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 ある日、ネコの母ネコが死んだ。

 

 信じたくないことだけれど、母ネコは、もうこの世にはいないのだ。
 待っていても、にどと、もどってこないのだ。

 

 ネコはやさしかった母ネコのいない、この家で、人間の世話になるのはできない、と思った。

 

 この家を出ていこう、いっぴきで生きていかなければならない、と思った。

 


 


 家を出たネコは、のらネコになった。

 

 毎日足を棒のようにしてえさをさがしまわったり、ときには、ほかの生き物とたたかったり、のらネコの

生活は、けっこう、たいへんだった。


 けれど、だれの世話にもならないひとりの生活は、少しのさみしささえがまんすれば、気は楽だった。

 

 そうやって生きていくうちに、ネコは年をとり、やがてからだも若いころのようには動かなくなった。
 一か所にじっとしていることが多くなった。
 たいていは、公園のしげみのかげにじっとしていた。

 

 そんな年老いたネコを見つけて、石を投げる子どもがいたり、ぼうでたたく子どもがいた。

 

 気まぐれで背中や頭をなでたりさすったりする子どもも、時にはいたけれど、それはたんなる気まぐれで

やっていることだろうと、ネコは思っていたので、やっぱり、ネコは子どもがきらいだった。


 あるとき、ネコは、数人の子どもが、ひとりの子どもを、取り囲んでいるのを見かけた。


 取り囲まれた子どもは、じっと下をむいて歯を食いしばっていた。

 取り囲んだ子どもたちは、大声ではやしたてたり、ばかにしたような笑い声をあげたりしていた。

 

 子どもどうしのもめごとか、とネコは思った。
 めんどうなことにネコは関わりたくなかったし、きらいな子どもが何をしようが関係ないので、しげみの

中で、見て見ぬふりをしていた。

 

 しばらくして、はやしたてる声がやみ、静かになったので顔を上げてみると、さっき取り囲まれていた子

どもが、ひとりになって、しくしくと泣いていた。

 


 ネコは、だまれ、とおどかすつもりで、子どもに近づいていった。

 

 すると、子どもはネコを抱き上げて、ほおずりをした。
 

 子どもは泣きながら、何度もネコの、かたいざらざらのほほやひたいに、自分のやわらかいほっぺをすり

よせてきて、ネコを、胸の中にくるむようにして抱きしめた。

 

 しょっぱいほおずりだったが、抱きしめ方は、ネコがつぶれないていどに、ちょうどいいかげんだった。

 

 こんなにほおずりされて抱きしめられたのは、ネコはうまれてはじめてのことだった。

 


 それからは、毎日のように、その子どもは公園に来て、ネコにえさをくれた。

 

(どうせ気まぐれさ。すぐにあきるだろう)

 

 ネコはそう思った。

 

 でもえさをくれるのはありがたかった。
 ネコは、年老いていたので、えさを手にいれるのは、かんたんではなかったからだ。

 

 子どもはネコに会いに来るたびに、長いのら生活でよごれたネコの顔やからだに、あいかわらずほおずり

をしたり、なでてくれたり、抱いてくれたりした。

 

 子どもはきらいだったが、なでてくれたり抱いてくれたりするのは、少し気持ちがよい気がした。

 



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