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「いやあ、我が娘ながらいい身体だなあ」

 父は私の未発達な肢体を見て舌なめずりしたが、祖父に睨まれて申し訳なさそうに首をすぼめた。

「ともかく、こうやってこの阿呆が死んでくれて余計な手間が省けた。これで家も安泰じゃ」

「いやまったく、ははは」

 祖父が皆を連れて帰り、私は寒空の中に死にかけのまま取り残された。血の冷たさも、風の辛さも、食い破られた喉の痛みすらも、全てがどうでもよいものに感じてきた。

 心臓の音が段々早くなり、そして弱々しくなっていくのが分かる。ようやく死ねるような気がしてきたと安心すると同時に、哀しくなった。

 曲がりなりにも家族として一緒に過ごしてきた人間が動物のように私を殺して、邪魔者として私を捨てた。

 憎しみにも似た、悲痛。

 私は何の為にこの家に生まれて、死んでいくのだろうか。

 ぼんやりと消えそうな意識の中でも、うっすらと涙が頬を伝うのが感じ取れた。

 悔しい。でも、もう何もできない。せめて、安らかに死なせて・・・。

 自分への慰めを込め、そっと目を閉じた。全てが闇に包まれていく。


(そなたは、恨めしくないのですか?)

 声が聞こえた。

(誰・・・?)

 透き通ってはいるが、どこか生気の感じられない冷たい囁きが、夜風に揺れる木々の中から聞こえてくる。

 身体がふわりと浮き上がるような感覚がして、目が自然に開いた。

 

 意志に足が動いて、私の身体は勝手に森の中へと入っていった。


 暗闇に包まれた樹林の集まりは、鬱蒼とした雰囲気を漂わせていた。

 見たこともないおどろおどろしい草花が我ばかりと不規則に伸び散らかし、ほとんどの樹には、毒々しい色の粘菌や苔がびっしりと貼り付いている。年を経て朽ち倒れた枯れ木を、片腕ほどの大きさもありそうなムカデが這い、そこで捕らえた蜥蜴の体液を啜っていた。

 私が歩いていく度に、身体のどこかが木の枝や伸びた雑草に触れる。


 この身体がどこまで先へと進んでいっても、この真っ暗な迷宮はあたかも同じ場所が延々と続いているようで、この場所が死者の国であるように思わせられた。

 どれぐらい彷徨い歩いたのか。私の亡骸は不思議な場所へとたどり着いた。樹木がそこを避けるように生えていて、落ち葉や朽ち木すらすらなく、地面がむき出しになっている。

 まるでそう決まっていたかのように、私の身体はその場に崩れ落ちた。

(喰らいたくないのですか? そなたの家族を・・・)

 あの声が、再び聞こえてきた。

(誰・・・?)

(血を分けた人間にも関わらず、あなたを虐げ、殺めた。その恨みを残して死ぬのですか・・・?)

 私の思いの中に、刺々しい感情が入り込んできた。今までの人生の中における束縛、今夜の残忍で理不尽な仕打ち、全て忘れることができないぐらい、焼き付いている。

(嫌だ、許せない・・・)

(ならば、喰らいなさい)


 目の前から、不透明な人型の物体が迫ってきた。それに驚いて意識が目覚めた次の瞬間、私は入り口の前に立っていた。

 真冬の深夜なのに全く寒さを感じず、先ほどまでの苦痛がウソのように消えている。

 逆に、ふつふつと胸壊にどす黒いものが沸き上がってきた。

 喰らわなければ。

 私は自分の意志で、家に向かった。地面を踏む度、どこか実感が掴めない、宙に浮いたような感触がする。

 私は、どうなってしまったのだろうか。だが、それよりも、血が欲しい。恨めしいあいつらの血を喰らいたい。


 家に帰ると、玄関のすぐ側にある便所に灯りが点っていた。

 扉を開くと、父が間抜けな格好で便器に跨がり、用を足していた。

 何の価値も見出せぬクズ男は私の方を振り返り、愕然とした表情で怯え始めた。

「や、ややややや」


 命乞いのつもりだろうが、声が出ないようだ。逃げたくても右足が便器にはまってしまって抜けないらしい。

 私はその汚い首根っこを掴み、そのまま力を入れた。

 

 ぶぎゅっ!とネズミの断末魔のような声を挙げ、勢いよく血を吹き出し、私の顔に降りかかった。

 

 今まで味わったことのない、凄まじい快感が全身をかけめぐる。

 更に力をこめ、勢いよくこの屑野郎の首元を持ち上げた。ズッ!と音がして、細長い頸椎ごと首が抜けた。

 そうして、私の父であった便所虫は間抜けな表情のまま息絶えた。

 流れ落ちる血液を服が汚れるのもかまわず存分に味わっていると、ひいっ!と後ろで声が聞こえた。

 振り返ると、母が大慌てで居間へと逃げようとするところであった。

 ためらうことなく、私はそれを追った。走る度に、まるで何かが抜け落ちたような身体の軽さを感じる。

 母は居間の隅に、裁縫用の鋏をこちらに構えながら、へたり込んで震えていた。



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