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 今日のお供えは、高く盛った強飯に、芋の煮っ転がし、目刺しが四匹に、剥いたびわの実。いつもと同じ朱色の食器に用意されている。

 毎晩19時、家族の誰かがこれを森まで運ぶというのが、我が家代々の風習である。

 このお供えは、必ず家族の夕食とは別物でなければならず、毎日新しいものを作らなければならない。器や調理器具ですら特別のものを使うのだから、徹底している。

 そして出来上がったものを、一人で持って行かなければならない。街灯すらない真っ暗な道を、なんとか眼を慣らしながら進まなければいけない。懐中電灯も持ってはならない。

 舗装されていない野道は凹凸の段差が激しく、また大きな石もポツリポツリと転がっているので、下手に転倒して打ち所が悪ければ、そのまま死ぬ。実際、一族の中にもそういった事故が原因で亡くなった人がいるらしい。

 五歳の時から、私もこの仕事をさせられるようになった。大人は誰一人ついてきてくれない、町へ買い物すら行けないような女児を、彼らは真夜中の野道に放り出すのだ。


 最初の頃、夜道を歩くのがすごく怖くて、玄関の方に振り返って半べそを掻いている私を見た父はすごい剣幕で「さっさといかんか!」と怒鳴った。


両手でお供えの盆を抱え、冬の風に吹かれながら道を進んでいく。

 森の門の前にに供え物を置き、翌朝、空になった食器を取りに行く。大体の場合、器には野菜の茎やご飯粒を残して、何も残っていない。

 

 勿論、狸や野良猫が食べたに決まっている。彼らに餌をやっているのと同じだが、こんな意味もないことを何故、私達の家族は酷く恐れ敬っているのだろうか。

 我が家は近所づきあいというものがほとんどない。私の家族が皆不愛想というのもあるが、どうやら件の風習が原因で、向こうからも避けられているようだ。

 私は今年で15歳になるが、今まで友達というものが出来たことがない。苛められたこともないが、遊びの誘いを受けたこともない、まるで腫れ物のような扱いだ。

 ただ一人、現在の担任である杉浦先生は、他の生徒と同じように扱ってくれる。

 隣町から来た若い男性教諭は、村の「空気」に流されず、しばしば私を職員室に呼び出しては他の教師の鬱陶げな眼差しを余所に、悩み事の有無や勉強のことについて積極的に尋ねてくれる。


「何でもいいから、困ったことがあったら言ってくれよ。生徒の為だったら何でもするぜ」

 一通り話が終わった後、先生は決まってこんな感じのことを私に言ってくれる。おそらく、私の一族の風習が原因であることも、よく分かっていないのだろうが、こう言われるとわずかだが安心する。

 正直言うと、私は先生に対してほのかな恋心を抱いていた。束縛された家での空気に対する嫌気が、開かれた場所から訪れた男性への憧れを産んだのかもしれない。

 学校を出たら、先生に想いを打ち明けよう、そして一緒に町へ連れて行ってもらおうとも考えたが、到底無理だ。この閉鎖的な地域で、生徒と教師の恋愛など、到底受け入れられることではない。ましてや、私の家においては・・・。

 結局、この家に産まれたこと自体が、そもそもの不幸だったのだ。

 最近ではそういった諦念を胸に、このくだらない慣わしを黙々とこなしている。


 この家が嫌いだし、家族もこの風習も大嫌いだが、何よりあの森が一番憎い。祖父や両親はあの不気味な場を心から畏れ崇めているようだが、私は違う。

 そんな得体の知れない場所なんて、焼いてしまえばいい。私を束縛するものの正体は、結局はこの森なのだ。恨みこそすれど、崇拝などするものか。


 森へとたどり着いた時、最初はそれが水たまりか何かだと思っていた。昨日も強い雨が降っていたからだ。

 でも、近づいてみて、その強烈な臭いが鼻をよぎって、分かった。

 血だまりだ。入り口を塞ぐかのように、濃い血液が地面を染めていた。

 気づいた瞬間、すぐ家へと走った。駆けている間、ずっと背後に誰かが追いかけてきているかのような気配を感じ、とにかく追いつかれないよう、必死になった。


 玄関に着いた時はすっかり息が上がっていて、それに扉を勢いよく開いて音を立てたのも相まって、家族が皆揃って駆けつけてきた。

 台所でコップ一杯の水を一気に飲み干した後、私先ほどの異変を興奮気味に語った。

 ひょっとしたら、誰か死んでるのかもしれない、どこかから逃げてきた殺人犯が、あそこに隠れているのかもしれない。

 全部は覚えていないが、思いつく限りの事をとにかく口に出し、危険を必死に訴えた。

 母も父も、そして祖父も私の話を黙って聞いていた。だが話し終えてからしばらくすると、祖父が何か考え込んでいるような表情で仏間の方へ歩いていった。

「・・・ねえ、警察に通報しないと」

 立ったまま祖父を待っている両親に、私は焦る気持ちを感じていた。

「馬鹿言え」

「でも・・・」

「家のことだぞ? 余所もんに言えるか。お祖父ちゃんが許さんって
分からんか」

 父親は侮蔑するような顔で私を睨んだ。

「全くこの子はいい年して、そんなことも分からんのかねえ」

 母も同様だ。



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