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――燃えさかる戦場を、母と二人で逃げ続けた。

父は腹をかっさばき、果てた。

弟達は槍で突き殺され、女中達は何人もの足軽に姦された挙げ句、鶏のように首を落とされた。

母は短刀で喉を突き、自ら命を絶った。

そして今、森の中にいる。

歩いても、歩いても、何処へも辿り着かない。

肉体は、とうの昔に朽ち果てた。

一体、どれほどの月日が流れたであろうか。

時経てども、我が恨みは消えぬ。

この深い怨念、解き放ってくれる者は、いないのか――


 割れんばかりにきしむ階段を上がり、たてつけの悪い障子を開いた。焼けた葉のつんとした臭いが喉に絡みつき、思わず咳き込む。

 いつもと変わらず、祖父は紺の狩衣を纏い、古めかしい神具が並べられた四畳半の部屋で、今にも腐って崩れ落ちそうな神棚に向かって幣(ぬき)を振り回しながら、意味が分からないまじないを詠んでいる。

「・・・行ってきます」

 

 いつも通り返事はないと思い、戸を閉めて出て行こうとすると「待て」と呼び止められた。

「これを見ろ」

 祖父は神棚に置かれた丸い神鏡を指差す。錆一つないその鏡面を袈裟に切り裂くように、大きなひびが走っていた。

「さっき勝手に割れおった。これは吉凶の前触れかもしれん」

 祖父はこちらを見やることなく、呟くように話し続ける。

「もし森に異変あれば、戻って知らせろ」

 このようなことを言われたのは初めてだ。ただでさえ嫌なのに、ますます気が重くなる。でも、ここで休むなんて言い出せば、祖父は私を幣で打つだろう。

 階段を降りて、お供えを取りに行く。今日は私が当番なのだ。


 私の家の裏には、森がある。一応、先祖代々の土地ということになっているらしいが、手入れどころか中に入っている人間すら見たことがない。

 ひっつき虫だらけの草むらの中に作られた野道を少し進むと見えてくるその入り口は昼間でもぽっかりと、空間に穴でも空いているように存在しているが、それが暗くていかにも陰湿な気配がする。

 その門の周囲には、何百年も前に縫われたのであろう、自然の汚れと経年で黒ずんだ注連縄が、腰の高さぐらいある二本の厳かな模様の入った石柱の間に張られ、入り口を塞いでいる。

 周囲には、おそらくこれも遙か昔に造られたと思われる幾つもの柵で完全に囲まれていて、この場所以外から入ることは難しい。

 その奥には荒い道が続いているようだが、昼に行っても暗く、到底中に入ろうとは思えない雰囲気が漂っている。

 

 それほど広い森林ではないが、地図で見る限り、その果ては海沿いの急な断崖に面していて、どこにも通じていない。


 子供の頃、何気なく祖父にこの森について尋ねたことがある。私の言葉を聞いた途端、祖父はたるんだ皺に包まれた顔を途端に強ばらせ、幼い自分の孫娘に平手打ちを喰らわせた。

「そんなこと、余所の人間には口が裂けても言うな!」

 真っ赤に腫れた頬を抑えて泣きじゃくる私に向かって、祖父は乱暴に言い捨てた。以来、私もそれについて、いわゆる「禁忌」であると幼心に理解したので、一切口に出さなかった。

 だが、亡くなった祖母から、この森に伝わる話を聞かされたことがある。

 この森は奈良時代の古文書にも記述があるぐらいの歴史を持っているのだという。名前は忘れたが、はるか昔の天皇に寵愛されていた娘がこの地で命を落としたことがきっかけで、今で言う「禁足地」の一つと定められたのが始まりらしい。

 それから何百年の間、この付近に神社が存在していたらしいが、これは平安時代に記された寺社録に名前が確認できるだけで、実在を証明する遺構等は全く見つ かってない。それより後の時代の史料からは神社の存在に関する記述が一切認められず、あたかも最初からなかったかのような扱われ方をしている。


 私達の先祖との関わりは、戦国時代に起きたある出来事から始まった。

 当時この地を拠点としていた二つの勢力があった。箕山氏と追川氏、互いに勢力は拮抗しており、永きに渡って争いを続けていたが、ある時起こった総力戦に箕山氏が勝利、一族や領民の助命と引き替えに、追川の当主は自害した。

 だが、日頃からの残忍な振る舞いで知られた箕山の当主はこの約束を破り、殲滅戦を開始。追川の一族郎党、そして民までもが皆撫で斬りにされ、女どもは年関係なく犯された後殺害された。

 戦火の中を必死で逃げおおせた当主の妻と娘は、やがてこの場所へとたどり着いた。だが、二人とも疲労でもう走ることができない。追っ手はすぐそこまで迫っていた。捕まえられればどうなるか、彼女らが一番よく知っている。

 運命を悟った母は、娘をこの神聖なる森の中へ逃がした。そしてそれを見届けた彼女は短刀で喉を突き、夫の後を追った。

 やがて追っ手がたどり着いた時、森の入り口には侵入者を阻むようにして倒れた女の亡骸と、夥しい血だまりができていた。



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