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……どこだろう、ここは。

  あたりを見回す。

  四方を石壁に囲まれた建物のようだ。

  あたりは暗く、うっすらと物の形が分かる程度だ。

  ……神楽、いるの?

  返事は、石壁にこだまして、無常にも跳ね返ってきた。

  

  石壁を手探りで触り、出入り口を探してみる。

  ありえない。四方全て壁で出入り口が無い。

  一体どこから入ったのだろう。

  足元を少し水が流れている箇所がある。

  上から落とされたのだろうか。ふと上を見上げる。

十五センチ四方くらいの天窓から月が見える。

月明かり!

三日月だ。

 

どういうことだろう。

まるでタロットカードの中に入り込んでしまったようだ。

遠くから、寂しげな犬の遠吠えが聞こえる。

私は入り口も出口もない、石壁の建物の中央部にすわり込むと考えを巡らした。

不思議にも、殴られた筈の後頭部に痛みは無い。

 

カサカサ、と何かの音がした。

なんだろう。

天窓から床に落ちた四角い光に、ザリガニが浮かび上がった。

いや、まって。ザリガニじゃない、蠍かもしれない。

 

そうかそういうことなのね。

私は今、カードとシンクロしている。つまり夢を見ている。

カードのエネルギーの中に入り込んでしまったのだ。

 

わたしは近寄ってくる蠍に、臆することなく声をかけた。

……おいで、かわいい子。

ザリガニらしきものは足元まで来ると、

ゆっくりと私の右足首に針をチクリと突き刺した。

 

私は、再び意識を失った。

不思議なことに、眼前に一枚のカードが現れた。

『ムーン』のカードだ!

 

私は、かすれていく意識のなかで、金粉で装飾されたまばゆい『ムーン』のカードを見つめていた。


 

……おい大丈夫か!

……しっかりしろ!

 

神楽の声が聞こえる。

後頭部がズキズキする。

 

「イタタタ!」

「良かった。やっと意識を取り戻した」

「良かったじゃない。こっちは死ぬところ…」

 神楽が泣きそうになっているのをみて、私は口をつぐんだ。

 気付けば宿屋の一室だ。神楽が運び込んでくれたんだろうか。後頭部には氷が入ったらしい皮袋があてられている。

「すまない、この街の皆はみんなジャッカルを恐れている」

「ジャッカル?」

「この街を根城にする例の窃盗団だ」

「下手に聞き込みをしたのは失敗だった。本当にすまない。恐れた住民が手をだしたんだ。大丈夫か? やつらもミドリの叫び声に驚いて手を離してくれたよ。さっさと街からうせろ、とさ」

「大丈夫よ、さぁ、帰りましょう」

「そうだな、こんな危険な所は去ったほうが無難だ。仕事は降りよう、命あってのものだねだ。警察には一部始終を報告するよ。あとは『ムーン』のカードも見つけてくれるだろう」

 

「そうね」としか私は答えなかった。


 

 マダム・カジタとは、パリで再会した。

「すまない、今回の件、降ろさせてくれ」

開口一番、神楽が切り出した。本当に申し訳なさそうな表情だ。それとは対象的に私は笑顔だった。

 

「カードは取り戻せませんでした。でも、そのカード、私に作らせてくれませんか?」

「おい、何を言い出すんだ。負け惜しみもいい加減にしろ」

 神楽が本気になって突っかかってきた。

「失敗したんだぞ。お前に作れるわけがない。いくら本物がまだ見つかっていないからって、言いすぎだぞ。」

 

「お願いするわ」マダム・カジタはにっこりと微笑んで言った。

「早速作ります」

「おい、どうなってる? お前はデザイナーだから、ある程度作れるかもしれない。でも、大事な占いの道具だぞ。作れるわけが無い」

「他のカードは作れないかもしれない。でも『ムーン』は別よ。ヴィジョンを見たの。きっと作れる」

 珍しく尻込みする神楽を横目に、私はマダム・カジタと対峙した。

 

「わたしなら、出来ますよね」

「あなたにしか、できないわ」

 

 

私はフランスの画材屋や骨董屋をまわって、できるだけ当時と同じような道具や材料を揃え、制作に取り掛かった。カードのエネルギーを直に体感した後で見たヴィジョンのままのカードを再現し、そこにパワーがこもるよう願った。一筆ごとに、一つの図柄に、エネルギーを注入していった。


「これで完成、っと」

制作には丸三日かかった。乾くのに、予想外に時間がかかったのだ。完成した喜びが、全身を震わせた。

 

マダム・カジタは、すでに昨日から待機していて、いつでも占える体勢にあった。マダム・カジタは、翌日の夜明け前に占うことを皆に告げた。

「今、この世が新しい世界に生まれ変わろうとしているの。だからそれを占うために、カードが必要だったの。最高のカードが。地球に何が欠けているのか、何をすべきかを知るために」

 

 

占いを行う日がやってきた。

占う場所は、荒涼とした荒野の一角だった。荒れ野の片隅にあるストーンサークルのような場所だ。その真ん中で、平らになった岩の前に、マダム・カジタは、大きな水晶球を置き、カードを展開する場所を確保した。

朝日の昇りきらない西の空に、三日月が輝いていた。ミドリは果たして自分のカードが上手くできたかどうか、不安だった。だがその不安も三日月を見ているうちに、自然と静まってきた。

朝日の昇る時刻、闇と光が交差し、パワーが高まる時刻、マダム・カジタは占いを開始した。その場には、何人か見知らぬ顔も含まれていた。おそらく、占いを依頼した要人だろう。私服の警官や博物館関係者らしい人物も見受けられる。

 

「この世の末がどうなるのかを、ケルト十字法で占いましょう」

 

 マダム・カジタはカードを痛めないよう、細心の注意を払って、手早くシャッフルした。そして、手順通り、カードを十字には配置してく。まず、中央に十字に二枚。その上下左右に一枚ずつ、そして右側に四枚にカードを並べた。

「では、開きます」

一枚一枚、マダム・カジタがゆっくりとカードをオープンしていく。一同はそれを固唾を呑んで見守った。

 

 キーカード、「塔」の逆位置、破滅を意味する。この世の運命の行く末だろうか。

 これまでの経過「ムーン」の逆位置。いい感じだ。不安の解消を意味する。

 周りの援助、「星」の逆位置。思ったような援助は得られない。

 この危機を乗り越えられるかどうかの本人の能力「正義」の正位置。

 正しい心のバランスで乗り越えられる。

 この世の結末。「節制」。天からの厳しい戒めを自分に課して乗り越える。

 

「ふぅ」マダム・カジタは、一つため息をついた。

「なんとか、なりそうね。大丈夫よ、地球の危機は、各人の地に足のついた日々の努力で乗り越えられる。間違えても欲張らないことね。その為には日々発する思念が大事になってくるわ」

 

 場に居合わせた一同は、安堵のため息をもらした。同時に、場の空気がキリリと引き締まるのが手に取るようにわかった。占いを信じないといっていた神楽さえ、場の独特の雰囲気に完全に呑まれている。

 

「思念って、大事なんだな」

 神楽がいう、俺はあんまり気にした事が無かったけどな。

 私は、かみ締めるように言った。

「思念こそが、惑星の行き先を決めるのよ。ポジティブな思念を持てばポジティブな方向へ。そのなかでも最も重要なのは、多分、愛の思念よ。お互いを思いやる心こそ、一番大事な思念なんだわ。反対に、ネガティブなことばかり考えてしまうと惑星自体がネガティブ・スパイラルへと落ち込んでしまう。」

「ネガティブ・スパイラル?」

「ネガティブな思念の連鎖・循環反応のことよ。そうなったら、アセッションは失敗ね」

 

 

マダム・カジタは全身の力を使い果たしたらしく、その場にうずくまった。


 相も変わらず、ムーンシャインで二人は落ち合い、今回の件の打ち上げを行った。マダム・カジタは全額払おうとしたが、神楽が譲らない。本物のカードは結局見つからず仕舞いだったからだ。最終的に、前金のみを頂くことで、話は落ち着いた。

「神楽なんだか、変わったな」マスターが独り呟く。

「そうかな」

「変わったわ。多分今回の旅のおかげね」

「どこが変わった?」

「相手を思いやる気持ち、かな」

「マスター、こちらのご婦人にカンパリソーダを」

 

今日は新月。思わず苦笑する。一杯目の苦いカンパリを飲み干した後、二杯目はムーンシャインをオーダーした。何が迷信で何が真実か。見極めるのは困難だ。カンパリの戒めを忘れたわけではない。今日の一杯目は戒めのカンパリだった。だが、今日の二杯目はムーンシャイン。ポジティブな思考。次は失敗しないように最善の努力を払うと心に決めていた。ミドリ自身も気付かないうちに、新月にカンパリばかりを飲むというジンクスは、綺麗に消えていた。

不思議な感覚だった。これが浄化されたということなのだろうか。

今回の件で、いろいろな導きに合い、自分や他人の存在や体験だけが全てではなく、より高次の存在を常に忘れてはいけないと、ミドリは感じていた。

ヴィジョンを見ることも導きの一つだろう。

たとえば、タロットが導くのは、より高次の自分からのメッセージだ。それだけではない、あらゆる偶然の出来事もすべて、高次の存在からのメッセージなのだ。

目には見えなくても確実に存在するものもある。

 

 

そう、今宵の新月のように。影に沈んだ月は闇ではない。それは光の裏返しなのだ。

 

(結)



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