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外湾へ

73. 外湾へ


 二十四日、雨女さん不在にしてはあまり天気が宜しくない。
ふ「房総方面は天気悪くなさそうだから。あとはハレ女さんに期待しましょ」
ひ「ハレ女? あぁ、櫻さんね。こないだの探検の時も上天気だったもンね」
 秋葉原駅中央改札口を一旦出たはいいものの、外をブラブラするには条件厳しい春の日。再び五人そろって有人改札を通り、中でおとなしく二人を待つことにした。
 すでに小学校を卒業した六月だが、まだこども料金が適用されなくはない。しかしながら、18きっぷを使う以上、一人だけ半額という訳には行かないので、大人の仲間入りし、同一行程で動くことになる。最年少にして引率者。その行程は彼の手中にある。目的地までのこども往復運賃だと、18きっぷの一人あたり金額を下回ってしまうので、それ以上に動くルートを組み込めばいい。あまりに悪天候だと運転見合わせになってしまう路線なんかも含まれるが、パターンはいくつか設定済み。それでも晴れてくれた方がいいことには変わりない。
 「あっ、来た来た」
 「そういう時はキター!だよ」
 「何? 六月クン、ヲタクだったの?」
 「それを言うなら、電車男。ここアキバだし」
 「じゃ小梅は...」
 エル(HER)と言いかけて「エヘヘ」になってしまうのであった。顔合わせもそこそこに、エレベーターで六番線に向かう七人。ここから錦糸町へ、そして総武快速でひたすら木更津をめざす。

ふ「さてさて、業平さんは来るのかしら?」
ち「昨日のおつかれが残ってなければ、現われるとは思いますが...」
さ「文花さん、ケータイ、あ、車内じゃダメか」
 前方車両のクロスシートに首尾よく座を占めた七人である。仕事柄、今回テーマの一つ、工場への同行を希望していた業平のこと、現われないことはあるまい。席はただその人物が来るのを待ち侘びている。
 荒川を越え、江戸川を過ぎ、なおも席は空いたまま。天気が冴えないせいか、口数が少ない初音だったが、おもむろにケータイを取り出すと、
 「メール送ってみましょうか?」
 「そっか、その手があった」
 使い込んでいる訳ではないが、扱えないこともない。ただ余計なやりとりを増やしたくないだけ。そう、業平は誰かさんに譲ったことになっているからだ。櫻も千歳も白々としているが、文花は知らん顔。初音が器用に操作するのを感心しながら見ている。
 八人目の人物は、船橋を発車したところでようやく姿を見せた。
 「いやぁ、一本前の千葉行きに乗っちゃったもんだから。失礼しやした」
 「君津行きって言ったのに」
 「フライングだったら、まだいいっしょ?」
 「お姉ちゃんに報告しとく」
 「う...」
 姉が居ない時は弟の出番。しっかりダメ出しを実行している。弟どうしという点では息は合いそうだが、立場はどうも逆のようだ。ちなみにその姉君は言うと、
 「ま、晴れの席だから、バタバタ駆け込ませるのも悪いし」
 「そっか、蒼葉さんと弥生さん、おそろいで謝恩会...」
 「初姉もいずれはネ」
 「ちゃんと卒業しないと、ですよね」
 こちらは姉どうしのやりとり。何年前のことかは語らないが、かつて謝恩会に出たどうしの二人も昔の話で盛り上がっている模様。と、残る組み合わせはこうなる。
 「で、千兄さん、こないだのメールのことだけど...」
 「あ、その話、あとで三人でしよう」
 「贈る相手とは相談しなくていいの?」
 「やっぱり、そう、なのかな?」
 「小梅はその方がうれしい」
 いつものように頭が上がらないモードだが、口ぶりが優しげなのがいつもとはちょっと違う。
 「わかりました。姉御」
 「櫻さんが好きになるのわかる、な」
 「え?」
 幕張近辺は直線コース。快速列車は速度を上げる。その疾走音の高まりとともに会話は途切れた。
 機内持ち込みOKサイズのスーツケースが二つ。エアポート快速ならこれはごく当たり前の荷物だが、この列車の行き先は空港に非ず。持ち主が誤って空港に行ってしまう方が心配な位である。お喋り好きな方々には直通列車が望ましい。千葉を過ぎればひと安心である。

 十時四十五分、蘇我に到着。誰かさんと違い、この女性はちゃんと指定通り乗り込んできた。
 「あっ、南実さん!」
 初音がいち早く見つけ、一同も追随。いつになく晴れやかな登場に男性三氏はクラっと来ている。決して発車直後の揺れがそうさせた訳ではない。

 クロスシート席には空きが目立ってきた。スーツケースも通路に置かれるよりは持ち主の膝元がいいだろうし、自分が退けば、席替えも始まるだろう。六月は気を利かせてか早速移動開始。
 「あ、オイラ車窓眺めてるから」
 「じゃついでに男衆は別席へ。ね、千ちゃん」
 「あ、そう?」
 通路を挟んで斜め向かいだった文花と業平。話ができない位置合いではなかったが、お互い何となく距離を置いていて、これといった会話もないまま、この調子。小梅の紅一点席だったクロスシートに今は初音が移ってきて姉妹で横並び。スーツケースの侵入により、かえってゆとりがなくなってしまった手前、櫻は渋々ながらも嬉々として男衆席へ。南実は姉妹席に落ち着いた。

*参考:座席配置図(□は空席)
 五井に着くと、六月はあるディーゼル列車に釘付け。姉妹はその鉄道名で盛り上がる。
 「へへ、小湊...」
 「親父はそれくらいでちょうどいいかもね」
 「そしたら小梅も? そりゃないんじゃん?」
 「じゃ逆に小、とっちゃう?」
 南実はえらくウケている。「ウメさんってことはないわね」
 にこやかな中にも一閃の翳? 心理面での気象もいい読みをしている初音のこと、これが何らかの予報につながったら大したものだが。
 養老川を越えるところで、皆々の目は川の流れ、干潟、そして漂着物に集まる。サギが飛んで行っても気付いたようなそうでないような。
 だからと言って無粋なツアー客だなどと言ってはいけない。黄色いのがパァっと広がればちゃんと反応はする。
 「菜の花、キレイね」
 「私には油の原料にしか見えなかったりして」
 「名前に花がつく割には華がないというか何というか...」
 やはり無粋だったりする若干一名であった。

 花に呼応するように、天気も良くなってきた。車両もゆったり、風景もゆったり。春の房総ツアーらしくて結構なのだが、どことなく居心地が良くない男女がいる。南実の件はまだ口外していない。当人とご一緒している分、余計に窮屈。ゆったりとは行かない千歳と櫻である。
 初音の視線が気になるも、時折虚ろな表情を見せる南実。小梅は察しているのかどうなのか、
 「ホラ、姉が先!って言ってるよ」
 「妹が先じゃ変でしょ。当たり前じゃん」
 「だから、駅名見てみ?」
 「あ...」
 姉をダシにこの通り。
 「石島姉妹、いいわぁ」
 えくぼが出れば大丈夫。一寸ホッとする小梅、そして初音である。

 バイパスと線路の間を流れる水路のような川は、おクサレ様が出てきそうな有様である。投げ込まれたと思しきバイクに陽射しが当たり、金属部分が反射する。
 「今日、もしかして暑くなる?」
 「その外湾の海に出てからじゃないと体感できないだろうけど、あったかい感じはするね」
 業平はその長袖をまくり始める。
 「これで日焼けしたら笑っちゃうけど」
 姉がいなけりゃ弟。今度はわざわざツッコミにいらした。
 「袖のウラを見せるなんて、さすがGoさんだね」
 「?」
 「次の停車駅は、ソデガウラー」
 アラサー三人、大笑い。
 「あのねぇ、駅名大喜利やってんじゃないんだからさぁ」
 「こういうのやると覚えやすいっしょ。お姉ちゃんも喜ぶよ」
 列車は小櫃(おびつ)川を渡る。すっかり行楽気分の皆々は今、ただ川の流れだけを見ていた。

 十一時十五分、目的地の一、木更津に着く。
 「本当なら皆で行ければいいんだろうけど...」
 「まぁ、この件に関しては永代先生と六月君がメインだから」
 「あとで六月クンから話聞くから、小梅も別に」
 「ま、その分、業平君にしっかり勉強してきてもらうということで」
 文花はすでに業平にスーツケースを託し、悠々としている。メンバーは決まった。その四人が向かうのは言わずもがな、前々から話していたペットボトルのフタ(またはキャップ)再生工場である。干潟で集めた分だけなら、ここまで大げさにはならなかったかも知れない。級友らの協力もあって、この通りスーツケース二つ分にまで増えてしまった、という次第。
 運搬効率を考えるなら、もっと持ち込んでもいい気はする。だが、数の多い少ないは二の次。文花の関心事は、その実用性や環境貢献度である。良さそうならセンターでも、と思っていて、その見極めに業平の目利きが欠かせないと踏んだ。三角形のコントロールも然りだが、人を操るのはもともとお上手。手玉に取っている訳ではない。双方の利に適うようにさりげなく仕向けてしまうところが流石なのである。
 四人を乗せたタクシーが去り、五人が残る。本日付の改札印を五つ押した18きっぷは小梅の手にあるため、この五人でどこかに行って戻ってくる、という手もあるが...。
 「とりあえず、十三時三十八分発に乗れるように、なんだけど、お昼の時間もとらなきゃいけないし」
 「駅弁もあるわよ、千歳さん」
 「そっか、そりゃいいね、でも何処に行くかにもよる...シスターズ、どう?」
 「何か、あれって? クルリって読むんスか?」
 「ハハ、クルクルくりくり...」
 「久留里線かぁ。時刻表で調べてみよっか」
 潮時を読むのが得意なだけに、時刻表も楽勝のようである。ここから先は南実が行程担当。
 「行くだけ行って戻ってくるってんでよければ。そのくるりクルクルまでは行けないけど、手前の駅までね。何があるかはお楽しみ」
 「フフ、ルフロン、どうしてるかなぁ」
 代わりにクシャミをしたのは千歳だった。
 「雨のち、だから平気かと思ったけど、やっぱりマスクしよ」
 「千兄さんのはね、サクラ花粉症だよ」
 「へ?」
 「なんてね。でも途中で早咲きをチラホラ見かけたんだ。だから...」
 「そう? 蕾が多かった気がしたけど」
 「ねぇ櫻姉、蕾と言えば?」
 「『チェリー・ブラッサム』♪」
 駅弁の話はどこへやら、南実と櫻ですっかり盛り上がっている。どんな形であれ花は花。マスクのおかげで会話には加わりにくくなっている千歳だが、華に囲まれていることに変わりはない。冴えないながらも羨ましいシチュエーションである。

 それぞれお昼を済ませ、木更津で再び合流。例のスーツケース、今は軽々としている。
 「じゃわたくしめはこれで。何なら二つとも持って帰りますけど」
 「ありがと、業平さん。総会の時でもいいし、ま、いつでも。で、いい? 堀之内」
 「矢ノ倉のとこに預けておいてもらえれば。助かります」
 「四月になったらセンターにお持ちします。兄貴も連れて」
 「まぁ...」
 八人は下り列車で南へ向かい、その数分後、空港帰りではない旅行客が上り列車で千葉へと向かう。

 「へぇ、久留里線乗ったんだ。いいなぁ」
 「駅弁はその馬来田(まくた)駅で」
 「食った食った、てか」
 「そ、駅弁はやっぱ駅で食べなきゃね」
 二人の卒業生のやりとりを聞きながら、永代は楽しげ。だが、
 「オイラとしては、あれを届けてやっと卒業できた感じかな」
 「よかったね、六月クン」
 「これも先生のおかげ。ありがとうございました」
 「ン? いえいえ、こちらこそ」
 とか言いながら、ジーンとなってしまう。
 「あーぁ、また先生泣かしちゃって」
 さすがの六月もこれにはあたふた。だが、トンネルをいくつか抜けるうちに永代の涙は乾いていた。
 「で、フタって結局どうなっちゃうの?」
 「何かね、ボードにしてた。再生品とは思えないような立派なヤツ」
 「へぇ...」

 社会科見学のような話が交わされている隣りでは、
 「ハハ、千歳駅があるぅ」
 「行ってみる?」
 見慣れない路線図を見ていれば、それだけでちょっとした郷土学習になる。
 「房総半島一周とか、またの機会かな。今日は南実さんと帰りに、ね、話したいことあるから...」
 「櫻姉...」

 いつしか単線区間を走っていて、景色も緑が目立ってくる。海の近くを走っている筈なのだが、
は「富津岬は西南に四・五km」
こ「海水浴場は四kmかぁ」
 青堀で下車すると、ちと大変。若いとは言っても、この距離を歩くのは覚悟が要る。より海に近づくため、一行が選んだのは次の駅だった。
ふ「さ、皆さん着きましたよ」
 十四時六分、目的地の二、大貫に降り立つ。
ち「で、上りも下りもだいたい五十分後ですね。あんまり余裕ないですが、今日はとにかく視察するだけなんで」
さ「拾わないし?」
ち「サンプルは持ち帰るつもりだけど」
 時間は限られている。何せ一時間に一本ペースで、次を逃すと十六時台。18きっぷを使いこなすためにも何としても戻ってこなければ。
 こういう時に限って、然るべき現地案内がなかったりするのはどう考えればいいのやら。事前確認を怠ったツケと言われればそれまでだが...。
 「はいはい、これでOK?」
 「文花さん、さすが!」
 ケータイで地図情報を出してもらうも、あぁだこうだの珍道中。片道十分強、少々迷うが何とかたどり着く。

 「おぉ、海だぁ」
 「といっても、東京湾」
 櫻に揚げ足をとられた恰好の千歳だが、微動だにせずその煌きを見つめている。光放つ波は八人を迎え入れるかのように優しく、眩い。
 浜辺と道路の間には結構な段差があるが、十代の三人は難なく降下して早々と駆け出す。遠くの波打ち際ではウミネコの群れが羽を休めているが、全くあわてる素振りはない。静かである。
ふ「パッと見はね、beautifulなんだけど...」
ひ「風が飛ばしちゃった後、とか?」
み「まぁ、とにかく近くに行ってみましょう」
 低気圧が去った後ゆえ、まだ風が残る。体感温度的には肌寒い感じ。ひと足早く浜入りした櫻と千歳は、ここへ来てやっとモードチェンジする。
 「城南島、思い出すなぁ」
 「今日はあいにく二人きり、じゃないけど」
 「あら、私は別に皆がいても平気だけど?」
 波打ちの線に合わせて様々な漂着物が転がっているのは城南島と同じ。違うのは砕けた貝殻が多いこと。足を取られるような目立ったものはないのだが、彼氏はよろめく。

 「大姉御、今の気温は?」
 「だから六月君、その呼び方さぁ」
 何となくふてくされているが、満更でもない。
 「ン? あぁ、小梅とお姉ちゃんの年令のちょうど間くらい」
 まだまだお若い大姉御、である。
こ「ちょっと寒い?って感じるくらいかな」
む「ま、動けば平気っしょ」
 若人が率先して動き出したので、大人もあわてて同調する。よろけている場合ではない。
 ガラス片や燃え殻が散在しているのは即ち、その場で投棄・焼却されるケースが多いことを物語る。だが、それは岸壁寄りの話。波打ちとテトラポッドの間、そしてそのテトラポッドの内側には、正に海ならではの漂着ゴミが見受けられる。近づかないとわからないのは、川辺も海辺も同じである。
 「川から流れてくる、というよりも外洋から? どっちだろ?」
 南実研究員は図りかねている。とにかく集めるだけ集め、調べるだけ調べるに限る。が、時すでに十四時半。
さ「ペットボトル、プラスチック系、容器包装類... 川と変わらない気もするけど」
ふ「ロープと、あとフロートね。これは干潟、いやポケビじゃ見ないでしょ?」
む「硬いプラスチック片が多いのも特徴?」
み「そうね。でも発生源は内陸だと思うな」
ち「今の六さんなら、何の製品とか、材質とかわかるんじゃ?」
む「包装類なら分別できるかも知れないけど...」
 この間、初音はDUOを使って概数を入力している。その傍らで永代先生は、
 「それにしても、またフタがいっぱい出てきたことで」
 とお手上げの態。だが、生徒は手を上げない。
 「また持ってく?」
 小梅は現地調達したレジ袋に放り込み始めた。
 「今日のところは途中で廃棄かな」
 「空き缶入れみたいに、専用の回収箱があればいいのにね」
 以前にも誰かが言っていた。アフターケアとはこのことだろう。

 千歳は時計を気にしつつも、いつものスクープ撮影に入る。
 「発泡系の大きいのはさっき撮ったし、あとは...」
 ウレタン片、長靴、特大の洗剤ボトルと続く。せっかくなので、海辺ならではの貝、アーティスト嬢が喜びそうな棒切れなど自然物も。海外漂着物が出てくれば、特ダネ級だったが、残念ながらゼロ。漂着ライターが収集できたのがお慰みである。
 埋没物までは手が回らなかったが、さすがにこれは見逃せまい。
 「ここって管轄?」
 「さぁ、どうでしょ? 撮っておいてもらえば、親父、いや小湊さんにお伝えします」
 川を出て、内湾を漂い、岬を廻って漂着してきたのだろうか。それは某河川事務所の警告看板であった。
ち「持って帰りたいのはヤマヤマだけど」
は「看板自体に『あぶない』って書いてあっちゃ、ひきますよね」
 千歳はライターの他に、硬質プラのいくつか、チューブにロープ、玩具や雑貨の類なんかを証拠品として押さえていた。次回講座は未定だが、おそらくは小ネタとして披露することになるのだろう。

 「南実ちゃん、行くわよ」
 「あ、ハーイ」
 レジンペレットもなくはなかったが、今日のところは断念。そんな余念が彼女を引き止めていた、と思うのが真っ当か。否、旅立つ前にしかと内房の海を目に焼き付けておきたかった、これが南実の真意である。
 潮騒がどこか寂しげに聴こえる。

 櫻が先に歩いているのをいいことに、千歳は姉妹をつかまえると、
 「で、そのぉ、真珠のことなんだけど」
 あくせくしている割には何とも悠長なことを聞いている。
は「伊勢の生まれですからね、多少は」
ち「じゃ、今度はお母様宛にメール...」
こ「櫻さんにもちゃんと聞いてからね」
 今度はウィンクしながら、この一言。小梅には本当に頭が上がらない。

 行きとは違い、十分弱で駅に着く。ただし、当駅ICカードが使えないため、
 「えぇと京葉線...」
 南実がもたつくことになる。一行が跨線橋を歩いていると、双方向から列車が入ってきた。つまりギリギリセーフである。
 「じゃあ五人様、青春して来てくださいね」
 「お互い様でしょ、櫻さん」
 下りに続き、上り。ほぼ同時刻に発車する。そして到着時刻も同じ。行き先は上下で別なれど、である。
 十五時四十四分、青春五人様は館山に、アラサーの三人は蘇我に着く。
 「それじゃお姉さん、お兄さん、当日よろしくお願いします」
 「ヤダなぁ、お姉さんだなんて」
 「って、どーしても呼びたくて。あ、そうだ」
 座席にはその姉と兄。南実はホームに居る。
 「千兄さん、写真撮ってもらっていいですか?」
 発車時刻まで、まだ数分ある。窓をさらに開け、千歳はシャッターを押す。
 「私、この駅、好きなんです。よかった」
 蘇我の駅名標とともに南実の笑顔が映える。その笑顔、その残像を残し、列車はゆっくり走り出した。手を振る姿が小さくなる。
 「蘇我かぁ、つまり再生?」
 「南実さん、あの時も『retour(ルトゥール)』だったし...」 違う私、新しい私... 彼女の心境が今はよくわかる。

時は満開

74. 時は満開


 総会成立の見通しは立った。プレゼン資料を含め、当日に向けた準備も概ね良好。KanNaの最新情報、部会の紹介媒体、拡大版DUOの予告といったあたりをどこまで用意するかが詰め切れていないが、総会終了後でも間に合いそうなものは別に、と意に介さない。矢ノ倉事務局長にしては珍しく悠長に構えているが、
 「ま、出たとこ勝負ってところもあるし、皆さんの場力(ばぢから)で乗り切れるでしょ」
 それだけ貫禄が増したという訳である。櫻と千歳も慣れたもので、
 「じゃ、あとは一日(ついたち)に早めに来れば、ってことで」
 「定時で失礼して、よろしいですかね」
 てな具合。二十九日、晴。閉館時間になってもまだ明るさが残る。二人が愉しげにしているので、アフター6のご予定をつい尋ねてしまう文花だったが、あとの祭り。
 「はぁ、二人で夜桜でございますか...」
 とっくに公認、今は合鍵の間柄である。これ以上は何も言うまい。

 二人で自転車を押しながら、やって来たのは河原の桜。場所柄、花見客でわんさとなるようなことはない。花を見つつ、程々の静寂が楽しめる。
 「サクラ花粉症の方は平気?」
 「だから、あの日はたまたまで。あ、でも櫻さんが放つ、こう何て言ったらいいのかなぁ」
 「やぁね、私、花粉なんて出さないわよ」
 フェで始まる何とやらにメロメロ、ということを言いたいようだった。
 「フフ、やっとそういうのに敏感になられたようで」
 それもそうなのだが、実はさらに感度が上がっていた彼氏である。ほぼ満開の桜を見上げる彼女に、とっておきの言葉を投げかけてみる。
 「櫻さん、そのぉ...」
 「ん? なーに?」
 「だ、大事な話があるんだけど...」
 すでに贈り物の詳細については打合せ済みである。となると、大事な話って?
 「まぁ、四月一日だと真実味が薄れちゃうもんね。でも今聞いちゃうのももったいないし...」
 小悪魔ぶりを自ら楽しむように、はぐらかす櫻。だが、胸の内は正直なところドッキドキである。サプライズとまでは行かないが、いつの間にやらしっかり加速してきて、今や逆転に近くなっている。
 まだ開ききっていない花もある。櫻は返事をためている。
 「櫻さん的には、誕生日に聞かせてほしい、かも」
 「じゃ記念品と一緒にね」
 「お言葉だけでもすっごいプレゼントになりそうだけど?」
 「ハハ、改めてきちんと、考えておきます」
 「ちゃーんとお返事しますから」
 彼の肩に頭を乗せてみたら、ようやくチラホラ花弁が下りてきた。お互い緊張が解けた瞬間。だが、
 「向こう一週間、いろんな意味でドキドキが続きそう」
 「私も同じ。でもプレバースデイウィークとしてはお誂(あつら)え向き、かな」
 夜桜は二人を否応なく盛り上げてくれる。この流れからすると、今夜も...。
 「今日はどうしよっかな」
 「...(ドキ)」
 「何かね、『そうかそうか』って喜んでたと思ったら、最近の蒼葉ったら、つまんなそーな顔することが多くて、その...」
 「一人じゃ寂しいとか? ま、そうだろね」
 「曲の続きは家で練習します。また明日もお目にかかることですし」
 何とも風流なお二人さんなのであった。

* * * * *

 三カ月ほど前は午後だったが、本日はそこそこ早めの午前。18きっぷで仲良く品川で降り、向かう先は昼桜。第一京浜を南下し、八ツ山橋を渡り、北品川駅を過ぎればここからは前回の逆ルート。かねてからの約束通り、御殿山にやって来た。
 「時の将軍様が大衆の娯楽のために植えた桜の一つ。他には飛鳥山、小金井、あと...」
 「どこ?」
 「隅田! 川、よ」
 満開の桜を見上げつつ、満面の笑顔。
 「詳しいね、櫻さん」
 「そりゃね、サクラのことなら櫻さん」
 もっともだ。

 三十代男女が山なら、十代男女は里である。こちらも約束通りではあるが、乗り物主体のちょっと変わったデート。
 「じゃここからはこれで有人改札を通ります。姉御は700円のこっち」
 「六月クンは?」
 「350円。小児用」
 「ズルーイ!」
 「もちろん、お代はいただきません。誘ったのオイラだし」
 これが小児のやることか。実の姉がいたらつっこまれそうな場面ではある。
 混雑極まる開業初日の日暮里駅。二人はこれから川を越える旅に出る。

 突き当たりを左に折れると下り坂。どうやら品川に戻るつもりはないようだ。
 「道を間違えてなければ川に出ると思うけど」
 「そしたらまたゴミ調べ?」
 「たまにはお一人でどーぞ」
 「櫻姉ぇ」

 ライナーとともに、何かが動き出そうとしている。卒業後入学前という時期がそうさせるのかも知れないが、少年の心は昂り、揺れる。だが、西日暮里から先はほぼ真っ直ぐ。タイヤで走ることもあり車両は思ったほど揺れない。このギャップがたまらない。
 「どったの? 乗り物酔い? な訳ないか」
 「初めて乗るから勝手がわかんなくって」
 「六月クンでもそういうもんなんだ」
 あいにく先頭席は確保できなかったが、ある程度並んだ甲斐あって、進行方向二人掛け席をゲットすることはできた。隣には愛しの女性。どう言葉を発するか、その勝手がわからないだけなのである。
 想い出の地、熊野前、足立小台と続く。荒川が見えてきた。本線本日のハイライトである。
 「オイラ、いや僕、姉、いや小梅さんのことが...」
 「フフ、そう来ると思った。でもそのセリフ、今はとっといた方がいいよ」
 「エ?」
 「入学したら、気持ち変わるかも知れないし」
 「姉御ぉ...」
 西新井橋から小梅がスケッチした首都高速。その上を越えるんだから結構な高さである。右手遠くにはその西新井橋。荒川ビューが広がる。だが、六月の目には入らない。気分はすっかり川流れ~。

(参考情報→荒川を越えるライナー

 「まぁまぁ、そんなふったりとかしないから。勉強の合間にデートとか...エへへ」
 「やったぁ!」
 すっかりイイ雰囲気になってしまったので、このまま終点まで向かうことになった。途中駅での乗り降りは自由なのだが、六月はもうどうでもよくなっていた。

 若いのが荒川を越えたその時、同じく川を越える二人がいる。ただし、こちらは徒歩。
 「さすがにノーマーク。何て読むの?」
 「普通に読むと、いき橋?」
 「まぁ、いいや。イキイキ、イケイケ、Let’s Go!」
 目黒川に架かるちょっと立派なその橋。名は居木(いるき)橋である。見下ろしたところで干潟はない。当然ながら漂着も、ない。ゴミがないばかりに素通りされてしまう川、それっていったい?

 これから乗るのは中距離列車。その性格上、クロスシートはある。が、混み合うことが予想されるため、駅弁という訳にも行くまい。大崎で早めの昼をとり、ノラリクラリ。十三時台のグリーンとオレンジの速いのに乗ったら、あとは一気に小田原へ。
 桜がお目当てではあるが、二人にとってはその行程、その緩急を楽しむのをまた良しとしている。従って、お城を見ても、花々を観ても、感慨があるようなないような状態。これじゃ小田原に失礼な気もするが、
 「マップを作るつもりでしっかり廻るってことならね、また見る目も違ってくるんでしょうけど」
 「ケータイ使ってIT版グリーンマップ、ってのもアリ?」
 「その場で撮影して投稿、かぁ」
 桜色の話題も出たかも知れないが、マップと来れば緑だ橙だ、である。そして十五時過ぎ。ホームにはその色の線が入った車両が滑り込んでくる。予定調和とはこういうことを言うのだろう。東海道線の旅は続く。

 「一度降りてみたかったんだ」
 「何かドラマチック...」
 川がつく駅名ながら、ホームからは相模の海が広々と見渡せる。今日は花冷えしそうな日和ゆえ、海もどことなく寒々とはしているが、二人にとってはそれが好都合に働く。

(参考情報→小田原&根府川

 「風はそんなにないけど、寒い、かな?」
 「そうね、特にここ、とか」
 人影はない。もともと無人駅みたいなものなので、いくらでもドラマチックな演出は可能。が、彼はちょっと躊躇いを見せる。別にじらすつもりはないのだが、何かが近づいているのを察知したのである。特急列車が通過していったのはその一分後。
 「ハハ、あぶないあぶない」
 「もうっ、じれったいなぁ」
 花も、いや海も恥らう三十路のラブシーンは、あくまで列車の通過後。目を閉じていると、潮の香りで辺りが満たされていくのがわかる。今、彼女の唇はすっかり桜色。色男は憎いことをするものである。

 あたたかいものがよく出るのは、気温のせいばかりではないだろう。おなじみカフェめし店では、人気のニコニコパンケーキの注文が相次ぎ、お姉さんは大いそがし。BGMのスローな感じに救われる恰好になっている。
 デモ用のCDをシャッフルしてかけているので曲順不定。『晩夏に捧ぐ』に続いて『ポケットビーチ』が流れ出す。と、耳障りがいいので、お客からの問合せもチラホラとなり、パンケーキと一緒に来週のステージイベントのチラシを渡す場面も出てくることになる。店ではちょっとしたプロモーションが行われていた。

 「あーぁ、何だかポケットって言うよりロケットって感じ?」
 「もうちょいかな。おかげでだいぶイメージに近づいてきたけど」
 「多分、ブラス系入れると、もっとノリノリになると思う」
 「あんまり飛んでっちゃうのもどうか、と」
 「あたしはついて行きますよ♪」
 四月からは職場となる場所で、しかも業務用のPCを使ってこの調子。こちらでは、違うversionのポケビがプログラミングされている最中だった。COOに言わせると、これも研修の一環なんだとか。大いにツッコミどころではあるが、社員候補生はただニコニコしながら、励んでいる。
 その気になれば、熱海へ行って戻ってというのもできなくはないが、今日のところは根府川どまり。そして小田原からは再び特別快速に揺られる。加速の加減が心地良い。今の二人同様、と言っていいだろう。

新たなカウントダウン(予告編)

ふたたび、四月の巻

75. 新たなカウントダウン

(予告編)

 低気圧のイタズラで朝から強い風が吹いているが、総会開催を見送らせる程のことはない。今日は特別に千歳も早くから加わって、三人体制で着々と準備に当たる。エイプリル何とかの日ではあるが、至って本気モード。漫談も閑談もない。ただ風の音が聴こえるばかり。いや、そうでもないか。
 「今日、記念日なのにね」
 「まさか一年後にこういうことになるとは思いもよらなかったけどね」
 「あら、私はそんなことなくってよ」
 「へ?」
 「エイプリルフール!」
 一年後もこの通り、櫻にしてやられてしまう隅田クンであった。
 「はいはい、お二人さん、当日資料の点検、まだでしょ?」
 「ふ、文花さん! あ、あれ」
 櫻はここぞとばかりに小作戦を決行。
 「窓の外、ク、クラゲが...」
 「ん?」
 「はは、ひっかかったぁ!」
 「やぁね、レジ袋じゃない」
 「え?」
 からかうつもりがこの通り。強風が舞い上げた半透明な一枚がヒラヒラと泳いでいるではないか。
 「痛み分けってとこね。さ、続き続き!」
 「な、なんで...」
 珍しくクラゲのようになっている櫻だった。今日の司会進行、大丈夫だろうか。

 建物三階には大きめの会議室があって、百人は入れる。ここが本日の舞台である。午後からは理事や運営委員も顔を揃え、十四時の開会に向け総力が結集される。三十分前には受付開始。並行して会場のセッティングは進んだ。そして、その時を迎える。
 「ただいまより、特定非営利活動法人『いきいき環境計画』の設立総会を始めさせていただきます。本日は多数お集まりいただき、誠に...」
 主催者人員を含め、七十人は集まっている。センターとしては大入りの部類である。そして、この数とは別にご来賓が招かれている。辰巳の上位上司、櫻がかつてお世話になった地元の長とでも呼ぶべき人物、そして、娘二人から小人物呼ばわりされているあの人、の三氏である。うち、代表してお一人に挨拶に立ってもらう。岩を安置した功あっての抜擢か、いやそればかりではない。
 「本日付けで地域連携を進める部署に異動になりました、河川事務所の石島でございます。環境計画の皆さんにはいつもお世話になり...」
 異動初日、初仕事が総会臨席とは上出来である。これからは地域の、流域の、とにかく広報よりも広聴が最たる務めになる。皆さんのお声を拝聴しないことには仕事にならない、そんな部署。本人の意向かどうかはいざ知らず、お上(かみ)がやるにしてはなかなか粋な人事である。ありきたりではなく、一定の体験(曲折?)に裏打ちされた含蓄ある挨拶になっていることからも適材適所であることがわかる。が、こういういい時に限って、娘達は不在。拍手が盛大だったのが救いである。

新たなカウントダウン(本編)

75. 新たなカウントダウン

(本編)

 会員総数百五十余りのうち、半数近くが出席。書面参加も加えれば軽く百は超える。二分の一で可のところ、これはもう三分の二ライン。総会成立の要件は余裕で達せられたことになる。その数の確認が司会者から発せられたら、ここからは議案に沿って粛々と、である。が、その前にすべきことがある。一旦、事務局長にバトンタッチ。
 「式次第にもございますが、議長は正会員からの立候補で選出、となります。どなたか、いらっしゃいましたら...」
 この集まり具合なら、我も我も、となりそうではある。だが、それでは文花のシナリオが崩れてしまう。出てほしい、されど... 法人運営で悩ましい点の一つだろう。
 予定通り、率先しての挙手はなかったので、ひと呼吸置いてから、一人のご婦人が手を伸ばす。旗を持たせたら、なおよかったが、そこまでの演出は無用。
 「では、玉野井様にお願いします。ご異論なければ皆様、拍手を」
 さすがは作家先生であらせられる。咳払い一つで会場は忽ち粛然となった。「緑のおばさん、やるな」 囃し立てたい気持ちを抑え、清はただ溜飲を下げる。機材を担当する千歳も些か硬直気味。プロジェクタのスイッチを押しかけて手を止める。

 雛壇等はないのだが、次第では議長登壇となっている。その壇上、即ち長机からマイクを通して第一声。
 「議事の記録、議事録署名は、議長の裁量で...」
 この出だし、文花と打ち合わせた通りなのだが、記録係として想定していた八広は本日が晴れの出勤初日につき、叶わず。公募で加わった理事と運営委員から一人ずつ充てられた。議事録署名人は、公募以前の理事三人、文花、千歳、清が仰せつかる。
 第一号議案スタート、のその時である。見慣れないスーツ姿の女性が会場後方に現われた。
 この方も出勤初日なのだが、八広と違っていきなり裁量労働ゆえ、自由が利く。COOと相談、というよりは談判でもして駆けつけてきたんだろう。弥生嬢である。
 「はぁ、間に合ったぁ」
 風のせいで、幾分無造作ヘアになっているが、それはあふれる気鋭ゆえ、と映る。どこかのアーティストさんの場合と大違い。櫻と文花は笑いをこらえながら目配せする。
 女性議長の仕切りに従い、事務局長が説明する。一号:設立趣旨、二号:活動報告、そして議案の三号は、練りに練った事業計画。プレゼン資料の方も気合いが入っている。
 「予めお席に置かせてもらいましたが、当法人のリーフレット案もあわせてご覧ください。あと、簡単ではありますが、環境情報サイト”KanNa”とITツールβ版のチラシもご用意しましたので、そちらも...」
 スクリーンには、そのリーフレットにあるのとほぼ同じ図、模式図や体制図が映し出される。事業の三つの柱、その相関関係、部会の位置付け案に、理事の分担案、言うなればTo-Beモデルのお披露目である。議案にも勿論載ってはいるが、この日に向け、さらなる視覚(visual)化を施し、より磨きをかけてあるのでインパクトは十分。独壇場とはこのことか、今ここに登壇しているのは文花その人である。
 が、話せば話すほど、こみ上げてくるものがある。名月の日に団子をいただきながら、に始まり、そのデザインを巡っては大いに議論もした。干潟端で一人作図なんかもしたっけか... 自らの歩みを振り返ることになる訳だから、感極まるのは当然。どうも声の出が悪くなったと思ったら、うっすら涙目になっている。嗚咽しそうになるのを堪え、事務局長はひと息。そして、続ける。
 「設立趣旨のところでもお話ししましたが、スローかつ緩やか、がテーマです。工程表はあくまで目安。皆さんと一歩一歩と思っています。あとは、木と森、点と面の行ったり来たり、で。多様な視点、現場感覚、なども大事にしながら、一人一人の環境計画、その実践をお手伝いできれば、と...」
 議決をとるのは後なのだが、ここでちょっと大きな拍手が起こる。文花は頭を下げたまま動けなくなってしまった。
 「えぇっと、ご質問の時間はまた後ほど。続いて収支と予算に移りたいのですが、矢ノ倉さん?」
 晴れの舞台ではあるが、いつも通りナチュラルメイクなので、目の周りがボロボロとかにはなっていない。まだ少々目が赤いが、
 「あ、ハイ。では前年度の会計報告を申し上げます」
 年度途中からでも費目を精査した甲斐あって、収支も予算も項目立ては瞭然。舞恵に手伝ってもらった成果がここぞとばかりに活かされる。当然ながら、監査の方も問題なし。寿(ひさし)がすっと立ち上がって、活動報告と収支報告の間に不整合がないこと、法人に移行するに際して障害となる不備等はないことなどをスラスラ。名監事にして名調子。会場を唸らせる。
 第五号は予算案になる。これまでの財源は主に役所からの単純委託に負っていたが、本年度からはそれが改まる。引き続き受託することが前提になってはいるが、それだけでは心許ないため、先に紹介した各種計画に基づく自主事業等見合いも盛り込んであるのがポイント。独立した財源の比率をそこそこ高めてあるのは、これまでの実績に寄せる自負と、今後の取り組みに対する自信の表れ。何より、その法人の気概を数字で示す上でこれは要目なのである。
 会費収入も然りだが、講座や教室の類、アフィリエイトに企業協賛にネットを介した寄付まで、その見込み収入源は多様。
 「従来の営利追求型組織の中には、非営利要素を模索する動きが出て来ています。そうした団体とのクロスオーバーと言いますか、協業ですね。こちらは非営利組織ですが、経費に当たる部分はできるだけ利益で賄えるようにして、安定的な財源は本来の社会的なミッションに回したい、ということでして...」

(参考情報→営利と非営利のクロスオーバー

 DUOを当て込んだ部分は大きいが、KanNaについても期待は大。本会で定款が通れば、個人会員制度が確立され、これまで団体専用だったKanNaの個人向けサービスが始められる。情報流通を促すことがその主たるねらいだが、会員管理がネットでできるようになるメリットもまた大きい。
 その会費は、そんな性格を反映して情報登録料に近い形になっているが、ボランティア保険の加入料も込みになっているところが秀逸。万一に備える、つまり現場に出やすくする配慮を伴わせている訳である。文花流儀のお節介を汲みつつも、ひとえにこれは理事会の創意であり総意なのであった。
 弥生は自分の仕事が広がりつつある予感に身震いしながらも、気合いたっぷりにメモを取っている。社会人としてのスタートを切るのに、こんな相応しい場はあるまい。
 「おふみさん、ありがと...」 その謝意には実に様々な思いが込められている。トライアングル中は張り合っていたが、今は何とも畏れ多く思う。文花の器量・度量に惚れ惚れするばかり。
 辰巳はどうだろう。
 「事務局長、スゴイな」
 惚れ惚れしている向きもありそうだが、賓客の上司ともども、ただ見守るばかり。感想の一つや二つは良さそう? いや立場上、いかなる発言も控えざるを得ないのが実際である。委託主が一言発しようものなら、法人自立の妨げと受け止められる可能性は否めない。NPOに対する弁えがある分、こうした苦渋が生じる訳だが、そこは妙味として味わえばいいだけ。不惑の境地とはこういうものである。

 「ではここまでの五つの議案を通して、ご質問などありましたら、お願いします」
 より一体感のある、的確な質疑応答を期するのであればこの手に限る。初めての総会にしては実に手際がいい。ただし、法人とは言っても会社のそれとは違うので、想定問答なんかは特段用意していない。ここが場力の見せ所、ぶっつけ本番である。
 出席者の数が多いのは決して見掛け倒しではなかった。法人の為を思っての真っ当な質問がいくつか出てくる。役所との関係・その透明性、会員に期待される役割、受託先の開拓予定・将来性... 事業そのものよりも、体制面や運営面、つまりシステマチックな話に傾いた感じ。主に文花が答えるが、必要に応じて千歳や他の理事がフォローしつつ、こなしていく。
 質疑をふくらませて事業のデザインを、という目論見もなくはなかったが、街なり川なり現場に出た方が話は早いのかも知れない。ただし、せっかく会員が集ったのに何もしないでは勿体ない。
 「えっと申し遅れましたが、今日はこの後、二階に移動していただくとですね、実はちょっとした仕掛けがございまして。意見交換などもそこでまた...」
 基調講演や祝辞紹介といったセレモニー要素を設けなかったのには理由があった。センターにお招きし、何らかの紹介をするのが、何よりのセレモニーということだったのである。
 開会から一時間余りが経過。ここで一旦議決が為される。書面参加は、ごく少数の反対が見受けられる以外は、賛成か議長一任。あとは出席者次第となる。緊張の一瞬? いやいや、ここまでじっくり丁寧に積み重ねてきただけのことはあって、会員各位は極めて好意的なのであった。
 パッと見はいわゆる賛成多数なので数え上げる程のことはないのかも知れないが、議事録に記録する都合もあり、しっかりチェック。櫻はカウンタ(もともとはセンター備品)を使い、カチカチ。PCに打ち込んでプロジェクタにその数を映す手もあったが、ここでの出番はホワイトボードとマーカー。ライターを自認する千歳が書き止めていく。
 多少の数の違いはあるが、第一号から第五号まで、会員総数の九割方の賛成を以って承認。予算案も案が取れて、予算になる。
 専従費が通ったことで、文花は今年度より晴れて給与制に。至って控えめな数字に抑えてはあるが、契約待遇からはこれでおさらば。法人の自立=自身の自立、この両立が一つのテーマだとすると、大いに張り合いも出よう。

 議決の要件(承認に要する人数比)に関しては、定款にその定めがあるが、設立総会に関しては従来の会則に則る形としてある。仮に次の議案である定款案が否決されるようなことがあっても、ここまでの議決は有効。定款が承認された後は、その次の議案からは定款に基づいて、となるが、その要件は同一につき、どちらでもいいと言えばいい話になる。
 六号:定款、七号:役員選任、いずれも重要議決。だが、特定非営利活動促進法に定める法人の活動の種類についての問いがあった程度で、定款の方は意外とあっさり通ってしまった。役員の決め方については、早速その定款に従う形となるが、議案別紙として提示した候補者(名簿掲載者)が承認されれば、事実上、理事会発足!となるため、どの定めによってどうこう、というものでもない。ただし、その中から代表、副代表を互選云々という点については、何条の何項により、となるのでもっともらしくなる。
 役員、つまり理事の選考過程については、透明性が高かったためか質疑なし。理事全員、ひとまず前列に並び一礼。そのまま承認の栄に与る。あとは理事の中から、我こそは!という人物が現われれば正に互選手続きが取られることになる訳だが、総会進行中に内輪であぁだこうだとなることはまずないので、予定通りの人選で落ち着くことになる。
 「では、理事が承認されたところで、本総会の議案は全て終了、当法人の設立に向け、大きな一歩が踏み出されたことになります。皆様のご協力、感謝申し上げます」
 満場の拍手を以って、議長は一応降壇。代表、副代表、事務局長の割り振りについては、議決事項ではないため、今この時を以って立席理事会で決める。

(参考情報→議長降壇

 「玉野井議長、どうもありがとうございました。では、互選の結果がまとまり次第、事務局長の方からお願いします」
 拍手の余韻が冷めないうち、がその心得。万感の思いとともに文花はマイクを握りしめる。
 「僭越ながら、事務局長職の任を受けることになりました、私、矢ノ倉より、ご紹介させていただきます。情報担当理事 隅田千歳...」
 担当理事の紹介に続き、注目の副代表理事、即ち、
 「玉野井 緑でございます。そして代表理事、あ、その前に監事、入船 寿...」
 事務局長については順当、だが、副代表も女性ということで、いくらかどよめきも起こっているようだ。だが、当法人ではごくごく自然な話。そして、
 「失礼しました。代表理事、掃部...」
 清か清澄かどちらで呼ぶか考えていなかったので、ちょっと間が空く。演出としては絶妙である。「...清、でございます」
 会場は再び満場の拍手。このまま代表理事よりご挨拶、と行けば筋書き通りだったが、如何せん運営委員がまだだった。全員は揃っていないものの、前に出て来てもらってペコリ。櫻もその一人である。
 司会の位置に戻るのも何なので、櫻はそのまま一言。
 「矢ノ倉事務局長、どうもありがとうございました。では、運営委員、理事を代表しまして、掃部より最後にご挨拶を。先生、もとい代表、よろしくお願いします!」
 一度マイクを持たせたら、そう簡単には終わらない。だが、これが楽しみで集まった会員はきっと多いに違いない。俄かに、待ってました!という雰囲気になってきた。

 「代表理事を引き受けるにあたっては、いろいろ思うところがありました。事務局長さんに担がれたところもなくはないですが、巡り合わせと言いますか、ご縁と言いますか、とにかくその思うところを整理してみたら、これがハマった訳でして...」
 ハマったものの一つにハコモノがあった。お引き受け後ではあったが、自ら課題論文を書きながら、思いは深まり、「ハコとは何ぞや」「ソフトとしてのハコモノってのは有り得るのか」てな自問を経て、自分なりの地域再生論と結びついたんだという。あとは、現場でのあれこれ、センター主催の講座なんかも励みになり、何より自身がいきいきしてきたことに触れ、次にこう語る。
 「多くを口にしなくても、いつの間にか浸透してるっていうか、何だか先回りして取り組まれてるような気がして、気味悪いくらいで。事務局長からはセンセ呼ばわりですが、何の何のこっちの方が学ばせてもらってる感じで、志学の心境ですわ。アラウンドサーティーならぬ、アラウンド、トゥエンティー? とでも言ってやってください」
 さっきまで厳かに総会をやっていた場とは思えない。賑やかなショーが繰り広げられている。いきいき以上である。
 「で、櫻さん、時間はまだよろしい?」
 「え? えぇ。客席の皆さん、いかがですか?」
 総会屋も来なければ、自説自論を唱える人もいなかった。総会の進行が円滑だった分、時間にはゆとりがある。議決時を上回る大きな拍手で、掃部トークの続行が承認された。

(参考情報→自説&自論

 「質問にも出ましたが、改めて当会のスタンスを述べさせてもらうとしましょう」
 場を持つ強み、それを示す意義、そんな話から、地域貢献の場としてのモデル、関わり方や働き方のモデル、さらには、
 「傍目からは行政下請け機関のように見られるかも知れません。が、そこが逆に狙い目でもあります。行政とのつきあい方モデルってのを提示するには好都合な訳です。いいようには使わせない。逆に甘えたりもしない。と、これは矢ノ倉さんのモットーでもありますが。な?」
 事務局長は大きく頷いて笑みを浮かべる。代表はちょっとドキリ。
 「ご、ご存じの通り、掃部清澄と言えば、行政とツノを交えるので有名ってとこでしょう。北風と太陽で言うなら、北風派。ま、近年も相変わらずツノを尖らしたくなる事例は多々ございますが...」
 決められたことはやろうとする、変なことが決まってしまうとそれも対象になる、逆に決められたこと以上のことができない自縛、職務専念義務、日当やら手当やら、そして、
 「個の判断が尊重されない構造と言いますか、組織の判断優先になっちゃうのも仕方がないんでしょうかね。ただ、組織は守れるが、地域は守れない、ってことでは困る。かと思えば、時に『どうだ!』てな感じで余計な手出しをしてくれちゃう。手を出す前に話を聞いてくれりゃと思うんですがね。有識者だけが専門家じゃあない。大事なのは現場を知ってるかどうか。市民、こどもたち、いくらでも話は出てきます。そんな対話の場を提供するのも当会の役目かも知れませんが」
 話は市民活動への支援にも及ぶも、これは委託主へのメッセージとも取れる。サポートの仕様を間違えると、単なる邪魔にしかならないこと、ニーズがつかめないとか接点が見出せないとか言う前に、自分で飛び込んでみてはどうか、といったこと、
 「わざと複雑なこと考えんのも役所の悪いところでしょうかね。単純に言ってしまえば、手弁当になりがちな要素をちょっと助けるだけだっていい。で、あとは口を出さない。中にはそんなサポートなり地域貢献が在職中にできなかった罪滅ぼしのつもりか、退職してから自分でNPO法人を『立ち上げ』? ま、団体起こしをする方も居られるようですが」
 さながら講演会の様相を呈してきた。が、話はそろそろ集約方向へ。
 「つきあい方を話すつもりがついつい。で、その北風を南風に変えてもいいんじゃないかって、思うようになった次第ですわ。行政側も話を聞くと、いろいろと事情や背景がある。となると、お互いに思い違いを減らすにはその辺を共有するって言うか、理屈を理解するって言ったがいいかな...」
 自負やプライドがあるのはお互い様。組織は建前で、大事なのは実は己の自負心とか尊厳とか。だとすると、それを損ねないような配慮が市民側にも必要なんじゃないか。
 「行政、いやお役人を意固地にしないための話術っつぅか、仮に行政側の失敗、と思われるようなことがあっても、それを担当者にしっかり受け止めてもらえるように、ま、語りかけるってとこでしょうな」
 このくだり、そう十二月の講座がもとになっている。表向きの活動報告とはひと味違う、議案を超えた何か、これはエッセンスのレビューである。千歳とアイコンタクトをとる清。今度は千歳がドキリ?
 「という訳で、さまざまなモデルを試行しながら、皆さんと一緒に学んでいきたいんであります。まぁ、自分では余計なことをするつもりはないんですが、時には老婆心、じゃねぇや、老爺心でもって、南風を吹かそうと。な、石島課長殿?」
 ご来賓は誰一人途中退席しなかった。湊にしても、これは天晴な話である。皮肉ではない。称賛であり、激励。それが代表挨拶には込められていた。
 「そうそう、協働論とか今の話はですね、新著でご覧いただけますんで。どうか、しとつよろひく」
 締めが今しとつ(?)だったが、大喝采が包む。「カモンさん、さすがねぇ。ホホ」
 終了予定時刻、十六時になった。

 法務局だ、登記だ、というのがまだ残っている。だが、法人格を取得できれば、事業は継続できる。ちょっと甘えた感じにはなるが、今年度は指定管理者で受託することが決まった。下請けでないとすると、物申す管理者ということになりそうだが、それが通用するかどうかは不明。モデルづくりだと考えればカドは立たないだろうし、語らいで以って乗り切るというのもあるだろう。
 法人スタート=受託開始、となるため、正式な手続きはまだ先。櫻は引き続き出向、ということでひとまず落ち着いた。
 「じゃあ、櫻さん、今後ともよろしくネ」
 「あ、こちらこそ。事務局長殿!」
 「ヤダわ。今まで通りでいいってば」
 「矢ノ倉ぁ?」
 「何よ、櫻ぁ」
 今更ではあるが、思いがけない共通点があることを知って、ノラクラやっている。名物二人娘改め、クラクラシスターズ、ここに誕生か。
 いやいや、もとは三人娘である。事業計画上、その三人目の存在がまた大きくなってきた。まだ流動的ではあるが、土曜日非常勤の線も有り得る。
ふ「そしたら、五日に皆で決めますか」
や「まずは隔週で、かな。週休一日ってのも...」
 とりあえず、働き方モデルの試行がまた一つ加わることになりそうだ。

 事務局長はこんな感じで人事の雑談をしているが、センターは大賑わい。他の役員や委員は部会の紹介を含め、館内のオリエンテーリング中。絵画展は会議スペースに移っているが、こちらも大入り。
 「で、こちらがそのリセット後の干潟を描いたものです。おかげ様で準大賞を頂戴しまして...」
 先週末に戻って来たこの作品。総会開催に間に合った以上、持って来ない手はないだろう。センターの留守番がてら、展示替えをしていた蒼葉だが、準備が終わるや否やのこの人だかりに仰天。画家自らによるガイダンスツアーを始めざるを得なくなってしまった、という訳である。男衆の目線が必ずしも絵画に向いていないのが引っかかるが、ここは一つモデルつながり、ということで大目に見よう。
 その展覧会場の入口に何気なく置いてあったチラシがきっかけで、そこに居合わせた千歳は六日のイベント紹介方々、BGMを流すことになる。デモ用のCDはセンターにもある。スローで緩やかな曲が館内の一隅を漂い始め、賑わいを程よく中和していくのだった。

 弥生はまだお仕事モード。今日はこのために来たようなものかも知れない。いつもの円卓でPCを操作しつつ、IT版グリーンマップを披露している。個人会員のIDを使えば、すぐにでも参加可能、というところまで仕上がっているというんだから大したもの。ただし、ゴミ調査結果(DUO経由)との連動はまだまだ構想段階。
 「地図情報を読み込んでから、テンプレートを呼び出すってのがわかんなくって...」
 「まぁ、お仕事としてじっくり取り組んでもらえれば、それで」
 「って、どっちの仕事?」
 「両方、かな? これぞコラボレーション!」
 この件も五日に話し合った方が良さそうではある。

 外はまだ明るいが、客はポツポツと帰って行って、センターには一抹の静けさが。会議スペースでは作品鑑賞を兼ねた臨時理事会が開かれていて、そこから時々歓声が聞こえる程度。
 「じゃあ弥生ちゃん、これ」
 「あたしが使ったらマズイ?」
 「六月君の入学祝いのつもりだったんだけど」
 「入社祝いはなしってか?」
 「あ...」
 「なーんてね。でも悔しいから、姉貴からのお祝いってことにしちゃおっと」
 弥生流エイプリルフール、なのであった。

 総会終わって気分爽快!?といった面持ちの文花である。何はともあれ肩の荷が下りたのは確か。一方、まだ下りないのはご両人。嬉しい愉しい、けれど... 絵でも音でも表現しようがない、この緊張感。
 重大発表に向け、カウントダウンが始まる。

泣いても笑っても

76. 泣いても笑っても


 日増しに緊張は高まるも、それが心地良く思えてくればしめたもの。だが、そういう時ほど過ぎるのは早い。今日は早くも週末、櫻にとっては誕生日前日である。ここまで来ればもう迷いも何もあるまい。彼女は朝からご機嫌。彼氏も釣られてデレデレ調。これじゃ仕事にならない?と案じたくもなるが、そんな二人を上回るのが今のこの人である。
 「おっはよ! お二人さん。今日もラブラブぅ?」
 センターとしても法人としても、元気をテーマに掲げる以上、事務局長が元気なのが何より一番ではあるのだが、いくら何でもテンションが高過ぎる。
 「ふ、文花さん、大丈夫、ですか?」
 「えぇ、そりゃもう、丈夫丈夫、グッジョブ!」
 全然、大丈夫じゃない。
 文花流の萌え~作戦が奏功したようで、兄君とはちょっとイイ感じになってきた。今日は待ちに待ったご来館日である。ハイテンションになるのも無理はない。そのフェミニンルックがversion upしていることからもバレバレ。アカウンタビリティ、即ち透明性が重要、とは言っても、これほどわかりやすい女性もそうそういないだろう。

 そして午後早々、弟、兄、新入社員の三人が連れ立ってやって来る。兄弟は申し合わせ通り、スーツケース持参での登場である。
 「まぁまぁ、わざわざおそれいります。太平さん、業平さん...」
 「あーぁ、おふみさんたらまたそんな格好して」
 「いいでしょ、私だってまだまだ若いんだから」
 兄君はすでにボーとなっている。果たしてこれで大事な打合せができるんだろうか。

ふ「えっと、DUOのメンテはこれまで時給換算でお支払いしてたけど」
ご「仕事となれば、一定額か報酬か、ですかね」
や「考えたんですけど、あたし、こっちに来る時は日当とかでいいかなって」
た「即戦力だから、試用期間とか要らないんだろうけど、融資があるとは言えしばらくは控えめ給料になっちゃう可能性があるもんで。報酬ってことにすれば、ある程度、まとまった額が入ると思ったんだけど」
 上背がある男が二人座ると、円卓も狭く感じる。だが、話を詰める上ではこの逼迫感は悪くない。見方を変えればラブラブ感も出てきそうだが、打合せ内容からして望むべくもないのである。
 ラブラブと言えばカウンターの二人が気になるが、やはりこちらもお預け中。議事録のチェックや役員就任承諾書の点検など、総会後の業務を淡々とこなしている。眠くなりそうな時間帯ながら、スタッフも客もバッチリ起きている訳だ。

 拡大版DUOの話がIT系だとすると、お次は実機系になるだろう。文花は業平に例の見立ての件を振る。
 「そうなんだよねぇ、やってできなくはなさそうだけど...」
 「業(Go)氏、ホラあそこ。再生工場は?」
 「金森さんとこか」
 見学・納品に行ったのが議案発送後だったこともあり、事業計画には特に盛り込まなかったが、フタ集めを当センターでも、で、その加工先・用途の次第では収益の一部を地域還元なんてプランも。
 「そしたら、あのスーツケースでまた往復、かな?」
 空の旅に連れて行ってもらえる日がまた遠のきそうなことだけは確かなようだ。

ふ「まだ早いかも知れないけど、お二人さん、今日はこの辺で。クリーンアップで使いそうな機材は私、準備しとくから...」
ご「リハーサル会場がもう使えるってことなら、早い方がいいかもね」
ち「いいんですか、事務局長?」
ふ「ま、明日のライブは考えようでは仕事の一環。代休よ。ガンバッテ!」
さ「ありがとうございますっ!」
 かくしてバンドマネージャーの計らいで、メンバーの四人はそろってお出かけ。櫻を除いて何かしらの担ぎ物があるので、まるで姫様とそのお付き、のような体裁である。だが、マスターはあくまで業平。しっかりケータイで確認を入れる。
 多重録音だけでも先に、ということで冬木は応じてくれた。
 「そんじゃ、Let’s go hey!」

 絵画展を観に来る客が少なからずいるが、円卓付近は静かなものである。
 「それにしても、矢ノ倉さん、スタッフ帰しちゃうなんて」
 「事務局長ですから。休暇を取らせるのも仕事のうちです」
 「そういうのはやっぱ就業規則できちんと」
 「ハイ、よろしくお願いします」
 労務関係の相談ということだったが、これでは逆手。ちゃっかり二人の時間を作ってしまう文花である。この調子だと規則があってもなくても、自分の恋路が優先されそうではある。

 だが、そんな気まぐれ裁量のおかげで、一行は早々とリハーサル会場に到着。当所(こちら)、冬木が斡旋してくれたイベント会社のスタジオである。ここの特長は、置いてある楽器や機材がそのまま移送できること。リハーサル後は専用のトラックに積んで、運び入れてくれるという。面倒見がいいことは、八広の一件で立証済みだが、ここまで来ると大人物。人の評価というのは変わるものだ。
 着くや否や、千歳は缶詰状態に。長丁場も予想されたが、併設のレコーディングセットの性能か、コーラスアレンジャーの力量か、はたまたボーカリストの技量か、とにかく三拍子揃ったようで、一人コーラスによる多重録音は短時間にしてはまぁまぁの仕上がりとなった。
 そのオープニングをちょっとした音量で再現していたら、繰上げ召集を受けたリズム隊が登場。
 「おぉ、カッコイイ」
 「ホレ、メンバー入場シーンなんだから、拍手拍手」
 八広はちょっと背筋が曲がっているが、舞恵は手を挙げてシャキシャキ。行進する訳ではないのでさほど気にする必要はなさそうだが、入場リハーサルも少しはやっておいた方が良さそうである。

 「じゃあ、蒼葉さんと小松さんが来る前に、軽く第一部の三曲を。曲順はメーリスで流した通り」
 「あいよ、舞恵はいつでもOK」
 「ドラムは...ちょい待ちで」
 とりあえず入場シーンは割愛して、多重コーラスから、ドラム、ベース、パーカッション、ギター、キーボードと重ねていくリハを始める。慣れないセットで少々手こずったが、一度乗っかればこっちのもの。八広の刻みはなかなか快調。それに乗じていきなり名演奏が繰り広げられる。
 ライブとなるとフェイドアウトが利かない。『聴こえる』の余韻を保ちつつ、いかに切り替えるか。ドラムの締めが聴かせどころになる。だが、そういう試行は後回し。マニピュレーターはさっさとインパクト系イントロを流す。「よしよし、とにかくつながればOK」 ドラマーはテンポチェンジについていけなかったらしく、ちょっと遅れ気味。一回目はリズムマシン頼りとなる。
 目玉の三曲目は、渋く乾いた感じ。この曲順に難色を示したメンバーもいたが、そのタイトルからして、不協和音を演じてはいけない。で、やってみたらこれが案外良かった。緩急という点でも打ってつけである。

 ひと休みして、第二部へ。ここでの二曲は特につなぎを意識することなく、一曲一曲緩やか~でいいので、メンバーも余裕。サックスをどう乗せるかが見えていないが、小編成なりの良さもある。今のままでも十分行けそうである。
 集合時刻には遅れて来るとのことだったので、この女性の出番に合わせて進行していたようなものだ。第三部からは、ASSEMBLYフルメンバーで三曲立て続けの予定。蒼葉はちゃんと合わせてきた。
 駆けつけで一曲ってのはカラオケでもそうそうないだろう。だが、歌姫の妹というだけあって、さらりと歌い上げる。メドレーに近い形で曲は流れ、再びボーカルは千歳に。ここまでの七曲、概ね良好。そして待望の盛り上げ曲へ。
 「七曲目からの流れを考えてのアレンジ。明日はちゃんとつなぎますんで」
 各自ダウンロードして試聴済み。総会のバタバタはあったが、ボーカルのご両人もここ数日間で多少の練習はできている。だが、音合わせは今回が初。どこか肩に力が入っているメンバーである。
 リズムマシンのカウント後、八広と舞恵が同時に入る。突飛ではあるが、曲はロケットならぬ『ポケットビーチ』、Dance Mixである。ノリノリだが、まだギクシャク。そんな中、サックス奏者がやっとこさ到着。
 「な、なんだぁ?」
 「あ、こまっつぁん、どう?」
 パーカッションをフィーチャーする用になっているので、音風景が南米のようになっている。夏女としては大いに共鳴するところだが、テーマ曲としてこれでよかったのかどうか。
 兎にも角にも練習あるのみ。南実が揃ったところで、改めて第三部の通し。再生、流れ、ビーチ...この連鎖、このグルーヴ感は正に川のうねりに通じる。情景を描きながら、情感を込めながら演奏を繰り返すメンバーであった。

 さて、ポケビの新versionでは、間奏にブレイクが入る。
 「ソロっつぅか、アドリブの練習してみよっか」
 「順番は?」 弥生が問うと、
 「ギター、ドラム、パーカッション、ベース...かな?」 先陣を切りたい人がさっさと答える。
 こうなるとボーカルの二人の出る幕がなさそうだが、
 「ま、メンバー紹介する係も要るでしょうから」
 ひとつ当日のお楽しみ、ということにしておこう。

 アンコールの二曲は、軽くおさらいする程度。ただし、鍵盤奏者は物足りなかったか、
 「イントロ、アドリブしていい?」
 何か思うところがあるのだろう。だが、これはアンコールの拍手が鳴り止んでからのちょっとした仕掛けと関係ある話。そしてそれは三人だけの内緒事項。
 とりあえずメドが立って、喜んでいるのは五人。残る三人はにこやかながらも心なしかしんみり。泣いても笑っても、もう明日の話なのである。


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