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 だが、後のことはどうでもいい。今目の前に広がる、この空間だけが世界なのだ。

 私は亡き妻の腹中にゆっくりと顔をうずめ、愛でた。

 

(第3話 完)

 


第4話

暑い


 信号が変わる直前、前にいたタンクローリーの進路に割り込む形で、軽自動車は右折した。

「今の危なくない?」

 助手席の女がリップクリームの蓋を閉じながら、運転席の男に言った。

「いいんだよ、向こうがさっさと行かなかったから悪いんだ」

 男は額から目に落ちようとする汗を拭った。

 

 フル稼働のくせに今一つ効かないクーラーの雑音に混じり、ラジオからニュースが聞こえる。


 ――本日午前、東京都葛飾区の美容室に中年の男が進入し、「俺の頭を奪った」などと意味不明な言葉を叫びながら、持っていた草刈り鎌で店内にいた店員や客に襲いかかりました。

 

 この事件で、店長である三輪咲子さんが喉を斬られ、病院に搬送されましたが、まもなく死亡が確認されました。

 

 男は駆けつけた警察官に取り押さえられ、現在警察の取り調べを受けているとのことです――


「鎌だって! 怖いね」

 そう言った後、女は空になったペットボトルを後部座席に放り投げた。

「犯人、何でおかしくなっちゃったのかなあ」

「そりゃ毎日この調子だもん」

 男はラジオの上に表示された「38℃」という文字を指差す。

 「これと人殺しと何の関係があるのよ」

「頭がやられるんだよ」

「あり得ないわ、機械じゃあるまいし」

「機械の方がまだ丈夫だよ」

 

 車は何度か赤信号に止められながら道なりに走り、前方にあるガソリンスタンドへと向かっていく。



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