執筆にいそしんだ。

 

 本書『斐陀匠物語(ひだのたくみものがたり)』の刊行は文化5年(1808、文化6年との説も)。挿画は葛飾北齋、全14回6巻6冊。書名は本来「斐[阝+色]匠物語」あるいは「飛騨匠物語」「斐騨匠物語」と書かれる。

 編集にあたっては『読本集(日本名著全集/江戸文藝之部)』(昭和2年刊)を主な底本とし、適宜字体を改め、読点改行を加え、訳注を付した。

 


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最終更新日 : 2015-01-15 02:20:34

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第一段○すみなは  墨縄が匠の道に修練せる事

 

六樹園飯盛・著 

葛飾北齋・画

 

 斐陀の匠とは人ひとりの名にあらず。

 いにしへ飛騨国よりは庸調をたてまつらず、里ごとに匠丁十人を出して、おほやけの造営をつとめ営みしなり。貞観の比(ころ)は、一国より百人を召されて、朝堂院神泉苑などつくらせ給へる事国史に載せたり。

 

【斐陀(ひだ)】飛騨の古表記。現在の岐阜県北部。底本では斐[阝+色]。

【庸調(ようてう)】律令制における租税。租庸調の内の二。

【匠丁(しゃうちゃう)】律令時代に飛騨国から徴用された木工。

【貞観】平安時代における元号の一。859~877年。

 

 今ここに記しつるは、あまたありし飛騨人の中に、すぐれて機巧に妙(たへ)にして、其の術神に通じて、天地造化の不可思議なるをもただ雕鑿のうへに出し、木頭(きのはし)を以て鳥となし、板片(いた)を以て馬をつくりて、一世の人を驚かせし、かしこき匠夫(たくみ)が物語なり。

 

【飛騨人(ひだびと)】特に飛騨の木工を指す。

【機巧】ここでは機械じかけ、からくり細工の事。

【雕鑿(てうさく)】雕はキザム・ホル、鑿はノミ。木工の意。

【木頭(きのはし)】木の端、木っ端の意か。

 

 

 その時代はたしかに聞きつたへず、いづれの御時にかありけん、斐陀の国に猪名部の墨縄といふ者ありけり。父母ははやくなくなりて、おのれ一人ぞ住みける。此の国のならひなれば、田かへし耘(くさぎ)るいとまには、鋸(のこぎり)鑿(のみ)をとりてひたすら工匠の業(わざ)をならひけるが、人にすぐれてめでたく作りなしければ、老工の輩もことごとく感服して、真の良工なりとほめのゝしりける。墨縄ますます精神をこらし修練しければ、今は左右なき此の道の親となりぬ。

 

【耘(くさぎ)る】草切る。除草の意。農業の営みを指す。

【輩(ともがら)】同類。仲間。

【ほめのゝしる】口々に賛辞を述べる。声高に褒め称える。

【左右(さう)なき】並ぶ者の無い。

 

 あるは鶏をつくれば、まことの鶏これを見て両翼をひろげて飛びかゝり、鼠をつくれば、猫きたってこれを捕りなどして、さまざま妙なる事どもありければ、遠近をいはず人これを慕ひて、調度玩物の具などあつらへ物する者、門前に市をなしける。されど心まがれるもの、又権勢を以てもとむる者にはふつに答へだにせず、貧人老夫などの乞へるには、やがていふまゝに作りてぞ與(あた)へける。

 

【あるは】ある場合は。ここでは例えば~した場合は、の意に近い。

【玩物】玩(もてあそ)ぶもの。玩具、玩弄物の類。

【ふつに】全く。

 

 

 その比(ころ)、郡司にて紀の武俊(たけとし)といふ者あり。

 慈悲のこゝろなく、財(たから)を貪りて常に農民をかすめあなどりて、ほしいまゝにぞふるまひける。この武俊酒を好みて飲みければ、盃ひとつを墨縄にあつらへ作らせんとて、従者をもて言ひおこしける。墨縄常にかれが悪行をにくみをりければ、とみにもつくらず日を過しけるに、武俊腹立ちて、

「この小冠者め、郡司をもはばからず、しか侮りざまにもてなすこそ奇怪なれ」

 とて、従者どもにいひつけて、「疾く搦めて来よ」といひつけて遣りつ。

 

【郡司】律令制において、郡(こほり)を治める地方官。

【とみにも~打消】すぐには~しない。

【小冠者(こくゎじゃ)】元服して間もない者。若造。

【奇怪】常識に外れている。けしからん。

【疾(と)く】はやく。急いで。

【搦(から)める】捕まえる。

【遣る】遣わす。

 

 従者等、墨縄が門の前にいたりて大声にいひけるは、

「郡司の召さるるぞ。疾く出でよ」

 と声々によばはりけれど、ふつに答(いら)へざれば、鞋(わらぐつ)のまゝ床にかけのぼりて、障子ひきあけて入らんとするに、いかにつくり置きけん、障子おしあくるとそのまゝ、従者どもがふみゐたる畳床ともにさかさまに覆りて、五人の従者どもことごとく床の下に落ち入りぬ。床の下はふかく穴を掘りてありければ、上るべきようもなし。はじめの勢にも似ず、大いに恐れわなゝきて、空をあふぎていひけるは、

「我々無礼をいたせしは、みな郡司のいひつけにて候。いかで命たすけ給はなん」

 と声々にわめく。

 

【答(いら)ふ】応じる。返事する。

 

 其の時墨縄が声にてからからと笑ひて、階子(はしご)をおろしければ、これにとりつきて上り来て、みなみな墨縄が前に手をつきて言ひけるは、

「御身郡司のもとにいたり給はずば、われわれ此の上にいかなる目をか見候はん。あはれ御徳にかしこにいたり給ひて、われわれがうきめ見んを救はせ給へ」

 といへば、墨縄がいはく、

「われは行かじと思へど、そこ達のいふ所心ぐるしければ、さらば行きてん」

 とて、さきに立ちて歩めば、従者等はよろこびて、しりに立ちて行く。

 

 

 郡司はひりに立ちゐて、墨縄を見て眼(まなこ)を大きくなし、額にすぢを出してにらむ。墨縄しづかに座につきて、

「何事の候て、かく火急には召されるぞ」

 といへば、郡司いきまきて、

「我あつらへやりし盃、月をふれど作り出でず、汝郡司をばいかなるものと思ひて、さやうに侮りざまにはもてなすぞ。いでおのれがしやつら打ちはりて腹をいん」

 とて、つかつかと寄らんとす。

 墨縄ふところより包みたる物とり出でて、うちささげて、

「もとめさせ給ふ盃はこれに候。おのれに恥見せ給はゞ、盃は此所にて打破りすて候ひなん」

 といへば、郡司すこし顔をなほして、

「さては盃は疾くつくれりとや。さらばそれ作れる料に、この一拳(ひとこぶし)はゆるしてつかはすなり」

 といひて、盃手にとりて、

「かさねて我がいひつけん事をなほざりにももせば、めに物を見せんずるぞ。今は用なし、疾くかへれ」

 といひて、墨縄をおひ出しやりて、杯をよくよく見て、

「あはれかしこく作りてけり」

 と、手もはなたず見て居たるに、折柄となりの郡(こほり)の郡司の入来りけるを、出居(いでゐ)にとほして物語して後、かの盃とり出でて、

「これは今日はじめて得たる物にて候。これにて酒ひとつ参らせん」

 とて、やがて酒とり出してすゝむとて、先ずおのれ盃手にとりて、女(め)の童(わらは)につがせけるに、いかなるにか、此の盃にはかにおもくなりて、ふと手をはなちて落としければ、女の童をうちしかりつゝ、又盃を手にとりて酒つがせけるに、石などを持ちたらん心地せられて、え持つにたへで、又うちかたぶけてければ、酒ほとばしりて畳皆ぬれぬ。

 

【女の童(めのわらは)】女の子。召使いの少女の意。

【え~打消】とても~できない。

 

 客なる郡司もおどろきて、同じく取上げて酒つがするに、盃かたむきて酒は皆こぼれぬ。左右(さう)の手に持ちて酒をつがせけれど、酒を入るれば盃おのれとさかさまにかへりぬ。力を手に入れて、いかで傾けじと構ふれど、大力の人の来てひきかなぐるやうなる心地せられて、幾度もさかさまに打ちかへりければ、あるじも客もたゞあきれにあきれてぞ居たりける。

 郡司大(おほき)に腹をたてゝ、

「かやつ我を弄して、かゝる物つくりて與へつる悪(にく)さよ。いかに郎等ども、彼とらへて来(こ)」

 といへば、はじめの度にこりたれば、皆しりごみして行く者なし。

 客の郡司がいへるは、

「我によきはかりごとあり。かれ機関(からくり)をもてほこり居れば、こなたも又彼に敵すべきものを出(いだ)して彼を試みつべし。吾が郡に檜前松光(ひのくまのまつみつ)といふもの候。この国にはならぶ者なき工(たくみ)なれば、かれを請ひて、墨縄にあはせて、其の勝劣をこゝろみ給へ。墨縄負けたらんには、かれが造作の具を奪ひて、此の後工(たくみ)の職をとゞめ給はんには、かれが為にはかぎりなき恥に候はん」

 といへば、郡司よろこびて、

「さらば疾く松光を誘(いざな)ひて来給へ」

 と契りて、其日はわかれぬ。

 

【郎等(らうどう)】家来、従者。血縁関係のない家臣。

【機関(からくり)】機巧に同じ。機械じかけのからくり細工の事。

【造作(ぞうさく)】家などをこしらえる事。ここでは木工の意。

 

 一日を過ごして、隣の郡司一人の男をゐて来つ。うち見れば、手斧頸(てをのくび)にて揆槌頭(きいづちがしら)なり。歯は鋸に似て、鼻は鐵槌(かなづち)のごとし。げに天骨を得たる道の首長とは見えたり。郡司よろこびて、

「いかで墨縄におくれをとらせて、恥見せて給へ」

 といへば、松光あざわらひて、

「およそ天下(あめのした)に、おのれにまされる工ありとも存じ候はず。その墨縄め、早く名は聞及びて候へども、いまだ対面は仕らず候。仰なくとも「出であひなば面恥かゝせて候ひなん」と、かねて存じて候へば、さいはひの折にて候」

 と、わきをかきていふ。さらば諸共にとて、連れだちて行く。

 

【天骨(てんこつ)】生まれつき備わった才能や性質。

 

 

 墨縄がもとにいたりて見れば、厨めく軒ははなれて作りて、別に小き家つくりて住み居り。春の事なれば、庭の樹ども花咲きて景色よし。さまで物ずきせる家居ならねど、いまめかしく作りなしたり。

 

【物好き】変わった物を好む。事物に趣向を凝らす。

【いまめかし】今風な。洒落た。賑やかな。あるいは軽薄な。

【家居(いえゐ)】家を作って住む事。住まい。

 

 案内すれば、墨縄たち出でて、一礼してともなひて入りぬ。隣の郡司墨縄にむかひていひけるは、

「これなるは檜前松光とて、我近きわたりに住める者なり。そこと業(わざ)を同じうすれば、対面にいれんとてともなひ来つ」

 といふ。墨縄、

「さては同職の人にておはしけるか」

 とて、懇にあへしらふ。

 さて盃とり出でて、

「寒郷(かんきゃ)何ばかりのみさかなも候はねど、一つきこしめさばや」

 といへば、武俊ふところより墨縄がつくりたる盃とり出でて、

「これにてはじめられよ」

 とて、まへに据ゑければ、墨縄みづから銚子とりて注ぐ。武俊目もはなたずまもり居るに、常ざまの盃のごとく異なる事もなし。飲みをはりて武俊にさすに、とり上ぐれば、墨縄たちて注ぐに、いさゝか酒こぼれず、常の盃にたがはず。武俊墨縄にむかひて、

「この盃さきに贈られし時、酒をつけなばたちまち覆りて、酒をこぼしぬ。いかなることにか」

 と問へば、墨縄、

「いかでさる事さふらはん」

 と答へて、そら知らぬかほを作れば、武俊いふことなくて止みぬ。

 

【寒郷(かんきゃ)】寂れた田舎。自分の住処を謙って言う。かんきょう。

 

 さて人々かはるがはるひきうけて飲むほど、松光すゝみ出でていひけるは、

「工匠(たくみ)のわざは家つくるを以て第一とはすなり。そこには機関(からくり)をもて人の目をおどろかし給ふと聞く。いよいよ左様にや」

 といへば、墨縄うち笑ひて、

「宣(のたま)ふがごとく、機関(きくわん)は小技なり、されど家をつくらん事は甚だやすし。いかなる大廈(たいか)高堂なりとも、曲尺(まがりがね)のうへを出でざれば、未練の人もよくこれを作る。機関は小刀を以てすれども、曲尺をはなれて作りなせれば、尋常の拙工が類はなし得ること難かるべし」

 

【大廈(たいか)】大きな建物。立派な建築物。

【曲尺(まがりがね)】大工などの使うL字のものさし。さしがね。矩尺。

 

 といふ。松光がいはく、

「おのれも小刀の細工は人に負くべしともおぼえ候はず。今日こゝに参りて候は、そこと匠の道をくらべて、負けたらん方(かた)は、此の後弟子となりて仕うまつるべく存じて候。いかに試みて見給はんや」

 といへば、墨縄がいはく、

「人ときしろひ争はんは、おのれが好む所に候はず。此の儀においては許し給はるべし」

 といふ。松光心に思ひけるは、

「さてはきゃつ、おのれに及ばざるをはかり知りて、謙退にかこつけて勝負をのがれんとするなり」

 と思ひて、又いひけるは、

「且は稽古のためにも候へば、ひたすら互に手並の程をくらべたく候」

 といふ。二人の郡司もともども催せば、墨縄せん方なく、

「さらば仰せにまかせてん、何事をなして勝負を定むべき」

 といへば、松光ふところより木もて作れる蟹をとり出していひけるは、

「是はおのれ多年おもひを積みてこしらへ作れる物なり」

 といひさま、蟹の腹なる杻(つまみ)のごとき物をよくねぢて、畳の上におけば、此の蟹足を動して走る事、さながら生きたる物のごとく、郡司等興に入りてほむれば、松光したり顔して、

「此の蟹にくらぶべき物作り給はゞ見せ給へ」

 といふ。墨縄、

「われも都人の所望によりて蟹を作りて候。見せ参らせん」

 とて、箱ひとつ取出して松光が前に置きつ。松光蓋をとれば、蟹おのれと躍り出でて走る。人々目をつけてみれば、此の蟹壁を這ひのぼりて、泡を吹きはさみを上げつゝ、天井をさかさまに這ひてつたひ行く。しばしありて、又壁をつたひ下りて畳の上を走る。墨縄箱を取って蟹のまへにさしつくれば、躍りて箱のうちへ飛び入りつ。

 さて蓋をおほひて取納めければ、二人の郡司あざみおどろく事大方ならず。

 

【あざむ】驚き呆れる。元「浅(あさ)む」。

 

 松光まづ始のたびに負けぬれば、少し赤面したりけるが、へらぬ体にていひけるは、

「機関(からくり)は小児の玩具(もてあそび)なれば、たくみなるも世に用なし。これを見給へ」

 とて、きぬに包みたる物を取り出でて打開けば、舞楽の蘭陵王の面なり。見るよりおそろしく身の毛よだちて、郡司等ふたゝび面をむけず。墨縄うち見て、

「まことによく作られたり。おのれも戯れにさきに作り置きたる物候」

 とて、これもきぬに包みたる物をとり出でて、紐解きて打開けたれば、たゞいま切りたらんとおぼゆる、年五十ばかりと見ゆる女の頭(かしら)なり。

 

 

 何とやらん血くさき心地さへすれば、郡司等は見たにやらず、あなた向きてをり。松光手にとりあげ見て、

「これは作れる物とは覚え候はず。まさしく女の頭に候はん。いづれより取出で給ひし。あないまいまし」

 といひてさし置きければ、墨縄がいはく、

「もとより真の頭にては候はず。おのれが作れる所なり。内は空(うつろ)にて鈴を入置きたれば、ふりて見給へ」

 といふに、取上げてうちふり見れば、鈴の音ころころと鳴りければ、はじめて作れる物とは知りぬ。松光さばかり張だましひなる男なれども、此の細工におどろきて、とても我此の者の上に立ちがたしと思ひけり。扨(さて)いひけるは、

「此の家はそこ一人してつくり給へりや。ほかに助けつくれる工匠も候ひきや」

 と問へば、墨縄がいはく、

「かばかり小き家ひとつ作らんに、人の手をかるべくも存じ候はず。但しこれは楼(たかどの)にて、常の家には候はず」

 といふを、松光いぶかりて、

「これを楼なりと宣(のたま)ふはいかなることぞ」

 と問ふ。墨縄ついたちて、長押(なげし)めく所にありしくさびを引抜きて、

「さば御覧ぜよ」

 といふほどに、此の家おのづから上ざまにあがりて、地をはなるゝ事一丈あまりになりければ、庭に植ゑたる梢どもも、目の下に見ゆるやうになりぬ。郡司はさらなり、松光も膽(きも)を消して、あきたる口をふさぐ者もなし。「さてもめづらしき上手の匠かな」とほめ思へり。

「扨(さて)、何の料にかくはつくり置き給ひし」

 と問へば、墨縄がいはく、

「これは火災をのがれんとの為にて候。おのれが家貧しくて人すくなく候へば、火災あらん時、調度衣服のたぐひ持ちはこぶべき人も候はねば、もし近き所に火出でたらん時には、此の家を土の中に引入るべくつくり置きて候。かく楼(たかどの)のやうに作り候は、夏の比(ころ)涼とるべき為にまうけて候。此の家夜のみつくりて、わたり近き人にも、かやうの機関(からくり)設けたりし事は知らせ申さず。もし人知りなば、うるさく集い来りて、見る人おほかるべく存じ候て、夜のみ一人して、十日ばかりに作りたてて候ひき」といふ。

「扨(さて)も興ある事にこそ候へ。さらば揺り下げて見せ給へ」

 といふに、墨縄ひとり楼を下りて、何事をするにかあらん、しばしありて、

「さば引下げて見せ奉らん」

 といふより、土の中(うち)へ入る事一丈ばかりして止まりぬ。まことに常闇にて、いにしへの穴居といふものもかゝるにやとおぼえけり。さて又ゆり動きてあがり行くやうに見えしが、やがて常ざまの家とひとしく成りぬ。松光かしらを畳にうちつけて、

「おのれ智恵あさく、君が百が一に足らざる才を以て、これまでうしろごと申してそしり申せしは、罪のがれんに所なくおぼえ候。今よりながく御弟子と成りて、道の修行仕りたく候」

 といふ。墨縄うち笑ひて、

「おのれ人を教ふるばかりの才覚は候はねど、しか宣(のたま)ふ上は、さとり明らめたる程の事は教へ奉りてん」

 といふ。郡司武俊も、はじめは悪(にく)みて来りけるが、墨縄が業(わざ)の巧なるに心折れて、まことに凡人にはあらざりけりとて、舌をまきてぞ帰りける。これより後、墨縄が名いよいよ世にひゞきて、人知らぬ者なかりけるとぞ。

 

「第二段○蓬莱の山 墨縄仙界にいたりて道の奥を究る事」に続く


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最終更新日 : 2015-01-15 01:58:15

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