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9.間引き

 

 9.間引き


 ある日突然、人間が地球外からの宇宙船に攫われはじめた。

 ひょっとしたら、それは今までも行われていたのかもしれない。

 長い歴史の中の行方不明者の中には何人か、
 そういった理由で地球からいなくなった者もいたのかもしれない。
 

 ただ最近では、昼日中、都会のど真ん中の上空に宇宙船が現れ、
「あっ、UFОだ!」なんて騒いでいる人だかりの中から一人、
 ふわふわと空に吸い上げられて連れて行かれる、
 というような例が後を絶たないのだ。


 なんとなく、
 ”今まではこっそりやっていたけど、もうバレてもいいや”。
 そんな感じに見えた。
 

 もちろん連れ去られた者の家族や親しい者は嘆き悲しんだし、
 それぞれの国の軍などに対処を求めた。

 しかし月かそこいらまで行くのもやっとなほどの
 地球人の科学力で対抗できるはずもなく、
 あらゆる物理的な攻撃は無効とされ、説得は無視された。

 連れ戻す術は無いばかりか、
 どんな理由で連れ去られたかも解らないままだった。
 
 連れ去られた人々は最初、
 まったくの無作為に選ばれているものだと思われた。
 
 もちろん著名人もいるにはいたが、
 かといってそれは各国の首相や代表者ではなく、
 あまり知られていない自然学者や、
 動物愛護団体の一員だったりというところで、
 まったく平凡な主婦やサラリーマンという
 一般の人間が攫われている数から比べると、
 そこに意味はないように思われた。
 
 そこで人々は、様々な噂話をした。

 地球人絶滅の実験のためのサンプルとして集めているのだとか、
 宇宙人の動物園のようなところで飼われているのだとか。
 

 なんにせよ、悲しむべきことではあったが、
 地球に残された側の人間にはこれまでのところ
 危害を与えられることは無かった。

 身の回りに何事もなかった人々は、
 自分たちの運の良さに内心ほっとしてもいたし、
 口に出しはしないものの、僅かながらの優越感もあった。 
 


 そんなある日、ある農夫が畑でつぶやいた。

「こりゃあ、間引きでねえだろうか」
 
 隣で一服していた別の農夫が何のことかと尋ねると、
 その男はこう言った。

「わしらも、良い苗が広いとこで元気に育つように、
 悪い苗はこうして抜くでねぇか。
 これと同じことじゃあねえのかなぁ……」

 もう一人の男がこう返した。

「んだども、それにしちゃ、間引いてる数がちいっと、
 少なすぎじゃねえだろうか?」


 最初の男は空を仰いで言った。

「んだからな、あんまり悪い苗が多いから、良い苗だけ引っこ抜いて、
 新しい良い土で育てようとしてるんでねぇかと……」


 その時、ちょうど通りかかった宇宙船に、
 二人の男は吸い上げられていった。
 それからしばらくして、宇宙船はぱったりと現れなくなった。
 

 地球の人類はその後、何事もなく、地球の人類のままだった。

 耕作を放棄された田畑のように、放っておかれたままだった。

 

 

 

 〈了〉

 


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10.エサとカテ 

 

 10.エサとカテ 


 最近なんだか生きている実感がしないなぁ、
 なんてぼーっと考えながら夕飯を作っていたら、包丁で指を切った。

 意外とザックリと切ったらしく血がだらだらと出るので、
 水道水で洗おうとしたところ、窓の外から声がかかった。


「もったいない」


 なんのことかと顔をあげると、そこには今夜の大きな満月を背に、
 小さなコウモリがパタパタと飛んでいた。
 
 なるほどコウモリなら血を吸うだろう。

 もったいないというのも頷ける。
 
 そこで私は血を洗い流すのを思いとどまり、
「飲む?」とコウモリに聞いてみた。

 するとコウモリは意外そうに、

 そして嬉しそうに「いいの?」と言って、
 窓から家の中へ飛び込んできた。
 
 飛び込んできたコウモリはポンというような小さな爆発音とともに、
 紫色の煙をあげ、少年の姿になった。

 黒いマントに、タキシードのような正装。首には深紅の蝶ネクタイ。
 少し長めの髪に、やや病的だが美しい顔立ちの笑顔。

 その口元からは小さな白い牙がこぼれている。
 
 なるほどこれが吸血鬼なんだな、ということで、
 これまた血がもったいないというのは頷ける。
 
 少々面食らったが、コウモリには血を与えて、
 吸血鬼には血を与えないというようなことは

 差別ではないだろうかと考え、
 やはりそのまま血を飲ませてあげることにした。
 

 吸血鬼の少年は上目遣いに私の顔を見つめると、
 ではさっそく、と私の指に唇をつけ、血を吸い始めた。


 不思議なもので、ドクン、ドクンとした指の痛みが、
 吸われているうちにじんじんとした痺れのようなものになり、
 だんだんとそれが快感になっていった。

 
 なんだか気恥ずかしくなってきたので、これはあれか、

 蚊のように、あとで痒くなったりする成分か何かが

 注入されているのかと訊ねると、少年は唇を離して笑い、

 そんなことはないよ、ただ飲み終わったら傷を早く治して

 修復する効果はあるみたいだよ、と言った。
 

 それよりも、と少年は言う。

「血が薄いね。ちゃんとお肉とか食べてる? 恋もしてないでしょ。
 アドレナリンが感じられない」とかそんなことを言い出した。

 おまけに、「点数で言うなら、30点」と採点までされてしまった。
 しかも図星だ。
 
 無料で血液を提供してあげたのだから、
 お愛想で60点くらいはつけて欲しかった。
 
 なんだか悔しかったので、普通、平均はどのくらいなのかと聞くと、
「お姉さんくらいの年頃なら、60点は取っていかないと」と返ってきた。

 なんだかものすごく悔しかったので、
 じゃあ次回までに絶対に美味しくしておくから、
 次の満月にまた来なさい、と約束を取り付けた。

 こっちにも意地がある。

 だいたい料理は得意なほうなのだ。
 ただ自分が食材としてどうなのかは考えたことがなかっただけで。
 
「それじゃあ楽しみにしてる」

 と少年はまたコウモリの姿になって窓からパタパタと飛んで出て行った。
 
 いつの間にか、指の血は止まっていた。
 
 私は冷凍庫から、凍っている肉のパックを取り出した。
 今夜のメニューから変更だ。

 次の満月までに、彼が驚くほど美味しくなっていてやる。
 
 ふと、生きがいとはこういうものか、と、私は気がついた。

 

 

 

 〈了〉

 


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11.ある死刑囚の夢

 

 11.ある死刑囚の夢


「実験を開始します」
 白衣の男がオレに告げた。

 やつらは、防弾ガラスの向こう側からオレを監視している。
 オレは死刑囚だ。

 いや正確に言うともう死刑囚ではない。
 本来ならもう処刑されているところだ。


 この国では昨今、『死刑』か

『死ぬまで人体実験の被験者になる』か、
 死刑囚本人が選べるようになったのだ。
 
 もちろん、人道的な問題や、

 死刑そのものが犯罪抑制になるという観点から、
 そんなことは表向きの社会には知らされていない。
 
 オレも死刑が決まってから知らされたのだ。
 
 実験の内容にもよるだろうが、
 ”肉体への苦痛を与えることは禁じられている”そうだから、
 誰だってこっちを選ぶだろう。

 そもそもオレは何も悪いことなどしていないのだ。
 この世界を汚している、蛆虫どもを殺して何が悪い。

 オレは選ばれた正しい人間なのだ。

 

 それなのに、汚れた魂の人間を何人か

 始末したところで捕まってしまった。
 こんなところでオレの夢が潰えるなんて神が許すはずがない。
 

 オレは狂っているのだといろんな人間に言われたが、

 そんなことはない。
 この世界のオレ以外の人間のほうが狂っているから

 こんな世界なのだ。

 そもそもオレが狂っているなら、

 精神鑑定の結果、無罪で逃げられるはずだ。

 だがそれにはあまりにも多くの人間を無差別に殺しすぎたのだと
 役立たずの弁護士は言っていた。

 そんなわけで、オレは死刑か実験体になるか、
 どちらか選ばされることになった。


 どんな実験にせよ、

 生きていれば体調不良を訴えるなり何なりして、
 実験所の外に出る隙も出来るかもしれない。

 

 だからオレは後者を選んだ。



「体調はどうですか?」

 白衣のメガネがマイクを通してオレに話しかけてきた。

「すこぶる良いよ」オレは答えた。

 実際、実験所に連れてこられてからは、
 食事や睡眠も良質に管理されていて、健康そのものだ。


「今回あなたには、『理想の世界』を

 バーチャルに体験していただきます。
 この実験は、人間が自分の思い通りの世界を

 自由に生きることができた場合、
 精神面でどのような影響があるのかを調べるためのものです」

「説明は何度も聞いたよ。さっさと始めてくれ」

 オレは今、体がまるごとスッポリ入るような、

 卵形の機械の中にいる。


 体は固定され、顔面全体を覆うゴーグル付きの
 ヘルメットのようなものを被せられている。


「四肢への麻酔後、脳に直接信号を送り込みますから、
 肉体そのものが動き出す心配はありません。

 まあ、夜眠る時に見る夢が、
 自分のシナリオ通りに進められるといった感じですね。
 こちらではあなたの見ている夢が映像としてモニタリングされます。

 そちらに出てくる世界、

 および登場人物はリアルに感じるはずですが、
 この実験装置はまだ試作段階なので、
 ある一定のパターンの繰り返しになります。よろしいですか?」


「ゲームの中の登場人物みたいなもんだろ?

 そんなもん、どうでも良いよ。
 どうせやることは決まってるんだからな」
 オレは答えた。


 殺して殺して殺しまくってやる。それがオレの夢だ。

 実験を見ているやつらもさぞかし恐れおののくことだろう。
 なんでも思い通りになる世界でなら、
 オレが大人しくしているとでも思ったんだろうが、
 そんな期待通りの実験結果なんて与えてやるものか。
 
 オレの夢は、

 オレ以外の人間をこの世界からすべて消滅させることなんだ。



「ではリラックスし、目をつぶってください。送信を始めます」
 白衣の男はそう告げると、

 マイクを切って周りの人間と目配せしあい、
 何かのスイッチを入れた。

 目の前で一瞬火花が散ったように感じた。
 世界が闇に落ち、光の点が遠くに現れたかと思うと、
 急激にその光の中に飲み込まれた。


 気が付くと、オレは懐かしい町並みに立っていた。

 どこかで見たことがあると思ったら、
 小学生の頃に登下校していた商店街の道路だった。

 人気はあまりない。

 目の前には小学生のガキがランドセルをしょって

 一人ぽつんと歩いている。

 子供が相手なら遠慮するとでも思ったのか? 
 オレはガキに近づいて行ってランドセルを引っ張って振り向かせた。

 そこにいるのは昔のオレだった。子供の頃のオレの顔だった。
 ガキのオレは泣き出した。
 

 なるほどな、子供時代でも思い出させて

 改心させようってでも言うのか。
 気持ちが悪い。オレはガキのオレを突き飛ばした。

 ますます激しく泣き出した声に、

 商店街から人が出てきた気配がした。
 むしゃくしゃする、手当りしだいみんな殺してやる!
 
 振り向くと、そこにいるのはすべてオレだった。
 近所のババアのオレ、夕刊配達の若造のオレ、
 女子高生のオレ、野良犬のオレ……。
 
 どの顔もみんなオレだ。

 年齢も性別もみんな違うのはわかるが、だがどう見てもオレだった。
 向こうもオレがオレだというのが解っている、

 みんなそんな表情をしていた。
 
 オレはオレを殺すべきだろうか? 
 いやオレはオレだから殺す必要はないんだろうか? 
 周りのオレも同じようにオレを殺そうか迷っているようだった。
 
 さっき突き飛ばした小学生のオレでさえ、
 ランドセルからカッターを取り出し始めた。

 


 ※ ※ ※

 

 白衣のメガネの男が言った。
「どうでしょうね。
 こんな実験で犯罪抑制のヒントになる結果が得られますかね?」

「正直どっちでも良いよ。

 これで殺される側の気持ちが少しは解るだろ」
 もう一人の白衣の男が答えた。


 近年増え始めた、大量無差別殺人の被害者遺族からの
『一度の死刑では生ぬるい』との訴えから、
 このような刑罰が新たに作られたのだ。

 国としても貴重な精神サンプルで実験できる、望ましい方針だった。

 だがそれは刑罰を望む被害者遺族と、

 一部の執行人にしか知らされない事実だ。

 


 ※ ※ ※

 

 

 

 オレはなぜオレが狂っていると言われるのか、

 少し解ったような気がした。

 

 

 

 〈了〉

 


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奥付

 

ショートショートの国(1)


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著者 : 樹樹
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/jyujyu888mina/profile


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