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 ようやく、日記帳が二冊目になった。結構さぼったので、一冊目を使い切るのに三年以上かかってしまった。

 

「月子さん、新人戦決勝へ」

 

 それが、最後の一行。

 プロになってからの月子さんは、僕とは全く違う道を歩んでいる。勝って勝って勝ち続けて、そうなると負けても話題になる。そして、目立てば対局以外の仕事も舞い込んでくる。聞き手、指導、さらには雑誌のインタビューまで。

気が付くと月子さんが出かけるのを見送り、一人家に残ることが多くなった。炊事や洗濯をしながら、専業主婦みたいだな、と思ったりする。

 もはや、嫉妬することもなかった。毎日月子さんのことを見てきて、努力をしてきたことは十分承知している。人付き合いが怖いのに頑張って通い続けたことも知っている。両親と二度と共に暮らせない悲しみを背負っていることも知っている。だから、彼女は将棋で活躍すべきなのだ。

「本当は、まだ怖いんです」

 月子さんは、そう言う。

「でも、学校は嫌いだったけど、将棋は好きだから」

 注目されて、取材もされて、時にはいわれなき非難もあって。外で疲れ果てて帰ってきた月子さんを、この家で癒せたら。いつしか僕はそんなことを考えるようになっていた。

 僕でなければいけなかったかどうかは分からない。でも、僕のもとで金本月子という棋士が誕生した。僕は初めて、誰かによって役割を与えられた。

 僕自身は、一流になれないことは分かっている。必死になってしがみついて、ようやく五割一分といったところだ。でも、月子さんは違う。どんどん上を目指せるだけの才能がある。僕は、どこまでもその手助けをしたい。

「先生、ちょっと相談が」

「ん? どうしたの」

 それぞれの部屋はあるのだが、二人はリビングにいることが多い。広い家を持て余しているのもあるし、そばに誰かがいないと落ち着かなくなってしまったようだ。

「あの……三番勝負では、どんな格好したらいいでしょうか」

「ああ……考えたこともなかったな……」

 もしこれからも活躍するのなら、和服なども必要かもしれない。タイトル戦で和服の男女が対戦することになれば、その光景だけでも画期的と言えるかもしれない。

「その、やっぱりスーツとか……」

「スーツ?」

「へ、変でしょうか……」

 そう言えば、今まで新人戦の様子を見たことがない。皆和服を着て対局していただろうか。どちらにしろ、女性が一般棋戦の番勝負をするのが初なので、慣例も何もない。

「うーん。初めてのケースだし、わかんないなあ。でも、スーツじゃなくても」

「できればあんまり派手じゃないのがいいです」

「そっか」

 それでいいのかもしれない。無理をして着飾らなくても、周りが勝手に言葉で装飾してくれるだろう。

「和服かなあと思ったけど……タイトル戦にとっとこうか」

「はい」

 力強い返事だった。本気で目指しているようだ。

 初めて会った日の、か細い声を思い出す。あの時の少女は、もういない。そして多分、あの日の僕も。

 それでいて思う。二人はあの日からずっと変わらずに、ゆっくりと歩み続けているのだ、と。

 月子さんがトイレに行っている間に、僕は日記の最後の一行に、言葉を付け足した。

 

「ありがとう」

 

 これから何度も思うことだろう。けれども、口には出せない。ありがとう、本当にありがとう。




あとがきにかえて

一 棋譜

 

月子「はい、えー、はじまりました、対談です!」

幸典「え……なに、なんなのこれ?」

月子「あのですね、作者さんから『将棋のわからない人にも楽しんでもらえるような、おまけを』って注文があったんです」

幸典「はあ」

月子「それで、先生と対談しようと思って」

幸典「はあ」

月子「……乗り気じゃないですか?」

幸典「あんまり得意じゃなくて」

月子「駄目ですよ、喋りも慣れなくちゃ。講師とか解説とかのお仕事も増えないと生活厳しいんですから」

幸典「……(最近なんか厳しい)」

月子「とりあえず始めますよ」

幸典「了解」

月子「まずですね、作品中に出てくる『△3三銀』とかの記号について説明しなきゃ、と思うんです」

幸典「なるほど」

月子「とりあえず図を見てみましょう」



幸典「ゴキゲン中飛車の変化だね」

月子「そういうことではなくて……。まずですね、将棋は9×9の盤を使ってするゲームなんです。で、横を数字、縦を漢数字で表すんですね」

幸典「それで先手の手の時は▲、後手の手の時は△を付けるわけだ」

月子「将棋の駒にはいろいろな種類があるので、『手番・駒・位置』の順に書いて、図の場合『△3三銀』になるのです」

幸典「例えば二枚の同じ駒が同じ場所に行ける場合、先手の金が6八に行く場合は『▲6八金寄』とか『▲6八金上』とか書いて表すんだけど、まあ、細かいことはいいか」

月子「ですね。とりあえず本作では『あー、こういう盤面で駒動かしてるんだなー』ぐらいの感覚で見ていただければ」

幸典「(本当にしっかりしてきたなー)……まあ、こうして指し手を書くことで、一局の将棋を正確に記録できるんだよね」

月子「そうなんですよね。おかげで多くの棋譜として記録が残って、皆で勉強することができます」

幸典「僕たちは棋譜を売る商売だとも言えるわけで」

月子「先生も早くいっぱい棋譜が載るようになるといいですね」

幸典「……」

 

 

二 プロ制度

 

月子「次に、将棋のプロについてちょっと説明したいと思います」

幸典「うん。この作品に大きく関わるからね」

月子「将棋のプロになるには基本的には奨励会というところに入って、四段にならないといけないんですよね。二十五歳というタイムリミットもあります」

幸典「本作では順調に月子さんは昇級していったけど、実際には多くの人が苦労して挫折するからね。あと、実際にはまだ女性で四段になった人はいないんだ」

月子「女性で奨励会に入る人自体少ないですもんね。私もこちらに出てきてから、男性社会なんだってことをすごく実感するようになりました」

幸典「最近は女性の割合も少しずつ増えてきているかな。あと、女性は女流棋士になるという選択肢もある。研修会というところで一定の成績を収めるとなれるんだ」

月子「私、そういうものがあることも知らなくて……。将棋のこと、もっと世間に伝わるといいなあ、って思います」

幸典「そうだね。情報が伝われば、もっと裾野も広がるだろうね」

月子「先生もタイトルとかは無縁そうだし、もっと普及に力を入れていければいいですね!」

幸典「……」

 

 

三 将棋のできるところ

 

月子「あと、将棋が実際どういうところでできるのかも知りたいです」

幸典「確かに、指してみたいけどどこでできるか分からない、という人も多いみたいだね。まあ、一般的には将棋の道場があるね」

月子「私のお父さんはそこで強くなりました。アマ六段なんです!」

幸典「それはまあうん、そういうことにしておいて……。道場は席料というお金を払って、集まった人たちと対局できるんだ。プロの先生が教えてくれるところもあるよ」

月子「ただ、初心者には敷居が高い時も……」

幸典「そうだね。中には強豪ばかりがそろってたりして、入りにくいところもあるかもね。本当は強い人が優しく教えてくれたらいいんだけど。最近はネット将棋やゲームセンターで将棋を指す人も増えてきたよ。同じぐらいの棋力の人も見つけやすいし」

月子「私もネット将棋のおかげで随分実戦がこなせた気がします」

幸典「全国どこにいてもできるのが強みだね。あと、コンピューターソフトも色々あるから、これも勉強になるよ。うかうかしていると僕らも追い抜かれるかもしれないぐらいの勢いで強くなってきているしね」

月子「とりあえず、先生が抜かれたら私も危ないですね」

幸典「……」

 

 

四 終わりに

 

月子「まだまだ将棋に関することは色々ありますねー。それだけで一冊本が書けそうです」

幸典「いずれ月子さんもそういう本書きなよ。きっと売れるよ」

月子「でも対局とか多くてなかなか時間が……先生こそどうですか?」

幸典「確かに僕は対局が少なくて書く時間があるからね……。まあ、要望があればこのあとがきを書き足す事もあるかもしれないかな」

月子「なるほど。電子書籍の便利なところですね」

幸典「本当に将棋の世界は楽しくて、色々紹介したいことがあるんだ。僕らの物語が、そのきっかけになればなって思うよ」

月子「そうですね。作者さんももっと魅力を伝えられる話を書きたいって言ってましたよ」

幸典「その日は来るかなー。まあ、期待せずに待つとしよう」

月子「そうですね。では、明日も対局があるのでこの辺でそろそろ。みなさん、機会あればまたお会いしましょう!」

幸典「読んでくれた皆様、ありがとうございました!」

お知らせ

月子さんがツイッターを始めました!(twitter.com/tsukiko_sann)
将棋に関する質問などあればこちらまでお願いします!


この本の内容は以上です。


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