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第二希望

 一番欲しいものはと聞かれたら、二番目に欲しいものを答える。

 一番欲しいものはもう持っているから。

 大切すぎて、言葉に出来ないものだから。

 

 というわけで、二番目に欲しいもの、というとこれまた甲乙-乙丙か、つけがたい。

 最新のオーディオ装置、3Dの見れるテレビ、DV各種、ウィス・アンダーソンは外せない。フォルクス・ワーゲン、スポーツタイプの自転車、それを入れる車庫。家の照明も一新したい。それより家か。大きなマンションをまるごと。山も欲しい。原生林のくせに山の幸が豊富な山を一山。

 DVDもそうだが、それより本。図書館全部、とか言いたくなる。畑正憲、ムツゴロウ氏が北海道に移住する時、文庫全巻買って持っていった、というのも理想的。

 食も最低限はいる。健康だって必要だ。安全性、そして、金。

 

 だから夜中に自宅兼仕事場に福の神が現れて、願いを叶えてあげるって言われた時、僕はすぐには答えられなかった。

 福の神は優しかった。僕の欲しい物につてい時間をかけて耳を貸し、相談にも乗ってくれた。そして

「物事は、前向きに解決しないとね」と僕の腹にポケットをつけてくれた。そう、ちょうどドラえもん装備のポケットだ。そこから君がほしい物が、いつでもなんでも取り出せるよ、と。

 

 もちろん人前でおおっぴらにいは使えない。ちょっと小腹がすいたからって、りんごを腹から出すほど、腹が座った性分でもない。でも、慣れてしまえばとっても便利な代物だ。

 

 そうそう、旨いコーヒーメーカー、スマホにパフォーマンスのいいコンピュータも必要だ。

 それから彼女。美人で優しくて料理ができて家事がこなせて完璧で、よく笑って、それからそれから、僕の言うことを何でも聞いてくれる。

 もう可菜子の愚痴を聞かされる必要もない。

 あいつのわがままも無駄使いも大食いも大酒飲みもおさらばだ。

 人目をはばからない馬鹿笑いも、ヒステリーも、行儀の悪さももう他人ごと。

 それから、それから、

 

 このポケットを、可菜子は見たらどう言うだろう。

 

 

※※※※※※※※

 

 

ー 惣太は何が欲しいの?

ー 金、金、この世は金だよ。

ー 仕事辞めるの?

ー やめて海外旅行だよ、好きなだけ金も服も湧いてくる。手ぶらで世界一周だ。可菜子も来るか。

ー ゾウはどうするの?

ー どうせ毎日帰ってくこないんだから、放っておいてもいいんだろ。ネズミでも鳥でも、カエルでももぐらでも何でも捕るって言ってたじゃんか。

ー もう歳だから、ちょっとそっちは大変そうなんだ。

ー じゃあ、誰かに餌をやりに来てもらおうぜ、妹にでも頼んだらいいだろ。

ー でもさ、でも、ゾウが。

 

 

 ネコと天秤にかけられるとは思ってもなかった。 

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

 

 

 

ー じゃあ何でも出てくるわけだ。明日締め切りの校正が一本あるんだけれど、そういうのも完成品が出てくるの?

ー 来月の雑誌が出せるから、それを写せば?

ー ふぅん。

 

 

  明日出してみてよ。今から仕上げて納品するよ。それがどう変わるか比べてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※

ガールズトーク:

 

ー ねぇ、昨日読んだ本なんだけど、もしも欲しい物がなんでも出せる人がいるとしたら、花ちゃん、なに頼む?

ー なんでも無限に出せる打ち出の小槌。可菜子は?

ー うぅん、昨日言えなかったんだけど、

ー え?

ー  ううん、なんでもない、でもホントに出して欲しかったのは、おばあちゃんなんだ。母方の、いつでも絵を書いていたおばあちゃん。それからおじいちゃん も。小さい時雀の絵を筆でサラサラって描いたの。普段は怖いおじいちゃんだったから、欲しいって、どうしても言えなかったの。あの雀の絵、と言うとおじいちゃんに失礼だから、おじいちゃんを丸ごと。

ー 可菜子のおじい様ってもしかして、玄関に飾ってある写真の? いつも可菜子の後ろにいるじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

ーなんでも出せるんだぞ、何がいい、なんでも言ってみな。

ー うぅん、

しばらく考えた末、可菜子は上目遣いに聞いてきた。

ー おばあちゃんの家。

ー いつも話してる日本家屋か、でっかい門をくぐると縁側があって、右手のくぐり戸を抜けると納屋、洗濯場。

 縁側から家に上がると四畳ほどの洋間があって、応接セット、その向こうが畳の和室だろ。開け放つと庭が見えて。土間は左手。二回に続く階段があってって、

ー あ、冠木門もつけてね。

 

 

 

 

  私の話、聞いてた?

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

ー 仕事、やめちゃうんだ。

ー だって金に困らないんだ。働く必要なんかないだろ。

ー そうだね。じゃ、あたし、もう帰るよ。来週までのレポートあるから。

ー なんだよ、気取るなよ。

ー んじゃ、またね。

 

 

※※※※※※※※

 

やめてやる。

一気に辞表を叩きつける。

辞表はもうフォルダにできている。

日付を入れるだけでいい。

こいつを開いて部長の席の横のプリンタで印刷して、判子押して、

 

マニュアル作っておこう。

引き出し片付ける。

田中さんに借金返して、

ヒロ先輩におごって、

キミちゃんに挨拶して、

ついでに携帯聞いて。

 

ー 山田~、あの資料、もう一回出してくれんか

 

阿野先輩に資料の検索の仕方をもう一度説教して、

 

ー 山田さん、飛騨通さんから三番です。

 

外回りもひと通りして、

 

ー 山田くん、出前取るぅ?

 

天津飯とチャーシュー麺、餃子、エビチリ、チンジャオ、回鍋肉。。。。

 

 

※※※※※※※※

 

 とりあえずアパートを片付けはじめる。

一人暮らし開始から3年。どうしてこんなにものがあるんだろう。

 

買ったまま未使用の鍋、見つからず買って、結局家から持ってきたのが見つかったから使わなかったはさみ。壊れ物で使わない美濃焼のコップ。

 

 

- リサイクルします?

 

腹から「自分のことは自分で決めよ。ケツは自分で拭きましょう」指示メモが出てきた。

 

 

※※※※※※※※

 

- ねぇ、マリーアントワネットのお気に入りだったクグロフって食べたことある?

可菜子がテーブルに持ってきたノートや切り抜きを広げながら話しかける。

- こないだ訳した中で、パブでザワークラウト食べるところがあって、これがまたうまく訳せた、ってお褒めの言葉をいただきて、また料理の訳が回ってきたんだけど、歯触りや風味なんて、書いてある通りに訳すしかないよね。

- ザワー何とかもそぉやって訳してほめてもらったんだろ。それでいいじゃん。

 

- ザワークラウトは一緒に食べたじゃん、ほら、坂の上のフレンチで、

 

言いかけて可菜子が言葉をつまらせた。

- ごめん、バイト先の人と行ったんだ。ごめんごめん。

 

 そんなの初耳だ。

男か、そいつ。

 

- 仕事で行ったんだけど、惣ちゃんに出してもらえばよかったってずーっと思いながら食べてたから。

 

結局可菜子は「クグロフ」をゲットした。

 

そいつがクグロフをネタに可菜子を誘わないように。

 

ただポケットは、クグロフの作り方しか出してくれなかった。

 

最強のレシピだそうな。

 

 

※※※※※※※※

 

可菜子、実家でひともめあったらしい。

うちに来たときはもうトラで、暴言罵詈雑言様々わめき、泣きながらも飲んで食って散らかしたまま寝てしまった。

アパート荘の住人が息をひそめていたのがわかる。

寝姿だけは可愛い。

 

今こいつは何が一番欲しいんだろう。

 

- 可菜子の今一番欲しいものを出して下さい。

 言いながらポケットに手を入れる。

 

 

 

「僕」が出てきた。

 

 

※※※※※※※※

 

- あたし、5月末フランス行くよ。

- 一足お先に卒業旅行か。

- 一年、留学、とれたんだ。ホントはドイツがよかったんだけど、そっちの奨学金は競争激しくってさ。勉強する人はマジするからね。

- なんだよ、突然。

- こういうことは、勢いだから。

- そんなの、自分勝手すぎだよ、無茶苦茶だ、いつからそんなこと。

 何を口走ったか覚えいていない。

息が切れたころ可菜子が口を挟んだ。

- どこでもドアを出せばいいじゃん。

- お前なぁ、ドラえもんのポケットじゃないんだぞ。第一、あんなの、マンガだからできることで。

可菜子が僕のTシャツをめくって、ポケットに手を突っ込んだ。

出た。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 元気ですか。こっちは暑いです。朝寒かったのに今は半袖。寮は快適です。学食は外。町の人も来ます。町は観光客だらけ。なんだか黄色い花粉がいっぱい飛んでいます。絵葉書はこの町の大聖堂。左右対称のを建てたかったんだけれど、地盤がゆるすぎて片翼だけでおしまいにしたんだそうです。そんなアバウトな大建造物を見ていると、惣ちゃんを思い出しました。惣ちゃんも元気でね。

 

 

 青い空の元、そびえ立つ石造建築。

 がらんとした四畳半でひとり、絵葉書を見つめてしまう。

 壁に立てかけられたどこでもドア。

 

 メシ。

 

 足元でみゃぁみゃぁ催促するのは可菜子のおいて行った雑巾猫。

 茶色とクロとこげ茶色という、けったいな配色をしている。

 ゾウだけが僕を必要としている。

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

時々バイトで雑誌に載る、言っていたのはなんて雑誌だったけ。

仏語のミステリをリライトしてる、とか言っていた。

ドイツ語か?

英語だったかもしれない。

短編で、一回が何ページ、でも一週間は軽くかかる、とか言って、よくドタキャンの理由にあがってた雑誌。

なんていう雑誌だ。

雑誌の名前くらいちゃんと書いておけ。

 

 

本屋を廻ってやっと発見。苦労させるやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今月は、載っていなかった。

 

 

※※※※※※※※

 

 

元気ですか。

語学学校、若いです。

スウェーデンは18才で国費留学をばんばんさせてます。

授業をクリアすれば学費全額(?)支給だって。

おかげでクラスはいい眺め。

北欧系は美形が多い。

 

 

 

 

 

行間を、読むべきか、読まないべきか。

 

 

 ※※※※※※※※

 

 

 

- 山田くん、ここのとこ、しょぼくれてるね。

- 女子大生に逃げられたんだって。- あれじゃ地味なおっさんだよ。

 

てめぇら聞こえてるぞ。

 

 

- じゃ、フリーなんだ。

 

いひひひひ、そうそう、そういう風に話を進めろ。

 

- どぉしていい男はちゃっちゃと売れてくんだろ。

 

 

どぉいう意味だ

 

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

門限はない。

なにをやっても連絡を送る必要はない。

昨日の夜、同期会で飲みすぎた。

同期会と言いながら結局後輩も女の子に限って参加。

モテる天然芸人同期のおかげ。

 

女の子はみんなあいつを囲んで二次会へ。

男たちはぶつぶつ言いながらその後をぞろぞろ。

チャンスはあきらめるべきではない。

 

三次会。

あぶれた僕はとぼとぼとあぶれた同期と歩いている。

ポケットから女の子を出すべきか。

ゾウでもいい。

あ、

ゾウの飯。

 

酔った勢いでポケットから弁当を出した。

 

 

同期あぶれ男が酔っ払いのくせに目ざとく突っこんだ。- きっちり持ち帰りまで詰めてきたのか。

- そう、おまえの分もあるよ。

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

 飲み会の翌日、社内の周りの視線が変。

誰も彼も僕を見ようとしない。

そのくせ腹に視線が集まっている。

 

昨日のことはよく覚えていない。

 

が、なにがあったか想像はつく。

 

- 学生時代にインド言った話はしたっけ。

昼飯の席でわざとらしく切りだした。

- かくし芸かなんかでカミングアウトしたかったんだけど、あっちで変なインド人からインチキ手品習ってな。

 

 

僕は何で家で遅くまで、ひとりで手品の練習をしているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

 「理想の女」をポケットから出すぞ。美人。性格よし。夜でも昼でも温かくて旨いものをすぐさま出してくれる女。んん、これはポッ ケットがやってくれるからいいとするか。掃除、洗濯、これもどうにかなりそうだ。いつも優しく、口答えせず、愚痴もない。歌なんかも歌える。明るくてよく笑って、悪気がない。 人当たり満点で、礼儀正しい、歩く姿が芍薬か、とか言うやつだ。三歩さがって男をたてて、帰ってきたらお帰りなさいませ、お風呂になさいますかそれともお食事にされますか。こっちが苦しゅうない、頭を上げろ、言うまで正座で三指ついて。こっちの言うことの揚げ足を取るなんて思いもしていない女。置いた皿を揃え直したりしない、言うことに何でも認 めてくれて、褒め称えてくれる。あら素晴らしい、惣太さんとか言ってくれたりして。

 

 

 

 

- ボケるよあんた。

 

 ポケットから声がした。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

元気ですか。

学校、大変です。

アンタのフランス語じゃ点はやれん、とまで言われ。

フランス人は男も女もおしゃべりで、

そんな言葉をやる人間はどこの国籍だろうと強烈におしゃべりで。

寮の隣の住人たちはは、○○の最中も。

 

し・・ん・じ・ら・れ・な・い~。

 

 

 

 

 

そんな言葉が、平穏なぶどう畑の絵葉書の裏に書き連ねられていた。

可菜子の字は、見るだけでやかましい。

 

※※※※※※※※

 

 

 

年末、クリスマス休暇とやらで可菜子帰国。

 

 

ー 福の神様、なにが欲しいかな。

開口一番、そっちかよ。

ー 神様の欲しい物を出してくださいって、考えながらポケットに手を突っ込めばわかるよ。

ー じゃぁ私、お正月にサプライズを用意しておくね。

 

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

                                    つづく


かたつむり

 雨上がりの線路ぎわは嫌いだ。

 旧市街の外周を離れ、線路を越える大きな通りを、ゆったりとした弧を描きながら登っていく。足元に南に向かう本線が横切る。本線から一筋、線路がそれる。TGVの走らない山へと向かうローカル線は、古びた枕木に支えられている。それが見える頃には道はゆっくりと下り坂となり、やがて線路と平行にならぶ形で地上に降りる。地面に戻るにつれ見えてくる石造りのアパート街、御影石の教会、その向こうには雲のかかった山。空は青い、旧市街から歩いて五分、いきなり静かな郊外にはいる。

 この道は基本的にはお気に入り。

 

 けれど雨上がり、もしくは長雨の日はわけが違う。

 線路わきの草むらから、わらわらとからかたつむりが這い出してくる。歩いていると次から次へと行き当たる。

 踏まれてへしゃげた仲間がいる脇を、構わずのろのろ車道に向かう。

 どうして車道を目指すのだろう。草も葉っぱもないアスファルト、何のために進むのか。

 カシャ。足元で不意に聞こえる殻の音。軟体動物が詰まっているとは思えないあの軽い音。

 それが聞きたくなくて行き当たるごとにかたつむりを拾って線路際の草むらに放り込む。

 時々柵にあたって跳ね返ってくる。そしたらもう一度投げ直し。

 いくら人通りの少ない道だからといって、行き当たるごとに拾って投げて拾って投げてでは数メートルでいやになる。

 人目も気になる。

 車も通る。

 すれ違う人がいたら見なかったふりをして通り過ぎる。

 それでも忘れ物をしたかのようにいきなり引き返し、結局拾って投げたりする。

 やってる自分が恥ずかしい。

 だから雨上がりはこの道を避ける。

 でもこっちが通ろうが通らなかろうが、かたつむりは変わることなく這い出している。

 

 夜ベットに入って電灯を消す。激しい雨音を聞きながら、明日の朝通る道について考える。

 立体交差の道を思い浮かべる。明日はどこから学校に行こう。

 そんなことを思いながら寝たせいだろうか。

 朝起きたら僕は、小さなかたつむりになっていた。

 

 

 

 

 そうだね、君の言うとおり。

 かたつむりに字が書けるわけがない。

 キーボードなんてもっと難関。

 どうやってこれをアップしているか、知りたかったら読んでみて。

 ただ、ラストだけは最初に言っておこう。

 僕は人間に戻れなかった。

 小説なんて、出だしを読んで、ラストを知ったら全部読んだ気になれるじゃないか。

 少なくとも僕は、カフカの「変身」でそう思った。

 あの主人公は人間に戻れなかった。 それを聞いただけで僕はもう読まない、と思った。 六年生の時だった。

 今はちょっと後悔している。

 あれはどうして虫になったんだろう。

 でもどうせ人間に戻る方法は書いてないのだから、読まなくても良かったんだと思っておこう。

 今となってはそう思わざるをえない。

 

 

 

 

 

 それでも、やっぱりどうしてかたつむりなんだ。

 かたつむりと言えば、心に蓋をしていたことがあった。

 このアパートに引っ越して間もない頃、小学校四年の秋だった。

 「裏庭をきれいにしてきて」

 夕方、野球から帰ってきた僕に、母が、あの頃はママと呼んでいた、ママが問答無用に言いつけた。

 裏庭と言ってもアパートのとアパートの境にある、幅一メートル、長さ4世帯分の細い敷地で、確かに草がぼうぼう、虫やらなにやらの住処になっていた。ヘビがいてもおかしくない茂みだった。丈は麦畑のところどころにトウモロコシが顔を出している、と言った具合だ。ただ麦はススキで、トウモロコシは菊みたなタンポポみたいなひょろ長い雑草。要は、秋になっても誰も刈り取らない草が、ところ狭しと生い茂っていた。

 ついこの間ママは、「お月見にススキを取る手間が省けたよ」なんて言ってたじゃないか。月見が終わったらもうこれかよ、いいじゃないと言おうとしたら、ママはすごい目をしてススキを睨みつけていた。

 本当は草刈りなんてしたくなかった。

 そんなにやりたかったら自分でやればいいじゃないか。

 八つ当たりや無理難題はもうたくさんだ。

 そのままプイッと出て行ってやろうと思った。

 そして、こんな家、もう戻らないんだ。

 でも、パパと同じことはしたくなかった。

 だから、せめて草刈りだけはして出ようと思ったのだ。

 

 けれど本当に、草刈りなんてしたくはない。

 それも半端な量じゃない。

 上に顔を出している、タンポポの化け物みたいなのをすすきの丈に切りそろえる。

 そして家を出てやろう。こんな家、もう戻ってくるものか。

 腹をくくってススキ畑に踏み入った、足元でパリン、と音がした。そして草や落ち葉、いろんなものを踏んでいる感触。そしてまたカシャ。耳にも心にも蓋をして、僕はひたすらススキ丈に揃えた。うまい具合に日が暮れて、僕はシャワーを浴びに家に帰った。

 次の日、学校から帰ると、裏庭はきれいな芝生丈に刈り揃えてあり、アパートの裏に農家にあるような大きな鎌が立てかけてあった。

ママの愛読書はポーの「大鎌」だと気がついたのは、それからしばらくたってからのことだった。

 

 

 

 

 

 改めて見回してみる。ぺんぺん草、タンポポ、ケシ、ネギか? ススキの葉は広くて、果てしなく空に伸びる。世界はこんなに広かったのだ。

 

  大きく息を吸う。

 さてこれからどうしよう。

なんだか息の吸い方が変わった気がする。

僕の鼻はどこにいったんだ。

まぁいいか。今日は学校に行かなくていい。

目の前の草を噛んでみる。思いがけない嚙みごたえだ。液が飛んで顔にかかる。

僕の顔はどこにあるんだろう。

考えとは別に僕の足は草をのぼり、隣の葉yっぱを噛み切っていた。思慮分別のない行動。本能のまま突き進む。動物ってこんなもの。

 

 

 食べ疲れて眠くなる。日陰に身を寄せうたた寝していた。眠りを妨げたはは大きなカラス。鼻先で一匹の首根っこをつかむ。気がつくと周りは、右も左もかたつむりだらけ。だれもが目の前の惨事をよそ事のように草をはむ。こっちは頭を引っ込めた。たたきつけられる気配が土から伝わってくる。首がどんどんすくんでいく。ふとしっぽのほうから鈴のような声が響いた。

 - 食べられるときは食べられちゃうのよ。今を楽しんだら?

シュガーコーティングされたような女の子の声。眼だけ出して顔を見ようとしたけれど、かたつむりの体ではそれはできない相談だった。叩きつける音がやむかと思ったら別の方向から次々と羽音が舞い降りてくる。カラスがかたつむりを食うなんて聞いてもいなかったよぉ。他の奴ら、どうして逃げない。しかしこんな歩みでどうして逃げれる。地面に叩きつける音が重複する。世界が暗くなったり日が差したり。助けてくれぇぇぇ。

 

 


夢を見た

どこかの旧家に嫁いだ夢だった、
友人と外を歩いていると、建築現場に通りかかった。友人は「うちトイレ工事中だからここで借りるわ」と、ヘルメットの作業員のいる建物に入っていった。

そして次に場面が変わって、自分が自分の嫁いだ先のトイレを使いにいく夢。
そこは西洋建築で、建物がこれまた工事中。
広くて薄暗いカントリーバーのような空間。床はおがくずを蒔いてあってもおかしくないようなフローリング。フロアを横切り、トイレへと通じる木の柵を外して脇に立てかけた。
そして見下ろすと、1メートル下木目のある和式トイレ。そのまた下は吹き抜けで、階下の台所が遠くに見える。これも台所の神様、荒神さんがいそうな石造りの厨房。まるで薄暗い土間のようだ。

さて、階下まで5メートルはあろうか、トイレは宙に浮いている、足場は皆無に近い。

空中和式トイレに向かって私は果敢に挑戦する。そして、たどりつく。
そのトイレの周りには本やらお札、小銭、小切手帳等があり、どう見ても日常使いの空間だ。
これが普通? と疑問を抱きながらも目的を果たし、また昇る。行きも地獄の帰りも地獄、艱難辛苦の七難八苦。
なんとか手探りでフロアにたどり着き、柵を元のように組み立てようとしていると、そこはいつの間にかカントリーなレストランになっていた。
90代くらいの西洋老女がやってきて、
「前の人長かったね」
こっちは知らない人でも平気で話しかけるからこっちもざっくばらんに
「はい、わたしです」
じゃ次に、とトイレに向かう老女。
あ、そこは、と言うより先に90マダムは
「一ヶ月に一回はここに通っているからね」
颯爽とした足どりで、オープンな個室へと消えていった。

 

 

                                              


山門の狸: 普音寺にて

 夢の中でわたしは狸だった。まだ小さな子狸で、口に小判をくわえ、長い長い石段を見あげていた。はるか上に山門が見える。
 山門は開いている。
 けれど遠い。白い雲が青い空に浮かんでいる。どこかでひばりの声がする。
- 最後の最後にまた難関かよ。
 天竺に続く道ってのはやけに遠いもんなんだ。
 夢の中の私はなぜか東(あずま)訛りで、山門をしばらくじっと見上げていた。秋口の暖かい日差しに浮かび上がる大きな木の門。
 わたしは腹に力を入れて、よいこらせと立ち上がった。仁王立ちならぬ野中の案山子の二本足、という風情である。案山子にしては少々毛がもさついている。つやがなく、栄養回りが悪そうだ。
 石段一段は子狸の肩を越している。上の段に前足をかけ、よっこらせとよじ登る。体をずりあげるとまた立ち上がってもう一段。口元の金貨に傷がつかぬように、あごを上げて上っていると本当にあごがあがってきた。
 一段、そしてもう一段。
 四段目で山門を見上げる。
 万里の道の果ての果ての果ての果て。
 ふと見上げると空から黒い物体がつっこんでくる。
 烏(からす)。
 とっさにかわしたが、烏の羽根にはじかれた。はずみでころころ転げおちる。
 四つんばいで身をたてなおし、飛びさった後を見極めようとふりむいたが、右も左もわからない。きょろきょろ見回して、それから上を見上げると、ちぎれ雲が 浮かぶ青い空の中から、烏は再度こちらに向って急降下。いや、こっちではない。相手は石段脇の石溝で日の光をうけて輝く、金貨をめがけているのだ。茶色い 狸は溝に飛びこみ、鼻先で金貨を弾き飛ばすと、飛んだ先に跳躍して、着地と同時に金貨をくわえあげ、一目散に溝を駆け上った。
 気がつくとそのまま山門を走り抜け、脇の植えこみに飛びこんだ。
 息をこらす。
 あたりはしんと静まりかえっていた。

 茂みから鼻先をそっつ突きだしてみた。
 動くもののはない。
 遠くで仏法僧の鳴く声が聞こえる。誰もいない。
 烏はあきらめたらしい。
 左に鐘つき台があった。その向こうの卒塔婆や墓石はさえぎるものもなく見渡せる。
 ここのお寺だな。
 右手には庫裏がある。その向こうには女坂に続く細い廻り道。そして正面には古びた本堂。山門は開いていても本堂の入り口はきちんと木戸がたててある。
 烏の気配はない。人の気配もない。鐘つき台には鐘もない。
新月の晩に頬かむりの男女が寄ってたかって鐘を外し、持っていったと聞いた。
- そういう人らはこれからあんじょう先まで償いをしていくんや。わいらがいんでも修行すんねんど。生まれ変わって修行して、自分で自分の根性叩きなおしてやっと人間になる。その下ごしらえしたんがあの鐘や。あんま響かん鐘やったけど、ほんまはええ鐘やってんなあ。
 住職さんが杯片手に笑っていたらしい。
- 撞き方が下手なせいやて、あんなぶつぶつゆうてたくせに。
 小僧さんが言う。檀家さんの鮎がかんてきの上で煙を立てている。
- 鉄砲にされた前の鐘の代わりに檀家がせっかく寄進してくれたんや。撞き手んせいにしとかな檀家来てくれへんなるど。

 そんな話を西の兎から伝え聞いた。
 それをでここに決めたんだ。

 私は戸口に向き直り、もう一度後ろ足で立ち上がった。大きく息を吸い、それから肩に力を入れて、思い切って言おうとして、そこで口に小判をくわえていることを思い出した。
 小判を前足に抱え、思い切って声を出す。

- たのもぉ

 声がちっとも前に出ない。
 空気は震えず、中に聞こえるはずもない。

- たのもぉぉ

 十倍も力を入れたはずなのに、それでもすすり泣くような声しか出ない。
 もう一度息を吸いなおして、ふと気がついた。
 体についた埃を払い、頭のてっぺんもはたく。石溝がこのところの天気でからからに乾いていてよかった。
 掃除もきちんとされているのだろう。枯葉のひとつもたまっていなかった。
 "日頃の行いだよ"
 古老の賽さんがよく言う言葉だ。

 葉っぱがないのでお母さんが教えてくれたように頭の上にはっぱを乗せた自分を思い浮かべて、印を切る。
 どろろんろん。
 この姿で村の子どもと何回も遊んだ。
 "それから、今までの経験が自分を支えるだよ"
 賽さんもお母さんも、みんなも今はどうしているだろう。
 転んだら、花ちゃんが駆けよってくれたっけ。
 思い出すと涙がでそうになるった。ふりほどくつもりで大きな声を上げた。

- たのもぉぉぉぉぉ。

- お寺にご用ですか。
 背中のほうから声がした。ふりむくと人間の女の人が立っていた。
 白っぽい着物を着て、手には深い緑の風呂敷包みを抱えている。

- お参りですか? それともお遣い?

- あの、住職さんおねがいしたいのですが。

- おっさん? ("お"は高く発音) 中見てきますよ。ご用件をうかがってもええでしょうか。何のことか先に聞いといたら、前もってそれなりのこしらえもできるゆうて、取り次ぐときは聞いといてくれいわれますねん。よかったら先に教えてもらえます? 

- あの、えっと、はい。

- では、ご用件は?

 言葉が出ない一方、手が勝手に動いていた。
 女の人は突然目の前に現れた小判に目を丸くした。

- お金?

- あの。これ、住職さんに。

 女の人は小首をかしげる。ここまで来たら言うしかない。

- ここのお寺でつかってください。掃除洗濯なんでもします。仏様のこと教えてもらいたいんです。力仕事もできます。なんでもします。どうかよろしくお願いします。

女の人はこっちをじっとみた。何かを言おうとしたけれど、ふっと気がつき引き戸を開けた。

- すみませんね。玄関先で立ち話して。おっさんに伝えてきますんでこちらで待っててもらえますか。 

 玄関脇の小さな部屋に通された。ちりひとつない畳の上に女の人は正座をし、どうぞあててお待ちください、と座布団をすすめてくれた。
 畳というものは外から見たことはあったけれど、上がって見るのは初めてだ。
 どうしていいのか戸惑っていると、女の人はまず座って見せてくれた。

- では、呼んで参ります。

 両手をついてお辞儀をし、立ち上がるかと思ったら、女の人はすっと耳に顔を寄せ、
- おっさんとはじめてお会いするのでしたら、まず後のもんは閉まっておいたほうが無難かと思います。それから、草履を裸足にすることはできますか?

 しまった尻尾が出たままだった。
 それに女の人はいつの間にか足袋姿になっている。
 おろおろする私に、女の人はあれやこれや、いろいろ細かい手直しを手伝ってくれた。
 郷の花ちゃんみたいだった。



 目が覚めると白いのっぺりした天井が広がっていた。電灯の丸いカバーを見ながら私はゆっくり考える。

 そうだ。私は前世、狸だったんだ。




2013/09/02


駅前は商店街

 混んでいるからわからないと思った。

 見咎められたら、間違えましたですむだろう、古ぼけたよくある黄色いビニール傘を歩きながら抜き取った。

 人通りの多い商店街、 駅から出てきた人たちにとって、他の人は風景にすぎないのだろう。

 誰も気付かない。

 天気予報は30%だった。

 駅まで徒歩で15分。駅からなら40分。今度の家は自転車で帰ると自分の体力ではゆうに一時間をゆうする。道理で不動産屋が毎回車で送り迎えをしてくれたわけだ。

 高台の住宅地からは百万ドルの夜景を足元に見渡せる。

 新築同様の築三年、コンシエルジュ付きの七階建て。防音、断熱完備、窓さえ締めておけば夜中にグランドピアノまで弾けると言われた。 急いで走ると駅に五分で着けるのだから、これ以上は望まないことにしよう。

 原付、とらないと。

 

 雨足がまた強くなってきた。黄色いビニール傘を叩きつける音が激しい。勢いが手にひびく。水はなめてはいけない。今までいたところは農業地帯で、水の怖さはひとしおだった。この国では安傘でも雨漏りひとつしない。フランスにはこういうもの、なかったよ。思いつつ帰路を急ぐ。さっさと新しい仕事の資料をうちのコンピュータで打ち出してしまおう。仕事の資料が財布にするりとはいってしまうんだよな。やっぱり日本って進んでる。でも結局、紙に印刷しないと仕事が進められない自分。自分が一番遅れてるよ。 思いつつ駅前の通りを曲がる。通行人がぐっと減る。ここから近道の小道を上がると、長い坂が見えてその先には、

 

 不意に手元が軽くなった。

 

 え?

 

 どしゃ降りが頭の上に肩に背中に、水しぶきをあげる。バックもカバンも流されそうになる。滝つぼの下にはいったかのように直撃してくる雨。

 

 傘は?

 

 集中豪雨、トンペット? 頭の上は黒雲か。

 

 傘はどこに?

 

 思わず立ち止まったおかげで、後の人がぶつかってきた。

 ー ごめんやっしゃ。

 向こうは機械的に言うと振り向きもせず歩きすぎていく。

 こちらはまだ動けない。

 呆然として空を見上げた。

 頭の上に雨雲が広がっている。

 

 傘はどこにいったんだ?

 

ー あんた花見屋さんで傘借りなはったやろ。

  後ろから来た人が、含み笑いをしながら通り過ぎていった。



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