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1


小泉 朋子(コイズミ トモコ)、23歳-。
都内の某女子大学を今年3月卒業したものの就職浪人となった彼女は、ため息まじりに公道を歩いていた。

「はぁ……」
彼女の身を包んでいる黒いリクルートスーツは、シワなどのくたびれ感が現れている。
脚が棒になるほどあちこちを歩いてきたことで、タイトスカートの横ジワは特にひどい。

「はぁぁ……もう5社も落ちちゃったし……」
周囲の同年代の人間が就職し新社会人としてのステップを少しずつ歩み始めている中で、未だに就職ができずに不合格が続いている朋子は焦りを隠せない。
20歳のときに就職活動にと購入した黒いリクルートスーツが、ここまでクタクタに使い古した感が出ることなど、以前の彼女は想像もできなかった。


「でももう6月だし、就職は絶対にしなきゃ!」
気を取り直した朋子は、気持ちを新たに6社目の採用面接を受けようと、西新宿の高層オフィスビルへとやってきた。


「17階の株式会社ムラムラ・イノベーション……すごい会社名」
たった今から面接へ挑戦する会社の名前に驚きながらも、朋子は気合いを入れる意味で、両手で自らの顔を挟むように「パン」と叩いた。



約30分後-

「小泉さん、小泉朋子さん。1番面接室へお入り下さい」
まるで病院の受付のように、朋子の名前が呼ばれた。
朋子は、白いブラウスが張る胸の中で高まってきた緊張をおさえるように、深呼吸を自らに施す。


「よしっ、行くわよ」
朋子は面接室のドアのノブに手をかける。

「失礼致します」
「どうぞ」
朋子の一言に対し、ドアの向こうの面接室の中から比較的若めの男性の声が優しく返ってきた。
それによって、緊張に満ちていた朋子の精神は、少し安定を取り戻す。

「失礼します」
朋子は改まるように面接室のドアを開いた。
すると、そこには黒とグレーのスーツをそれぞれ着用する20代後半〜30歳ほどの若い男性が二人座っていた。


「こ、小泉朋子と申します。よろしくお願い致しますっ」
緊張を隠せない朋子は、全身を硬直させながら二人の男性に挨拶をする。

「ようこそ。さ、そこの椅子に御着席下さい」
それを見つめる男性の一人が、彼女に着席をすすめる。


2

 

「失礼します」
朋子は、スカートの臀部のシワをのばしながら、面接用の椅子に腰をゆっくりと下ろした。


「本日は面接にようこそお越しくださいました。面接官を致します、佐々木に吉田です。よろしくお願いします」
佐々木と名乗ったグレーストライプのスーツを着るあごヒゲの男性は、朋子に対してにっこりとほほ笑む。
もう一人の黒いスーツ姿の吉田という短髪のスポーツマン風の男性も、彼女に対して明るく笑みを浮かべている。


「さて、小泉さんの履歴書を拝見させていただきますね」
佐々木と吉田は、朋子の情報が記載された履歴書にざっと目を通す。

「なるほど、小泉さんは今年の春に大学を卒業されたばかりなんですね」
「は、はい」
佐々木が問うと、朋子は声から緊張感を抜けないまま答える。

「あまり緊張なさらないで大丈夫ですよ。……失礼ですが、大学在学中に就職が決まらず、今に至るということですか」
「……はい」
「気を悪くされたらすみません。これまでにあなたが、どんな業種の会社さんの面接をされてきたのかはわかりませんが……弊社の営業職を希望したきっかけは?」
「は、はい。御社は女性下着を扱う中でも斬新な営業スタイルをとる新しいタイプの会社であり、若手の社員の意見も平等に取り入れて、会社と一緒に成長していけるという社風に惹かれました。それに……」
「それに?」

佐々木からの続く質問に、少し頬を赤らめる朋子は続けるように答えた。


「私自身が、体型の問題で下着に関して悩みがありまして……それに悩む女性が、少しでも色々な下着を身につけていただいて、楽しい毎日になれるように貢献したいと思っています……!」
「なるほど」

佐々木は頷くと、朋子の足のつま先から頭までを撫でるように見つめる。


「小泉さん」
「はい」
「あなたはぱっと見スタイルに関して悩みなどなさそうですね。むしろ、人一倍恵まれているタイプだと思います」
「そ、そんなことは」
「少し、テストをさせていただきますが、よろしいですか?」
「は、はい」
「では、まずその場に起立してください」

佐々木は、口元をニヤリとすると、椅子に腰をおろすリクルートスーツ姿の朋子を立ち上がらせた。


3

 

朋子は、佐々木の指示のとおりに何も疑うことなくその場に立ち上がった。
膝を見せていた黒いタイトスカートは、彼女が立ち上がったことにより再び膝頭を覆い隠す。

「フムフム」
佐々木は朋子の頭から黒い靴の足先までをざっと見渡すと、軽く2回うなずく。

「小泉さん、次はそのまま後ろへ振り返ってください」
「後ろへ?は、はい」
再度の佐々木の言葉通り、朋子は「回れ右」をするかのように後方へと全身を向けた。


「フムフム」
佐々木は、朋子の視線が自分自身から逸れていることを確認すると、自分の左横にいる吉田と視線を交わし、ニヤリと笑う。
吉田もそれに倣い、笑みを浮かべると、直ぐさまに朋子の後ろ姿に目をやる。

艶を放ちながらサラサラ揺れる黒いストレートの髪の毛、
美しく描いた孤のようにクッキリとしたウエストのくびれ、
丸みと膨らみがタイトスカートの横ジワを強調するヒップ、
ベージュのストッキングに包まれた、引き締まったふくらはぎ。

佐々木と吉田の二人の目には、朋子の後ろ姿をすでに罠にかかった獲物のように見えていた。


「フフッ、ここまでだけでも想像以上だ」
吉田は笑みとともに喜びの言葉をこぼした。

「小泉さん」
今度は、吉田が朋子に声をかける。

「は、はいっ」
「こちらに再び身体を向けて椅子におかけください」
緊張感のまだ解けない朋子は、吉田の言葉に従い再び全身を佐々木達への方向へと向け着席する。

 

「小泉さん」
「はい」
再び口を開いた佐々木に対し、朋子は相槌をうつ。

「私達は……我社は見ての通りまだ若いですが、女性用下着を主に取り扱う新進気鋭をモットーに成長していこうとしている会社です。あなたは、我社の力になれますか?」
「そ、それはぜひ」
「フム。ですが小泉さん、履歴書を拝見する限り今年新卒のあなたが、この初夏の時点で就活をされているということは……その受けてきた数社とたまたま縁がなかったのか。はたまた数社から受け入れられないほど能力が欠如しているかのいずれかの場合であるかと思います」
「そ、それは……」

冷静なまでの佐々木の言葉に、朋子は言葉を失う。
佐々木は続けた。


4

 

「小泉さん、あなたは我社での企画営業を希望とのことだが、精神的にタフであり尚且つ向上心がなければ、我社でのどの仕事もつとまりません。そんないつまでもガチガチに緊張してばかりの状態で、仕事がつとまるとは思わないのですが……どうなんですか?」
「わ、私は……」

朋子は、一旦息を呑むと、口を開いた。


「き、緊張ばかりしてしまい申し訳ありません。ただ、私はこちらで会社の成長にしっかりと貢献できるように、自分自身を社会人として成長させ、どんな大変なことでも何でも頑張っていく所存です」
「ほぅ……どんな大変なこと、でも頑張ると」
「はい!もう緊張は過剰にしないように気をつけていくことを努力致します」
「なるほど。再度お聞きしますが、『何でも頑張る』という言葉に嘘はないんですね?」
「はいっ!」

朋子の強い返事を改めて確認した佐々木は、俯きながら口元をニヤリとさせる。


「わかりました小泉さん。あなたの熱意を、今から30分ほどの『最終テスト』で試させていただき、それがクリアできたら我社の正社員としてお迎え致します」

『正社員として』という希望的観測を秘めた言葉に、朋子の緊張感と焦りに充ちていた心は、複雑に絡み合った糸が鮮やかに解けたように開かれていく。
そこに、吉田が言葉を続ける。


「では小泉さん、最終テストを今すぐここで受けられますか?それであれば、最初のこの『テスト』は通過です」
その言葉に、朋子は迷うことなく「はい」と首を縦に振った。


「よろしい。では、私達二人との最終テストに入ります。小泉さん、こちらに来て下さい」
佐々木のその言葉通り、椅子から再び立ち上がった朋子は二人に一歩一歩と歩み寄る。
そして、面接官である彼らのデスクの前にピタリと止まった。

就活生とは思えぬほどのシワでくたびれた黒いリクルートスーツを身にまとった朋子の全身を、佐々木と吉田は改めてまじまじと見つめる。

そして、彼らは席を立ち上がり、彼女を挟むように両サイドにそれぞれ歩み寄った。


1

 

「あの……最終テストって」
朋子が不安そうに尋ねると、彼女の右側面に立ち肩に手を置く面接官の佐々木はニコリと微笑む。


「小泉さん、就職活動で動きっぱなしのせいか、せっかくのスーツがやつれてるね」
「あっ」
「仕事でスーツを着るならもう少しピシッとしないと」
「も、申し訳ありません……」
「ジャケットもシャツも、スカートなんて特に横シワがひどい。この間までJDだったとは思えないな」

ここで、朋子は一抹の違和感を覚える。
気がつくと、彼女の左側面に立つ副面接官の吉田も微笑んでいた。


「じぇ、JD……?」
「女子大生の略だよ。就活がうまくいった女の子はこんなにリクルートスーツを使い込まないものだ」
「その……就職活動で歩き回ったものですから」
「本当にそうか?」
「えっ?」
「この黒いリクルートスーツを違うことに使っていたんじゃないのかい?」

佐々木は朋子の右肩に置いた自らの左手を、彼女の腕からウエストの部分へと移動させていく。


「ち、違うことって……」
「例えば、彼氏の前で着てくれと言われたとかね」
「そ……」

朋子の身体は一瞬にして固まった。
佐々木と吉田は笑いシワの生じる顔をさらにニヤリとさせる。


「おやおや、本当に彼氏との逢瀬のために着たのかい?このリクルートスーツを。就職活動の武器である、今日の面接のための神聖なこのリクルートスーツを、君はまさかそのために使っていたのかい?」
「えっと……」

朋子は何も言い出せなくなり、口ごもる。
佐々木は続けた。


「さぞや盛り上がったことだろう。でないと、こんなにこの黒いスカートがシワになるはずがない!」
佐々木は、朋子のくびれたジャケットごしのウエストから丸みを帯びたスカートのヒップラインへと手を移した。


「あっ……何を」
朋子が身体をビクンとさせると、吉田が彼女の左肩と左腕をガッシリとつかみ、口を開く。

「動かないで。最終テスト中ですよ。佐々木さん、いかがですか?」
吉田が尋ねると、佐々木は何かに満足したかのように首を何度か縦に振る。





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