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中陰の怪奇

 

 

私は、ひとり薄暗い霧の中を歩いていた。

 意味もなく、ただ歩かねばならないような気がして歩いているのだ。

 そうやって非常に長い時間が経過したようだった。

 やがて霧が晴れあたりが明るくなってきた。

 

すると、そこは素晴らしい眺望の景観へと変わった。

 真っ青な空があり、青く山が聳え立ち、

 一面に緑の草木が生い茂っていた。

 私はしばし光景に見とれた後、目的地の近い気を感じながら、

 山の方に向けてなおも足を進めた。

 

どれぐらい歩いたか、美しい山の麓に

 青い水をたたえた池があった。

 池の面は、さざ波に揺れていた。

 この池を越さねば、目的地には行けぬと思い、

 私は水の中に足を踏み入れかけた。

 水は苦手なのに、なぜか少しも怖くない。

 簡単に歩いて渡れる気がしたのだ。

 と、その時、後ろから呼び声が聞こえた。

 

トカゲ女:「待ってー。行かないでー」

 

振り返ると、元来た草の間に見え隠れしながら、

 イグアナトカゲが居た。何だこれは。

 こんな者に呼ばれる筋合いはない、

 と見たところ、服を着ている。そこでハタと気が付いた。

 ああ、サテュロス星の女だ。

 

食らえ付かれたら殺される。

 早く渡らねばと池の向こうを見ると、

 今度は池の向こうにカエルが居て手招きしている。

 しかも、それは白いアッパッパを着ている。

 何なのだ。これでは行くも戻るもできそうにないじゃないか。

 

池向こうのカエル:「早う、渡ってきんさい。

 すぐに引導を渡してあげるよって」

 

ティシュ:「だめよー。行っちゃ駄目。

 まだ私と暖かい家庭を作っていないわ」

 

どちらも何と恐ろしい事を言うのだ。

 

私はどこに逃げようかとキョロキョロ2,3度見回したとき、

 足下に違和感を感じてふと見ると、

 何と私の足はトカゲの足になっていた。

 わー、こりゃなんだー。何かの祟りか?

 

次に、おかしな気配を感じて山の方を見上げた先、

 山上からぬーっと、人間の顔や胴体が現れた。

 それも外人で帽子を被り、めがねをかけてチョビ髭を生やした、

 サファリスタイルの天を突くようにでかい外人だ。

 続いて、もう一人目つきの悪い同様の出で立ちの男が現れた。

 

ハンター1:「オー、見つけたぞ。エリマキトカゲだ」

 

ハンター2:「これは思わぬ収穫だ。日本に流せばボロいぞ」

 

何だって、どこに。

 見れば彼らは、頭上から私を見下ろしているではないか。

 しかも、手に虫取り網のでかいのを持って構えている。

 私がエリマキトカゲなのか?

 

自分の身に起きていることに対するとてつもない恐怖が、

 私の全身の毛を逆立たせた。

 と、その時、バサッと音がしたかと思うと、

 視野のぐるりに衝立が立った。

 それは何とあのエリマキだった。俺にエリマキが?

 

私:「ギャハー」

 

一声吠えると、私は巨大な人間に対してではなく、

 むしろ変貌した自分への恐怖から、

 身を翻して走り出していた。

 そうなのだ。エリマキトカゲが走るのは、

 自分の姿に対する恐怖からだったのだ。

 

ハンター1:「待てー。おいそれと逃がすものか」

 

ティシュ:「待ってー。こっちよ」

 

 

池向こうのカエル:「どこへ行きんしゃる。汝の行くところはこっちだす。

 すぐに池を渡りんしゃい」

 

私は、醜く変貌した両足のバタつく有様から逃れるように、

 なおも走った。

 とにかく、あらゆる状況から逃げ出したかったのだ。

 

いつしか草原が砂漠となり、

 後ろからは声一つしなくなったが、それでも走り続けた。

 どれほど走ったか、やがてエリマキが消えたとき、

 恐怖の足も消え、周囲はまたも霧に包まれていた。

 

霧の中に突如人影が現れた。

 それが輪郭を顕わし人の形をとったったときには、

 私はまだ一生懸命走っているつもりなのに、

 彼は静止して目の前に立っていた。

 その人物は、どこかで見たことのある初老の男だった。

 

初老の男:「どこへ行こうというのだ?」

 

私はこの奇妙な状況からも逃げたかったが、

 まるで影のように付いてくる。

 よく見ると、その男のほうが実体的で、

 私のほうが、足のない影のような存在だった。

 私はまたも混乱した。

  ここは一体どこだ。それに私は何者なんだ。

 

初老の男:「走っても意味がないから、もう止めろ。

 悪あがきしなくて良い。私はロアーだ。ロンバス4次元のロアー。

 君のように、我々を手こずらせる者は滅多にいない」

 

私:「とすると、あなたは?」

 

 

ロアー:「私は時空管理のイレギュラー担当者だ。

 君が宇宙旅行に出たときから、君に関わる時空は我々が用意した。

 そのことは、君もオマールとのやり取りを見て知っているだろう。

 だがそれは、張り合わせただけの不安定な時空だったから、

 そこに超能力者のティシュと頑迷な君とが迷コンビを組んで、

 予定のルートを次々と突破してしまった。

 そのため、君はとうとう死の手続きに誘われてしまったわけだ」

 

私:「ということは、僕は死んだんですか?」

 

ロアー:「そうだ。

 それは我々にとっても予期しない展開だったから、

 君のために中陰のプログラムを急きょ用意せざるを得なかった。

 だが、そこでも、どのパスをも君は心底嫌がって逃げた。

 このために、君はこのとおり

 監督モードに飛び込んできてしまったというわけだ」

 

その時、霧がさあっと晴れ、周りは真っ暗であったが、

 白色光源が上空に幾つもあって、黒い地面を艶光りさせていた。

 気色悪いが、夜中に街路燈の下にいると思えばよいだろう。

 私の体は、霧が晴れると同時に元の人間に戻っていた。

 

ロアー:「だから、君の場合は特例中の特例なんだぞ。

 だが、せっかく君のためにいろいろと準備してきたことが、

 フイになったとあっては、私も浮かばれはしない。

 よって、君は私の努力の跡を少しは見ておく義務がある」

 

彼は私を直径2mほどの水たまりのあるところに連れていった。

 そこには、上空にある光源が反射して、

 まるで月が映っているかのようだった。

 

ロアー:「もし君が、あのときハンターに捕獲されていれば、

 地球への生還もしくは転生の2通りの選択があり得ただろう」

 

その時、水たまりが風に揺れて、

 反射光はカラフルな映像へと変化した。

 

それは私が自宅で、陽光がカーテン越しに射し込む中、

 目が覚めた光景だった。

 今ここで鏡の中の光景を見るようにして自分を見ているのだ。

 私はカーテンを開け、奇妙な夢を見たものだと頭を振り、

 大あくびしながら卓上のカレンダーを見ている。

 日付は19XX年6月8日となっていたが、それは何と、

 山上の別宅を製作しようと思いついた日の翌日ではないか。

 

ロアー:「帰還の後、君は山上の館の製作を、

 意味がないものと考えるようになり、断念する」

 

私:「断念する?そんなこと誰がしますか?」

 

ロアー:「君が否応なくそうしてしまうのさ。

 その時空をあてがうのは我々なんだからな。

 君は一瞬の強い念という武器はあるが、

 思考過程はどろんとして鈍いから、

 我々にとって、赤子の手をひねるようなものだ」

 

それではまるで、操り人形じゃないか。いや待てよ。

 自分に自由意志があると思いながら行動していても、

 本当にそうなのだろうか。

 既に決まったルートに乗せられているのに、

 試行錯誤している気持ちになっているだけかも。

 

私:「その場合、今までの

 宇宙人との交流の経験はどうなるんですか」

 

ロアー:「潜在意識の中には蓄えられているから、

 時折、夢か何かの拍子に思い出すことはあるだろう。

 だが、それ以上のものではなくなる」

 

私:「それは困ります。せっかくの面白い経験だったのに」

 

ロアー:「それが嫌なら、どうせ君は死んだ者なのだから、

 強制的に一から出直してもいいんだぞ。つまり新たな転生だ。

 全ての記憶は断たれ、君にとって相応しい個人史を刻むべく、

 地球に生まれることになる」

 

私:「そうなれば、また宇宙人と交友が持てますかね」

 

ロアー:「虫のいい奴だな。君は。

 そんなこと我々には分からんよ。

 君の心の行いの蓄積に従って、

 一定の計算で決められることになる」

 

私:「それはどこで決めるんですか。その様子を見せて下さい」

 

ロアー:「馬鹿を言っちゃいかん。

 どうせまた乱入転覆を企てているのだろうが、そうはいかん。

 それはこの場所で行われるのではなく、

 一つ上の世界だから、我々中二階の者にはどうにもならんよ。

 その場所はスペクトラム基地と言って、

 時空の綾を七色の錦の織物として

 紡ぎ出しているところだ。

 あやかしこね錦織の里ともいう。

 そこからすれば、我々の狼狽ぶりも織り込み済みなんだろうから、

 我々としても助けてもらいたいくらいだがな」

 

私:「まるで神様の世界みたいですね」

 

ロアー:「神?そうだ。

 神とは『隠り身』から転じた言葉だからな。

 その意味では、君らにとっては、私も神と言えるかな・・。

 まあ、君に崇めてくれと言うつもりはないが」

 

私:「でも、あなたはごく普通の人に見えますよ」

 

ロアー:「売り言葉に買い言葉だなあ、君は。

 そんなことはどうでも良いんだ。

 感謝してくれとも言わんし、期待もしない。

 私は忙しくて、てんてこまいなんだ。

 本当はこんな議論に関わっている暇はないんだよ」

 

彼はもう止めてくれと言わんばかりに、両手を振り下ろした。

  その時、水たまりがまた別の光景を浮かび上がらせた。

  それは、私が池を渡って、カエルに誘われて

 山の中に去っていくシーンだった。

 

私:「あっ、これは」

 

ロアー:「もし君がカエルに従っていれば、

 平安なあの世にいたことだろう。

 その様は我々にも分からないが、

 スペクトラムが疲れた者たちに直接与える休息の時空だ。

 だが、次に生まれてくるとすれば、

 ジーゼット星においてとなる。

 死んだ場所の影響を受けるからな」

 

私:「じゃあ、カエルとして僕は生まれるんですか?

 そんなの嫌ですよ」

 

ロアー:「はは、もし君が嫌なら、

 その星の下等動物にでもなれるぞ。

 食用ミミズを量産しているが、

 その中に生まれるのもまた意義ある一生かもしれんな」

 

私:「ジョーダンじゃありません」

 

ロアー:「君が冗談みたいな質問をするからじゃないか。

 私はとっても忙しいんだよ」

 

彼がまたもや両手で、要らぬというゼスチャーをとったので、

 水たまりが別の光景を映しだした。

  それは、私があの寝台の上で息を吹き返した光景だった。

 医師らしいカエルが一人いて、

 ティシュが側について見守っている。

 

ロアー:「ティシュに従っていたなら、君は死の約1時間後に

 ジーゼット星の病院で、生き返ることになっていた」

 

私:「そうだったんですか。でも、その後はどうなるんですか」

 

ロアー:「幾つかの選択肢はあるが、

 80%ティシュと一緒になる運命だ。

 その確率を持たせて時空を作ったからな」

 

私:「エー、それは困りますよ」

 

ロアー:「ほー、そうなのか。

 トカゲ女の超能力が勝つか、君の頑迷さが勝つか、

 一度戦ってもらいたかったんだんだ。

 あまりにもお二人さんには翻弄され続けたからな」

 

私:「あのですねえ。僕らはいつでも

 置かれている環境と戦いながら、必死で生きてるんですよ。

 それを高見の見物するだけでも不謹慎というのに、

 恨みを込めてコントロールしようというのは度を超してますよ」

 

ロアー:「まあ、そう言うなよ。時空がどうであれ、

 そこで生きる者の意志が優先されることなのだから。

 それに君は、君の意志が優先された結果として、

 今げんにここにいるじゃないか」

 

私:「だったら、これから僕はどうなるんでしょう」

 

ロアー:「そうだ。それが問題だ。

 我々としても、楽屋裏まで覗かれてしまったんだから、

 ただで返すわけにもいかんしな」

 

私:「まさか、僕を抹殺するとか」

 

ロアー:「おお、それを言うとは、なかなか良い度胸だ。

 魂からして磨り潰すというのは、

 今まで数少ない例としてあったことだ。

 心底からの凶悪人や、君のような程度の悪い時空撹乱者もいた。

 その場合、意識経験が一次元的となり、

 最後の時に持ち越した強烈な恐怖の印象が、

 永劫の未来に渡って続くことになる。

 君の口から思い出させてもらえるとは思わなかったなあ。

 今から私は、君の爾後措置を講じに行くのだが、

 選択肢の有力候補として挙げることにしよう」

 

私:「あの、それは・・」

 

ロアー:「そうできると考えたら、私も気が楽になった。

 まあ、こっちに来なさい」

 

私:「僕は、まったく楽になりません」

 

私は、おかしな夢でも見ているのではないかと気付き、

 自分のほっぺたを力を込めてつねってみた。全然痛くない。

 それどころか、ほっぺたが餅のように伸びるではないか。

 夢だ。これは夢に違いない。ならば心配ない。

 

ロアーが右手をさっと上下させると、

 黒い空間に鋭い裂け目ができた。

 それに手を差し入れ右に払うと、裂け目は

 高さ1.5mほどの淡いベージュ色の正方形の空隙となった。

 

ロアー:「いいか。この中では絶対に言葉を口に出してはならん」

私:「はあ?」

ロアー:「ここは形象を減殺した世界なんだ。

 形にしようとするエネルギーが少しでも加わると、

 世界が吹き飛んでしまうことになる。

 言葉は、その最たるものだからな」

 

彼は、真剣な面持ちでそう言い、

 付いてくるよう合図して入ったので、私もそれに従った。

 

中は足踏む実感こそあるも、

 周り全てが淡いベージュ色だった。

 どこまで際限があるかは分からない。

 

草が生えていたが、黒くしかも大ざっぱであり、

 まるで墨絵のような感じであった。

 ロアーの後ろ姿も、繊細さを無くして、

 まるで墨で描かれた絵のように見えた。

 私も輪郭が黒く力強く簡素化されて見える。

 光線の加減だろうか、

 この空間にあるもの全てがそんな風だった。

 

その簡素さが、慣れてくると何とも心地よくなった。

 簡素は、これほど良いものか。

 

しばらく歩くと、先に竹林があり、

 その傍らに古風な庵が見えた。

 

何とそれは、私の家にある額の絵そっくりではないか。

 私は、うかつにもその印象を言葉に出してしまったのだ。

 

私:「この風景は見たことあります。

 うちにある水墨画そっく・・」

 

その時だった。突然周りがフラッシュを焚いたかのように

 ビシビシッと激しく光り出したのだ。

 あっ、しまった、と思っても遅かった。

 

私の視野には、フラッシュ閃光と、

 その合間に、0.5秒程度のこの世界の光景らしきものが、

 交互に何度も何度も現れては消えた。

 

光景は、恐らくまともにすれば時間の連続した

 脈絡あるものになるはずであったのだろうか。

 それが、憶えているのもまどろっこしいほどに、

 とびとびの現れ方をした。

 

だが、不思議なことに、画像が映ると同時くらいに、

 テレパシーでも来るかのごとく、

 私の心の中に情報が入ってくるのだ。

 

画像には、「無人の庵」、「竹林に囲まれた庭園」、

 「縁台三脚に腰掛ける七人の人物」、

 「そのうちの二人」、「ロアーの姿」、

 「空に架かる虹」、「楽器を持った天女」、

 「地球を目指すツアーバス」、「錦の川が流れ落ちる滝」

 といったものがあって、次から次へと出ては消えた。

 

それとともに、「運命の采配者」

 「かつて竹林の七賢と呼ばれた人々」

 「時空連続体の錦を紡ぎ出す錦織の里の天女」

 「地球は諸天の学舎」「問題児の星などではない」

 といった印象が続々と流れ込んできて、

 私の心は眼前に垣間見て頭で処理する量を遙かに超えて、

 充実感に打ち震えた。

 

わずか数十秒ほどのフラッシュと画像の交錯であった。

 その後、満たされた気持ちで私は雲の上にいて、

 その時から光景は連続するようになっていた。

 

私は青空の下、雲の上に立って飛んでいたのだ。

 隣にはロアーがいた。

 

ロアー:「どうだ。よく分かっただろう。

 もうここからは、口止めはしない。何を話してもいいぞ。

 感想はどうだ?」

 

ロアーは、私がまともにあの世界を

 見てきていないのを分かっていないのだ。

 ところが・・・

 

私:「ええ。すごく参考になりました。

 僕が抱えていた不公平感はどこかへ行っちゃいました。

 地球は思いの外、すごい星だったんですね」

 

何だって。私はこの目で、耳で、五感でなんにも

 観てきていないんだよ。

 どうして、そんなことが思いに反して勝手に言えるの?

 ああ、そうか。これは夢なのか。

 

しかし、不思議にも心の中には充実感があって、

 外面的思考とは対照を成していることに私は気付いた。

 心は何かを知っている。しかし、私は知らない。

 そんなことがあるの?

 

ロアー:「この雲の止まる所が、君の行き先だ。さて、どこになるかな」

 

やがて、空は赤みを増し、赤紫色となって静止した。

 それを見て、私はジーゼット星に違いないと想った。

 

ロアー:「着いたようだ。

 さて、君とは奇妙な縁だったな。

 私からの餞別として、一つ言っておこう。

 この星への土産話にしたらよい。

 それは彼らの種族のルーツに関わることだ。

 彼らのルーツを解く鍵は地球にある。

 つまり、地球で錬磨された者が、

 様々な宇宙に旅だって活躍しているということ。

 その役割を担った星が

 地球であったということだ。それを伝えてやりなさい。

 きっと仰天して喜ぶことだろう」

 

私:「そうなんですか。でも・・」

 

ロアー:「それ以上は聞くな。

 君は何かと、うっとおしいからな。

 それさえなければ、アシスタントにしてやるのに。

 だが、その調子では無理だな。

 さらばだ」

 

私は突然、足の踏み場を失い、

 霧雲を突き抜けて落下していった。

 

私:「わあーっ」

 

落下する中、上空を見ると、巨大な長い黒雲の間から

 巨大な爬虫類様の足が出て鋭い四本爪がぶらぶらと揺れていた。

 うわっ、乗っていたのは竜だったのか。

 その時ふと、「竜雲の里、ロンバス四次元」と聞こえた気がした。

 

私は、次の瞬間、部屋の光の下にいた。

 

ティシュ:「気が付いた?ネアン。

 ごめんね。つい力任せになっちゃって」

私はあの寝台のまま横たわっていて、

 ティシュがすぐ隣に付き添っていたのだ。

 

私:「ティシュなのか?僕はどうなってたんだろう」

 

ティシュ:「さっき、生体復元装置で元通りにしてもらったところよ。

 おまけに不具合なところが二カ所あったけど、

 それも直ってるらしいわ」

 

私:「いったい僕は、どれぐらい意識がなかったの?」 

 

 

ティシュ:「あなたが意識を失ってから今まで、

 2テラン(約一時間)てところかしら」

 

そうか。では、ジーゼット星で息を吹き返すという

 例の筋書きに乗っかっているわけか。

 私は、肋骨その他を順次手を当てて調べてみたが、何ともない。

 起きあがって、さらに立って体を様々に動かしてみたが、

 不思議なことに左肩の関節痛の持病も治っていた。

 驚異的な医学である。

 

私:「僕は一度死んだんだよ」

 

ティシュ:「あら、そんなこと無いわ。

 この星にある限り事故で死ぬことはないのよ」

 

私:「でも・・」

 

その時、後ろから声がした。

ケロン:「気が付きましたか。私は医師のケロンです」

 

そこには、白衣を着たコルゲンさんが立っていた。

 

私:「治していただいて、どうもありがとうございました」

 

ケロン:「かなり重傷でしたね」

私:「ひどく骨折してたんでしょう?それをまた、どうやって」

 

ケロンは、側にあったCTスキャン装置のようなものを指さした。

 

ケロン:「これですよ。

 この機械は、遺伝子の奏でる生体磁場のパターンどおりに

 修復すべく、細胞の働きを活性化する装置です。

 我が星の宇宙に誇る三大発明の一つです」

 

私:「はあー、しかしそんなことが?」

 

ケロン:「我々には、子供の頃にだけ修復能力があったのですが、

 なぜか大人になると修復がきかなくなるんです。

 どうしてなのかということで研究が進み、

 ついにどんな生体においても、

 元の体に戻せる技術を開発したのです。

 この技術は、かなり昔から連邦全体に輸出されて、

 相当使い込まれています

 

彼は、相当使い込まれている、という部分を強調した。

 言うなれば、それが品物の良さを物語るということのようだった。

 

ティシュ:「そうね。私の星にもあるわ。これとは型が違うけど」

 

ケロン:「なあに、原理は簡単です。

 生きている遺伝子は、個々が生体磁場を発生しています。

 それが全体像の中の座標を認識して、

 いつでも修復体制をとっているのですが、

 それを別のパターンが阻害しているんです。

 それに対して反パターンを与えて取り去り、

 さらに代謝活性パターンを与えることによって、

 発生分化の二次過程を誘導し、

 急速に体を回復させるというわけです」

 

私:「はあー、僕なんかには理解が・・

 でも、遺伝子工学というのが僕の星にはありますよ」

 

ケロン:「新生物を作ろうというんですか。

 我々も時にはやりますが、恒久変化を伴いますし、

 生態系全体の繋がりを変化させるので、

 やむを得ない場合に限り、事前の調査を十分にやった上で、

 ということになりますね」

 

地球にはちょっと望めそうにない。

 みながみな勝手にめいめいにやって、

 後で大変なことになったと気が付くのだ。

 今までそうだったし、これからもそうだろう。

 そして最後には。

 

いや待て。これでは夢の中で受けた印象と異なってしまう。

 その時、私の頭の中に、フラッシュバックのように、

 天女と私が交わした約束のようなものがよぎった。

 良い願いと良いビジョンを持たねばならない。

 それが私のすべきことだったように思う。

 では、天女は?

 そう思ったとき、心の中に熱いものがこみ上げてきた。

 しかし、どうしても、それ以上は思い出せなかった。

 医師は、他に用を思い出して、いつしか去っていた。

 

私:「ティシュ。僕は不思議に気持ちいいよ」

 

私は、あの心理的体験に加えて、

 どこにも痛みのないことによって、幸せな気分であった。

 だが、ティシュとのことをどうしよう。

 思えば、あのおかしな夢の与えてくれたメッセージ。

 私は80%という成り行きも、

 やむないものとして受け入れようと思った。

 そう思ったとたん、ティシュが意外な話をしだしたのだ。

 

ティシュ:「ネアン。話しておかねばならないけど、

 あなたのお陰で、この星に嫁ぐ必要がなくなったわ。

 あなたと一緒になりたいってみんなの中で言ったものだから、

 みんな怒るかと思ったけど、逆に喜んでくれた。

 兄もほとほと困ったようだったけど、

 その反応にはほっとしてたみたい。

 妹は、ここの人と一緒になるって言っているし、

 友好は育まれることになるわ」

 

ティシュは、次の言葉を考えるように、

 しばらくもじもじしていた。

 次は恐らく、今後の私とのことになるだろう。

 しかし、私の心は広がっていた。

 たとえ勝算はなくとも成り行きを受け入れる気になっていた。

 

ティシュ:「よく考えたんだけど、私は強引すぎたんじゃないかな。

 一緒になっても、恐らくあなたに

 怪我ばかり負わせているようなことになる。

 それは決して良い関係とは思えない。

 だから、あなたが問題と思うなら、そうしなくて良いからね。

 私は、自分の星に帰っても、嫁ぐつもりはないけど、

 この思い出は大切にしておくからね」

 

意外な答えだった。

 彼女に本当の愛が目覚めたかのようだった。

 だが、どう言ってあげればいいのか。

 

私:「ティシュ。

 君と僕の間には、超えるべき課題がたくさんあるように思う。

 たとえば、食べ物や、・・生活習慣、・・それに体力・・だ。

 僕も君の気持ちが分かって、前にも増して愛しく思える。

 だけど、遠い友達のままでいるほうが

 互いを思い合えるんじゃないかな」

 

臆病で優柔不断な私だったが、

 なぜか思い切ったことが言えたのだった。

 ティシュは大粒の涙を流し始めた。

 私の愛おしさはなおもつのり、そのまま抱きしめようとした。

 呼応して彼女も両手を開いたので、

 はっとして私は、ティシュに待ったをかけた。

 互いに抱擁したのでは、また大変なことになる。

 ティシュもそれに気付いて、両手をすぼめたので、

 私の方から、彼女をしっかりと抱きしめたのだった。

 

私:「ティシュ。いつまでも良い友達でいよう。

 君はちゃんとした同族の人と結婚したほうがいい。

 それでも友達だよ」

 

ティシュ:「ネアン。友達・・」

 

こうして、思いがけない恋は結末を迎えたのだった。

 しかし果たしてそうだったか?これに関しては事後譚になるが、

 私が地球に帰っていつもの生活を始めた後、

 ティシュは何度か別宅にやってきた。

 初めは父兄同伴だったが、

 そのうち一人でやってくるようになった。

 つまり、サテュロス星に男女同権の時代が急速にやってきたのだ。

 ティシュはそのため、未婚を通すことも容易になったという。

 

それにしては、突然子供を一人連れてきたときには驚いた。

 子供はイグアナ顔だったので、何かの間違いかと思うのだが、

 子供に対してあれがあなたのパパよ、

 などと私の見えないところで言っているのを、

 何気なく立ち聞きしてしまい、驚いたわけだった。

 私には全く身に覚えがなかったのだが。

 

そういえば時折、時間の空白感を持ったことはある。

 とかく宇宙人と付き合い出してから、よくあることではあったが、

 先進科学の力で、どんなことも可能になるのだろうか?

 私は、ティシュから改まって話があるまでは、

 敢えて事情を聞かないことにした。

 

さて、話を戻して、爺絶倒星の晩餐会には、

 私も元気を回復した姿で臨むことになったのだが、

 とんでもない事態が巻き起こることとなってしまった。

 どんなことになったかは、次回。

 

 


この本の内容は以上です。


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