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 逆に父の腸は、もっとも醜悪だった。

 

 彼は若い頃の赤貧と無茶な労働が祟り、慢性の胃腸炎を抱えている。荒々しく騒音を鳴らしながら非効率な運動を繰り返す壊れ掛けの作業用機械のごとく、その内臓器は疲れ果てていた。

 

 汚水と入り交じったような鮮度の感じられない赤色。死人が今際に2、3回指を動かして出来たかのような、弱々しい表皮。醜いものであったが、彼が何十年も苦労の中で生きてきた証であり、やはり素晴らしかった。

 

 いくら家族旅行で笑顔を浮かべて強がり、健在ぶりをアピールしてみても、内臓までは誤魔化せないのだ。これぞ、生物の根源的な何かから創造される、唯一無二の芸術作品ではあるまいか。


 そして今、私は妻の腹部を切開しようとしている。

 妻はもう助かる見込みがほとんどない、末期の胃癌だ。

 この機会の為に、妻の食事については長年慎重に調節してきた。多少の体調不良は気にせず無理をして気丈に振る舞うという妻の性格も成功に繋がった。

 

 結婚相手を激選した甲斐があった。

 

 他の人間は既に追い払った。少しばかり涙を見せて「二人きりにしてくれ」と騒ぎ立てただけで自分達から出て行ってくれた。


 だが、しばらくすれば様子を観に来るだろう。わずかであり、二度とない時間だ・・・。

 

 ・・・おぞましい。

 

 娘に勝るとも劣らぬ艶やかで妖絶な肉塊が、毒々しい藍色の疣目とシダ植物の群に浸食され尽くし、死にかけようとしている。大学の構内で初めて出会った日から私のことを信じ、笑顔を見せ続けてきた女は、ここまで犯されていたのか。

 私はメスを勢いよく贓物に振り下ろし、そこから更に深く、縦に切り裂いた。

 


 断面がライトに照らされ鈍く光り、そこから流れ出す、薄紫と紅色の液体。美しいものを無残に破壊したことによる、この上ない恍惚感。

 

 背後で執刀助手の叫び声が聞こえた。

 勝手に執刀し患者を死なせたことで、おそらく私は職を追われ、裁かれるだろう。自ら妻を殺した悪魔の医師として、マスコミの飯の種にもなるだろう。


 だが、後のことはどうでもいい。今目の前に広がる、この空間だけが世界なのだ。

 私は亡き妻の腹中にゆっくりと顔をうずめ、愛でた。

 

(第3話 完)

 



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