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目次

 ショートショートの国(1)目次 

 

1.古代の箱
2.帰郷
3.世界の平和
4.うさぎの夢
5.消失論
6.優しい人
7.続・優しい人
8.世界でもっとも×××な小説
9.間引き
10.エサとカテ
11.ある死刑囚の夢
12.受信
13.四つの墓
14.ゴミと女
15.砂漠の女
16.千年後の眠り姫
17.ウサギの中身
18.宿借り
19.交霊ライン
20.空から
21.スカウト

22.イラスト:『Who are you? 』
23.イラスト:『ラビラビ』  
24.イラスト:『砂漠の民』  
25.イラスト:『チョコラビ』  
26.イラスト:『教会へ』  
 
 ※掲載されているすべての作品はフィクションであり、
  実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

 


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1.古代の箱

 

 1.古代の箱

 

 

 その箱は、十センチ四方の小さなものだった。

 素材は一般的な土器である。

 それは蓋をされ、何重かに紐でくくられ、
 その結び目はきっちりと封泥《ふうでい》がされている。

 
 封泥とは、古代の封緘印《ふうかんいん》である。

 封をしたい容器の結び目などに粘土玉を置き、
 その上から個人の所有を表す特別な模様を描いたり、
 印を押したりしたものだ。

 現在では手紙やワインなどの
 封蝋・シーリングワックスに受け継がれているが、
 その粘土版と言ってもいいだろう。


 最古のものは、約八千年前の新石器時代、
 シリアのテル・エル・ケルク遺跡で発見されている。

 このシリアの封泥をした入れ物のもっとも大きな特徴は、
 印をした本人や、印の所有者しか開けてはいけないという規則だ。

 これは所有者を特定し権利を保護する
 個人の金庫のような役目を果たし、
 物資の数量管理や貿易流通のために使われたらしい。

 古代の人びとが現在でいうところの
 経済取引や輸送適正取引のようなルールを
 粛粛と守っていたとは驚きである。    

 
 今回新たに発見されたこの古代の箱は、
 まさにそのような封泥がされたものだった。

 箱の封印がすでに解かれているものがいくつかあり、
 その中には緩衝材としてか砂が敷き詰められ、
 一回り小さな銅の箱が入っていた。

 しかし肝心のその銅の箱の中身はどれも空だった。

 かろうじて一つだけ、
 まだ封印が解かれていない箱もあるのだが、
 進んで開けようという者は一人もいなかった。

 これらの箱のほとんどはある遺跡の
 神殿のような場所の櫃《ひつ》にまとめて収められていたのだが、
 その櫃に古代の文字でこうあったのだ。
 
『この箱を持つすべての者は、黄金と楽園の夢を見るだろう。
 だが、この箱を開ける者は、その夢を現実のものとして味わうか、
 夢破れて絶望と悔恨を味わうかのどちらかになるだろう』

 

 ちなみにこの遺跡と箱、
 ある農家のおじいさんが畑を散歩しているときに発見された。

 地面からちょっと顔を出していた
 割れた箱の一つにつまづいてしまったのである。

 運悪く、その時転んで頭を打ったおじいさんは
 ポックリとあの世へ旅立ってしまった。

 九十歳を超えるご高齢でもあり、箱が原因とも言いがたいのだが、
 こういったことは総じて噂に尾ひれがつくものである。

 すでにネットやマスコミで騒がれており、
『呪いの箱』などと呼ばれている。

 同年代の遺跡はすでにこの畑周辺の土地から
 いくつか発見されており、新たに研究者の名前が
 歴史に残るほどの代物でもなさそうだ。

 そのうえもし万が一これが本当に『呪いの箱』だった場合、
 ファラオの呪いならぬ
『おじいちゃんの呪い』でバタバタと人が死んでゆく
 最初の一人として歴史に名前が残ってしまう可能性すらある。

 そんなわけで、誰も名乗りをあげぬまま、
 今日まで箱は開けられずじまいだった。 


 しかしある日、勇者が出現した。

 あの封泥の印と同じ模様の粘土の塊が家の蔵にある、
 という青年が現れたのだ。

 ニュース映像で箱と封泥を見たらしく、

 テレビ局へ連絡をいれたらしい。

 取材陣が駆けつけ研究者が調べたところ、
 その土の塊は、あの封泥に押した印形であると判明した。
 青年の家で先祖代代、家宝として受け継がれてきたものらしい。

 それならばまさに正統な箱の所有者、
 呪いもかかるまいということで箱の開封を頼まれた。

 さすが古代の遺物を連綿と受け継いできた鷹揚たる血筋である。
 快く応じてくれた。



 さっそく研究者のいる大学に運び込まれ、
 取材陣に囲まれながらの開封作業と相成った。

 中身が毒物や細菌の可能性も考慮し、
 防護服など万全の準備を整えて、である。


 周囲の緊張と興奮とは裏腹に、青年はあっさりと封を割った。

 中には例の砂と銅の箱が入っており、
 その銅の箱の中には綿のような植物で守られた、
 土器のプレートが一枚収められていた。

 土器のプレートには表に一言、
 そして裏にはいくつかの言葉が彫られているようだった。

 
 それを見た研究者の顔が奇妙に歪んだ。


 そして一言、そこにあった文字を現代の言葉に訳してつぶやいた。

 
「『ハズレ』」

 

 たぶん裏にはこう彫られているのだろう。

『宝くじの交換はお早めに』。

 

 

 

 〈了〉

 


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2.帰郷

 

 2.帰郷

 


 はやく帰りたいな、とマナは思った。

 宇宙船の窓からはどこまでも広がる真っ黒な闇と、
 丸く美しく輝く球体が見えていた。
 あれを見ているとなぜだかほっとする。

 


「あれは君たちが今までいた星、『地球』というんだよ」

 あの人は言っていた。
 あの人、そしてあの人たち。

 どこか地球の人たちとは違う、
 それでいてたしかに人間、という感じのするあの人たち。

 


 地球の人たちと比べて、なんとなく目がやさしい気がする、
 とマナは思う。

 マナの目、そして母の目に似ているのかもしれない。


『地球の人たち』、
『やさしい人たち』と、マナはわけて呼ぶことにした。
 

 地球の人たちにさえあまり通じなかったマナたちの言葉も、
 やさしい人たちは理解してくれているようだった。
 
 やさしい人たちの言葉は、
 愛と心から発せられるものだから誰にでも通じるのだそうだ。

 むしろ地球の人たちの言語という、
 時に心と発せられる音の一致しないものの意味がよくわからないと
 困ったように笑っていた。

 そうだよね、とマナも嬉しくなった。

 マナたちの部族の言葉の単語は少ないが、
 感情をそのままのせることで、たとえ僅かな抑揚の違いでも
 部族間の者にならば誰にでもきちんと心が伝わるのだ。

 
 そんなふうに一度でも地球の人たちに
 ちゃんと伝わったことがあっただろうか?

 もし伝わるならば、マナと母を引き離したりしなかったはずだ。

 

 あの日、何も知らされず、
 小屋に閉じ込められたマナの耳に聞こえたのは、
 マナを呼んで悲しげに叫ぶ母の声だった。

 
「どれい」と、やさしい人たちは言っていたようだった。


「まして望まない相手との性交や妊娠など……」
 そこまでで、

 マナが聞いているのに気がついて会話をやめてしまった。

 


 マナは父を知らなかった。

 マナや母の暮らす小屋では、たまに『妊娠』した他の女性がいたが、
 やはり父親というものは見たことがなかった。

 一度だけ母にたずねたことがあるが、
 とても悲しそうな眼で困ったようにマナを見つめただけだった。

 

 それでもあの日までは良かったのだ。

 地球の人たちも、マナたちに冷たかったわけではない。

 いつでも自由に、とはいかなかったが、
 可愛らしい花の咲く草原で遊ばせてくれたし、
 日々食事も与えてくれた。そこにはたくさんの仲間もいた。

 それに何より、母やマナを美しい、とよく褒めてくれた。

 とくに黒い瞳や長い睫《まつげ》、褐色の肌を褒めてくれた。
 やがて母のように美しくなると。

 マナはそれが誇らしかった。


 その美しさが仇となったのかもしれない。

 母は『街』に売られたのだという。
 
 一度『街』に売られたものは帰ってこない。

 それはマナも聞いていた。

 
 だがなんの権利があって、
 地球の人たちはマナたちを離れ離れにしたのだろう? 
 別れの挨拶ひとつさせずに。ただ悲しかった。

 夜の小屋の片隅で、ひとり泣いた。
 長い睫を伝って涙がいくつもこぼれた。

 もし、神様がいるなら、マナも連れて行ってほしいと思った。
 帰って来られなくてもいい、もう一度母に会うことさえできたら。

 そう願った時に、空から光が降ってきた。


 そうしていつのまにかマナたちは、この宇宙船の中にいたのだ。

 

 やさしい人たちは、「地球を浄化する」のだと言った。
 もう悲しいことのない世界、自然で、
 愛に満ちたすばらしい世界になるのだ。

 そのためには、
 地球にとって一番の悪の根を抜き取ってしまわなければならない。

 だからその間だけ、この船の中にいて欲しいと。

 
 ひょっとしたら、とマナは思う。

 母も助けてもらって、この船に乗っているのかもしれない。

 そうして、地球がきれいになって、帰してもらったら、
 あの花の咲く草原で母に会えるんではないかと。

 

 その時、船内に声が響いた。

 
「地球の浄化は完了しました」

 


 気がつくと、マナはあの草原に立っていた。

 私たちの草原だ、とマナは思った。

 ただ、マナたちの住んでいた小屋がない。
 地球の人たちの住んでいた『家』もない。

 地球の人たちも、いなかった。

 ふと、マナは懐かしい視線を感じて振り向いた。

 やさしく、黒い瞳。艶やかな褐色の肌。

 これからの幸せを約束するような、
 その日の朝の光にも似た、美しいマナの母だった。

 マナは思わず、「モウ」と声をあげた。
 

 草原には、自由と再会を祝う、牛たちの声がこだましていた。

 

 

 

 〈了〉

 


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3.世界の平和

 

 3.世界の平和

 

 

 ある日突然、世界は平和になった。

 正確には三日ほどかけて、平和になった。 


 すべての戦争は終結し、
 民族間の争いから大国間の冷戦すらなくなった。


 各国でお互いに平和協定が結ばれ、
 首相や首脳間で握手が交わされ笑顔を固定して
 TVカメラや新聞記者の前でのパフォーマンスが繰り広げられた。

 

 そのきっかけは、宇宙船によってもたらされた

 一つのメッセージだった。

 乗っていたのは、宇宙からの使者、

 自称『宇宙連盟』の宇宙人たちだった。

 
 とはいえこの時、宇宙船自体はそれほど珍しくなかった。

 ある日を境に、地球外からの宇宙船、
 かつてはUFOと呼ばれていた物が
 堂々とあらゆる国の上空に浮かぶようになったのだ。

 

 最初は誰もがあわてて写真や動画を撮影し、
 ネットに流してはしゃいだり脅えたりしていたのだが、
 一年近くもそのままなんの変化もなく

 毒にも薬にもならないとなると、

 なんとなく興味が薄れていった。


 今や未確認飛行物体どころかいつでも誰でも撮り放題物体なのだ。
 レア感ゼロである。


 どちらかというと、空にただ浮かんでいる宇宙船よりも、
 自分が買った宝くじの当せん結果や
 これからの恋愛傾向やドラマの最終回や
 その日の夕飯のメニューのほうが

 現実として大きな問題になっていた。



 各国の政府はそれぞれに対策を講じていたが、武力的には
 お隣の火星に行くのもおぼつかない地球の科学力で
 そもそも太刀打ちできるわけもなく、
 ここはひとつ穏便にあちらからの動きを待とう、
 というのが多くの国の指針だった。 

 

 そんなわけで、地球人全体が
 なんとなく宇宙船と宇宙人の存在を受け入れ始めた頃に、
 ようやくあちらからのメッセージが告げられたのだ。

 要約するとこんな感じである。



『ビックリした? 
 いきなりだと驚くかと思って今まで黙ってたんだけど、
 実はずっと昔から君たちのこと見守ってたんだよ。

 今まで少しでも慣れてくれるように、
 ちょこちょこ姿は見せてたんだけど、
 今回はこれだけハッキリ長い間姿を見せていたんだから、
 これが現実だってこともわかるよね? 

 何を言っても驚かないよね? そうです異星人は存在します。
 みんな地球に注目しています。 

 もう黙って見ていられないし、そろそろ本気で
 君たちに言うことは言っておかないとダメだと思ったから、
 伝えようと思います。

 もう、戦争などやめて、自分たちの星を大事になさい』



 もちろんこれはもうちょっと形式ばった言葉で伝えられたが、
 地球のすべての国、すべての人間に向けてそれぞれの言語で、
 あるいはテレパシーのようなもので宣言された。


 まさに天からの声だった。


 そう言われて「ハイ、そうですよね」と答えるほど賢い人類だったら
 何千年か前にとっくに世界平和は実現されていたはずである。

 

 宣言一日目、各国の首相や首脳、その他各代表はごねた。

 彼らは直感的に、

 問題のない世界では自分の必要性がないことを知っていた。


 そうは言われても、いろいろ今までの歴史とかがあるんだよ。

 宗教上の問題とか積年の恨みつらみがあるんだよ。
 外から突然来て、そんなこと言ったって

 地球の事情、解ってないでしょ? と。



 ところが宇宙連盟の皆さんは答えを用意していた。

 突然、今までの地球の歴史の要所要所が
 まるで映画のように上空に映し出された。


 宇宙連盟には、
 そういった宇宙の歴史を記録して保管するチームがあるらしい。


 そしてその映像が示すこととは、
 あらゆる宗教上の神と言われる存在は、
 宇宙連盟から派遣された宇宙人だという事実だった。

 宗教上のトップである神や神様の使いのおおもとが
 お互いにもう戦争はよせと言っているのだから、
 宗教戦争の意味はなくなった。




  二日目。


 でも地球の資源には限りがあります、奪い合わずにみんなが……
 と言いかけたところで宇宙連盟の皆さんはとんでもなく優れた、
 しかもわかりやすいエネルギーの科学技術と地球の汚染を取り除き
 あらゆる土地で豊かな作物を得るあれこれを教えてくれた。


 地球上に、資源や食糧の問題はなくなった。

 



 そして三日目、自立心や自尊心の問題を持ち出す人類に、

 とどめの一言を送った。
 


『地球上で最初に完全平和を成し遂げた人物になって、

 記録に残りませんか?』と。
 

 

 かくして、世界は平和になった。

 

 

 

〈了〉

 


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4.うさぎの夢

 

 4.うさぎの夢

 

 

「うさぎにおまんまをやるのを忘れちまっただろか?」
 茶の間でうとうとしていた母が、僕にそう尋ねた。

「ウサギって、あの耳が長くてピョンピョン跳ねる兎のこと? 
 うちにはもう、兎はいないよ」

 僕は答えた。母は今年で96歳になる。
 痴呆も進んでいて、時々おかしなことを言う。

 こんなふうに昼寝して起きたあとは、
 今の季節どころか、昼か夜かさえ判らなくなることも多かった。
 きっと昔の夢を見たのだろう。

「うちで兎を飼ってたのは、僕が子供の頃だったろう? 

 今はもういないよ」

 

 そう僕が言うと、母はどこか納得できないように、
「自分ばっかりご飯を食べて」とか、
「可哀想なことをしてしまった」とかいうことを、

 口の中で小さく繰り返した。

 

 

 僕が子供の頃、それは戦争も終わってしばらくたった時代だった。

 食用で飼っていたからか、

 母は僕に兎の世話をさせることはなかった。


 きっと食べるために屠られる動物に対して、
 あまり愛着や同情心を植え付けたくなかったのだろう。

 僕の役目は、もっぱら山から餌用の草を集めてくるくらいだった。

「ウサギがいるの?」

 いつの間にか僕の足に、孫がまとわりついて目を輝かせていた。
 彼は動物が好きだ。

 幼稚園で飼育している動物や鳥の話をよく聞かせてくれる。

 こんな田舎の山奥だが、

 近頃では野生の兎なんてそう見られるものではない。

「いいや、おじいちゃんの子供の頃のお話だよ。

 今は小屋が残ってるだけ」

 僕は彼の頭をそっと撫ぜながら、笑って答えた。

 家から畑に向かう途中の裏山の手前に、木造の小さな牛小屋がある。
 そこの端っこに手前だけ金網でこしらえた、
 兎や鶏飼育用の小部屋がついている。

 僕が大人になる頃には牛や兎はもう飼っていなかった。
 今は使わなくなった食器や、家財道具が押し込んである。

 孫は「ふーん」とつまらなそうに部屋から出て行った。
 彼の夏休みは始まったばかりだ。

 また庭や畑やそのあたりの野原へ冒険にでも行くのだろう。
 心配しなくとも、近所のみんなが彼を見守ってくれる。

 良い時代だ。



「どこで子供が泣いているんだろっか?」

 真夏の深夜、母が僕を起こしてそう言った。

 孫は娘たち夫婦といっしょに寝ているはずだ。
 泣き声など、どこからも聞こえてこない。

「きっとまた夢を見たんだよ」僕は答えながら、
 母の寝室まで付き添って寝かしつけた。

 ことんと眠ってしまう直前まで、
 母は「赤ん坊が泣いている」と目に涙を浮かべて訴えていた。

 きっとその思い出の中の赤ん坊は僕のことだろう。
 僕は一人っ子だったからだ。
 だが一人っ子なのは僕だけではない。
 僕ら世代の人間はみんな、兄弟姉妹はいないはずだ。


 あの戦争は、人類全体の数が増えすぎて起こったと言われている。

 終戦後、世界的に平和条約が締結したあと、

 どの国でも『人類が一定の人口数に減少するまで、

 一人の人間が持てる子供は一子のみ』
 という法律が制定されたのだ。

 それはもう、国と国というレベルではなく、
 地球規模で人類が殺し合って食物や居住地を奪い合うか、
 譲歩して人口を減らしあい、
 種全体が生き延びるかを選ぶという問題だった。

 あの第三次世界大戦という、
 種の存在も危うくなるほどの醜い争いから、

 ようやく人類は学んだのだ。

 地球上には一定数の、
 そして平和に生きられる人間以外はいらないのだと。
 ある意味で人類は進化できたのかもしれない。

 そうして今では産まれた子供は一人残らず、
 まさに宝物のように大切に育てられている。

 もちろん捨て子などはおらず、
 子供の産まれない家族も肩身の狭い思いをすることはない。

 誰かの子供はみんなの子供であり、
 その子は地域全体、いや国、地球全体で守る対象なのだ。

 今、この時代にはもう、
 心から愛されずに育った子供など、世界に一人もいない。


 ただし、それは法的に正しい子供たちだけだ。

 法を犯してまで『二人目』を出産する夫婦はほとんどいないが、
 万が一産まれてしまった場合は国に没収され、

 医療等の目的に使用される。

 法律が社会に浸透するまでの間は、隠し子などもあったらしいが……
 その子は隠語で呼ばれていたらしい。

 それは例えば多産の動物の名などで……。


「おじいちゃん、ウサギ小屋に穴がある!」 
 突然、庭から興奮した孫の叫び声が聞こえてきた。

 孫に連れられて行ってみると、小屋の山側の板が外れていた。
 そこには山の中ほどまで続くであろう洞穴が口を開けていた。

 僕は遠い昔、牛の声に混じって聴いた気がする、
 赤ん坊の声を思い出していた。

 

 

 

 〈了〉

 



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