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「鎌だって! 怖いね」

 そう言った後、女は空になったペットボトルを後部座席に放り投げた。

「犯人、何でおかしくなっちゃったのかなあ」

「そりゃ毎日この調子だもん」

 男はラジオの上に表示された「38℃」という文字を指差す。

 「これと人殺しと何の関係があるのよ」

「頭がやられるんだよ」

「あり得ないわ、機械じゃあるまいし」

「機械の方がまだ丈夫だよ」

 

 車は何度か赤信号に止められながら道なりに走り、前方にあるガソリンスタンドへと向かっていく。



「ちょっとガソリン入れるわ」

「その後どうするの? 私どこでもいいけど……」

 女が何か言う前に、男は女の腿を触って答えの代わりにした。

 女はまんざらでもなさそうに笑って、頷いた。

 そして車はガソリンスタンドへと入っていく。

 

 若い店員が近づいてきたので男は窓を開け、ガソリンを入れてくれるよう頼んだ。特に気にしてもいないタバコの吸い殻や、無駄に時間のかかる車体の掃除をいかにもマニュアル通りにオススメされたが、男は「いい、いいから」とぶっきらぼうに断った。


「さっきの話だけどぉ」

 女が男の肩をつついて話しかけてくる。

「鎌の犯人って、動機は何だと思う? ねえ?」

「頭がおかしかったんだよ」

「納得いかないわ、まともな理由があると思うのよ」

「だからどうでもいいよ」

 

 顔つきと身体以外、この女を連れ回す理由はない。

「鎌で喉を切り裂いたのよ、きっとすごい恨みがあるんだわ」

 とは言え逃げられるのも癪なので、男は適当に相手することにした。

「別に大したことないって。イライラしておかしくなったんだよ」


 銀色の給油ノズル片手に車の給油口を開く店員を横目で見ながら、男は言った。

「たとえばさ、あの店員が昨日彼女にこっぴどくフラれてイラついててさ」

 

「ふんふん?」

 

「それで俺ら二人を見てカアッとなって、給油ついでにこの車の中にマッチかライターでも投げ込んで爆発させてやろうか、なんて考えてるかもしれないぜ」

 店員が男を睨む。

 

「えーありえないわ、漫画じゃないんだし」

 

「そう思うんならいいよ、別に」

 

(やっぱりこの女はバカだ)と呆れてため息をついた後、男は車から顔を出し、まだ終わらないのかと店員をせかす。


 店員はノズルを給油口から引き抜き、男に金額を伝えた。その金額は男が予想していたよりも高かった。

 更にしぶしぶそれを払おうとした時、持っていた紙幣が自分の想像よりも少なかったことに気が付いた。

 

「いちいちコンビニに寄らなきゃいけなくなった」

 財布に入っていた紙幣を全て出した後、誰にでもなく男は呟き、店員が差し出したレシートをひったくって乱暴に車を発進させた。

 

 店員は舌打ちをしつつ俯き、ポケットの中のライターを残念そうに見つめた。



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