目次
まえがき
Overture (いかなる権威にも囚われない)
第1章
Battle of Words 1 (投資集団による国家統治)
Battle of Words 2 (国民は国家によって売られた)
Battle of Words 3 (すでに政治的選択肢など無い)
Battle of Words 4 (現出したオーウェル世界)
Battle of Words 5 (全体主義が最終調整される)
Oppress (小沢一郎の英雄的行為とは何だったのか)
第2章
Rogue Economics (我々は主権者ではない)
We are the Dead (人間精神はすでに滅んでいる)
Escape from Freedom (高らかなる棄民宣言)
Johnny Got His Gun (全ては政治的フィクション)
Known as Brainwashing (公共放送という洗脳機関)
Ashes to Ashes (独裁は知性を憎悪する)
Cyberpunk is Not Dead  (経済的動機による錯乱)
第3章
Plein Soleil (ナチ的観念操作に他ならない)
Yapoo, the human cattle  (公から私への富の移転)
canary in a coal mine (叛逆を卵の段階で削除する)
Welcome to the Desert of Real  (次世代の消失)
grotesque (構造的暴力を助長する醜悪)
Simulation 4th (孤立する知者たちへ)
Neo Fascio (いかにして認知は攪乱されるのか)
第4章
no alternative (全野党が自民党の衛星政党である)
Brain Machine Interface (言語破壊による意識収奪)
like a hard dog (すでに粛清は始まっている)
What Alice Found There (戦争が利潤機会なのだ)
Die letzten Tage (官吏が実証するアイヒマン理論)
Battle of Words 6 (在日はスケープゴートにされた)
Battle of Words 7 (終焉を迎えた二ホン国文明)
第5章
something to live for  (ネット言論もゴミ山である)
Kingdom Rush (金融緩和というインサイダー)
quiet life again  (すでに知的降伏状態なのだ)
Simulacra Postmodernism (米国主導の宣伝工作)
Shuffle (カタストロフは未来からの審問である)
News of the World (多国籍企業の利潤が第一)
Man the Hunted (われ反逆する、故にわれらあり)
第6章
Battle of Words 8 (最高のプロパガンディスト)
Battle of Words 9 (敵国条項が解除されていない)
Battle of Words 10 (思考の断片化が加速する)
Battle of Words 11 (それは支配民族の普遍衝動)
Battle of Words 12 (経済格差は生存格差となった)
Battle of Words 13 (売国のインセンティブとは)
Panopticon (スターリン体制の再興)
付録1
Promised Land 1 (二ホン売ります)
Promised Land 2 (外国人が国土を買い漁る)
Promised Land 3 (国家中枢が制圧された)
Promised Land 4 (もはや戦争すらできない)
Watching You 1 (情報は全て抽出される)
Watching You 2 (絶対に負けないマネーゲーム)
Watching You 3 (米国規準のバックドア)
付録2
Animal Farm 1 (属国民同士の対立)
Animal Farm 2 (支配本質を隠蔽する装置として)
I'm the Hollywood Tease 1 (資本が新領土を求める)
I’m the Hollywood Tease 2 (戦争はドラマツルギー)
I’m the Hollywood Tease 3 (典型的な侵略戦争)
I’m the Hollywood Tease 4 (日銀とナチスの連携)
出典・引用

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第1章

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Battle of Words 1 (投資集団による国家統治)

*Battle of Wordsと題した一連の対話集は作家・高橋博彦氏と交換した私信の選集であり、公開は故人の承諾に基づいている。なお文中における青字が高橋氏、黒字が響堂雪乃の文言であることに注意願いたい


>我々を襲っているのは国土、文化、伝統を包摂した総体としての国家ではなく、国家という仮面をかぶったレントシーカー(政治が生む利益を追い求める者たち)です。

 

自民党がやらかしているのはまさに伝統文化と地域コミュニティ、労働・福祉権と国民経済の破壊に他なりません。インドやスリランカなどの史例が示すとおり、植民地主義は搾取と同時に甚大な環境破壊をもたらすのであり、原発事故による国土の永劫的汚染はまさにその象徴であり法則発動なのです。いずれにしろ我々に欠落しているのは、そのような対決的視点ではないでしょうか。

>清水 馨八郎先生

清水氏の言葉は非常に示唆的であることから拙著に引用しましたが、本質としてその多くが「エスノ・セントリズム(自国民族だけが清廉で優れているという思想)」に拠るという批判はもっともだと思います。ご存知のとおり産業革命以降の世界においては、カリブ地域などで確立されたプランテーションの運営メソッドが、そのまま先進各国の統治理論として援用されました。4千数百万人が医療保険未加入となり食糧配給券に依存するアメリカの例証どおり、近代においては白人種すら白人種によって壮絶に搾取されているのであり、もはや人種対立というパラダイムは完全に不成立です。つまり現象を「資本帝国VS国民国家」という視点から捉えなければ、あらゆる本質を見誤るのだと思います。

>我々が帰属している一つの総体としての国家

この世界における認識の困難さというのは、国政議会と資本グループが相互浸透を果し、国家という定義が曖昧化していることによるのだと思います。現実としてアメリカもメキシコも韓国も日本も「帝国」に併合され、文字通り「諸コミュニティ化」しているわけであり、民族や風土や権利や文化の疎外によってフランチャイズ化が達成され、つまり国家という体系はすでに観念の投影物に過ぎず、そのようなことから齟齬が生じているのかもしれません。つまるところ我々は互いに「国家」という言葉を口にしながら、全く異なるものについて議論しているのであり、すなわちそれぞれが信じるイリュージョンの体系を漸近線(ぜんきんせん=近づきはするが決して交わることがない線と線)上で論じ合っているだけなのです。
 



 >ホッブズに倣えば、国家は国民にとってリヴァイアサンですから双方の契約の均衡をやぶって国家が暴走すると大変なことになるわけです。今の日本がそうなっていますが、すでに伝統的な国家は解体され、残存する国家様のものは「CSISと日経新聞社のコラボ状態」のようなものです。3.11が起きたあと、官邸にはアメリカの要人が常駐し、菅直人は彼らの指揮下にあったわけです。つまり今の日本とは「宗主国による臨時(暫定)政府」なんですね。

「古典的リヴァイアサン」と「現代的リヴァイアサン」の相違とは、前者が国内権力の蝟集であったことに対し、後者は外国勢力をその成員をすることです。この傾向は日本などの経済植民地だけではなく、FRBという通貨発行権をもつ中央銀行がシティバンクやロスチャイルドを媒介とする欧州資本に私的所有され、主要閣僚が金融、軍事、エネルギーなど多国籍企業のステークホルダー(民間の利害関係者)によって編成されるアメリカも全く同じ構図にあります。このように先進各国の意思決定はいずれも最高議会によるのではなく、極めて少数の投資集団の掌上に集約されているのであり、すなわち「現代的リヴァイアサン」とはグローバル資本を核とする無国籍な権力機構のキマイラ的綜合なのです。

政治学者のシェルドン・ウォーリンはこれを「反転した全体主義(Inverted Totalitarianism)」 と表現しました。つまり本来は国家暴力の下部構造として隠然すべきヤクザ者のゴロツキ集団が、逆に国家議会の上部構造として君臨したナチス・ドイツのような体系であるというわけです。それはつまり巨大資本が国家議会に従属するのではなく、国家議会が巨大資本に隷属するという倒錯に他なりません。

「反転した全体主義」とは本質として民主主義が無化された体系であり、むしろこのようなシステムはすでにテンプレート(世界基準)化されているのであり、それが我々の直面するグローバリズムという脅威の正体なのです。その最単純モデルとは「政治家が外国人投資家から金をもらい、その見返りとして外国資本の利潤が最大化する法案を作る」ということであり、労働者の非正規化もTPP(関税自主権の撤廃)も水道や郵貯の民営化も大企業減税も福祉の全面削減も消費税率の引上げも、言論弾圧法の施行や憲法改正すらも、全てはインセンティブ(対価報酬)の見返りとして実施されるのです。しかし、そのような背徳はあまりにも白昼堂々と横行しているため、巨大な国民的スコトーマ(盲点)と化しているのではないでしょうか。



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Battle of Words 2 (国民は国家によって売られた)

>会社は社員が知らない間にM&Aでどこかの国の会社にすり替わっていた。今の日本は大体そういう感じではないでしょうか。

幾度も論述したとおり、2001年に発足した小泉政権は「対日投資倍増計画」を掲げ、減損会計(資産を簿価でなく時価で評価する会計システム。恐慌に発展することからアメリカでも廃止されていた制度)の強行による株安を引き起こし、2万円台にもちなおしていた東証の主要銘柄が7千円台の投売り状態になったところで、その過半数を一挙に多国籍ファンドに取得させました。

それが日本企業の所有権移転であり、経済主権の終焉であり、売国のビジネスモデル化であり、過激化する労働権解体の発端だったわけです。すなわち「金融市場を通じた日本国民の奴隷化」が達成されているわけですが、若年世代は不安定雇用や貧困に苦しみながら、このような経緯と仕組(抑制された賃金が外国人投資家の配当益に充当される構造)に全く気づいていません。直言するならば、いまだ自分たちが「国家によって売られた」という自覚がないわけです。

ライブドアによるニッポン放送株の買い占め騒動に際し、リーマン・ブラザーズはライブ社に対し8千億円の資金を提供していたのですが、その当時すでに財務官僚であった榊原英資と経済企画庁長官であった堺屋太一がリーマンの顧問に就任し、しかもその中心的役割を果した村上ファンドには日銀総裁が投資していました。すなわちこの国においては10数年にわたり政治機構も官吏機構も外資マネーに浸潤され祝祭的乱交を繰り広げているわけです。直言するならば外国人投資家がエスタブリッシュメントに付与するインセンティブ(対価報酬)によって国益が殺されているのであり、民衆を慮る思惟など鳥の影ほども見当たりません。
 


>これを糺すには、元の会社に戻すか、あるいは新たな日本の邦人企業に変えることですよね。向こう側の経営権を無力化して。私は、国家が変質したら、国家と国民が正常なコラボ状態となるように健全化するというのがまっとうな方向性だと思うのですよ。

断言しますが、それは不可能です。国民の99%は「何が起こるのか」以前に「何が起こっているのか」も理解が覚束ない状況であり、オルタナティブ(代替的政治思想)を構想する最低限の知性を持ち得ないからです。小泉政権に同期して長時間枠のバラエティ番組が各局で編成されたのは決して偶然ではなく、それはブラッドレー財団やジョン・M・オーリン財団などいわゆるネオコン(新保守)系のシンクタンクで策定された「民族の馴化(家畜化)」というオペレーション(心理作戦)の一環であり、つまり「軍事的占領とともに文化と経済をワンセットにした占領政策が周到に作られていった」のであり、もはや我々の体系から反抗など生じ得ないのです。

「ヘゲモニー・モデル説」によると、視聴者の信念は支配的な文化価値と共同関係にあるとされていますので、コンテンツの低俗化は我々が想像する以上に知性の溶解をもたらしています。換言するならば、民衆の潜在意識は支配勢力によって、絶え間なくボーリングされ続けているわけです。

例えば7時のNHKニュースで「経済特区において外資企業の利子所得は非課税とします。残業代は不払いとします」と1分間アナウンスしたとしても、その後は就寝するまでの3時間、4時間にわたりお笑いだのプロ野球だのによって意識が攪乱され、思考が分断化されますから、問題を等身大の自分に連関して捉える、あるいは意味化するなどという頭脳作業が全くできないわけです。それはまさに「正統とは何も考えないこと」というオーウェル理論の体現であり、かつて高橋さんがおっしゃられたとおり原子化された個人はクラスタ(集合体)になりえず、国家暴力に異質な力を対抗させることなどかなわないわけです。

>憲法は国家の暴走を食い止めるストッパーであり、リヴァイアサンの手綱の役割だと思います。

憲法9条の解体は小泉政権時より綿密に企図されていたことです。あらためてこの国の政策群はグローバリストのタイムテーブルに従い進捗しているのであり、「市場原理主義は戦争国家を目指す」というセオリーのとおり、もしくは「バター(福祉)より大砲(戦争)」という定理のとおり、医療・教育・年金などの社会支出を全面抑制し、そのカネを軍需に傾注し、国富収奪の最終章とする企てに他ならないわけです。

むしろ市場原理主義と軍事政権は内在本質を共有し、過激な親和性を発揮するのです。アメリカでは児童ホームレスが130万人を突破し第三世界の様相すら呈しているのですが、それは軍事が国家予算の30%近くを占めるなど福祉を圧迫し、毎年60兆円規模のカネが軍需コングロマリットに配分されることによるのであり、愚かなこの国はそのような社会モデルに追従しようとしているのです。

以上の前提において、戦争国家構想とは日本国における軍需のセカンダリ・マーケット(第二市場)を創出するのであり、極東や中東の有事(捏造された紛争)を意匠し、武器・弾薬の在庫を一掃するという目論みであり、「大国が被支配民族を侵略戦争に投入する」という人類史の恒常的現象であり、「予防戦争」という名義において実践されるアメリカの公共事業プロジェクトに、ゼロ・コストの自衛隊員を徴用するという資本帝国の究極的なエゴイズムに他ならないのです。

いずれにしろ「緊急と例外は国家の常套」であり、近い将来には臨戦態勢が既成事実化され、徴兵制など国家総動員法がなし崩し的に実施されることになるでしょう。



Battle of Words 3 (すでに政治的選択肢など無い)

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Battle of Words 4 (現出したオーウェル世界)

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Battle of Words 5 (全体主義が最終調整される)

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