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クラインブレーデンの惨劇

 本編は実話であり、『本当にあった怪奇な世界0・Ⅰ・Ⅱ』の番外編である。

 ここには悪霊や魔物の類は出てこない。あくまでも、出てくるのはまぎれもない生身の人間。しかし、この話は「お化けや幽霊よりも、生きている人間のほうがよっぽど怖い」ことを証明するれっきとしたホラーである。

 

                    

              

 

 

 

クラインブレーデンの惨劇

 

  ヨアヒム・ブルクハルトには、妻と2人の息子がいた。ヨアヒムは自作農だったが、農場は小さく、家族4人が食べていくのがやっとだった。

 そして、1638年、一家はとうとう餓死寸前にまで追い込まれた。飢饉と疫病のために、ほとんど収穫のない年が何年も続いたのである。

 農場で飼っていた牛も馬もブタもニワトリもすべて食べ尽くし、最後にはペットの犬まで殺して食べてしまった。これで、食べ物は完全に底をついた。このままでは、死を待つしかない。

 ついにヨアヒムは、長年住みなれた農場を捨て、2人の息子アダムとフリッチェンを連れて町へ出て、生計を立てる道を見つけようと決意した。妻はひとまず家に残し、町での生活の目途がたってから、呼び寄せることにした。

 


クラインブレーデンの惨劇

 こうしてある朝、3人は近くの町リッペンに向かって出発した。でも、栄養失調で衰弱していた3人は、日没までにリッペンに着くことができなかった。

 誰もが飢えていて、ただでさえ物騒だったし、まして知らない土地で夜道を歩くのは危険きわまりないことだった。そこで3人は、近くのクラインブレーデンという村に向かうことにした。

 クラインブレーデンには、かつてヨアヒムの弟が住んでいた。でも、弟一家は伝染病にかかって死に絶え、生き残ったのは姪ひとりだった。その姪はまだ結婚しておらず、いまも実家で暮らしているはずだった。

 荒れ果てて廃墟も同然の弟の家にたどり着いたときには、もう日はとっぷりと暮れていた。

 姪との再会は決して喜ばしいものではなかった。彼女は飢えのためにガリガリにやせ細り、衰弱してベッドに伏せっていた。そのうえ、まだ独身のはずだったが、生まれて間もない赤ん坊を抱えていた。でも、こんな状態ではお乳が出ないから、赤ん坊もやせこけて、生きているのが不思議なくらいだった。

 この3か月の間、姪は草の根やドングリを食べてしのいできたとのことだった。そして、3週間前に赤ん坊を産んだあとは、熱を出して寝込んでしまい、それ以後はほとんど起き上がることさえできなくなってしまったのだった。

 この絶望的な惨状を目の当たりにして、ヨアヒムは、これまでどうにか保ってきた理性のたががはずれてしまった。彼ら3人も、何か月もずっと飢えに苦しみ、骨と皮のようになっていた。そして、ついにこのとき、張りつめていた糸が切れるように正気を失ってしまったのだ。

 逆上したヨアヒムは、脅しつけるような声で姪に向かって言った。

「いいから、ともかく食べ物を出せ。このまま俺たちが死んでしまってもいいと言うのか!」

「台所の戸棚を見てちょうだい。何も残ってなんかいないわ」

 ヨアヒムは空腹でふらつく足で台所へ行き、戸棚を開けた。姪の言った通り、中には食べ物は何一つなく、棚板にはほこりが積もっていた。

 これを見た瞬間、彼らは完全に狂気に取り憑かれてしまった。ヨアヒムと息子たちは互いに顔を見合わせてうなずくと、無言でベッドの方へ戻った。

「神に祈れ」

 ヨアヒムは、飢えと高熱で動けない姪を見下ろして、冷然と言い放った。

「お前は死んで、俺たちの食料になるんだ」

 しばらく、誰も口を聞かなかった。やがて、姪の方から沈黙を破った。

「わたしを食べたいというのなら、どうぞ好きにして。どうせ、じきに飢え死にするだけなんだから。でも、お願いよ、おじさん。子どもには手を出さないで。ああ、どうか、神のお慈悲をたまわりますように」

 彼らは神妙に祈りを捧げた。そして、最後に「アーメン」と唱えると、姪はかたく拳を握り、ぎゅっと目をつぶった。同時に、3人はそれぞれ手にしたナイフを彼女の胸に突き立てた。彼女は一声も上げず、絶命した。

 


クラインブレーデンの惨劇

 

  

       

 

 3人は、死んだ姪の体を、屠殺した家畜同様に解体した。彼らは、彼女のやせた肉を骨から切り離しながらも、待ちきれずに生のままの肉に食らいついた。やがて解体作業を終えると、火をおこし、肉を焼いて食べた。残った肉は小さな樽に詰めて塩漬けにし、家に持ち帰ることにした。

 

 3人が食べ物を見つけてきたと聞いて、ヨアヒムの妻は大喜びした。彼らは、もちろん、ほんとうのことは言わなかった。ヨアヒムは、どこかの農場から逃げてきたブタを捕まえたのだと、妻には説明した。

 久しぶりに食べ物らしい食べ物を見た妻は、この貴重な「豚肉」を煮込むのももどかしく、まだ生煮えの肉を夫や息子たちとともにがつがつと食べた。

 

 それから4日後、ヨアヒムと、その妻と、長男のアダムが死亡した。病死だった。

 クラインブレーデンの姪が起き上がれないほど衰弱していたのは、飢えのせいばかりではなく、疫病に冒されていたからだった。その肉を生で食べたために、彼らは姪と同じ病気に感染してしまったのだ。

 ただひとり生き残った次男のフリッチェンは、これを天罰だと思い、恐れおののいた。それから数日後、とうとう罪悪感に耐えきれなくなったフリッチェンは、リッペンの警察署に出頭し、自分たちが犯した身の毛もよだつような虐殺行為を洗いざらい自供した。フリッチェンはその場で逮捕された。

 

 事件のあったクラインブレーデンの家では、肉をそぎ落とされた被害者の無残な遺骨と、赤ん坊の亡骸が発見された。

 ブルクハルトの家では、殺された姪の肉を詰めた樽が発見された。

 樽の中身と骨と赤ん坊の亡骸は、教会の墓地に埋葬された。

 

 フリッチェンは、それから数日後、獄中で死亡した--病死だった。

 

 

終わり

 

 


本当にあった怪奇な世界Ⅰ・Ⅱ 目次構成

 

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本当にあった怪奇な世界Ⅰ 目次構成 全10話

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本当にあった怪奇な世界Ⅱ 目次構成 全10話

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奥付



クラインブレーデンの惨劇


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著者 : 富田満留
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