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 だが、しばらくすれば様子を観に来るだろう。わずかであり、二度とない時間だ・・・。

 

 ・・・おぞましい。

 

 娘に勝るとも劣らぬ艶やかで妖絶な肉塊が、毒々しい藍色の疣目とシダ植物の群に浸食され尽くし、死にかけようとしている。大学の構内で初めて出会った日から私のことを信じ、笑顔を見せ続けてきた女は、ここまで犯されていたのか。

 私はメスを勢いよく贓物に振り下ろし、そこから更に深く、縦に切り裂いた。

 


 断面がライトに照らされ鈍く光り、そこから流れ出す、薄紫と紅色の液体。美しいものを無残に破壊したことによる、この上ない恍惚感。

 

 背後で執刀助手の叫び声が聞こえた。

 勝手に執刀し患者を死なせたことで、おそらく私は職を追われ、裁かれるだろう。自ら妻を殺した悪魔の医師として、マスコミの飯の種にもなるだろう。


 だが、後のことはどうでもいい。今目の前に広がる、この空間だけが世界なのだ。

 私は亡き妻の腹中にゆっくりと顔をうずめ、愛でた。

 

(第3話 完)

 


第4話

暑い


 信号が変わる直前、前にいたタンクローリーの進路に割り込む形で、軽自動車は右折した。

「今の危なくない?」

 助手席の女がリップクリームの蓋を閉じながら、運転席の男に言った。

「いいんだよ、向こうがさっさと行かなかったから悪いんだ」

 男は額から目に落ちようとする汗を拭った。

 

 フル稼働のくせに今一つ効かないクーラーの雑音に混じり、ラジオからニュースが聞こえる。



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