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 私は外科医だ。消化器を専門にもう20年以上、大きくも小さくもないそれなりの病院で、それなりの権限を与えられてそれなりに働いている。

 また、家族もいる、妻と娘、父と母も健在だ。
 

 皆、私の収入で生きている。貧しかった子供の頃とは違い、生活も満ちたりており、皆、私に感謝してくれて、医師として、また家族の長としての私に全面の信頼をおいてくれている。

「少しでも体調が悪くなったら、私の病院に来てほしい」


 その言いつけを忠実に守り、私が推薦したものを何の疑いもなく食べ続けてくれる。例え専門外の目的で来院しても、向こうから必ず私に顔を見せに来てくれるのだ。

 そして私の趣味は、仕事である。釣りよりも根気が要り、天体観測よりも機会に恵まれていない、滅多にない機会を逃してはならないよう、綿密な準備が必要な趣味だ。

 私の趣味は、家族の腹を開くことである。


 家族全ての執刀を自ら引き受け、その内臓物を眺めることが、私の生き甲斐なのだ。

 

 つうっと腹部を切開すると、そこには希有な空間が広がっている。濃いめの桃色を基調とした、血と肉と骨が織りなす有機的世界。

 

 私は消化器専門なので、主に胃や腸などを中心に「看る」わけだが、それらにも人それぞれの個性があり、大変面白い。

 だが、全然知らない人物の腹の中など面白くもなんともない。やはり、家族でなければ。


 母の胃は他の人に比べるとやや小ぶりだった。少々いびつな形が、水棲動物のアメフラシを思わせる。アメフラシとは大分色が違うかもしれないが、生々しさと瑞々しさいう点においてはではよく似ていると私は思う。血管の色合いが薄く、あまり自己主張していないのも印象的であった。

 

 最も美しかったのは、娘の腸だ。


 ピンク色のバランス加減が極めてすぐれていて、皺の波打ち加減にダイナミックな躍動感があった。限界まで成長し続けた条虫であっても、このような生物的オブジェクトを持つことはできまい。

 写生を趣味とし、この年で親に逆らったことなど一度もない、お下げ髪の極めて地味な十五歳の生娘の中に、このような大胆かつグロテスクな未開の地帯が潜んでいようとは。

 

 あまりにも美しかったので、手術中、他の人間の眼を盗んで鼻を近づけた。ほのかでありながらもはっきりとした刺激臭が鼻をつき、何とも心地よかった。



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