閉じる


<<最初から読む

2 / 9ページ

 

翌日、急ぎの仕事が片付いたので、ミドリは『ムーン』のカードについて調べ始めた。『ムーン』が暗示する意味合いは色々あるが、代表的な意味は「不安」。タロットカードには正しい向きの「正位置」と、上下逆さまになった「逆位置」があり、それぞれ意味が異なってくる。

ちなみに正位置の場合は、自分自身が不安になるような事態を示す。反対に逆位置の場合は、不安な事態からの脱却を示す。もちろん、カードにはもっと様々な意味があり、実際はそれらをたくみに当てはめて占うのだ。もっと詳しく調べたかったが、待ち合わせ時刻が近づいている。

 

 

カラン。

 

「いらっしゃい、ミドリ。お待ちかねだよ」

「こんばんは、ミドリさん」

「お待たせしてしまったみたいで、すいません」

 まだ、八時前だというのに、マダム・カジタはもう来ていた。

 

「いいえ、私が待ちきれなくて早く来過ぎてしまったのよ、ごめんなさいね。では早速本題に入りましょうか。今回探してもらうカードは、画家兼占い師のジャック・ゴダールが時のフランス王シャルル六世に献上したものよ」

「シャルル六世っていつの時代の話だよ」神楽が口を挟む。いつの間に……。

「千三百年代の出来事よ。このカードに書いてあるのは、闇夜を照らす三日月・ザリガニ・遠吠えする犬の三つ。それから、奥のほうへと続く細い道の先に建物があって、その建物には出口も入り口もないの。あるのは明りとりの天窓だけ。それから、ここが一番の特徴なんだけど、金粉で装飾されてるわ」

「随分、すごいカードなんですね」

「そう、そしてこれが実物の『太陽』のカードよ」

 そういうとポーチから大事そうに一枚のカードを取り出した。

「すごいエネルギー!」

 私は一枚のカードから発散されるエネルギーに圧倒された。心地よい太陽の光を浴びているかのようだ。マダム・カジタの説明のとおり、金粉で装飾されている。そのエネルギーに一瞬触れただけで、マダム・カジタが最古のカードにこだわる理由が分かった気がした。

「どうしてこのカードが、あなたの手元に?」

「フランスの国会図書館に現存しているのは十七枚よ。残りの五枚は行方不明だったの。一般には紛失して失われた事になっている」

「それをあなたが見つけ出した」ミドリが推理する。

「そう。正確には、私が頼んだ人が残りの五枚を見つけてくれたのよ。この太陽のカードも、その中のひとつ。この仕事が終わったら、国会図書館に寄贈する約束になっているの。そのかわり、他のカードを使って占わせてもらえる。イーブンな取引よ。」

「国を相手にしての取引かよ」神楽がポツリと呟く。

「だから大丈夫、法的には問題ないわ。もっとも全て表には出ない取引だけどね。本当はもっと早く占う予定だったの。でも五枚のカードを集めている間に、国会図書館から『ムーン』のカードが盗まれてしまった。なぜか理由は分からないけど、『ムーン』のカードだけがね。それで、占いが出来なくなってしまって…。だから、あなたに捜索してほしいのよ」

「でも、何故、私に?」

「私も占い師の端くれよ。それなりのネットワークはあるわ。最後の一枚は、このバーのミドリさんに頼むといいと、霊感のとびきり強い人にいわれてね。でも、昨日あなたに逢ってはっきりした。この人しかいないって。」

 

「一口乗らせてもらうぜ」

神楽だ。相変わらず抜け目がない。きっと昨日の小切手を盗み見たに違いない。

「ボディガード兼通訳ってことで、どうかな」

「通訳って、ホントに話せるの? あなた?」

ミドリはいぶかしむ。

「日常会話程度ならね。どうだい、マダム・カジタ?」

「いいわ、女の子独りでは危険かも知れないしね。どう、ミドリさん?」

「私は、別に、構いませんが」いろいろと付け加えたかったが止めておいた。

「決まりね、すぐ発ってもらいたいの。チケットは二枚用意するわ。カードがあるのは、フランスのブルゴーニュ地方よ」

「わかりました。そこまでわかっているなら、もう大丈夫ね」

「なにか、組織が動いているんじゃないか」

 神楽の目が光る。

「大丈夫、小規模なグループよ。主に窃盗だけよ」

「危険だな、報酬は、はずんでもらうぜ」

「懸賞金が出てるっていったでしょ。それを進呈するわ。逐次、私と当局へ連絡してね。そして、見つかったら、当局に返却する前に占うわ。さっきも言ったように話はついてるから大丈夫」

「そこまでして、本当に地球の未来が占えるのか」神楽の瞳は鋭い。

「そうね、どうかしら」

 マダム・カジタは笑ってごまかしたけど、私には自信のなさの現われだとは思えなかった。むしろ不敵な笑みを浮かべているようだ。それより、地球どうなっちゃうの? まさか大戦争なんてことはないわよね。占いの重さはちょっと考えれば分かることだ。

「これは、私の携帯番号と住所よ。何かあったらすぐ連絡を。それに、海外からでも使える携帯電話を持っていってね」

 ホントに見つけられるかしら、神楽はあまり頼りにならないし。いまさらながら、不安が襲って来た。

「大丈夫よ、あなたなら大丈夫よ」

 

 そういうとマダム・カジタは冷たい手で、私の両手を握り締めてくれた。そうすると、不思議な安心感があり、心が静まっていくのが自分自身でも感じられた。


 私達はパリへ飛び、そこからブルゴーニュ運河沿いにディジョンを経て、列車でダンビエールへと向かった。フランスの風は心地よく、特に運河からの河風には何ともいえない爽快感があった。

神楽は裏情報に精通していて、途切れ途切れに入ってくる情報を頼りに、ブルゴーニュ地方を拠点に活動するグループがあることを知った。やはり、国会図書館から盗んだのはそのグループらしい。

「やっぱりこういうのは警察に任せておくべきなんじゃないの」

「その前に行動、行動」

 行動するのは良いけど、後先考えないで行動しないでよね。

 犯行グループの目星がついたところで、私たちは警察とマダム・カジタに連絡をいれた。すると彼女も、すぐフランスまで飛んでくるという。

「問題は、どう奪還するかね」

「決まってるだろ。警察に包囲してもらう」

 やれやれ、頼りにならない奴。

「だって、そんな窃盗団に二人で立ち向かえると思うか。俺たちの仕事は情報収集。あとは『ムーン』のカードを無事に取り返せば良いだけの話だ。」

 

 ダンピエールに近づくと、牧歌的な光景が列車の窓に映りはじめた。夕方近く、駅を降りると、街は少し閑散としていた。早々と、駅前の安宿にチェックインすると、神楽は必死になって、住民から窃盗団の事を尋ねてまわる。だが、一様に住民は口を閉ざしたままだ。まるで、何か集団で守っているかのようだ。

 

 

 もう聞き込みは何件目だろう、数えきれない。肉屋に入ったところだった。店先には羊の肉がぶら下がっている。主はさぞ内臓脂肪がたまったようなでっぷりした体型で、神楽と侃侃諤諤やりあっている。推察するに、そんな奴らはこの町にはいないと、言っているようだ。

 ちょっと離れて、自体の成り行きを観察していると、私は、突然背後から羽交い絞めにされた。

「きゃぁあああ」

 そのまま、頭から布袋のようなものをかぶせられ、何人かに連れて行かれる。抵抗するが、万力のような力でびくともしない。助けて、神楽!

「ミドリ!」

 

 ガツン。

 

 後頭部に鈍い衝撃が走り、そのまま私は意識を失った。


 

……どこだろう、ここは。

  あたりを見回す。

  四方を石壁に囲まれた建物のようだ。

  あたりは暗く、うっすらと物の形が分かる程度だ。

  ……神楽、いるの?

  返事は、石壁にこだまして、無常にも跳ね返ってきた。

  

  石壁を手探りで触り、出入り口を探してみる。

  ありえない。四方全て壁で出入り口が無い。

  一体どこから入ったのだろう。

  足元を少し水が流れている箇所がある。

  上から落とされたのだろうか。ふと上を見上げる。

十五センチ四方くらいの天窓から月が見える。

月明かり!

三日月だ。

 

どういうことだろう。

まるでタロットカードの中に入り込んでしまったようだ。

遠くから、寂しげな犬の遠吠えが聞こえる。

私は入り口も出口もない、石壁の建物の中央部にすわり込むと考えを巡らした。

不思議にも、殴られた筈の後頭部に痛みは無い。

 

カサカサ、と何かの音がした。

なんだろう。

天窓から床に落ちた四角い光に、ザリガニが浮かび上がった。

いや、まって。ザリガニじゃない、蠍かもしれない。

 

そうかそういうことなのね。

私は今、カードとシンクロしている。つまり夢を見ている。

カードのエネルギーの中に入り込んでしまったのだ。

 

わたしは近寄ってくる蠍に、臆することなく声をかけた。

……おいで、かわいい子。

ザリガニらしきものは足元まで来ると、

ゆっくりと私の右足首に針をチクリと突き刺した。

 

私は、再び意識を失った。

不思議なことに、眼前に一枚のカードが現れた。

『ムーン』のカードだ!

 

私は、かすれていく意識のなかで、金粉で装飾されたまばゆい『ムーン』のカードを見つめていた。


 

……おい大丈夫か!

……しっかりしろ!

 

神楽の声が聞こえる。

後頭部がズキズキする。

 

「イタタタ!」

「良かった。やっと意識を取り戻した」

「良かったじゃない。こっちは死ぬところ…」

 神楽が泣きそうになっているのをみて、私は口をつぐんだ。

 気付けば宿屋の一室だ。神楽が運び込んでくれたんだろうか。後頭部には氷が入ったらしい皮袋があてられている。

「すまない、この街の皆はみんなジャッカルを恐れている」

「ジャッカル?」

「この街を根城にする例の窃盗団だ」

「下手に聞き込みをしたのは失敗だった。本当にすまない。恐れた住民が手をだしたんだ。大丈夫か? やつらもミドリの叫び声に驚いて手を離してくれたよ。さっさと街からうせろ、とさ」

「大丈夫よ、さぁ、帰りましょう」

「そうだな、こんな危険な所は去ったほうが無難だ。仕事は降りよう、命あってのものだねだ。警察には一部始終を報告するよ。あとは『ムーン』のカードも見つけてくれるだろう」

 

「そうね」としか私は答えなかった。


 

 マダム・カジタとは、パリで再会した。

「すまない、今回の件、降ろさせてくれ」

開口一番、神楽が切り出した。本当に申し訳なさそうな表情だ。それとは対象的に私は笑顔だった。

 

「カードは取り戻せませんでした。でも、そのカード、私に作らせてくれませんか?」

「おい、何を言い出すんだ。負け惜しみもいい加減にしろ」

 神楽が本気になって突っかかってきた。

「失敗したんだぞ。お前に作れるわけがない。いくら本物がまだ見つかっていないからって、言いすぎだぞ。」

 

「お願いするわ」マダム・カジタはにっこりと微笑んで言った。

「早速作ります」

「おい、どうなってる? お前はデザイナーだから、ある程度作れるかもしれない。でも、大事な占いの道具だぞ。作れるわけが無い」

「他のカードは作れないかもしれない。でも『ムーン』は別よ。ヴィジョンを見たの。きっと作れる」

 珍しく尻込みする神楽を横目に、私はマダム・カジタと対峙した。

 

「わたしなら、出来ますよね」

「あなたにしか、できないわ」

 

 

私はフランスの画材屋や骨董屋をまわって、できるだけ当時と同じような道具や材料を揃え、制作に取り掛かった。カードのエネルギーを直に体感した後で見たヴィジョンのままのカードを再現し、そこにパワーがこもるよう願った。一筆ごとに、一つの図柄に、エネルギーを注入していった。



読者登録

雨音 多一さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について