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「この娘がその、凶事を運んできたってことですか」

「そう、まあ疫病神みたいなものだ」

「なんだ、性格も素直じゃない、けったいな奴だったのはそういうわけか」

 家族の暴言に、私はじっと耐えた。酷い、いくらなんでもあんまりだ。

「しかし、この凶事を防ぐにはどうすれば・・・」

「これを飲め」と、祖父はちゃぶ台の上の桶を指さす。

「この血を飲むと、わしらは獣の如き残忍な本性を剥き出しにする。

 

 その結果、犠牲となった者の亡骸をあの地に捧げれば凶事を避けられる」

 血を飲む・・・?

 犠牲、亡骸・・・?

 この人は何を言っているんだ?

「誰か一人が生け贄になれば、家は助かるんですね」

「その通り。儀式を司る者達がこの血を飲んで、一族の誰かを殺せばいい。以前も行ったゆえ、手はずはわかっとる」

 以前って・・・。

 その言葉に、身体が自然と震える。


「60年前、わしは十五になる妹を殺した。今日のように森の口に血だまりが現れてな。父の言うことに従ってこの血を飲むと、たちまち罪悪感が消えた。そして覚悟を決めたあやつを、鉈でばっさりと斬り殺してやった」

 家に忠実な娘だったと、祖父はしれっと語ってみせた。

 そんな・・・。

 それじゃあ、人殺しじゃない!?

「それだったら話は早い」

 父は一切躊躇を見せることなく、右手を桶に突っ込み、中の液体を掬いとって、一気に飲み干した。

「家が助かるのなら・・・」

 それに続き、母も右手を血に染め、自身の口に注いだ。さすがに飲み終わった後、その味に対して不快そうな表情を一瞬浮かべはしたが、すぐに晴れ晴れとした顔になった。

「ああ、何だか身体の中が熱くなってきたぞ」

「本当、誰かを傷つけたくって仕方がないわ」

 意気揚々と語る二人を見て、祖父が珍しく微笑んだ。

「準備はできたな」


 両親が私を見つめる。父の表情はにやけこそしているが、先ほどとは打って変わって目が異常なまでに血走っていた。

 母の方も、普段の臆病さが嘘のように消え、殺意に満ちた笑顔を浮かべている。

「代々生け贄は、生娘と決まっておってな」

「ガアッ!」

 右腕を掴もうとした父の手を払い、血の入った桶を叩き飛ばして私は外へ逃げ出した。

 冗談じゃない!

 誰のものか分からない血を飲んで、おまけに娘を殺すだなんて!

 前々から思っていたけど、やっぱりこの家は狂ってる!


「助けて! 誰か助けてえ!」

 民家を見つける度に必死で叫ぶが、誰も応えてくれない。窓に灯りが点っている家さえあるのに、関わろうとしない。
皆、私を見捨てるつもりだ。

 私は藁にすがる思いで、担任の杉浦先生の家へと走った。


深夜、廃屋を改修して作られた海沿いの一軒家。迷惑も省みず戸を叩いた私を、先生は神妙な面持ちで迎えてくれた。

「おまえの家はそんな恐ろしいところだったのか」

居間で私の話を聞き、先生は愕然としていた。

「正直、この村の空気はどっか変だと前々から思ってたが、そうか、お前ん家のおじいさんが原因か・・・」

恐怖映画のようなことが実際に、しかも自身の生徒の身に起こっているのだから、驚かざるを得なかったのだろう。

「待ってくれよ、今すぐ警察に連絡してやる」

「先生、待って下さい!」

「なんだ?」

「・・・もう、この村出て行きたいんです」

先生は頼もしげな表情で私の顔を見つめ、答える。

「大丈夫、警察が連れて行ってくれるから、安心しな」

先生は電話器のある玄関へと出て行った。

一人残された私は不安でたまらなかったけれど、同時に奇妙な胸の高鳴りを覚えていた。


 さっきの言葉、上手く伝えられなかった。

「先生と一緒に出て、自由に暮らしたい」って、はっきり言えなかった。こんな状況なのに、先生との関係のことが頭に浮かんで仕方がない。

 私は、殺されるかもしれないのに・・・。

 ぼーっとした頭を冷ますのも兼ねて、周囲を見回した。

 部屋には灯りが点いていて、電気ストーブが暖かだが、外はまごうことなき真っ暗闇。その中から今にも家族がぬっと顔を現すではないかと思え、背筋が寒くなった。

 玄関の方から、電話のコールが聞こえてくる。先生が警察に電話をかけたのだろう。

 だがそのすぐ後、扉が勢いよく開いたような音がした。更に、猛獣が吠えるような声が聞こえてきた。

「誰だお前等!」

 先生の声だ、私は急いで玄関へ走った。

「早く逃げろ!」

 先生の怒鳴り声が聞こえた。そしてそれから間をおかずして、痛ましい叫び声が屋内に響いた。



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