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扁桃体(最初に出来た大脳器官)


扁桃体

(最初に出来た大脳器官)


 

 扁桃体は、一般には『本能』を司っている場所だといわれている。
 私は、『現時点で一番重要な不快情報を見つけだすところ』という表現が適切だと思う。
 扁桃体は、先ほど説明した視床下部の上位器官である。
 ということは、初めに誕生した大脳器官である扁桃体の使命は、視床下部から情報を受け取り、これに対処することであった筈である。
 では、扁桃体が具体的に何をしているのかというと、『視床下部から送られてくる情報の中で、一番緊急性の高いものを選び出す』という事である。その為には、視床下部の送り届けてくる情報が、何らかの《統一した規則》に基づいた比較可能なものでなければならない。
 この《統一した規則》こそ、『脳を支配している理論』そのものである。
 では、いったい《統一した規則》はなんなのかというと、それは《不快》である。脳の統一した規則が不快であるということは、脳を通じて知覚している我々の世界もまた、《不快》で構築されている物、ということになる。
 仏教は、これを正確に言い当てている。
 仏教は、この世の全てを《苦》という言葉で表現した。苦も不快も、本質的に同じものである。

 繰り返しになるが、扁桃体の仕事は、現在、最も不快だと考えられる情報を探し当てること、あるいは、それにどのように対処すべきか、判定を下すことである。
 もちろん、その中には食欲や性欲といった『欲』も含まれてはいるが、この点に関しては、こう考えれば合点がいく筈である。

 食欲は、本当は欲望ではない。
《血液中の糖の減少から来る不快》なのである。
 性欲は、本当は欲望ではない。
《血液中の性ホルモンの増加から来る不快》なのである。
 睡眠欲は、本当は眠りたいのではない。
《睡眠の不足に対する不快》を解消したいのである。

 例としてあげたものは、いずれも解決策が一つしかない。
 空腹は、食事を取る以外に解決法がない。
 性欲は、血中の性ホルモンが排出してしまうしか解決法がない。
 睡魔は、睡眠を取る以外に解決法がない。

 結論が初めから決まっている話であるから、わざわざ苦しませてどうすればよいかを精神に一度、じっくりと検討させるより、快楽という餌で釣って、最初から一つしかない結論を実行させる方が、手間が掛からない。
 食欲、性欲、睡眠欲、等が欲望に置き換えられたのは、単なる手続き簡素化の為であって、これらは、そもそもは不快として処理されていたのである。だから、扁桃体が処理を行っている。

 だから、食欲を欲望と見なしてしまうと、まるで扁桃体が本能全般を司っているように見えてしまう。
 けれど、扁桃体が実際に行っていることは、今最優先に対処すべき不快は何であるのか、見つけ出すことだ。

 怒りも不快に対する一つの対処法。
 恐怖も不快に対する一つの対処法。
 嘆きも不快に対する一つの対処法。
 屈服も不快に対する一つの対処法。

 すべて、《不快》である。

 我々の持つ多様な感情も、そもそもは《不快》である。不快が元として、様々な形に変換されたものなのだ。
 喜び(快楽)とは、マイナスの不快。
 安心は、正の不快が検知不能に近づいてゆく、もしくは完全に検知不能になった状態。

 扁桃体を獲得した事で、我々の祖先は、《致命的な失敗》をしでかしてしまう確率、つまり、無駄に死んでしまうケースが激減したはずである。
 死亡率の低下は、生存競争に勝ち残る上で、従来型の生物に対して圧倒的優位に立てたことを意味する。


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海馬(真の意味での『動物』となるために)



海馬

(真の意味での『動物』となるために)

 


 

 海馬は、かつては『短期記憶』が保存されている場所だと考えられていた。
 海馬を損傷した患者が、新しい記憶を蓄える能力を失ってしまったからだ。
 海馬がないと、記憶が出来ない。ならば、海馬には記憶が一時的に保管されているに違いない。当時の科学者達はそのように考えた。
 しかし、海馬がどのような器官と関係する器官なのかを辿っていくと、それは微妙に違うのではないか、と感じられてくる。
 海馬は、扁桃体、腹側線条体、眼窩前頭皮質、大脳皮質、帯状回と、脳の中でもとびきり重要な部位と悉く繋がっている。
 海馬は、何か重要な情報の橋渡し役である、という事が察せられる。
 では、海馬が橋渡しをする重要な情報と一体はなんであろうか?
 その答えは、やはり《不快》以外にあり得ない。
 最初に作られた大脳器官である扁桃体は、視床下部から《不快情報》を受け取っていた。
 その後を追うように、海馬が作られた。
 海馬もまた、扁桃体に《情報》を送る。扁桃体から《情報》を受け取りもする。
 この《情報》はなんなのか?
 扁桃体が《不快》を専門に扱っている器官である以上、海馬が受け渡しをする情報もまた、《不快》以外にあり得ないではないか。

 この様に考えて欲しい。
 扁桃体は、確かに、『今対処すべき重要な課題(不快)は何か判断する』能力に長けている。
 それは、生存競争を生き抜くための、大きな武器である。

 しかし。
 扁桃体がどんなに優秀であっても、視床下部から不快情報が上がって来なければ、何もすることが出来ない。
 そして、視床下部は何か問題が発生しなければ反応しない。
 もしも、海馬が作られた時期が、我々の祖先が一箇所に留まる生き方をやめ、動き回る真の意味での動物への移行を果たした時期と、ピタリと重なるとしたら、どうであろう?
 海馬がまだ無かった頃、我々の祖先は、やるべき事が無くなったら、その場でじっとしていた。それ以上高度な処理はできなかったので、それでればそれで由としていた。
 だが、もしも我々の祖先がこの時期に、辺りを動き回ることの出来る《動物》に移行しようとしていたのなら、扁桃体が問題を検知できないから何も行動しない、というのは賢い反応ではない。

 例えば、空腹であったとする。
 この時は、確かに《不快》を検知している。
 だから、食事を求めて活動する。
 食事にありつけると、少し食べただけで《不快》は解除されてしまう。
 だから、活動を停止する。
 すると、直ぐにまた、空腹になる。

 何度も何度も、同じ事の繰り返し。
 果たして、これが利口なやりかただろうか?

 例えば、怖ろしいなにかから逃げるとする。
 この時は、確かに《不快》を検知している。
 だから、逃げる。
 ある程度距離が離れると、《不快》は解除されてしまう。
 だから、活動を停止する。
 すると、(かなり堅い確率で)直ぐにまた、怖ろしいなにかが迫ってくる。
 
 何度も何度も、同じ事の繰り返し。
 果たして、これが利口なやりかただろうか?

 この時代の我々の祖先にとって、視床下部から送られてくる不快情報が途絶えても、一定期間、行動を停止させないような仕組みを構築することが、急務になったはずである。
 それを、海馬は《不快情報の一時保全》という形で、解消した。
 おそらく、扁桃体の獲得が、我々の祖先が固定した生き方の生物から、動き回る動物への移行を果たしたきっかけである。
 そして、動き回ってみたら、たちまち、扁桃体だけでは上手く行かないことが判った。
 この問題を解決するため、海馬が生じた。
 そういう視点で眺めてみると、海馬が扁桃体の真横にある意味が、腑に落ちるのではないだろうか?


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彷徨える海月 (短い春の間に起きた大事件)


彷徨える海月

(短い春の間に起きた大事件)

 やがて、先に述べた大規模ガス爆発や火山の噴火によって地上や海底から十分以上のメタンガスが大気中に解放されると、回復した温室効果によって氷が悉く溶け出し、大陸の上の全ての氷を溶かし尽くし、地球は短期間で、海の広がる水の惑星への回帰を果たした。
 すると、光合成生物が海全体を覆い尽くすようになり、光合成生物とその生産物をほぼ独占に近い形で利用する立場となったクラゲも、海のありとあらゆる所に進出するようになる。

 だが、地球環境の均衡は、比較的短期間で再び崩れる。
 地球の火山活動は相変わらず活発で、海水はプレートに沈み込んで行く一方である。
 超大陸の南側は、相変わらず南極点付近に張り付いている。
 大気中のメタンガスの濃度が低下するにつれ、地球の気温は再び下がり、これによって、以前と同じ現象が再現されてしまった。

 全球凍結の再来である。
 ただし、生物界には前回と決定的に違った点が存在していた。
 今回は、超大陸の上にも、生物がいたのである。
 その超大陸の上の生物とは、地球全域の海に広まったクラゲのことだ。

『南極の氷が溶けると、地球の沿岸部は飲み込まれてしまう』という話を聴いたことはないだろうか?

 クラゲが地球全域に広がっていた当時は、まさにこの状態であった。大陸の上に氷=水が存在していると、海の水はその分だけ少なくなる。
 大陸の上に水がなければ、海の水の量は最大である。この最大の時に、クラゲ達は一斉に広がっていった。
 氷が発達を始めると、海の水が減るのだから、海岸線は下降を始める。
 ところが、大陸の上には川や湖が存在する。
 時には、内海と呼ぶべきような巨大な場所もあるだろう。クラゲ達は、条件が整っていれば、そのようなところに取り残される。

 やがて、地球全域が分厚い氷に覆われたとしても、取り残された場所が火山活動の影響などで水が凍結しない場所であったら、クラゲ達はそのまま、大陸の上で暮らして行ける可能性がある。
 そういう、幾つもの好条件が重なった場所が、存在していたのである。
 だから、大陸の上に取り残されたクラゲの一部は生き延びた。
 ただ、一つだけ問題があった。
 クラゲは、流れが無ければ食事を摂れないのである。
 最初にクラゲが生き延びた場所が、適度な大きさの湖の一部の、湖底から温泉が沸き続けているような所で、温泉があるためにバクテリアも多く繁殖していて、従って温泉付近だけは食べ物が豊富であったのだとしよう。
 食べ物が豊富にある場所の付近では、だ浮遊しているだけで、食事を取ることが出来たかもしれない。
 しかし、その環境から少しでも離れてしまうと、食べ物が希薄であるために、自分の周辺の食べ物を残らず吸い込んでしまった後は、食べるものがなくて衰弱死してしまう。

 そのような場所で、仲間を増やして行けるのは、どのような性質を持った者か?
 判断力を持った者である。
 判断力があるだけではなく、全身がその判断に従って一丸となって動くことの出来る者である。
 クラゲは、条件反射で身体の各部位が勝手に動いている動物だから、まずこれを改めなければならない。その上で、判断力も備えなければならない。
 要は、クラゲが繁栄するためには、中枢神経によって機能するシステムが必要だったのだ。

 そして、超大陸の上に取り残されたクラゲは、実際にその条件を満たすことに成功する。
 彼らは、脳を手に入れた。
 それだけでなく、彼らの身体には頭が備わった。頭がなければ、方向が確定できない。頭の下には、消化や生殖や実際に泳いだりする仕事を担う器官が備わった。これは、胸と腹に相当する。

 超大陸の上に取り残されたクラゲは、もはやクラゲとは呼べない生き物に変貌を遂げていた。
 化石などは一切見つかっていないが、論理てきに考えると、7億年近く前の氷に閉ざされた大陸の水の中に、そういう生き物達が生息する場があったはずなのである。

 同じ頃、海の中でも異変が起きていた。
 飢餓状態に陥ったクラゲ達の一部に、海底のメタンハイドレートの表面で繁殖するバクテリアを
食べ始めた者が現れたのだ。
 こちらのクラゲは、餌を食べるために脳を作る必要はなかった。海底を、ある規則に従って、這いずり回るだけで良かったからだ。

 ある規則とは、余り遠くに行かず、効率よく餌を食べ続けることが出来る方法を見つけ出すこと。
 例えば、ハンドルを左右のどちらかに固定した自動車のように、グルグルと回り続けるようなやり方。
 初期の多細胞動物は、左右が非対称である。
 なぜ、あえて、左右を非対称にしていたのであろうか?
 それは、まっすぐに歩き続けると、とんでもない所に行って、死んでしまうからである。餌が全くないところ、陸の上、海の中の谷のような所。
 そういう場所に填ってしまわないためには、餌が豊富にある場所の近くで、グルグルと回り続けるというのは、良いやり方であった。
 少なくとも、脳を作るやり方より、簡単に達成できた。

 このようにして、6億8千万年ほど前には、地球の幾つかの場所で、全く違う方法論から、生物が独自の進化が始まっていたのである。

 我々の祖先は、当時は熱水噴出口の近くに暮らしていた。
 そこでは、恐らくイソギンチャクから発展した、ウミエラのような、より効率よく浮遊するバクテリアを回収する生物が登場していた。
 だが、我々の祖先は、コロニーの一番端の所で、着底した残りカスを漁るような惨めな暮らしをしていた。動き回ることは出来ない生物だった。その姿は、ミミズのようにシンプルで細長かった。
 それでも、当時の生物としては進化の最先端に近いところにいた。超大陸の上に暮らす生物には及ばないものの、中枢神経が肉体を管理する仕組みは確立していた。
 これは、身体を細く絞り過ぎた結果でもある。
  細い身体の中で、あちらとこちらが好き勝手に反応をしていたら、食べ物を胃に送ることさえ満足に行えない。そのような作業は、規則正しく筋肉が反応して、 初めてスムーズに行える。だから、細長くなる課程で、神経が一つに束ねられ、それが全身を管理する仕組みが確立されたと考える。

 脊椎とは、おそらくはこの様な理由によって生じたものだ。そして、この仕組みが作られたのも、やはり7億年前に始まった、後期全球凍結の間である。
 やがて、二度目の全球凍結も集結する。
 全球凍結が終わった理由も、恐らくは前回と全く同じだ。

 

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天国と地獄 (同じ地球の上、同じ時代に、天国と地獄が存在していた)


天国と地獄

(同じ地球の上、同じ時代に、天国と地獄が存在していた)


 海全体で光合成生物が繁殖し、それが生物達を爆発的に繁殖させた。
 ただし、この恩恵にあずかれたのは、浅い海で暮らす生き物に限った話しである。
 深海や地上はむしろ、地獄と化していた。
 氷が無くなるということは、水が無くなるということである。水が無くなると言うことは、当時の多細胞動物にとって、死を意味していた。

 もしかしたら、甲殻類のキチンの皮膚は、このような状況を少しでも改善させるために発達したのもなのかも知れない。『水分の蒸発を少しでも防ぐため』に。
 脳のない生物にキチンの身体が備わったら、まともに動けず、死んで行く事になるだろう。
 それがどんな可能性を秘めていたとしても、使いこなせないからだ。サルが携帯電話を持っていても、実際にはなんら建設的な使い方を見つけられず放り出すのと同じ理屈だ。しかも、携帯電話と違い体の場合は、投げ捨てることが出来ない。
 しかし、脳を獲得していた彼らは、キチンに覆わてしまった身体をあやつって、何とか生きてゆく方法を見つけ出した。

  すると、キチンの身体はまた少しずつ変異をしてゆく。その変異した身体を、どうしても使いこなせなかったにもならなかったものは子孫を残すことなく死に、 祖先より遙かに上手く生きる方法を編み出したら、それは新しい種として分化したり、種の新しい特性として仲間の血の中に引き継がれてゆく。

 キチンの身体は、身体の大幅な小型化にも貢献しただろう。
  水の引いた大陸の上では、小さな水たまりも貴重な住処である。小さな水たまりで暮らせるような小さな身体を獲得できれば、それは繁栄に大いに役立つ。全球 凍結の集結の直後、超大陸の上には、既に初期の甲殻類が現れていたのではないかと考え。そして、それらはとても浅い水たまりや池の中で、小さな集団に別れ て別々に進化を遂げていた。
 他方、当時軟体のままでいられた超大陸の生物達は、干上がる恐れの小さい、比較的大きな湖などに逃れる事が出来たのではないだろうか?

 同じ頃、海の中には楽園のような空間が誕生し、そこでは単純極まりない仕組みの生物達の多くが、極端な大型化の道を歩んでいた。
 身体が大きい方が、沢山の餌を食べることが出来る。沢山の子孫を残すことが出来る。
 そういう理屈である。

 この楽園に辿り着いた一群が、私達がエディアカラ生物群と呼び、地球に現れた最初の多細胞生物の集団として認識しているものである。

 しかし、彼らは地球に現れた最初の多細胞生物の集団ではないと思う。
 彼らよりも速い時期に、彼らとは違う場所で、彼らより高度に進化した生物達が、どこかで息づいていたと考えなければ、この後に起こる歴史的な事件の辻褄が合わなくなるからだ。
 しかし、別の場所で別の系統が、つまり超大陸の上で超大陸に取り残された生物達の子孫が、同じ時期に、進化の階段を着実に駆け上っていたと考えると、全ての辻褄が合うからだ。

 例えば、旧口動物と呼ばれる動物達は、血の色が青い色をしている。血液に鉄を採用せずに銅を使用したためだ。
 なぜ、海に豊富にある鉄を、ヘモグロビンを、血液の材料として選ばなかったのであろうか?
 鉄が殆ど存在しない場所で進化を遂げたから、鉄の代わりに銅を血液の材料に選んだのではないのか?
 鉄が少なく銅が豊富にある環境とは何処だ?
 大陸の上の、火山帯付近でなれば、そういう場所が幾らでもあるのではないか?

 逆に、旧口動物が海の中で誕生したのだとすると、この様な問題を解決する答えが見つけられない。
 エディアカラの海は、鉄分が異様に薄くなる何か特別な理由でもあったのか?
 海で進化を遂げたのに、海水に豊富に含まれている、一番最適な材料である鉄をあえて使わない。
 そんな不自然な話しはない。

 私は、『旧口動物の血液が青い色をしているのは、彼らが海と切り離された陸の上で進化を遂げたから』だと考えるべきだと思う。そして、そのように考えると、後々の様々な事件が、上手く説明が出来るようになる。


 それともうひとつ。
 エディアカラ生物群の中には、私達の祖先も紛れ込んでいた。
 恐らく、この時代の後半には、なんとか這いずり回って動き回ることが出来る段階に到達していた。
 そして、もしかしたら、周囲の生物達が大型化を果たして行く中、別の生き方を模索して、一部は故郷である深海に帰った。帰ったというか、たまたま帰った者の子孫が生き残り、踏みとどまった者達の子孫は、恐らく絶えた。
 なぜ、私達の祖先が巨大化できなかったかというと、脊椎というやっかいな仕組みを作ってしまったからだ。
 風船を膨らませるように簡単に大型化を達成できた多くのエディアカラ生物達とは違い、私達の祖先は、構造が複雑すぎて、そのまま拡大すればそれでOKという訳には行かないのだ。
 しかし、周りの生物が巨大化を果たす中で、自分達だけが小さいままなら、生きてゆくのは辛くなる一方である。
 どんなに餌が豊富でも、周りの住人が巨大化してゆく中、自分達だけが大きくなれないという状況は、真綿で首を絞められているようなもので、あまり居心地の良いものではなかったに違いない。

 そしてこの頃、私達の祖先は、現在の脳の基礎的な仕組みを完成させていたと思う。
 扁桃体、海馬、大脳皮質、帯状回。
 これらに相当する器官を、エディアカラ紀の間に完成させていたと思う。
 つまり、精神を持つ生き物になっていた、という事である。

 

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