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 両親が私を見つめる。父の表情はにやけこそしているが、先ほどとは打って変わって目が異常なまでに血走っていた。

 母の方も、普段の臆病さが嘘のように消え、殺意に満ちた笑顔を浮かべている。

「代々生け贄は、生娘と決まっておってな」

「ガアッ!」

 右腕を掴もうとした父の手を払い、血の入った桶を叩き飛ばして私は外へ逃げ出した。

 冗談じゃない!

 誰のものか分からない血を飲んで、おまけに娘を殺すだなんて!

 前々から思っていたけど、やっぱりこの家は狂ってる!


「助けて! 誰か助けてえ!」

 民家を見つける度に必死で叫ぶが、誰も応えてくれない。窓に灯りが点っている家さえあるのに、関わろうとしない。
皆、私を見捨てるつもりだ。

 私は藁にすがる思いで、担任の杉浦先生の家へと走った。


深夜、廃屋を改修して作られた海沿いの一軒家。迷惑も省みず戸を叩いた私を、先生は神妙な面持ちで迎えてくれた。

「おまえの家はそんな恐ろしいところだったのか」

居間で私の話を聞き、先生は愕然としていた。

「正直、この村の空気はどっか変だと前々から思ってたが、そうか、お前ん家のおじいさんが原因か・・・」

恐怖映画のようなことが実際に、しかも自身の生徒の身に起こっているのだから、驚かざるを得なかったのだろう。

「待ってくれよ、今すぐ警察に連絡してやる」

「先生、待って下さい!」

「なんだ?」

「・・・もう、この村出て行きたいんです」

先生は頼もしげな表情で私の顔を見つめ、答える。

「大丈夫、警察が連れて行ってくれるから、安心しな」

先生は電話器のある玄関へと出て行った。

一人残された私は不安でたまらなかったけれど、同時に奇妙な胸の高鳴りを覚えていた。


 さっきの言葉、上手く伝えられなかった。

「先生と一緒に出て、自由に暮らしたい」って、はっきり言えなかった。こんな状況なのに、先生との関係のことが頭に浮かんで仕方がない。

 私は、殺されるかもしれないのに・・・。

 ぼーっとした頭を冷ますのも兼ねて、周囲を見回した。

 部屋には灯りが点いていて、電気ストーブが暖かだが、外はまごうことなき真っ暗闇。その中から今にも家族がぬっと顔を現すではないかと思え、背筋が寒くなった。

 玄関の方から、電話のコールが聞こえてくる。先生が警察に電話をかけたのだろう。

 だがそのすぐ後、扉が勢いよく開いたような音がした。更に、猛獣が吠えるような声が聞こえてきた。

「誰だお前等!」

 先生の声だ、私は急いで玄関へ走った。

「早く逃げろ!」

 先生の怒鳴り声が聞こえた。そしてそれから間をおかずして、痛ましい叫び声が屋内に響いた。


 玄関へ走った私は、その光景を見て絶句した。

 母が先生の胸を、両手で構えた鋤で貫いていた。

 先生は白目をむき、ガクガクと小刻みに震えている。

 母は真っ赤に血走ったその目で、犠牲となった先生の姿を見ながら、不気味な声で笑い続けていた。

 私は裏口へ走り、急いで逃げた。

 あれは母だが、母じゃない。人ならざるものだ。きっと、あの血を飲んでおかしくなったんだ。


 灯りなき夜道を必死で逃げる。とにかく、駐在所に駆け込もうと、ひたすら走った。

 だが、そこまで行くには自転車ですら20分かかる。

 だんだん胸が痛くなり、息が荒くなる。でも、行かなければ。捕まったら、殺される。

 山沿いの道に出たところで、後ろからハッハッハッと、くぐもった息づかいが追いかけてきた。

 足を止めずに後ろを見やると、母が追いかけてきていた。

 犬のように舌を剥き出しにし、唾液を垂らしながらこちらを捕まえんとしている。


 駄目だ、追いつかれてはいけない。

 あれは、獣だ。

 心臓が破れるかというぐらい激しく痛み出したが、私はもっと足に力をこめた。

 荒い息づかいが一定の間隔で、近づいたり離れたりしている。

 私は足が速い方ではない。本来であれば、とっくに追いつかれているはずだ。

 多分、わざと追いつかないのだろう。楽しみ尽くした挙げ句、狩る。

 実の娘で、狩りを楽しんでいるんだ・・・!

 頭の中が絶望に包まれる。

 ふと、下半身の辺りが一瞬冷たくなって、足を液体が伝っていく。

 失禁してしまった・・・。

 ものすごく惨めだ。もう、嫌。

 でも、死にたくない!

 あいつらの獲物になりたくない!

 最後の希望を、駐在所に賭けて走った。



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