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1

 

むかし、クジラは陸に住んでいました。

四本の太い足と長い鼻と、それからしっぽもありました。

こんなクジラとよく似た動物がいました。

それはゾウでした。 二ひきとも大きくて強くてりっぱでした。

 

ある日クジラがいいました。

「ここではぼくがいちばん大きいよ」

 

するとほかの動物たちが口をそろえていいました。

「ゾウさんも大きいよ」

 

そこでクジラはゾウと、大きさくらべをすることにしました。

クジラとゾウはいっしょにならぶとほとんど同じ大きさでした。

クジラは鼻を高くもちあげて、お腹を思いきりふくらませました。

 

ゾウはそんなクジラを見て思いました。

いちばんになりたがっているクジラをいちばんにしてやろうと。

そこでゾウは大きな耳を体にぴったりくっつけて、鼻をせいいっぱいちぢめました。

 

みんなはクジラの方が大きいといいました。

そこでクジラはいちばん大きな動物ということになりました。

 

ある日、またクジラがいいました。

「ここではぼくがいちばん強いよ」

するとほかの動物たちがまたいいました。

「ゾウさんも強いよ」

 

そこでクジラはゾウと、力くらべをすることにしました。

二ひきは鼻と鼻をからませて引っぱり合いを始めました。

 

真っ赤な顔をしてがんばっているクジラを見て、ゾウは思いました。

いちばんになりたがっているクジラをいちばんにしてやろうと。

そこでゾウは太い前足を一歩前に出しました。

 

みんなはクジラの方が強いといいました。

そこでクジラはいちばん強い動物ということになりました。

 


2

それからしばらくして、クジラがまたいいました。

「ここではぼくがいちばん早いよ」

するとまたほかの動物たちが同じようにいいました。

「ゾウさんも早いよ」 

 

そこでクジラは、ゾウとこんどは早さくらべをすることにしました。

二ひきは、よーいどんで走り始めました。

 

まっすぐ前を向いて鼻息もあらく走っているクジラを横目で見て、ゾウはまた思ったのです。

いちばんになりたがっているクジラをいちばんにしてやろうと。

 

ゾウは少しゆっくり走ることにしました。

クジラはゾウが少しおそくなったのに気がつくと、もっと差をつけようと夢中で走りました。

 

するとその時、目の前に大きな川が見えました。

クジラはあわてて止まろうとしましたが、間にあいません。

いきおいあまって川にざぶーんと飛びこんでしまいました。

クジラは泳げませんでした。

 

川の手前で止まったゾウは、おぼれているクジラに長い鼻をのばしてやりました。

クジラは必死でゾウの鼻に自分の鼻をからませました。

ゾウが、よいしょとクジラをひっぱりあげようとした時でした。

 

「やっぱりぼくがいちばん早いよね」

クジラがこういったのです。

 

その時でした。ぶっつんと大きな音がして、クジラの鼻がとれてしまいました。

クジラはまた川へまっさかさまに落ちていきました


3

 

とれてしまったクジラの鼻は、後ろへひっくりかえったゾウの鼻にぴたりとくっついていました。

ゾウの鼻は前よりもっと長くなりました。

 

クジラはそのまま川を流されていきました。

やがて気がつくと、広い広い海へたどりついたのでした。

いつの間にか鼻はすっかりなくなり、足はひれとしっぽになって、海の中を泳いでいました。

 

それからずっと、クジラは海に住んでいます。

海の魚たちは、クジラはいちばん大きくて、いちばん強くて、いちばん早く泳げると思っています。

 

陸の動物たちは、ゾウがだれよりも大きくて、強い動物だと思っています。

ゾウは草を食べる動物なので、ほかの動物を追いかけたことはありません。

でも本気で走ったらいちばん早いことは、みんながよく知っています。

 

クジラにもらった長い鼻はとても役に立ちます。

草をむしって口へ運んだり、水を飲んだり体にかけたり。

こんなに便利な鼻を持っている動物は、ほかにはいません。

 

海で暮らすようになったクジラは、ゾウのことも、なくした鼻のことももうすっかり忘れてしまいました。

でも今でも時々水面に顔を出しては、空に向かって潮をふきあげてこう叫ぶのです。

「ぼくがいちばん!」 と。

 

                         おわり


この本の内容は以上です。


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