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第5話 彼女は苔を醤油で食べる

第5話

彼女は苔を醤油で食べる


 久々に彼女の住まいへ行くと、彼女が苔を食べていた。醤油の入った小皿に、土のついた抹茶色の塊を浸してそれを口の中でじゃりじゃりと鳴らしていた。

 勢いに任せて、彼女を殴りつけた。

「どうして!?」「なんで!?」

 と、彼女はやかましく泣きわめき、俺を罵る。

 

 なんと言うことだ、自分がやったことの異常性が認識できていないらしい。

 俺は彼女を正常に戻す為、鬼となってその行いを問い質した。


 彼女が語るところによれば、苔を醤油で食べるようになったのは、かれこれ二週間ほど前。テレビ番組の中で、取れたての海藻を溜まり醤油で食べているのを見て思いついたらしい。

 番組が終わると、すぐさまスコップ片手に公園へ行き、公衆便所の隅などを削って新鮮な苔を調達、それを家にあった薄口の醤油に浸して食べてみたところ、虜になってしまったという。

 

 乞食ですら真似しないような食事だ。

 

 いや、食事とは到底言えない。


 だが、彼女に言わせてみれば、苔本来の酸味と醤油の酸味が見事に合わさり、更に苔のプチプチした触感が重なって、やめられなくなってしまったのだと言う。

 更にそこに湿気た泥のジャリジャリしたのが加われば最強で、犬の小便だのドカタのおやじの腐った靴の匂いや酸っぱさまで加われば、絶対無敵なのだとのたまう。

 

 病気だ、彼女は病気になってしまったのだ。

 僕は彼女をもう一度、思いっきりひっぱたいた。


 そして、己の行為がどれだけ狂気の沙汰であるかを、何時間もかけ説明した。

 彼女は涙を流しながら憎しみの眼を向けていたが、僕の熱意にほだされ次第に目元が緩んでいき、とうとう大泣きして僕に抱きつき、もうしない、二度としないと誓ってくれた。

 

 そう、これでいいのだ。

 

 僕の愛が、彼女を悪魔的な愚行から救ったのだ。

 それ以来、彼女は僕の家に同居するようになった。

「いつまでも、私を守ってほしい」だってさ。


 これからは、一緒にご飯を食べるんだ。

 ちゃぶ台の向こうで微笑んでいる彼女に微笑みを返し、僕自身が選んだ食材を使った自慢の料理を見渡す。

 

 うわあ、何とも美味しそうなこと!

  

 いただきます!

 僕は、小皿に盛った採れたての白カビに、マヨネーズをふんだんにかけた。

(第5話 完)