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イコライザー

イコライザー

2014年11月10日鑑賞

致命的な脚本の甘さ

 

最近、ホームセンターに出入りする事が多くなった。というのも、友人が今、家を「手作り」していて、僕もそのプロジェクトに加わっているからだ。どんなジャンルにしても、その道のプロが使う道具は見ているだけで大変面白い。一体、この道具、何に、どんな風に使うのだろう? と首をひねるような不思議な道具が一杯ある。そんな訳で、ホームセンターに行くと、思わず長居してしまうのである。

さて、本作の主人公も、ホームセンターに務めている。

アメリカ人にしては中肉中背。エプロンをかけて商品を棚に補充してゆくその背中は、典型的な善良な一市民に見える。

彼に家族はない。過去一度結婚したらしいが、奥さんとは別れてしまった。今は一人で暮らしている。食事も自分で作るらしい。キッチンに立って皿を洗っているその後ろ姿も、けっして嫌そうには見えない。

むしろ、今の気楽な独り身の生活をエンジョイしているかのように見える。趣味は読書。近所の行きつけの軽食堂で彼は、じっくりと味わう様に、本を読んでいる。今読んでいるのはヘミングウェイの「老人と海」だ。

この、いかにも実直で平凡な人物を演じるのが、アカデミー賞俳優「デンゼル・ワシントン」その人である。

そもそも、本作を観ようと思ったのは、彼が出演するから、という、たったそれだけの理由だった。

やっぱり、どこをどう切っても、デンゼルの演技には「味」がある。デンゼル・ワシントンのファンとしては、彼が劇場の大きなスクリーンに現れる、というだけで、嬉しくなってしまうのだ。本作はぶっちゃけて言えば、それだけの映画であると言い切ってしまっていいだろう。

主人公は、ふとしたきっかけで知り合った街の女が、巨大マフィアの一商品として使い捨てられる様子を知ってしまう。その巨大組織を、彼の超人的な能力、そう「殺人のプロ」としての能力でぶっ潰してゆく、その過程を楽しむ映画である。

ところがだ、問題はなぜ彼が、自分自身の危険を顧みず、巨大組織の壊滅に立ち上がろうとするのか?

そこまでするには「強烈な動機」が必要だ。

本作では第一に「正義」「ジャスティス」が強調されている。

しかしである。

彼はなぜ、ホームセンターで、平々凡々とした、当たり障りのない生活を守ってゆかないのか? 軽食堂で読書を楽しむ事をかなぐり捨てるのか?

何十年か前に「木枯らし紋次郎」という時代劇が流行った事がある。主人公の決まり文句は

「あっしには関わりのねぇ事で」

それで当然なのである。平凡な暮らしを守るには、出来るだけ厄介ごとに関わらない。むしろ、ほとんどの人は、そういう生き方を選ばざるをえないのである。

「悪」なんて、世の中に掃いて捨てるほどある。一般ピープルとは、そういう「悪」を見て見ぬ振りをせざるをえない、一種の哀しみを抱えて生きているのである。

本作は、そういう「複雑系」のドラマではないのだ。

主人公は、過去になにか強烈な心の傷や「トラウマ」を抱えていたか? その質問には答えていない。これだけの腕を持った超一流の「必殺仕事人」が、仕事としての「殺人」を辞めてしまった何かの理由が見当たらない。

そのあたりはアクション映画の代名詞「ランボー」第一作を観るといい。

ベトナムの戦場で、同僚の身体が爆弾で吹き飛び、自分の身体にへばりついた経験をランボーは持っている。職を探そうにも「ベトナム帰り」と言うだけで「人殺し」と罵られ、最低賃金の仕事にすら就けない。だから、かれは放浪者としての姿でスクリーンに登場するのである。そういう時代の背景を色濃く反映した映画である。

実に良く出来ているのだ。

それと比べて本作はどうだ?

主人公の過去の出来事は? 以前の仕事を辞めた動機は?

仕事としての「殺人」をしていた自分への後悔や、懺悔の感情は? そして、精神や心に、変調は来していないのだろうか?

奥さんとの別れの理由は?

本作では何一つ明らかにされない。

そういう映画ではないらしいのである。

本作はあくまでも名優デンゼル・ワシントンが「殺人マシーン」に一瞬で「トランスフォーム」する様子を楽しむ映画であり、その殺人の手際の良さを楽しむと言う作品なのである。

終盤、ホームセンターが戦場に変わる。

僕はよくホームセンターに通うし、現在進行形で家を作っている。電動ドライバー、電動丸ノコ、手ノコ、のみ、かんな、釘の一本に至るまで、これらは木材に向かって使うものだ。

僕らは知っている。これらは使い方を間違えば、強力な「対人兵器・殺人兵器」に一瞬で変身するのである。

日常生活の中で、それら平和的な道具が、ひっそりとホームセンターの片隅で、真っ当な仕事に使われる事を願ってやまない。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   アントワン・フークワ

主演   デンゼル・ワシントン、マートン・ソーカス

製作   2014年 アメリカ

上映時間 132分

予告編映像はこちら

https://www.youtube.com/watch?v=4GGjX9r4JUI

 

 

 


フューリー

フューリー

2014年12月3日鑑賞

戦争と言う「日常」を暮らす事

 

子供の頃から、プラモデルが好きだった。特に戦車が大好きだった。ドイツ、アメリカ、イギリス、現代日本の戦車などを作りまくっていた。そんな僕にとっては「戦車の映画」と聞くだけで心が疼くのだ。本作は、第二次大戦末期が舞台。アメリカの戦車部隊に新兵ノーマンが配属されてきた。彼はタイプライターしか打った事がない。何かの手違いで、戦車部隊に配属されてしまったのだ。彼は「FURY」と名付けられた戦車に乗り込む事になる。この戦車の指揮官(車長と呼ばれる)がブラッド・ピット演じる、愛称ウォーダディー。彼はドイツ語が堪能だ。もしかして、ドイツ系アメリカ人か? と思わせる。しかし、彼はドイツには容赦ない。獰猛で猛り狂う。復讐心をあらわにする。その愛車「FURY」の意味そのものなのである。

新兵のノーマンに対し、捕獲したドイツ兵をピストルで殺せと命ずる。ためらいなくドイツ兵を殺せる様に訓練させる。

ドイツとの戦争は末期の状態。ドイツ軍は手持ちの部隊を本土防衛に向かわせようとしていた。それに対し、FURY号にも命令が下る。本土防衛に向かうドイツ軍部隊が通過する十字路がある。そこに向かい、部隊の通過を阻止せよと言うのである。その途中、仲間の戦車部隊がことごとく撃破されてしまう中、車長ウォーダディーは「FURY」号たった一台で多数のドイツ軍と戦う決意をするのだった……。

いうまでもなく、戦車の中はとても狭い。その戦車の中をどう映画として撮影するのか? 本作はそれに挑んだ。戦争映画の名作「Uボート」あれは潜水艦映画の傑作に留まらず、極限状態に置かれた人間の生き様を描ききった傑作であると思う。Uボートの極度に狭い艦内をまっすぐ前方に移動するキャメラの効果は、凄まじいリアリティだった。急速潜航する際に、乗員が一斉に艦首へ猛ダッシュする。コンマ一秒でも速く潜るために、全乗員の体重を艦首に移動させ、艦の重心を前方へ傾けるのだ。こんなことは、それまでの潜水艦映画では描かれなかった事実である。戦争のリアルを描く事は、実はいかに細部までリアルさにこだわるか? その後の戦争映画の基礎をつくった作品と言える。

本作の人物描写は車長ウォーダディーと、新兵ノーマンとの一連の”絡み”が中心だが、もちろん、本作の重要な主人公はもう「一台」いる。米軍中戦車M4シャーマン「FURY号」そのものである。

M4シャーマンはアメリカが生み出した第二次大戦中を代表する戦車だ。戦車の大事な三要素は「攻・走・守」だが、守る事に関してシャーマンは若干弱かったようである。それでも4万9000台以上と言う、ドイツ軍戦車から比べると、一桁上を行く生産台数の違い、その圧倒的な物量作戦もあって、第二次大戦時、連合軍の勝利に貢献したとされている。

当時の戦車兵たちはどのように闘っていたのだろうか?

戦車長のウォーダディーのセリフに「こいつは俺の家だ」というのがある。皆、そう思っていただろう、とおもう。映画に描く場合、その主役である戦車と、それを取り巻く環境に「生活感」がないといけない。燃料、弾薬、食料と水。それらは戦車にどのように積まれていたのか? 戦車兵達はどのように戦争と言う「日常」を暮らしていたのか? 戦時中のM4シャーマンの写真を見ると、予備の車輪や、薄い側面装甲を補う土嚢、木箱、テントらしきもの、その他様々な袋が括り付けられている。まさに、戦車兵達の「日常の暮らし」そのものを載せて、M4シャーマン戦車は戦場を駈けていたのである。本作ではそれらのディティールがよく表現されている。また本作では「本物の」タイガー1型戦車が登場する。これはイギリスの博物館に収蔵されている、世界でただ一台動かせるタイガー戦車だ。そのドイツ戦車らしい無骨さと、職人技の結晶のような造形美。戦車マニアなら、その姿をスクリーンで観ることが出来るだけで、ほとんど涙しそうになる。第二次大戦当時、タイガーは「戦車の王様」だった。タイガー戦車とまともに闘える連合軍側の戦車はなかったと言われている。

本作では、ブラッドピットをはじめとするキャスティング、及びもう一人の主役である戦車とその描写については申し分ない出来であると思う。ただ、脚本面での若干の冗長さが気になった。

また、ドイツ軍側やドイツ親衛隊(略称SS)を悪の権化のように一方的に描いているのもやや疑問を呈するところではある。

また、戦争映画にありがちな「大量殺戮」シーンが本作でも登場する。それを演じるのは多くのエキストラ達だ。しかし、大量殺戮された一人一人の兵士達にも、家族があり、それぞれの人生がある。

劇中で殺されていった多くのドイツ兵や、当時のドイツ人はどのようにヒトラーを支持する事に至ったのか? 戦争や、自国ドイツの事をどのように想って闘ったのだろうか? 

なお、M4シャーマンのエンジンをつくっていたフォード社の創業者ヘンリー・フォードはヒトラー支持者であった事が知られている。その部分にもスポットを当て、鋭く切り込むような作品が、いつの日か現れる事を待ちたいと思う。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   デビッド・エアー

主演   ブラッド・ピット、シャイア・ラブーフ

製作   2014年 アメリカ

上映時間 135分

予告編映像はこちら

https://www.youtube.com/watch?v=ZnHfXeIf7dA


花宵道中

花宵道中

2014年11月12日鑑賞

女性の支持は得られるのか?

 

天才と呼ばれた子役にも、当然の事ながら「年齢」という厳しい壁が立ちはだかる訳です。そのあたりは芦田愛菜ちゃんなども、今後、女優業を続けていくならば、乗り越えなければならなくなる運命にあります。本作の主役は安達祐実。あの「同情するなら金をくれ!!」と言う名言を吐いた名子役でありました。

その人が本作ではついに脱ぐんであります。

濡れ場アリです。

まあ、映画興行を考慮すると、かなりのインパクトがあるのでしょう。劇場で鑑賞する限り、平日にも関わらず、6、7割客席が埋まっておりました。

物語は江戸時代の遊郭、吉原。ここに人気の遊女がいるのです。

男達の関心を浴びたこの遊女、高潮すると「肌に花が咲く」ともっぱらの評判なのです。

それを拝みたくて、彼女を指名してくる客が多いのです。

まあ、その遊郭にとっては看板のような存在です。

「遊女にとって大事なのは男に惚れない事」

それを守り続けてきた、この看板遊女「朝霧」

ところが、あるとき縁日で知り合った半次郎という男性に、心引かれてしまうのです。彼は、腕のいい、染め物職人。朝霧の切れた下駄の鼻緒をキレイに直してくれたりします。

朝霧はもうすぐ年季明けです。吉原の遊女という身分から、ついに解放か、と思いますが、名の知れた遊女ともなると、お金持ちの「旦那」さんが放っとかないわけですね。

旦那の方は朝霧を身請けするつもりですので、もう半分自分の所有物のように思っている。

ある日、この旦那の宴席に朝霧が呼ばれました。とろこが、その連れの客として、なんとあの半次郎がいるのです。半次郎にしても、まさか、幼顔の可憐な彼女が遊女であったとは、全く青天の霹靂。しかも、朝霧としては、スポンサーである旦那の宴席。旦那からのいやらし~い、あ~んなことや、こ~んなことも、つれの半次郎の目の前で演じてみせなくてはならない。こりゃ~、辛い状況ですな。

というわけで、その後どうなるのかは、劇場でお楽しみくださいませ。

本作の見所は、もちろん安達祐実がどのように大人の女、しかも遊女を妖艶に演じるか? にかかっている訳でして、実によく分かりすぎる展開の作品です。

吉原の遊女を扱った作品として、近年では蜷川実花監督、土屋アンナ主演の「さくらん」があります。あの作品は僕も劇場で鑑賞しました。

吉原の遊女を扱った作品として、どうしても本作と「さくらん」は見比べてしまいますね。本作「花宵道中」が原作は女性ながら、男性監督を起用したのに対し「さくらん」の場合、その特筆すべき点は、原作 安藤モヨコ、脚本 タナダユキ、監督 蜷川実花、主演 土屋アンナ、更には音楽さえも椎名林檎さんが担当。

まさに鉄壁の「女性チーム」を組んでいる事です。徹底して女性目線の「吉原、花魁映画」を作ろうとした蜷川実花監督の狙いは見事的中しました。僕としては蜷川実花ワールドを楽しめる佳作であると感じました。

では、本作「花宵道中」はどうでしょうか?

残念ながら、その点、男性の興味本位の部分があちこちに見え隠れする感じがあるのです。女性の観客の共感や支持を得られるのかなぁ~。この辺りは逆に僕が女性の観客にお訊きしたいところです。

え~、もちろん、R15指定なので「良い子の皆さん」は安達祐実さんぐらいの年齢になってから見てくださいね。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   豊島圭介

主演   安達祐実、渕上泰史、

製作   2014年 

上映時間 102分

予告編映像はこちら

https://www.youtube.com/watch?v=S1yXIlrp00w

 


紙の月

紙の月

2014年11月20日鑑賞

黒と白の崖っぷちで

 

僕がバスに乗っていたときのこと。停留所が近づくと、せっかちな客が立ち上がって二三歩、降車口に向かってバス車内を歩いた。

「絶対に動かないでください!!バスはまだ動いています!!」

厳しい口調で注意したのは、バスの運転手、それは女性だった。

客が降り際に、再びその女性運転手は

「バスが止まるまで、席を離れないで!怪我をしますよ!!」

と実に厳しく忠告した。

僕はこの光景を一部始終見ていた。

もちろん、自分が運転するバスの中で、乗客に怪我でもされたら、それこそ場合によっては、自分の職を失うかもしれない。

このバスの女性運転手の指導は実に適切であり、客の安全を守ると言う、運転手としての責務を全うしていると言える。

しかし、ほとんどの乗客は、バスの中でアナウンスされる

「バスが停留所に止まってから席をお立ちください。運転中、席を移動する事は大変危険です」という忠告を聞こうとはしない。

あえて、危険な行為をバス車内で行って平気な顔をしている。

それは「ありがちな行為」だ。

それをひとつひとつ忠告しようとする女性運転手に、僕はある種の尊敬と愚直さと「女らしさ」を感じるのだ。

というのも、誤解と非難を恐れず、男目線から言わせて頂くと「女らしさ」の要素の一つとは「融通が効かない事」だと思うからだ。

本作「紙の月」で僕が最も注目したのは、宮沢りえ演じる主人公でもなく、やや子役臭さがいまだに残る、大島優子の演技でもなく、小林聡美演じる、実に融通の利かない銀行事務員「隅より子」という人物像だった。

本作は銀行員にとっておもわずやってしまいそうになる、誘惑に駆られる、そういった「ありがちな行為」にハマってしまった一女性銀行員の話である。宮沢りえ演じる主人公、梅澤梨花は、銀行の契約社員である。

仕事は外回りの営業だ。

個人客を訪問し、定期預金などの「商品」を販売し、客の財布から銀行に金を預けさせるのが彼女の仕事だ。彼女は、顧客の孫である、大学生と知り合いになる。夫は海外勤務が決まったばかりだ。彼女と大学生は男女の関係となった。彼女は若者との「甘い生活」その快楽に、どっぷりと浸ってしまう。男との危うい、しかし、魅力的な火遊びには「金」が必要だ。そこで彼女は顧客の金を私的に流用した。

最初は「ほんの数時間」借りるだけ。

後で自分の預金から返しておけば問題はない。

その事実は銀行の内部で発覚しなかった。

一度やってバレないのならば、何度やっても分からない。

やがて彼女の顧客資金流用は歯止めを失ってしまう。

本作はその顛末を丁寧に描いてゆく。

さて、僕が注目した「隅より子」と言う人物。

銀行勤続25年。いわゆるお局さんである。

この人は何を楽しみに生きているのだろう?

この人は銀行の仕事にどんなやりがいを感じて25年勤続しているのだろう?

そのあたりにスポットはあたっていないので、なおさら不思議な人物像に思えてしまう。きっと、腹の中では色々と溜まってそうな人物である。また、そう思わせる小林聡美の演技力が僕には光って見えた。

主人公の不正行為に最初に気づくのが、この「隅より子」である。

映画の終盤、主人公梅澤梨花と隅より子が対峙する場面がある。

「あなたはそのお金で好き放題やってきたんでしょ?」

と隅より子は梅澤を問いつめる。

しかしである。その言葉の中に、どこか主人公のタガを外した「オンナの生き方」に「自分には出来ない」と言う諦めと共に、一種の「あこがれ」を感じているかのようなのである。

「自分だって、彼女の様にオトコに走ってみたい」

「なにかに夢中になる生き方をしてみたい」

そう感じているかのようである。

それを許さないのはなぜか?

自分は「融通が効かないオンナ」だからにほかならない。

お金を融通する事。

それこそが「金融」である。

銀行の業務の最も根っこにあたる機能の一つだ。

銀行の一部の特権的なオトコ達は、その地位を利用してお金を「融通」させすぎた。結果として天文学的な金額が回収不能、不良債権となった。しかし、それが元でブタ箱に放り込まれた銀行経営陣はいないようである。ほとんど全ての不良債権は、代わりに赤ちゃんからお年寄りまで、国民の税金でチャラにしてしまった。

そういう「巨悪」はこの国では丁寧にオブラートで包まれている。

一人のある意味「哀れなオンナ」の一例として本作を見るのか?

あるいは誰しもが持っている「ありがちな」心に閉じ込めてある「悪」の扉を開いてみせるのか?

吉田大八監督が描く、無機質な白と黒しかない銀行内部の風景。その間のグレーを読み取れるのなら、本作の味わいはぐっと深まると思うのである。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   吉田大八

主演   宮沢りえ、池松壮亮、大島優子、小林聡美

製作   2014年 

上映時間 126分

予告編映像はこちら

 

https://www.youtube.com/watch?v=TcTe6m5U7ZI


奥付



映画に宛てたラブレター2014・12月号


http://p.booklog.jp/book/91921


著者 : 天見谷行人
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/mussesow/profile


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この本の内容は以上です。


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