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深夜、廃屋を改修して作られた海沿いの一軒家。迷惑も省みず戸を叩いた私を、先生は神妙な面持ちで迎えてくれた。

「おまえの家はそんな恐ろしいところだったのか」

居間で私の話を聞き、先生は愕然としていた。

「正直、この村の空気はどっか変だと前々から思ってたが、そうか、お前ん家のおじいさんが原因か・・・」

恐怖映画のようなことが実際に、しかも自身の生徒の身に起こっているのだから、驚かざるを得なかったのだろう。

「待ってくれよ、今すぐ警察に連絡してやる」

「先生、待って下さい!」

「なんだ?」

「・・・もう、この村出て行きたいんです」

先生は頼もしげな表情で私の顔を見つめ、答える。

「大丈夫、警察が連れて行ってくれるから、安心しな」

先生は電話器のある玄関へと出て行った。

一人残された私は不安でたまらなかったけれど、同時に奇妙な胸の高鳴りを覚えていた。


 さっきの言葉、上手く伝えられなかった。

「先生と一緒に出て、自由に暮らしたい」って、はっきり言えなかった。こんな状況なのに、先生との関係のことが頭に浮かんで仕方がない。

 私は、殺されるかもしれないのに・・・。

 ぼーっとした頭を冷ますのも兼ねて、周囲を見回した。

 部屋には灯りが点いていて、電気ストーブが暖かだが、外はまごうことなき真っ暗闇。その中から今にも家族がぬっと顔を現すではないかと思え、背筋が寒くなった。

 玄関の方から、電話のコールが聞こえてくる。先生が警察に電話をかけたのだろう。

 だがそのすぐ後、扉が勢いよく開いたような音がした。更に、猛獣が吠えるような声が聞こえてきた。

「誰だお前等!」

 先生の声だ、私は急いで玄関へ走った。

「早く逃げろ!」

 先生の怒鳴り声が聞こえた。そしてそれから間をおかずして、痛ましい叫び声が屋内に響いた。


 玄関へ走った私は、その光景を見て絶句した。

 母が先生の胸を、両手で構えた鋤で貫いていた。

 先生は白目をむき、ガクガクと小刻みに震えている。

 母は真っ赤に血走ったその目で、犠牲となった先生の姿を見ながら、不気味な声で笑い続けていた。

 私は裏口へ走り、急いで逃げた。

 あれは母だが、母じゃない。人ならざるものだ。きっと、あの血を飲んでおかしくなったんだ。


 灯りなき夜道を必死で逃げる。とにかく、駐在所に駆け込もうと、ひたすら走った。

 だが、そこまで行くには自転車ですら20分かかる。

 だんだん胸が痛くなり、息が荒くなる。でも、行かなければ。捕まったら、殺される。

 山沿いの道に出たところで、後ろからハッハッハッと、くぐもった息づかいが追いかけてきた。

 足を止めずに後ろを見やると、母が追いかけてきていた。

 犬のように舌を剥き出しにし、唾液を垂らしながらこちらを捕まえんとしている。


 駄目だ、追いつかれてはいけない。

 あれは、獣だ。

 心臓が破れるかというぐらい激しく痛み出したが、私はもっと足に力をこめた。

 荒い息づかいが一定の間隔で、近づいたり離れたりしている。

 私は足が速い方ではない。本来であれば、とっくに追いつかれているはずだ。

 多分、わざと追いつかないのだろう。楽しみ尽くした挙げ句、狩る。

 実の娘で、狩りを楽しんでいるんだ・・・!

 頭の中が絶望に包まれる。

 ふと、下半身の辺りが一瞬冷たくなって、足を液体が伝っていく。

 失禁してしまった・・・。

 ものすごく惨めだ。もう、嫌。

 でも、死にたくない!

 あいつらの獲物になりたくない!

 最後の希望を、駐在所に賭けて走った。


 ようやく、村の菩提寺へと続く道が見えた。駐在所はこの途中にある。

 助かった! と思った途端、ふいに前から何かがぶつかってきた。

 私の身体は押し倒されるようにして崩れ、土に頭がぶつかる。そして私の喉元に鈍く光る金属が思いっきり押しつけられ、そのまま横に強く引かれた。

 喉に感じた灼けるような苦痛とともに、そこから勢いよく鮮血が噴き出した。助けてと叫ぼうとしても、声が出ない。口から出た息はすべてひゅうひゅうと空を切るばかり。

 父が、私の喉元を鉈で切り裂いたのだ。おそらく、待ち伏せをしていたのだろう。

 私は、彼らの獲物になって狩られた。そしてこれから、死んでいくんだ。猟師にやられた、鹿や猪と同じ。

 すごく痛いし、哀しい。

 なにもかも、これで終わりなんだ。

 自然と目から涙が溢れて、頬を伝った。

 でも、私はなかなか死ななかった。喉は真っ赤に抉れて、息をしようとする度ごぼっごぼっと血のあぶくがそこから飛び散るのに、かろうじて生きていた。



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