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 何重にもねじってやった、もう直るはずのない自分の右腕だったものを、なんとも哀れそうに見つめながら。

 クソジジイめ、悶え死ね。

 私は調子に乗って、右足を掴んで同じ目に遭わせてやった。おまけに左足、そして右手。

「ほれほれ、どうじゃどうじゃ! 凄まじい痛みであろう! 目すら開けていられんじゃろう!」

 自分の意志に関係なく、口から自然と言葉が出る。私は喉が破ちゃったからもう喋ることができないだろうし、そもそもこんな綺麗な声じゃない。

「うびゅびゅ、うびゅう!」

 四肢が壊れたバネみたいになって、黄色い液体を延々と吐いているこいつに向かって奪い取った宝剣で色んな箇所を突きながら、私は勝手に汚い言葉を浴びせ続ける。

「それ! もっと苦しめ! 苦しみ抜いて地獄へ落ちろ! そなたら一族の宿命じゃ!」


 そうだ、死んだ後に話しかけてくれたあの時の声だ。今、私の中にいるんだ。

 彼女に応えるつもりで、祖父の右腕に触れ、野菜みたいに引き抜いてやった。

「うば、ば!」

 老害の口から汚い血の泡が溢れる。どうやら舌を噛んでしまったらしい。

 私は一切遠慮することなく、干し雑巾のような彼の腕を、口の中につっこんでやった。

「ほほほ! うまいか! わらわがしっかり喰らわせてやるぞ!」

 ものすらロクに食えない老いぼれの腕を激し上下させて、もっと奥深くに突き入れる。

 その内、その喉は水風船のように醜く膨れ上がり、それに連れて顔の色がどんどん紫がかっていった。

 更に、左指で目玉を掻きだそうとぐちゅぐちゅ力一杯かき回してやると、びっと血管の千切れる音とともに、古ぼけた眼球がころりと畳に転げ落ちた。

 よっぽど苦しいのか、なにやら呻いているが、もはや声すら聞こえない。


「ほっほっほ! 死ね! くたばれ! 己を喰らって悶え苦しめ! 畜生が! 外道が! 我ら一族の呪いをみたか!」

 ようやく分かった。

 私の身体の中にいるこの人が、追川の姫なんだ・・・。

 この人が私を立ち上がらせ、復讐させてくれたんだ。

 ちょっと、うるっときた。

 私を殺した張本人は長い間畳をのたうち回った後、ゴキブリのように手足をばたつかせて息絶えた。

 私はそのしわがれた身体に食らいつき、その肉を食い破って辺りに捨て散らかした。

 父の肉も、母の肉も、皆骨までバラバラに飛び散らせてやった。眼球を噛み砕き、骨を割って汁を啜り、歯を一本ずつ千切り取って呑み込んだ。

 喰いたかったからじゃない、壊したかったからだ。

 私の恨み、先生の恨み、そしてあの人の恨み。

 この家の憎きものを全て破壊した後、私は行くべきところへ向かった。

 夜が明けるまでに、帰らなきゃ。


 追川の姫の怨念が住まう、禁忌の森。

 あんなに嫌だったのに、今ではすごく暖かな場所に思えてならない。

 

 臆することなく、中に入り、そのままずっと歩き続ける。

 全て理解している。私は二度と、この森から出ることはない。

 かつてこの地に逃げ込んだ追川の姫。彼女がどのような最期を遂げたかは分からない。彼女は自分を死に追いやった人々への復讐心を募らせていたけど、ずっと押さえ込まれ続けていた。

 私達家族の先祖が身内を犠牲にして、封印していたのだ。

 生け贄となった家の女達はみんな従順にその運命を受け入れたけど、私はそうじゃなかった。

 理不尽な儀式に反抗して、惨たらしく殺されちゃったけど、そうして生まれた私の強い無念が姫の怨念と混ざり合って、彼女は外へと出ることができた。そして、復讐を果たすことができたんだ。

 これから私の身体は徐々に朽ち果てていく。

 そしてその魂は、漂う姫の恨みと融合し、この森の邪気の一部となって永遠に生きていくだろう。


 生きていた人間だった頃には到底味わえなかった、形容しがたい幸福と快感に包まれていく。

 血の繋がりだけの偽りの関係ではない、想いで繋がった本当の家族、そして本当の居場所。

 自然と、笑いがこみ上げてきた。

 ここまで笑ったのは初めてだ。

 私達の諸声は、いつまでも森の中に木霊していた。

(完)



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