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あとがき

こんなことがあった~結果、こうなった~この辺が特徴 など

 

 とにかく書き綴っていたらなんだかんだで一大長編小説になってしまった、というのが正直なところ。難航した時期もあるにはあったが、総じて順調かつ予定通りに完結に至ったのは、拙筆随筆などで書き癖がついていたことの賜物であり、かつ読者の皆さんの蔭ながらの応援・声援に支えられ、というのが大きかったと思う。(改めて、御礼申し上げます。) ここに締めくくりとしての「あとがき」を記しつつ、ネタばらしにならない程度でよもやま話を加えてタラタラと。ひとつご笑覧の程を。

 

《こんなことがあった》

 

 フィクションではあっても、リアリティを出す上で然るべき仕込みが必要になってくる。すると、日常生活に新たな視点が加わる、というか、ちゃんと調べようと思って、いろいろなものに目が向くようになる。これは今更ながらちょっとした発見だった。女性が多く出てくる都合上、その出で立ちを説明する場面も増える訳だが、店先で「あっ、この衣装・・・」と閃いても、その名称がわからないことがチラホラ。ファッション誌を立ち読みするのは何なので、通販のカタログにお世話になることになる。細君宛に届くものはもとより、コンビニ等の店頭で無料配布されているのもせっせと入手してきてはページを繰る。チュニックだプルオーバーだ、というのが文中に入り込んでいるのは、この新習慣(?)の成果である。

 

 もっとも、登場人物の服装をあれこれ書かざるを得なくなるのは、絵を使わない媒体だから、であり、他にもやたら説明が長くなるのはひとえに文章オンリーの為せる業。描写力が問われ、それなりに鍛えられた一年余りであった。(自分で言うのも何だが、絵が浮かぶような字面になっている可能性は大。つまりマンガ化 or ドラマ化しようと思えばできる、かも?!)

 

 基本的に、(1)MS-WORD上で下書き(=散文調)→(2)同じフォーマットでそのまま本文作成(=入稿)→(3)概ね「○月の巻」単位でプリントアウトしてチェック&修正→(4)話の区切りとタイトルを考える→(5)Web掲載(PDF化)の前に再度修正(これを毎週)→(6)一括PDF(横書き版)作成時に再度見直し(赤字補整)、といった具合で進めてきたので、推敲はそれなりに重ねているつもり。全80話につき、この一連のプロセスを完了したことになっているが、はてさてどうだろう?

 

 上記の流れのうち、何が楽しいと言えば、ズバリ「タイトル決め」である。ただし、初期の頃はどんなタイトルでもかぶることはなかったが、話数が増えてくると似たようなタイトルにならないよう腐心することになり、楽しいとばかりも言えなくなってくる。"アップ"と"ダウン"については数回出てくるが、苦慮の末、「スローダウンな師走」「クリーンアップ初め」「Warmin' Up」「カウントダウンが始まる」「新たなカウントダウン」と何とか最小限(?)に。ジェットコースター系ストーリーではないので、アップ&ダウンがあるとしたらこの程度、という捉え方をしていただければ幸いである。

 

 顔・形についてはあまり考えていなかったが、いつの頃からか夢に登場人物が出てくるようになって、勝手にイメージを起こしてくれたりもした。それでも、登場人物が文中で独創的に動き始める、ということはなく、某作家や某漫画家が語るようなエピソード(例…作者の予想不能な動きや展開etc.)は体感するに至らなかった。それだけ初期設定が綿密だった、ということだろうか。ただ、下書きから清書に至る過程で、人物の心理状況とかが露わになってくると、作者にもそれが移ってくるような感覚を覚え、キーボードを叩きながら、オロオロ。小説を書いてみないことにはわからない一種の不思議体験である。

 

 登場人物の下の名前が呼ばわれるのが聞こえるとつい反応してしまったり、イメージに近い人を見かけたりするとつい視線がついて行ってしまったり、街中で人物観察するのが楽しくなってしまったり、度が過ぎると奇天烈領域になってしまうが、小説を書くとこういう副作用が現れるものなのか、と一人納得した日々でもあった。

 

 小説だからではあるが、書き方の工夫が多少なりともできるようになったこともちょっとした進歩と言えるだろうか。ストーリーの途中から入って、回想シーンから始めるというのはさすがにできなかったが、ある日を起点に過去を語ったり、人物の会話の中で過去を引用したり、というのは覚えた。その過去の出来事を忠実に時系列の中に入れれば、それだけで一話になってしまうところ、ふりかえることにすればページを割かなくて済むし、謎(伏線)を残せるという点でも有効である。(おそらく小説の手ほどき本のようなものには、こうした手法とかが満載なんだろうと思うが、自分なりに考えながら実践するからいい、というのはあるだろう。小説には読むだけでなく、書く楽しみもある道理である。)

 

 長編になってしまった理由には、設定や布石があれこれ散りばめてあるから、というのもある。散らかし放しにしないよう、どこに転じさせるか、どこで落着させるか、を繰り返すことになる訳だが、終盤はその集大成。新たな設定は避け、ただひたすら集約方向をめざすことになる。と、終わらせるために書くような気分になり、段々何を書いてるんだか・・・状態に。ゴールに相当するシーンは見えているのだが、こうなると書き上げられるかどうかが疑わしくなる。はたまた終わった後のことを考えると一抹の寂しさも出てきて、遅筆に拍車がかかることに。

 

 セリフ回しの重複はその人物の口癖ということにすれば問題はない。だが、平叙文ではそうは行かないだろう。似たような言い回しや表現は、少なくとも同じ月の中ではあまり出したくないものである。これを避けようとすると行き詰るのは自明。終章はただでさえノロノロだったので、実に時間がかかった。

 

 用字や熟語についても同様。筆者の知る限りで当て字や難字を駆使したりもして、いろいろな言葉を意図的に織り込むようにしていたが、それも前半まで。途中から重複するようになってきたため、無理やり類義語辞典や国語辞典のお世話になることに。付随してルビを振る箇所も増えていった気がする。

 

 辞書を引けば済む話はいい。どうしようもないのは表記のゆらぎ問題である。平仮名にし過ぎるとかえって読みにくくなりそうな場合は、あえて漢字を入れたり、逆に漢字が続くとわかりにくくなる場合は開いたり、統一感があるようなないようなまま終えざるを得なかった。一例を挙げると、

  • ~来る(来た)<=> ~くる(きた)
  • ~行く(行った)<=> ~いく(いった)
  • 筈 <=> はず
  • 故 <=> ゆえ
  • 不可ない <=> いけない

 など、とにかく揺らいでいる。

 

 ちなみに、「言う」と「云う」も、混在しているが、通常の言動時は「言う」、何らかの含みを伴う場合は「云う」にしたつもりでいる。(その場のフィーリング任せなので、読み返すと、とんでもないことになっている可能性はある。)

 

 当「漂着モノログ」ならではの固有の表現も随所に出てくるが、これらについては「用語補足」ページを設けることでひとまず落ち着いた。作者としても使用上のブレを防ぐことができるので、こうした設定メモは重要だと思う。(言うなれば取扱説明書みたいなものである。)

 

 一大発見をもう一つ、それは「縦書きと横書きでは印象が変わる」ということである。基本、縦書きで打っているので、タテの長さ・テンポで読んで違和感がないようになっているのだが、これを一括PDFに変える、つまり横書きに入れ込み直すと、読み方(見え方)が変わり、歯切れが悪くなったり、文章が浮いたりするのだ。改行したり、段落を開けたり、で凌げることも多いが、結果的に赤入れ箇所が増えることになる。読み返すだけなら充実感があっていいのだが、一括PDFの作成は一大労働だったのである。

 

 その補整&確定作業も終えた。今、こうしてあとがきを書いているのが信じられない、と言ったら大げさか。(そのあとがきも何やら長文になりそうな予感)

 

《結果、こうなった》

 

 フルネームで登場する人物は最終的に22名(老若男女)になった。○月の巻ごとにメンバーが入れ替わるので、出番表は必須。これを早々に用意しておいたのは我ながら妙案だったと思う。「誰それは今回お休みで、誰々は何月以来で」というのをしっかりチェックしながら書いていったので、間違いはないものと思われる。(出番表を公開する予定は今のところなし。あしからず。)

 

 22人もいると人物相関図も複雑怪奇なことになるが、この最終形を掲載してしまうと面白味がなくなることに気付いたので見送り。十月の巻までの18人分止まり、ということにしてある。ご了承の程を。

 

 期間設定は予定通り一年余り(2007年3月下旬から2008年4月上旬まで)。ドキュメンタリータッチ&歳時記小説にするというのもプラン通り。想定外だったのは、社会派現代小説のつもりで書いていたら、コメディあり、青春要素あり、ロマンスいや純愛モノ?といった展開になってしまったこと。

 

 想定外のもう一つは、字数である。「第1章 春」~「第2章 夏」が170,043字、「第3章 秋」が209,238字、「第4章 冬」が160,693字、そして「第5章 ふたたび 、春」が105,261字。いずれも「スペースあり」で文字カウントをかけた結果だが、合計は何と約65万字。(会話文の末尾については、 」か 。」か で悩むところだが、確定時には"。"をとっているので、その分、字数は減っている。"。」"のままだと65万字超必至である。)

 ともあれ、長~いのがお好みの方にはたまらない一作の筈。プロセスを追いながら、じっくりお読みいただければ幸甚である。

 

《この辺が特徴》

 

  • 小説の舞台は、荒川下流の某所。荒川の特性を概ねふまえる形で書いてあるのが特徴。某所ゆえ、事実と異なる記述も多少はあるが、現実味を出すため、実際にある場所や施設を多分に参考にしている。
  • 街、鉄道、アーティスト(登場人物を除く)、イベントは実在のもの。
  • 漂着ゴミについても現場(川・干潟)での実態をもとに描写。漂流・漂着は海ばかりではないことを伝えるのが本旨だが、川ゴミのもととなる陸ゴミについては言及していない。
  • 2007~2008年の同月同日の天候や潮位をある程度考慮。印象を強めるため、誇張した表現になっている場合あり。
  • 登場人物および居住地等は架空。周辺地図もあくまで仮想設定。
  • 人物の氏名は、荒川流域等の学校名(当て字)の他、旧地名、現存地名を織り交ぜて設定。(読みは実際と異なる場合あり。)
  • 主役は20~30代の男女。基本的に親が出てくるシーンはなし。これはスヌーピーの世界(PEANUTS)に倣ったもの。(PEANUTSでは、親や先生は出てきても絵として描かれることはない。) 家族で出てくるのは一組のみ。
  • 「環境小説」というのはすでに数多あったが、「NPO小説」はありそうでなかったので、タイトルに組み入れた。(環境教育然り、環境と題することでテーマを狭めてしまうのもどうかと思い・・・)

 

《言いたかったこと・・・》

 

 登場人物にあれこれ語ってもらっているし、まとめは最終話「漂着モノがたり」の中に押し込んであるので、改めてどうこうという程ではない。一つ、申し訳のようになるが、かくも長く、やたら説明調になっていることについて書かせてもらうなら、

  • こうした市民由来のNPOの活動は地味だが着実なもので、即ち「地道」そのものであること
  • そうなると、自ずとプロセスをしっかり綴ることになり、文体も説明調になっていくこと

 小説の隠れテーマは正に「プロセス」であり、ゆっくりであっても着々と取り組んでいくことで、強固な何かができあがっていく、そして基礎さえしっかりできれば実を結ぶのは実は早い、そんなことを訴えたかった、というのはある。日頃の積み重ねありき、結果や成果は後からしっかりついてくる、そんなようなことである。

 

 主役の二人が大喧嘩したり、離れてしまったり、ということもなく、総じてアップダウンも控えめ。面白味はないかも知れないが、市民活動というのはこういうもの(筆者理想も含め)であり、実際にこんな感じで働いている人達もいる以上、こういう小説もアリなのである。

 

 プロセスには「過程」の他に「作用」の意味もある。そしてプロセスの複数形processesには、登場人物らが相互に触発され、充実感が拡がっていくイメージが重なった。全体の佳境とも言える「第3章 秋」の題はこのprocessesで文句なし。自分なりに小説の段取り、正にプロセスを確認できた上でも大きかった。

 

 文中随所で出てくるが、「スロー&緩やか」もテーマの一。そして、いい意味での「抑制」が、プロセスを逆に推し進めていく、というのもポイントだろうか。これは書いていて気付いたことで、言うなれば結果が後から、の一例とも言える。

 

 NGO/NPOに造詣の深い方からは一蹴されそうな論点も多々あるだろうが、先述した通り、多様なのもまたNPOの本分。失敗してまた次へ、というのが現実だが、この際、理想追求型でもよかろうということで、全体的には甘め(緩め)に書くことにした。C'est la vie.(あるがまま)の精神からすれば、これで十分とも思う。(NPOにまつわる議論を盛り込んだ話は、「先生を囲む夕べ」「名月あっての名案」「新しい私」「蒼氓」「Warmin' up」「新たなカウントダウン」といったあたり。)

 

 3Rやゴミに関する話題が中心だが、環境教育論やボランティア論もたまに出てくる。両者に共通するのは、
「趣味や特技の延長として、あるいは生涯学習や自己啓発の要素として、というのは決して否定はしないが、より利他的に取り組まれるべきものではないか」

 という問いかけとそれに対する答えを並べるような書き方になっていることだろう。

 

 他を利する、というのを基調としつつも、文中での数々の議論は至って自発的・自律的。

  • フィールドやアプローチは違っても、「何かせねば、何とかせねば」というのが根底にある
  • 微力でも経済や社会の綻びを直すなり、フォローするなりしたい、という意識を持っている

 そんな人物たちだからこそ、と置き換えることもできそうだ。とにかくコメディタッチではあっても、道楽的な見方にはならないよう、考えながら書いてきたつもりである。いかがだろうか?

 

《おまけ》

 

  • 女性主人公 千住櫻さんと妹 蒼葉さんの名前は足立区にある小・中学校
  • 女性研究員 小松南実さんは葛飾区の小学校
  • 女性行員 奥宮舞恵さんは荒川区の小学校

 校名を拝借し、漢字を書き換えて名前にしてみました。地図で探してみてください。

 

(2009.1.15)「東京モノローグ」第273話より抜粋