目次
奥付
出発前夜
旅立ち
1日目(2011年5月3日)
2日目(2011年5月4日)
4日目(2011年5月6日)
6日目(2011年5月8日)
8日目(2011年5月10日)
10日目(2011年5月12日)
12日目(2011年5月14日)
14日目(2011年5月16日)
15日目(2011年5月17日)
17日目(2011年5月19日)
再会
18日目 (2011年5月20日)
19日目(2011年5月21日)
20日目(2011年5月22日)
22日目(2011年5月24日)
23日目(2011年5月25日)
24日目(2011年5月26日)
26日目(2011年5月28日)
27日目(2011年5月29日)
28日目(2011年5月30日)
29日目(2011年5月31日)
30日目(2011年6月1日)
31日目(2011年6月2日)
33日目(2011年6月4日)
34日目(2011年6月5日)
35日目(2011年6月6日)
37日目(2011年6月8日)
38日目(2011年6月9日)
39日目(2011年6月10日)
40日目(2011年6月11日)
41日目(2011年6月12日)
青春
42日目(2011年6月13日)
43日目(2011年6月14日)
45日目(2011年6月16日)
46日目(2011年6月17日)
47日目(2011年6月18日)
48日目(2011年6月19日)
49日目(2011年6月20日)
50日目(2011年6月21日)
51日目(2011年6月22日)
52日目(2011年6月23日)
53日目(2011年6月24日)
54日目(2011年6月25日)
55日目(2011年6月26日)
56日目(2011年6月27日)
58日目(2011年6月29日)
59日目(2011年6月30日)
60日目(2011年7月1日)
61日目(2011年7月2日)
62日目(2011年7月3日)
疲れ
63日目(2011年7月4日)
64日目(2011年7月5日)
66日目(2011年7月7日)
67日目(2011年7月8日)
68日目(2011年7月9日)
69日目(2011年7月10日)
70日目(2011年7月11日)
71日目(2011年7月12日)
72日目(2011年7月13日)
74日目(2011年7月15日)
76日目(2011年7月17日)
77日目(2011年7月18日)
78日目(2011年7月19日)
79日目(2011年7月20日)
80日目(2011年7月21日)
81日目(2011年7月22日)
82日目(2011年7月23日)
83日目(2011年7月24日)
聖地
84日目(2011年7月25日)
86日目(2011年7月27日)
87日目(2011年7月28日)
88日目(2011年7月29日)
90日目(2011年7月31日)
91日目(2011年8月1日)
92日目(2011年8月2日)
93日目(2011年8月3日)
94日目(2011年8月4日)
95日目(2011年8月5日)
96日目(2011年8月6日)
97日目(2011年8月7日)
98日目(2011年8月8日)
大地
100日目(2011年8月10日)
101日目(2011年8月11日)
103日目(2011年8月13日)
104日目(2011年8月14日)
105日目(2011年8月15日)
106日目(2011年8月16日)
108日目(2011年8月18日)
110日目(2011年8月20日)
113日目(2011年8月23日)
114日目(2011年8月24日)
116日目(2011年8月26日)
117日目(2011年8月27日)
118日目(2011年8月28日)
119日目(2011年8月29日)
120日目(2011年8月30日)
121日目(2011年8月31日)
124日目(2011年9月3日)
125日目(2011年9月4日)
126日目(2011年9月5日)
127日目(2011年9月6日)
旅の終わり
129日目(2011年9月8日)
130日目(2011年9月9日)
131日目(2011年9月10日)
132日目(2011年9月11日)
134日目(2011年9月13日)
135日目(2011年9月14日)
136日目(2011年9月15日)
137日目(2011年9月16日)
138日目(2011年9月17日)
139日目(2011年9月18日)
141日目(2011年9月20日)
143日目(2011年9月22日)
144日目(2011年9月23日)
旅立ち
再会
終わりのない夢
あとがき
旅を終えて
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出発前夜

いよいよ旅立ちの時が来た。東日本大震災から1カ月後、会社に辞表を提出し、自分の新たな人生を歩もうとしている。

学生だった頃が懐かしい。毎日バンド活動に明け暮れて、寝る間も惜しんでロックスターになることを夢見ていた。自分の人生に情熱を注いでいたあの頃は生きていたのだ。

でも俺は自分に甘えていた。

音楽で飯を食っていくことと企業に勤めてレールに敷かれた道を歩むかを天秤にかけていた。

結局、中途半端な決意はロックスターという夢を見失い、空虚なサラリーマン人生を始めたのだ。

初めての挫折。

虚しかった。

生きる目的を失った生活は単調なループでしかなかった。情熱を傾けることが出来る物事を心の中で欲していた。

そんな心の葛藤が忙しなく働く日々の中でどうしても拭い去れなかった。

自分を変えるしかない。

環境を変えるしかない。

自分をぶっ壊すしかない。

そんな心の決意が、無謀な挑戦への始まりだった。

 「俺、会社辞めて日本一周してくる!!!

友人達に自分の決意を話した時、体を駆け巡るような興奮が燃え上がった。

自分の人生がまた音を発てて描かれ始めたと実感する。

ここ数年というもの俺は無気力、無感動、無関心の体たらくぶりを存分に発揮し、生きる屍とかしていた。 

自分の可能性なんか全く信じてやることなんて出来なかったし、自分を好きになってやることもままならなかった。

 

そして思ったんだ。自分頑張れ!自分を楽しめ!

わかんないけど、俺はもっと良い人間になるよ!


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最終更新日 : 2015-06-28 00:10:47

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1日目(2011年5月3日)

じゃ、ちょっくら行ってくる。

ギターとバッグを背負い、旅の荷物を思う存分搭載した自転車にまたがり、さっそうと漕ぎ出した。

旅立ちの門出だというのに空は雲で覆われていて、いまいち盛り上がりに欠けるスタート。

空の青さがどれだけ気持ちを左右するのかがわかる。昔の人も天候によって一喜一憂し、文明を築いてきたわけだし、自然の力は偉大なんだな。

東京を走る途中から、友人と合流。初日は見送りと共にツーリングを楽しんだ。

京浜道路を通り、横浜を抜けて湘南海岸へと出た。

途中で何回か休憩を挟むのだけど、荷物がとても重たく、しんどくてしんどくて、自宅を出てから1時間で

 「あっやっぱ辞めた!!! 俺、無理だ!!

と泣き言を漏らしていた。

膝と背中が「恐縮です。恐縮です。」と意固地になっていうことを聞こうとしないし、俺は俺で、坂を上り始めると「このままでは死んでしまう」と弱音を漏らす始末だ。

本当にこのままで大丈夫なのか?

心と体がこの先もつのか心配になったが自分には負けられない。

湘南の海沿いの風景を見ながら友人と走っていると、この先にどんな冒険が待っているのか胸が高鳴り、心配をしていた自分はどこへやら。

俺の胸は希望でいっぱいで不安なんて入る余地がないんだ。

夕方、平塚の浜辺に辿りつき、中学時代の部活終わりのようにくたくたにやられて、2人とも砂浜にぶっ倒れた。

少しの時間友人と酒を飲み、語りあった。

人と話すって本当に楽しいね。

これから一人の時間が多くなるだろうと思うとしみじみ会話することの楽しさを感じる。

とてもそれが幸せなことだと敏感に感じとれるようにもっとなりたい。

日が沈み、雨が浜辺に降り始めた。

友人と平塚駅の前で別れ、俺は宿へと避難した。

ベッドに横になると疲労感がぐわんぐわんとうなり始めた。

それが気持ち良かった。気持ち良くて、でもうまく眠れなかった。

 

 

 

 

本日の走行距離:117㎞

本日の費用:6,170

出発:東京都北区 到着:神奈川県平塚市

 


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最終更新日 : 2015-06-28 00:10:47

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2日目(2011年5月4日)

見事に疲労感が体から抜け切れていない。初日に無理をしたつもりはなかったけど、時間差で体の痛みが襲ってきた。2日目にして両膝に爆弾を抱えるとはお粗末な話だ。

でもそんなことは気にしてはいられない。

だって空は真っ青に晴れていて、海から吹いてくる朝の風は気持ち良かった。

前日、寝る前に今日進むルートと目的地を決めていた。

明日はどこへ行こうかな、なんて計画するのはまさに放浪しているようで、その自由さがたまらなかった。

ルートはただ、海岸沿いを走って静岡に抜けても面白くはないので、どうせなら富士山の淵をぐるっと一周したらどうかなと閃いた。

今日は河口湖までなんとしても行くと決め、峠を2つも跨ぐことになった。

自分がなぜ、体に鞭を打ってまでしんどい道を選ぶのか。苦しみから解放された後の異常な楽しさがやめられないのである。

あの峠を越えた後の下り坂。

だけど、自分の選択が旅の序盤ですることではないとすぐに気づく。

箱根の峠越えだ。

特に箱根駅伝でおなじみの上り坂は想像を絶するほどの苦痛を味わうことになった。

上れど上れど坂は続き、先が見えない。

苦しいけれど自転車からは降りられない。坂の途中で自転車を漕ぐのをやめてしまうと、勢いが断ち切られ、再び漕ぎ出すには何倍もの力を要するからだ。

連休を利用した行楽客の車が山を登ったり駆け下りたりしている。

自然の中を走っていても廃棄ガスにまみれた空気を吸っていると虚しくなる。きっと車に乗っている人にはわからないことなんだろうな。

日が傾き始める前に2つの峠を跨ぎ、山中湖の畔へと出た。

5月だというのにひんやりした空気がまだ残っていた。

河口湖に到着したのは夕暮れ。宿はユースホステルを利用し、初めて相部屋を体験することになる。

部屋には4つの2段ベッドが設置されていて、今日の相部屋は4名。見知らぬ人と旅の会話をすることが旅に出る前から憧れだった。

連休中のせいか家族連れも宿泊をしており、夕飯を食べながら宿泊客みんなで談話を楽しんだ。

中でも相部屋の50代の男性と20歳の男の子とは深夜までトランプ遊びに熱狂するほど他愛もなくじゃれあっていた。

これが一期一会なんだね。

会話を通して、その人の人生に一瞬でも触れる。

お互いに出会った喜びを分かち合う。素晴らしいことだよね。

50代の男性は若い頃から旅が好きで、ユースホステルを昔から利用していたようだ。

若い頃は宿で出会った女の子と仲よくなり遠距離恋愛をしていた時期もあったそうだ。

そんな出会いは現代にはあるのだろうか。いやあって欲しい。

人との出会いがいかに自分の人生を豊かにするか改めて実感した。

 

 

 

 

本日の走行距離:97㎞

本日の費用:4,935

出発:神奈川県平塚市 到着:山梨県河口湖


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最終更新日 : 2015-06-28 00:10:47

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4日目(2011年5月6日)

昨日は富士宮市にあるキャンプ場でテントを張り、初めての野宿を経験した。富士山をぐるっと一周し、静岡県へと入ってきた。

富士宮市は少し標高が高い場所にあり、夜の冷え込みが激しく、管理人に了承を得て焚き火をする許可をもらった。一人、薪をくべて火を見つめていると夜の闇が襲ってくる。

外灯もない林の中で俺は孤独だった。この寂しさはきっと何日かすれば良きパートナーになるのだろうな。

薪を何本か火の中にくべてテントの中へと入った。眠りには入ったが寒さと緊張のせいか朝の4時半には起きてしまう。

燻った火に再び薪を入れ、手を差し伸べた。もう朝はとっくに始まっていて鳥のさえずりが林のどこかから聞こえてくる。

俺も洗面所で顔を洗い、歯を磨き、朝を始めることにした。管理人がキャンプ場に働きにきた段で礼を言い、次の目的地へと進んだ。

市街地で焼きそばを買って、ベンチに座って街並みを見ながら食べる。商店街には鯉のぼりが何匹も泳いでいた。静かな町だった。

もちろん通りに設置されたベンチで焼きそばを食べている人なんていない。それを見ている人もいない。

ただ商店街のスピーカーから聞こえる安っぽい音が、うらびれた雰囲気を際立たせていた。

昼過ぎには、今日の目的地である友人の実家を訪れた。

お世話になる恩返しも含め、畑の草むしりや庭の剪定を手伝い午後の時間を過ごした。

久しぶりに体を動かす作業をし、校庭で必死に遊ぶ子供のように、無心で手を動かしていた。

その後、友人の家族と一緒に夕飯を頂き、待ってましたと言わんばかりに友人のお父さんと酒を酌み交わし、お説教を頂く。

お父さんは半農半公務員の生活をしている。親の代から農業を生業にして暮らしてきたので農業一本で生活していくことも考えたという。

でも農業だけで食べていくのはとても厳しい時代だ。

日本の多くの農家も兼業農家だ。お父さんは公務員としてずっと生きてきたのだけど、数年前から自分は農業をするべきだと決意して始めた。

俺がお父さんと会話をする中で新しく気づいたことは、

 「自分は何をしたらいいのか、どう生きるべきか」

という疑問は20代で抱える悩みの1つだと思っていたのだけど、50代になってもその悩みをお父さんはずっと抱き続けていること。

お父さんはそれが当然のことだと言い切った。

何歳になっても人のために自分をどう活かすことが出来るか。

新しいことに挑戦していく姿勢。きっと何歳になっても成長し続けているのだと実感した。

時が経てば忘れてしまうかもしれないけど

 「日本一周したら報告しに来い」

とお父さんに言われた時には、自分の存在意義を少し理解した気がした。

若者に慕われるおやじはかっこいい。

こんな家庭がいつの日か築きたい、そう思った。

 

 

 

 

本日の走行距離:19㎞

本日の費用:3,600

出発:静岡県富士宮市 到着:静岡県富士市


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最終更新日 : 2015-06-28 00:10:47

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6日目(2011年5月8日)

朝、目覚めた瞬間から天気の良さに驚いた。

宿の隣にあるテニスコートから聞こえる覇気のある掛け声が寝ぼけた頭に響いていた。

茶畑や静岡の中心市街を通り抜け、魚臭さが一帯に漂う港街、焼津に昨日辿りついた。

空は雲一つなく晴れ渡ってはいたが、海沿いは強風で、ペダルを漕ぐ足をだるくさせるほどだった。

今日は藤枝市に住む友人と1日のんびりと過ごすことにした。

ギターや自転車、旅と共通の趣味を持つ友人で、ぶらーっと自転車に乗りながら地元を案内してもらうことに。

海に行ったり、河川敷の運動公園に行ったり。

そこではもちろん色んな事を話し、お互いにギターを弾きあった。

吹き荒れる風は自転車を倒すほど急ぎ足で、舞った塵や砂が目に沁みて、お互いの顔をまじまじと見ながら会話なんて出来なかった。

だけど時間はすんごくゆっくり流れていて、旅をしていることをついつい忘れてしまった。

旅は流れて行くだけではなく、そこに留まってゆっくり時間を使うことも必要なんだね。

違った充実感を今日は味わった。そんな気がした。

夕方近くに友人と別れて出発。

自転車を漕ぎ始めた。

御前崎を目指し、風を切って進んでいく。

友人は今、看護学生をしている。もちろん看護士を目指している。

友人が看護士の道を目指すきっかけは、母親が看護士をしていたからだそうだ。

母親の働く姿を幼い頃から見ていて、自分も母親のような人間になりたいと中学生の時に思ったそうだ。

中学生の時に自分の道を見つけられるのは本当に凄いと思う。

10代の頃は自分が何をしたらいいのか、何で生きているのかで、皆悩む時期だと思うから。

夢ってさ。

親が子供に持たせてあげなければならないと思う。

子供が方向性を見いだせるように支えて、時には導いて。

子供は親の背中を見て育つわけで、親が自分の仕事や行っている事に誇りや幸せを感じていれば、きっと子供は親のようになりたいと思う。

友人のように親と同じ職業に就きたいと思うんじゃないかな。

 

 

 

 

本日の走行距離:49㎞

本日の費用:5,250

出発:静岡県焼津市 到着:静岡県御前崎市


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最終更新日 : 2015-06-28 00:10:47


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