閉じる


第3話 外科医の趣味

第3話

外科医の趣味


 私は外科医だ。消化器を専門にもう20年以上、大きくも小さくもないそれなりの病院で、それなりの権限を与えられてそれなりに働いている。

 また、家族もいる、妻と娘、父と母も健在だ。
 

 皆、私の収入で生きている。貧しかった子供の頃とは違い、生活も満ちたりており、皆、私に感謝してくれて、医師として、また家族の長としての私に全面の信頼をおいてくれている。

「少しでも体調が悪くなったら、私の病院に来てほしい」


 その言いつけを忠実に守り、私が推薦したものを何の疑いもなく食べ続けてくれる。例え専門外の目的で来院しても、向こうから必ず私に顔を見せに来てくれるのだ。

 そして私の趣味は、仕事である。釣りよりも根気が要り、天体観測よりも機会に恵まれていない、滅多にない機会を逃してはならないよう、綿密な準備が必要な趣味だ。

 私の趣味は、家族の腹を開くことである。


 家族全ての執刀を自ら引き受け、その内臓物を眺めることが、私の生き甲斐なのだ。

 

 つうっと腹部を切開すると、そこには希有な空間が広がっている。濃いめの桃色を基調とした、血と肉と骨が織りなす有機的世界。

 

 私は消化器専門なので、主に胃や腸などを中心に「看る」わけだが、それらにも人それぞれの個性があり、大変面白い。

 だが、全然知らない人物の腹の中など面白くもなんともない。やはり、家族でなければ。


 母の胃は他の人に比べるとやや小ぶりだった。少々いびつな形が、水棲動物のアメフラシを思わせる。アメフラシとは大分色が違うかもしれないが、生々しさと瑞々しさいう点においてはではよく似ていると私は思う。血管の色合いが薄く、あまり自己主張していないのも印象的であった。

 

 最も美しかったのは、娘の腸だ。


 ピンク色のバランス加減が極めてすぐれていて、皺の波打ち加減にダイナミックな躍動感があった。限界まで成長し続けた条虫であっても、このような生物的オブジェクトを持つことはできまい。

 写生を趣味とし、この年で親に逆らったことなど一度もない、お下げ髪の極めて地味な十五歳の生娘の中に、このような大胆かつグロテスクな未開の地帯が潜んでいようとは。

 

 あまりにも美しかったので、手術中、他の人間の眼を盗んで鼻を近づけた。ほのかでありながらもはっきりとした刺激臭が鼻をつき、何とも心地よかった。


 逆に父の腸は、もっとも醜悪だった。

 

 彼は若い頃の赤貧と無茶な労働が祟り、慢性の胃腸炎を抱えている。荒々しく騒音を鳴らしながら非効率な運動を繰り返す壊れ掛けの作業用機械のごとく、その内臓器は疲れ果てていた。

 

 汚水と入り交じったような鮮度の感じられない赤色。死人が今際に2、3回指を動かして出来たかのような、弱々しい表皮。醜いものであったが、彼が何十年も苦労の中で生きてきた証であり、やはり素晴らしかった。

 

 いくら家族旅行で笑顔を浮かべて強がり、健在ぶりをアピールしてみても、内臓までは誤魔化せないのだ。これぞ、生物の根源的な何かから創造される、唯一無二の芸術作品ではあるまいか。


 そして今、私は妻の腹部を切開しようとしている。

 妻はもう助かる見込みがほとんどない、末期の胃癌だ。

 この機会の為に、妻の食事については長年慎重に調節してきた。多少の体調不良は気にせず無理をして気丈に振る舞うという妻の性格も成功に繋がった。

 

 結婚相手を激選した甲斐があった。

 

 他の人間は既に追い払った。少しばかり涙を見せて「二人きりにしてくれ」と騒ぎ立てただけで自分達から出て行ってくれた。


 だが、しばらくすれば様子を観に来るだろう。わずかであり、二度とない時間だ・・・。

 

 ・・・おぞましい。

 

 娘に勝るとも劣らぬ艶やかで妖絶な肉塊が、毒々しい藍色の疣目とシダ植物の群に浸食され尽くし、死にかけようとしている。大学の構内で初めて出会った日から私のことを信じ、笑顔を見せ続けてきた女は、ここまで犯されていたのか。

 私はメスを勢いよく贓物に振り下ろし、そこから更に深く、縦に切り裂いた。

 


 断面がライトに照らされ鈍く光り、そこから流れ出す、薄紫と紅色の液体。美しいものを無残に破壊したことによる、この上ない恍惚感。

 

 背後で執刀助手の叫び声が聞こえた。

 勝手に執刀し患者を死なせたことで、おそらく私は職を追われ、裁かれるだろう。自ら妻を殺した悪魔の医師として、マスコミの飯の種にもなるだろう。


 だが、後のことはどうでもいい。今目の前に広がる、この空間だけが世界なのだ。

 私は亡き妻の腹中にゆっくりと顔をうずめ、愛でた。

 

(第3話 完)