閉じる


パンプキンマン

 OLのAさんは駅からマンションへ向かう道の途中、コツコツ、と自分の後をつけてくるような足音が気になって何度となく振り返りました。

 空耳だったらしく、振り返っても人影はありません。

 疑り深くじっと電柱や塀の陰を見つめて、ようやく安心して歩き出すとまた、コツコツ、と自分の足音に重なるように足音が聞こえてきます。

 ふつうの閑静な住宅街で、いつも決して人通りが多いとは言えませんが、それにしても今夜は誰も通る者がいません。

 自他ともに認める「美人」のAさんはすっかり怖くなって足を速め、するとまるで影のように追ってくる足音も速まり、Aさんはぶっちぎりで駆けだしました。

 住宅街の一角が市民農園になっていましたが、その前を駆け抜けた時、暗い陰の中、何かパッとカラフルに目に飛び込んでくる物があって、Aさんはハッと飛び退き様に振り返りました。大学時代創作ダンス部に所属していたのでターンは華麗なものです。

「なーんだ」

 それは、カラスよけに立てられた、頭でっかちのカカシでした。

 竹を十字に組んだ骨組みに、青いぼろ布をまとって、軍手の手をして、オレンジ色の大きなカボチャを載っけて、カボチャには三角形の目とギザギザの口がくり抜かれています。

 ジャック・オー・ランタンです。

「ああ、今日はハロウィンだったわね」

 そう言えば街がオレンジ色に浮かれていたような気がしますが、バリバリキャリアウーマンで甲斐性なしの彼氏をふったばかりのAさんは眼中にありませんでした。

 華麗な急ターンで振り返った視界にも後をつけてくる何者かの姿はなく、やっぱり気のせいだったのねとようやくほっとしました。

 道に向き直って歩き出そうとすると、

 

 ギッ、

 

 と音がして、振り返ると、カカシがカボチャ頭の重さのせいでしょうか、道側に傾いでいました。

 何となく不穏なものを感じて見ていると、斜めになったカボチャの顔が、くりっ、とこちらを向いて、ピカッと目と口が光ると、

 

「トリック・オア・トリート」

 

 と、おもちゃのような声を出しました。

 

「うっぎゃあーーーっ」

 

 Aさんは寝た子も起こす悲鳴を響かせて、高校時代陸上部に所属していた足で閑静な住宅街を全力ダッシュで駆け抜けていった。

 

 

 

「トリック・オア・トリート♪ トリック・オア・トリート♪ お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ♪」

 仮装した子どもたちが楽しそうに口ずさみながら歩いていました。

 並んで歩く二人の子どもたちの後ろを、大きなオレンジ色のカボチャを被り、暗い青色のマントを羽織った人物が続いて歩いていました。

 子どもたちは黒いとんがり帽子を被って魔女に扮したおばさんのところへ来ると「せーの」と声を揃えて元気に言いました。

「トリック・オア・トリート!」

「はい、ハッピー・ハロウィン」

「わーい、大成功。ありがとう」

 子どもたちはおばさんから黒いハロウィン仕様のお菓子袋をもらって、みんなが続々集まってきている公園に入っていきました。今夜はちびっ子も特別に、町内会でハロウィンのコンサートが開かれるのです。

 子どもたちに続いておばさんの前に来たカボチャ頭の人物が言いました。

 

「トリック・オア・トリート」

 

「やあだあ、大人は駄目よお。もう、ひょうきんな人ねえ」

 カボチャ男はおばちゃん笑いで軽くいなされてしまいました。

 カボチャの三角の目が妖しく光りました。

 

「ハッピー・ハロリン」

 

 さっきお菓子袋をもらったカボチャ頭巾の女の子がお裾分けのキャンディーをニコニコ笑顔で差し出しました。

 カボチャ男は手のひらに受け取ると、

「ハッピー・ハロウィン」

 と小さな声で言いました。優しい女の子は手を振ってお友達のところに駆け戻っていきました。

 カボチャ男は女の子を見送ると、自分は公園に入らずに、笑顔の人々の流れに逆らって道の先へ歩いていきました。

 

 

 

 大きなカボチャ頭の男は駅裏の夜の繁華街に現れました。

 ここでは若者たちがなかなか本格的にホラーな扮装をしてハロウィンを楽しんでいました。

 カボチャ男はゾンビナースのミニスカートからにょっきり伸びたセクシーな太ももに吸い寄せられるように近づいていきました。

 

「トリック・オア・トリート」

 

 太く低い声で背後から耳元に囁くように言いました。

「え?」

 青い肌に大きな縫い跡をペイントしたゾンビナースが振り向きました。

「トリック・オア・トリート」

 カボチャ男の押し殺したような声にゾンビナースは紫の唇でニタリを笑いました。

「あーーん」

 大きな注射器を掲げると、先をカボチャのギザギザの口に差し込み、中の真っ赤な血液……のようなアセロラジュースをピューッと噴出させました。

「ハッピー・ハロウィン」

「ハッピー・ハロウィン……」

 カボチャ男はちょっと照れたように言って、もっとゾンビナースのお姉さんとお話ししたい様子でしたが、彼氏のゾンビ患者がやってきて、けっこうなマッチョなゾンビだったので、名残惜しそうにしながら彼女から離れて歩き出しました。

 楽しそうに盛り上がるゾンビやバンパイヤたちの間を縫うように歩きながら、カボチャ男の背中はちょっと寂しそうでした。

 

 

 

 カボチャ男は閑静な住宅街に舞い戻ってきました。

 公園の音楽会も終わってしまったようです。

 一人でブランコをキーコキーコと揺らしていましたが、やがて止まって、立ち上がると歩き出しました。

 静かな道路を歩くカボチャの様子がちょっとおかしくなっていました。

 明るいオレンジ色だったのが、すっかり黒ずんで、縮んでしわが寄って、なんだかひどく凶悪な人相になっています。

 歩いていく先にオレンジ色の温かな明かりがありました。

 門柱にジャック・オー・ランタンを載せて、道に面した庭にハッピー・ハロウィンのオーナメントを飾り立てています。

 カボチャ男のどす黒い顔がますます面白くなさそうに凶悪になりました。

 きっとこの家には幼い子どものいる幸せな家族が住んでいるのでしょう。

 カボチャ男は門扉に手をかけ、玄関のドアに向かおうとしました。

 ふと、道の先にもチカチカとうるさい光が点滅しているのが目に入りました。

 カボチャ男はキャンディーをくれた女の子のことを思い出し、門扉をそっと閉めると、先のうるさい光目指して歩き出しました。

 

 屋根つきの大きな門に二枚の重そうな黒い扉が閉まっていますが、その扉に、チカチカ点滅する電球に縁取られて、

『ハロウィンおことわり』

 と、ネオンで書かれた看板が掛けられていました。

 見るからに大金持ちのお屋敷です。

 わざわざこんな派手な看板で『おことわり』だなんて、本当は子どもたちに来てほしくてしょうがないのでしょう、きっと住んでいるのは怖い顔をした、本当は子ども好きな、引退した元大会社の会長さんかなにかでしょう。

 カボチャ男はどす黒い顔でつぶやきました。

「むかつくぜ……」

 扉と看板の前に変な物がぶら下がっていました。

 正月のしめ縄のように横にロープが張られて、そこから何本も紐が、大人の胸の下辺りまで垂れ下がっているのです。

 なんのおまじないだろうと思うと、一番端の紐に、オレンジ色のシールで目と口の張られた、黒い大きなてるてる坊主がぶら下がっていました。

 簡単に取られるように蝶結びされているので解いてみると、てるてる坊主の中には高級そうな個別包装のクッキーが詰まっていました。

「トリック・オア・トリート」

 男はつぶやくと、カボチャ頭を床に置いて、立ち去りました。

 

 

 

 

 紅倉、芙蓉の住んでいる家は、この辺りでは「武家屋敷」と呼ばれていたが、子どもたちの間では「お化け屋敷」で通っていた。

 そんな不名誉なイメージを少しでも改善しようと、ハロウィンだった昨夜はちょっとした「トリック・オア・トリート」を仕掛けておいたのだが。

 芙蓉が朝、片付けに出てくると、果たして吊るしておいたお菓子のてるてる坊主はみんな持っていかれたようだが、門扉の前の石畳に、オレンジ色の「ジャック・オー・ランタン」カボチャが置かれていた。

 カボチャはちょっとくたびれたようにしぼんでいたが、その頭に、深々と、黒いグリップのジャックナイフが突き刺さっていた。

 


蛇足

 芙蓉はナイフの突き刺さったカボチャを持って紅倉にお伺いを立てた。

「どうしましょう、警察に通報した方がいいでしょうか?」

 紅倉はカボチャを眺めて、フーン……、と考えて。

 

「精霊の夜のマジック……と思っておけばいいんでしょうけれど。

 

 OLさんが聞いた足音はリアルだったのね。

 後をつけていたのはふられた甲斐性なしの元カレ。

 こんな物を持ち歩いているくらいだからかなり危ない精神状態だったんでしょうね。

 彼女の足が速かったんで追いつけなくなって、ちくしょうー、と思っているところでカボチャのカカシを見つけた。

 このカカシ、頭のいいカラス対策に中にメカが仕込まれていて、頭が回転して目が光って声を出すハイテク仕様だったのね。ま、ハロウィンのユーモアが半分以上でしょうけれど。

 ストーカー男もこの仕掛けに驚かされて、腹が立って頭を引っこ抜いてやった。

 そのまま投げ捨ててやろうかと思ったけれど、彼女に逃げられたのと、脅かされた腹いせに、自分が「ジャック・オー・ランタン」になって人を脅かしてやろうと、持っていたナイフで首周りを広げて、カボチャを被った。

 町内会の子ども音楽会や、駅裏の若者たちのパーティーなんかを訪れて、「お菓子をくれなかったらいたずらしよう」と思っていたけれど、もらえたからいたずらはしなかった。

 お菓子をもらえてちょっと嬉しかったけれど、ファミリーや若者たちの楽しく浮かれた様子に孤独感を深めて、一軒のいかにも幸せそうな家にもう一度「トリック・オア・トリート」を仕掛けようとしたけれど……その先にもっと浮かれたお屋敷を見つけてそっちに狙いを変更した。

 どんなふざけた因業ジジイが出てきやがるだろうと思っていたら、美味しい高級クッキーの詰まったてるてる坊主を見つけて、すっかり苛立った気分が削がれてしまった。

 で、もういいや、と、カボチャとジャックナイフを置き土産に去って行った、といったところかしら」

 

 芙蓉には具体的に分からない部分もあったが、要するに、

「そのストーカー男はそのままにしておいて大丈夫でしょうか?」

 さあ……、と紅倉は首を傾げた。

「少なくとも今の段階では前向きな気持ちになっているようだから、余計な手出しはしない方が懸命だと思うけれど、潜在的な危険はあるかもね。将来的にどっちに向かうかは五分五分ってところで、本人の為にも元カノさんの為にも、良い方向に行ってほしいものね」

 芙蓉は、これはどうしたらいいのかしら?、とカボチャとナイフを迷惑そうに眺めて、来年は自前でお化けカボチャを育てて看板と一緒に飾ろうかしらと考えた。

 

 終わり

 

 

 2014年10月作品


この本の内容は以上です。


読者登録

岳石祭人さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について