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人間関係図 1
人間関係図 2
人間関係図 3
大友家家系図
用語集 1
用語集 2
用語集 3
用語集 4
国人衆達のその時
国人衆達のその時 1
国人衆達のその時 2
国人衆達のその時 3
国人衆達のその時 4
国人衆達のその時 5
国人衆達のその時 6
国人衆達のその時 7
国人衆達のその時 8
国人衆達のその時 9
国人衆達のその時 10
国人衆達のその時 11
国人衆達のその時 12
国人衆達のその時 13
国人衆達のその時 14
国人衆達のその時 15
国人衆達のその時 16
国人衆達のその時 17
国人衆達のその時 18
大友家の後継者達
大友家の後継者達 1
大友家の後継者達 2
大友家の後継者達 3
大友家の後継者達 4
大友家の後継者達 5
大友家の後継者達 6
大友家の後継者達 7
大友家の後継者達 8
大友家の後継者達 9
大友家の後継者達 10
大友家の後継者達 11
大友家の後継者達 12
大友家の後継者達 13
大友家の後継者達 14
大友家の後継者達 15
大友家の後継者達 16
大友家の後継者達 17
大友家の後継者達 18
珠姫誘拐事件顛末
珠姫誘拐事件顛末 1
珠姫誘拐事件顛末 2
珠姫誘拐事件顛末 3
珠姫誘拐事件顛末 4
珠姫誘拐事件顛末 5
珠姫誘拐事件顛末 6
珠姫誘拐事件顛末 7
珠姫誘拐事件顛末 8
珠姫誘拐事件顛末 9
珠姫誘拐事件顛末 10
珠姫誘拐事件顛末 11
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珠姫誘拐事件顛末 14
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珠姫誘拐事件顛末 17
珠姫誘拐事件顛末 18
珠姫誘拐事件顛末 19
反撃準備
反撃準備 1
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反撃準備 4
反撃準備 5
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反撃準備 7
反撃準備 8
反撃準備 9
反撃準備 10
反撃準備 11
反撃準備 12
反撃準備 13
反撃準備 14
反撃準備 15
反撃準備 16
博多沸騰
博多沸騰 1
博多沸騰 2
博多沸騰 3
博多沸騰 4
博多沸騰 5
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ある若武者の渡海
ある若武者の渡海 1
ある若武者の渡海 2
ある若武者の渡海 3
ある若武者の渡海 4
ある若武者の渡海 5
ある若武者の渡海 6
ある若武者の渡海 7
ある若武者の渡海 8
あとがき
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奥付
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用語集 2

大友家以外の国人衆

 

宇佐衆

 宇佐八幡宮の荘園領主を母体とした国人衆の集合体。

 現在の筆頭は佐田隆居で、宇佐衆は勢場ヶ原合戦にて大内家の方につき、現在でも大友家中ではその怨恨を引きずっている所が多い。

 

大神系国人衆

 鎌倉時代前から豊後に土着し、緒方惟栄などを輩出して豊後を支配していた一族。

 それゆえ、豊後の支配をめぐり鎌倉時代に下向した大友家と長い闘争を続けていた。

 小原鑑元の乱によって、一族宗家を束ねる家が滅亡・逃亡・引退に追い込まれた事で、一族としての統一行動を取る事はほぼなくなっている。

 

城井宇都宮家

 元は関東の名家で豊前国に根付いた一族。

 とはいえ、大友・大内にはさまれた結果勢力は衰え、分家の多くが大友・大内(毛利)へと独自の判断にてついている。

 宇佐衆筆頭の佐田家は城井宇都宮家の有力分家の一つ。

 

大蔵党一族

 筑前国に根を張る国人衆の集合体。

 藤原純友の乱鎮圧に功績のあった大蔵春実を祖に代々大宰府府官を務め、子孫は九州の原田氏・秋月氏・波多江氏・三原氏・田尻氏・高橋氏の祖となって繁茂。

 筑前国人衆に大蔵の血が入っていない所はないと言われるが、大内家や少武家などの守護勢力の下で弱体化。

 大蔵党は原田・秋月・高橋の三家の格が高いのだが、高橋家は断絶。一万田家より養子をもらう事で家を存続させた。

 それが高橋鑑種で、南伊予進攻に伴い高橋の名字は吉弘鎮理に移り高橋鎮理と名乗る。

 

姫巫女衆

 大友珠が作った遊女・歩き巫女を主体とした諜報部門。

 色仕掛けによる情報収集や後方での慰安などを任務とする。

 元甲賀くノ一を雇ってくの一部門を作るも、防諜まで手が回らず。

 女である珠姫の身の回りの世話をする事から戸次政千代などの武家の子女の入り、拡大している。

 

御社衆

 大友珠が作った野党や盗賊くずれを集めた戦闘部隊。

 弾除け兼案山子要員として雇い、悪ささせない為に銭と女で骨抜きにするので戦うと基本負ける。

 その中で優れた連中は抜擢して取り立てるので、やっぱり基本的に弱い。 


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用語集 3

大友の姫巫女六巻時の大友家加判衆の構成

 

大友義鎮  (おおとも よししげ) 大友家当主。

 

戸次鑑連 (べっき あきつら)  大友義鎮の陣代として大友軍を率いる。

臼杵鑑速 (うすき あきはや)  博多奉行として大友の外交を担当。

吉弘鑑理 (よしひろ あきまさ) 大友家の武闘派で国東半島の旗頭。

志賀親守 (しが ちかもり)   豊後南部北志賀家当主で豊後の内政を担当。

田北鑑重 (たきた あきしげ)  玖珠郡の旗頭で田北鑑生の弟。筑前方分。

一万田親実(いちまだ ちかざね) 新領地南予統治の全権を握る。

                父親である一万田鑑相は大友義鎮の寵臣だったが、

                粛清された。                

 

大友珠             大友義鎮の娘。

                右筆ゆえ発言権はないが、大友義鎮の加判を管理。

                実質的参加者として発言権が与えられる。

 

角隈石宗(つのくま せきそう)  軍師兼大友義鎮の相談役。

                義鎮が訪ねた時のみ答え、加判衆でなく発言権なし。

 


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用語集 4


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国人衆達のその時 1

国人衆達のその時

 

 南蛮人攻撃から六日目 筑前国古処山城

 

 大友義鎮は生まれながらの大名である。

 大友珠にいたっては、生まれは姫で記憶ははるか未来の人間である。

 という事は、上から目線なのはある意味仕方がないものだろう。

 だが、国人衆から成り上がって中国地方一の大大名に成り上がった毛利元就は、その用心深さから国人衆の時を忘れる事はなかった。

 それは、彼が仕掛けた謀略の多くに現れるが、その謀略は毛利家が生き残る為に同じ身内や国人衆に仕掛けたものが基礎となっている。

 そんな仕掛けが大友義鎮と珠姫の父娘に炸裂するはずだったのである。

 南蛮人が府内に襲撃するなんて毛利元就にも読めなかったのは酷というものだろう。

 

「田原殿!

 府内の詳細はどうなっておる!

 こちらの早馬にも『姫様謀反!府内が焼かれた!』と届いたが!!」

 珠姫によって筑前国古処山城に転封された田原親宏に田原家家臣と共に詰め寄ったのは、千手城主

千手宗元(せんて むねもと)

 国人衆が大名の動向で旗を変える場合、一番多かったのが近隣にて一番大きい勢力と行動を共にする。

 千手宗元の場合、親毛利だった秋月家からの寝返りで毛利につける訳もなく、何かあった時の為にと転封された田原親宏を寄親にするを望んだのであった。

 田原親宏も転封先でのトラブルを解決させる為に地場国人衆を取り込む必要に駆られていた

 そのため、千手宗元を寄子にする事を了承し領内の治安改善に一役買ったのである

 この寄親・寄子というのは親子に擬制して結ばれた主従関係で、そのまま軍事における指揮系統にも繋がる為に各大名が積極的に取り入れている政策なのだが、はるか未来の珠姫からすればこの制度ヤのつく自由業にしか見えないので戸惑ったというのは笑い話。

 まあ、あながち間違っていないから困る。

「こちらにも早馬が届いた。

 謀反ではない。

 繰り返す。

 姫様の謀反ではない」

 田原親宏の言葉千手宗元を含めた家臣達が理解するのに今しばらくの時間を要した。


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国人衆達のその時 2

 そして、理解した後皆一様に疑問が顔に浮かぶ。

「では、誰が府内を焼いたのだ?」

 皆を代表する形で千手宗元が尋ねる。

 このあたり、田原家において彼の気の使われ方が分かるというもの。

「南蛮人らしい。

 これは、お屋形様よりの文、こちらが姫様よりの文。

 同じ事が書かれている」

 田原家重臣の如法寺親並にょうほうじ ちかなみ)が田原親宏から受け取った二つの文を広間の床に置き、家臣と千手宗元が食い入るようにその書状の花押を見つめる。

 千手宗元は珠姫への内応の時に彼女の書状をもらっていたから、その花押に見覚えがあった。

「たしかにこれは姫様の花押。

 謀反というのは間違いだったか」

 安堵の息を吐いて千手宗元は床に座る。

 筑前と豊前には既に毛利の手の者によって広く流布されて流言があった。

 その内容は、

「珠姫が毛利の御曹司こと毛利元鎮との情交に溺れて毛利に内通。

 珠姫が謀反を起こした時、毛利は珠姫を支援する」

という、また微妙に本当くさいものだったのである。

 困った事に、珠姫が毛利元鎮に溺れているというまぎれもない事実がこの流言を本当臭くしている訳で。

 そして、筑前・豊前は元々大内家領国だった事もあり、その大内家と九州において対立していた大友家に対してあまり良い感情を持っている国人衆は多くなかったのである。

「養父上。

 遅くなりました」

 恵利暢尭(えり のぶたか)と共に遅れてきた若君を見て、一同一瞬顔が固まる。

 田原親貫(たばる ちかつら)。

 本当の父親は豊前国小三岳城主長野祐盛(ながの すけもり)で、彼もまた養子で彼の父親は秋月文種(あきづき ふみたね)という大友家にとっての謀反人に連なる出である。

 秋月騒乱時に、秋月領の大半を領有する事となった田原親宏に

「領内安定の為に、人質として猶子を取ってみては?」

なんていらぬ事をほざいたのは、その時点ではまだ毛利家側に内通していた高橋鑑種(現一万田鑑種)だったりするのだから、毛利の諜略はかなり深い所にまで浸透していたのがわかろうというもの。



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