目次
目次
目次
人間関係図 1
人間関係図 2
人間関係図 3
大友家家系図
用語集 1
用語集 2
用語集 3
用語集 4
国人衆達のその時
国人衆達のその時 1
国人衆達のその時 2
国人衆達のその時 3
国人衆達のその時 4
国人衆達のその時 5
国人衆達のその時 6
国人衆達のその時 7
国人衆達のその時 8
国人衆達のその時 9
国人衆達のその時 10
国人衆達のその時 11
国人衆達のその時 12
国人衆達のその時 13
国人衆達のその時 14
国人衆達のその時 15
国人衆達のその時 16
国人衆達のその時 17
国人衆達のその時 18
大友家の後継者達
大友家の後継者達 1
大友家の後継者達 2
大友家の後継者達 3
大友家の後継者達 4
大友家の後継者達 5
大友家の後継者達 6
大友家の後継者達 7
大友家の後継者達 8
大友家の後継者達 9
大友家の後継者達 10
大友家の後継者達 11
大友家の後継者達 12
大友家の後継者達 13
大友家の後継者達 14
大友家の後継者達 15
大友家の後継者達 16
大友家の後継者達 17
大友家の後継者達 18
珠姫誘拐事件顛末
珠姫誘拐事件顛末 1
珠姫誘拐事件顛末 2
珠姫誘拐事件顛末 3
珠姫誘拐事件顛末 4
珠姫誘拐事件顛末 5
珠姫誘拐事件顛末 6
珠姫誘拐事件顛末 7
珠姫誘拐事件顛末 8
珠姫誘拐事件顛末 9
珠姫誘拐事件顛末 10
珠姫誘拐事件顛末 11
珠姫誘拐事件顛末 12
珠姫誘拐事件顛末 13
珠姫誘拐事件顛末 14
珠姫誘拐事件顛末 15
珠姫誘拐事件顛末 16
珠姫誘拐事件顛末 17
珠姫誘拐事件顛末 18
珠姫誘拐事件顛末 19
反撃準備
反撃準備 1
反撃準備 2
反撃準備 3
反撃準備 4
反撃準備 5
反撃準備 6
反撃準備 7
反撃準備 8
反撃準備 9
反撃準備 10
反撃準備 11
反撃準備 12
反撃準備 13
反撃準備 14
反撃準備 15
反撃準備 16
博多沸騰
博多沸騰 1
博多沸騰 2
博多沸騰 3
博多沸騰 4
博多沸騰 5
博多沸騰 6
博多沸騰 7
博多沸騰 8
博多沸騰 9
博多沸騰 10
博多沸騰 11
博多沸騰 12
博多沸騰 13
博多沸騰 14
博多沸騰 15
博多沸騰 16
博多沸騰 17
博多沸騰 18
ある若武者の渡海
ある若武者の渡海 1
ある若武者の渡海 2
ある若武者の渡海 3
ある若武者の渡海 4
ある若武者の渡海 5
ある若武者の渡海 6
ある若武者の渡海 7
ある若武者の渡海 8
あとがき
あとがき 1
あとがき 2
奥付
奥付

閉じる


国人衆達のその時

試し読みできます

国人衆達のその時 1

国人衆達のその時

 

 南蛮人攻撃から六日目 筑前国古処山城

 

 大友義鎮は生まれながらの大名である。

 大友珠にいたっては、生まれは姫で記憶ははるか未来の人間である。

 という事は、上から目線なのはある意味仕方がないものだろう。

 だが、国人衆から成り上がって中国地方一の大大名に成り上がった毛利元就は、その用心深さから国人衆の時を忘れる事はなかった。

 それは、彼が仕掛けた謀略の多くに現れるが、その謀略は毛利家が生き残る為に同じ身内や国人衆に仕掛けたものが基礎となっている。

 そんな仕掛けが大友義鎮と珠姫の父娘に炸裂するはずだったのである。

 南蛮人が府内に襲撃するなんて毛利元就にも読めなかったのは酷というものだろう。

 

「田原殿!

 府内の詳細はどうなっておる!

 こちらの早馬にも『姫様謀反!府内が焼かれた!』と届いたが!!」

 珠姫によって筑前国古処山城に転封された田原親宏に田原家家臣と共に詰め寄ったのは、千手城主

千手宗元(せんて むねもと)

 国人衆が大名の動向で旗を変える場合、一番多かったのが近隣にて一番大きい勢力と行動を共にする。

 千手宗元の場合、親毛利だった秋月家からの寝返りで毛利につける訳もなく、何かあった時の為にと転封された田原親宏を寄親にするを望んだのであった。

 田原親宏も転封先でのトラブルを解決させる為に地場国人衆を取り込む必要に駆られていた

 そのため、千手宗元を寄子にする事を了承し領内の治安改善に一役買ったのである

 この寄親・寄子というのは親子に擬制して結ばれた主従関係で、そのまま軍事における指揮系統にも繋がる為に各大名が積極的に取り入れている政策なのだが、はるか未来の珠姫からすればこの制度ヤのつく自由業にしか見えないので戸惑ったというのは笑い話。

 まあ、あながち間違っていないから困る。

「こちらにも早馬が届いた。

 謀反ではない。

 繰り返す。

 姫様の謀反ではない」

 田原親宏の言葉千手宗元を含めた家臣達が理解するのに今しばらくの時間を要した。


試し読みできます

国人衆達のその時 2

 そして、理解した後皆一様に疑問が顔に浮かぶ。

「では、誰が府内を焼いたのだ?」

 皆を代表する形で千手宗元が尋ねる。

 このあたり、田原家において彼の気の使われ方が分かるというもの。

「南蛮人らしい。

 これは、お屋形様よりの文、こちらが姫様よりの文。

 同じ事が書かれている」

 田原家重臣の如法寺親並にょうほうじ ちかなみ)が田原親宏から受け取った二つの文を広間の床に置き、家臣と千手宗元が食い入るようにその書状の花押を見つめる。

 千手宗元は珠姫への内応の時に彼女の書状をもらっていたから、その花押に見覚えがあった。

「たしかにこれは姫様の花押。

 謀反というのは間違いだったか」

 安堵の息を吐いて千手宗元は床に座る。

 筑前と豊前には既に毛利の手の者によって広く流布されて流言があった。

 その内容は、

「珠姫が毛利の御曹司こと毛利元鎮との情交に溺れて毛利に内通。

 珠姫が謀反を起こした時、毛利は珠姫を支援する」

という、また微妙に本当くさいものだったのである。

 困った事に、珠姫が毛利元鎮に溺れているというまぎれもない事実がこの流言を本当臭くしている訳で。

 そして、筑前・豊前は元々大内家領国だった事もあり、その大内家と九州において対立していた大友家に対してあまり良い感情を持っている国人衆は多くなかったのである。

「養父上。

 遅くなりました」

 恵利暢尭(えり のぶたか)と共に遅れてきた若君を見て、一同一瞬顔が固まる。

 田原親貫(たばる ちかつら)。

 本当の父親は豊前国小三岳城主長野祐盛(ながの すけもり)で、彼もまた養子で彼の父親は秋月文種(あきづき ふみたね)という大友家にとっての謀反人に連なる出である。

 秋月騒乱時に、秋月領の大半を領有する事となった田原親宏に

「領内安定の為に、人質として猶子を取ってみては?」

なんていらぬ事をほざいたのは、その時点ではまだ毛利家側に内通していた高橋鑑種(現一万田鑑種)だったりするのだから、毛利の諜略はかなり深い所にまで浸透していたのがわかろうというもの。


試し読みできます

国人衆達のその時 3

 もちろん、何かあったら彼を旗頭に謀反を勃発させる気満々だったのは言うまでもないが、秋月家の血族を領内に保護した事によって旧秋月家の家臣達が沈静化したのだから、どっちに転んでも得という仕掛けを作るあたり、後で知った珠姫が、

「あれは取り込んで正解だったわ……」

と苦笑したのは別の話。

 とはいえ、珠姫に秋月家復興を直談判した恵利暢尭を即座に田原親貫の付き人につけるあたり、繰り返すが田原親宏という老人も決して無能ではない。

 それは、恵利暢尭を入れた事で先に起こった大刀洗合戦にて彼と彼が率いる秋月旧臣達が、大友軍の完全崩壊を救って見せた事で実証されたのである。

「まぁ、聞け。

 南蛮人が府内を焼こうが、お屋形様姫様の仲が割れておらぬ。

 毛利が攻め込んでも勝てるとは思えぬ」

 一気に場の空気が凍り、恵利暢尭は田原親貫を庇う様な形で一歩前に出る。

 千手宗元や恵利暢尭などの秋月旧臣の元には、

「姫様の謀反を支援する」

という大義名分の元、数家の家が大友家に叛旗を翻す報告が届いており、それを身の潔白の証として田原親宏に届けたばかりだったのである。

 まして、太刀洗合戦にて珠姫の謀反に賛同するという旗印を掲げて竜造寺家が大友軍を破ったばかりなので、近隣国人衆の動揺は分かろうというもの。

 もし、この謀反に呼応していたら、千手宗元と恵利暢尭、田原親貫の三人はこの世にいなかっただろう。

 そんな空気を緩めたのは、その空気を作った田原親宏本人だった。

「安心せい。

その程度で討つのならば、我が家はとうの昔に滅んでおるわ。

ましてや、太刀洗での功績は賞する事はあれど、罰するほどお屋形様は愚かではない」

 大友宗家から警戒され続け、冷遇され続けた田原家当主はそれぐらいのゆとりが無ければ大友一門随一の領地と権勢を維持できない。

「とはいえ、南蛮人を叩くにせよ毛利の手が伸びるのは必定。

何か手を打つ必要があるのでは?」

如法寺親並がさらりと会話に加わり話をリードする。

そんな芸当ができるから、田原家の重臣としてこの場にいられるのだ。

「香春岳城の吉弘殿。今は高橋殿だったか。

彼が動いておる。

後詰と城番を頼んできおった」

 大友家武闘派一族吉弘家の次男坊という血筋である高橋鎮理は、南蛮人の府内襲撃報告が入ったその夜には動かせる手勢五百を率いて宇佐に向かったのである。


試し読みできます

国人衆達のその時 4

 この突進は『珠姫謀反!』の虚報に揺れ動く豊前国中に一気に広がり、とりあえず姫様についておけばいいやという保身の空気を作り出す事に成功。

対毛利最前線である豊前馬ヶ岳城にその日の深夜に着いて休憩を取ると城代飯田鎮敦(いいだ しげあつ)と情報交換を行い、大友家門司奉行の浦上宗鉄(うらかみ そうてつ)あてに情報収集を頼むとその日朝には出発。

昼には豊前国箕島城に到着。

怪しい動きを見せていた城主杉隆重(すぎ たかしげ)に無言の圧力をかけて、宇留津城主の賀来惟重(がく これしげ)に早馬を飛ばして豊前中部に影響力を保持する城井宇都宮一族の動向を確認。

ここで連れてきた兵を置いて高橋鎮理は供回りのみで一気に宇佐に駆け、兵は宇佐から来た水軍衆の船が回収し翌日に到着という異例の速さで豊前国を走破して見せたのである。

 豊前国の動揺が沈静化したのは、この走破に国人衆達が度肝を抜かれたのと、恩と利によって珠姫に頭が上がらない城井宇都宮一族が即座に宇佐に駆けつけたというのが大きい。

 で、ここで問題となるのは空城に近い香春岳城である。

 対毛利の最前線は豊前松山城や豊前馬ヶ岳城があるので、それほど急ぐ必要はない。

 にも拘らず、高橋鎮理が後詰を頼んだ理由は、豊前国で毛利家と開戦した場合における大友家同紋衆の大将を求めたからに他ならない。

 宇佐にいた豊前方分の田原親賢は宇佐防衛の為に前線に出せないし、田原の名あれど血は奈多の人間であり、彦山川合戦にて失態を見せているので国人衆が従うか怪しい所がある。

 だが、大友宗家から警戒され冷遇されようとも田原家は立派な大友一門であり、田原親賢の本家筋にあたり、筑前に五万石を超える大身なのだった。

 何かあった時の旗頭としてこれほど頼れるものは無い。

「あの若造は何かあった時の大将ぐらいにしか考えておらんのだろうが、甘いな」

 それで終われる年を田原親宏はとうの昔に過ぎている。

 彼は自分の求められている立ち位置を明確なまでに理解していたからこその言葉。

 つまり、珠姫の代理人――毛利から見て豊前守護代――という立ち居地を。

 太刀洗合戦で手勢を出したのは、近かったというのと日田鎮台田北鑑重の要請に従ったのが大きい。

 筑前の戦いは彼が仕切るという明確な指揮系統ができているので、こっちも兵を出しやすかったのだ。

 だが、豊前は珠姫のお膝元なだけあって、その珠姫が居ないと誰の指揮に従えばいいか分からない。

 だから田原親宏が出張るのならば、豊後から動けなくなった珠姫が喜んで追認するという所までこの老人は読みきっていたのである。

 これほどの栄誉と信頼があるだろうか。


試し読みできます

国人衆達のその時 5

 前世持ちの珠姫は陰謀好みではあるが、この時代からはとうてい信じられない性善説によって関係を構築しようとしていた。

 府内への用事で彼が必ず宇佐に寄ったのも、珠姫の真意を知りたかったからに他ならない。

 何しろ田原親宏自身だけでも、武蔵田原家分家(あの田原親賢が当主)に領土を奪われた事もあり大友宗家の田原家弱体化政策は継続していたのである。

 それを筑前への転封という形で、旧領以上の大領を珠姫はぽんと与えた。

 彼に与えた土地は彼女自身が秋月騒乱で切り取った土地。

 だからこそ、田原親宏は尋ねたのだ。

「それがしが裏切らぬと思っていらっしゃるので?

お屋形様が思っているように」

「思わないと言ったら嘘になるけど、まず私が信じないと貴方が信じてくれる訳ないじゃない。

私も父上に警戒されているから、そのあたり分かっているつもりよ」

 なんて笑った珠姫を見て、田原親宏は珠姫が与えてくれたものに涙を流したのだった。

 彼女が与えてくれた無垢なる信頼が、猜疑心の中冷遇され続けた田原家当主である田原親宏にとって、どれほどの救いになっていたのか珠姫は知らない。

「兵千にて香春岳城に入る。

如法寺親並

ここは任せる」

「かしこまりました」

 如法寺親並が頭を下げたのを確認して、田原親宏千手宗元と恵利暢尭に田原親貫の三人の方に顔を向ける。

「親貫。

元服にはまだ早いが初陣ぞ。

千手殿と恵利殿の下でよく見ておくように」

「はい」

 ていのよい人質とも言うが、戦国ではある意味当たり前なので二人とも異を唱える事はしなかった。

 翌日、田原勢一千は香春岳城に向かい出陣。

 千手宗元や恵利暢尭等の秋月旧臣や筑前益富城主杉鎮頼(すぎ しげより)筑前鷹取城城主毛利鎮実(もうり しげざね)等の寄子と合流。

香春岳城に入城する時には三千近い兵がこの城に終結。

これらの兵の展開に毛利側は対応が追いつかずに後手に回るだけでなく、大友門司奉行浦上宗鉄と組んでの門司での交渉で大いに活躍する事になる。


試し読みできます

国人衆達のその時 6

南蛮人襲来から六日後 博多 中洲遊郭

 

 珠姫謀反の第一報に激しく反応したのは、彼女の恩恵をたっぷりと受けていた商都博多であった。

「大友の証文を売るで!」

「こっちもや!八掛けで売るで!」

「待ってくれ!うちは七掛けで売るからうちのを先に買ってくれ!!」

 南蛮人の府内攻撃時、その最初の一報が『珠姫謀反』であった事から、大友および大友勢力の証文は豪快に叩き売られたのだった。

 その誤報が収まって南蛮人の攻撃であると分かり、一時は持ち直したと思った相場は太刀洗合戦の敗北で謀反鎮圧に時間がかかると判断され、底が抜けたように叩き落ちた。

 最安値で五掛けの割引が行われていたのだから、市場というのは正直なものである。

 ここ数日の乱高下に一夜にして長者になった者がいれば、博多湾に身投げした者もいる。

 このあたりの熱狂感は昔も今も変わらない。

 中洲遊郭を差配する島井茂勝は、平常心を装いながら銭という戦場の中で博打を張り続けていた。

「大丈夫だ。

大友家証文の買い取りは続けろ。

あの姫様、絶対これを読んでやがったな」

 商人というのは全額投資をしない。

 戦国という激変する情勢を常に横目で見ながら、相手側にも手を通しておくのが一流の商人というもの。

 珠姫はそれを知り抜いていたからこそ、島井茂勝にこんな事を先に伝えていたのである。

「私に何かあったら、竜造寺家と島津家の証文を買いあさりなさい。

ちょっとした小遣い程度にはなるはずよ」

 それは、太刀洗合戦とこの時点はまた博多に届いていない戸神尾合戦という二つの合戦にて、彼に大友家証文の損失の一部を埋める程度の利益をもたらしたのだった。

「しかし、これ以上の買い取りはこちらの持ち出しに……」

 番頭の躊躇いを島井茂勝が叱る。

「どあほ!

神屋が大友の証文を買いあさっているならば、こちらも付き合わないと向こうに全部持っていかれるぞ!」

 神屋紹策(かみや しょうさく)。

 石見銀山の銀流通に関与し、昔は大内家の今は毛利家の御用商人をやっている博多随一の大富豪が、この狂乱の大友家証文相場で動いた。


試し読みできます

国人衆達のその時 7

 第一報が飛び込んだ門司では、大暴落した大友家証文を底値で全て買いあさり、博多でも同じ事をやっていたのである。

 大友家御用商人としてこれを座視する訳にはいかない。

 門司を作った男として博多の長者番付に乗った島井茂勝だが、財力では神屋紹策に遠く及ばない。

 番頭が危惧したとおり、既に大友家証文で多大な含み損を抱えている現状で、更なる買占めは島井茂勝自身の破産に繋がりかねなかったのだ。

「南蛮人の次は毛利か。

悪い事は重なっておきやがる」

 島井茂勝はこの一連の流れが毛利の謀略である事は気づいていた。

 南蛮人襲来あたりは完全に濡れ衣なのだが、太刀洗合戦で毛利家と繋がっているらしい竜造寺の勝利が伝わると、筑前を中心に動揺が一気に広がってしまっていたのだから仕方がない。

 番頭と入れ違いに入ってきたのは、筑前を荒らした海賊、火山神九郎(かざん じんくろう)の下で働いている吉井荊娯(よしい けいご)。

 この中洲遊郭を守る御社衆の侍大将の一人ではあるが、本業が海賊な為に鎧はつけていない。

「原田だが怪しい動きを隠そうともしない。

 どうする?

一合戦するか?」

 筑前高祖城を本拠に近隣を統治している原田了栄(はらだ りょうえい)は、肥前国村中城城主竜造寺隆信、筑前蔦ケ岳城城主宗像氏貞(むなかたうじさだ)と共に、

「珠姫の謀反に賛同する」

として、南蛮人の府内襲撃直後から兵を動かしていた。

原田了栄はこの面子で一番博多に近かった事もあって島井茂勝に使者を送って、

「姫様の命である。

我らを中洲遊郭に入れ、博多を守るべし!」

と恫喝されたばかりだったりする。

 これを島井茂勝がはねつけられたのも、中洲遊郭が那珂川の中にあって周囲を水で囲まれ、中洲遊郭そのものが城砦化されていた上に、ならず者の御社衆が千人ほど詰めていたというのが大きい。

吉井荊娯の言葉に島井茂勝は首を横に振った。

「あの連中率いて、勝てると?」

「水の上なら自信があるが、丘の上相手だと無理だな」

 そもそも御社衆というのは、夜盗や山賊相手のならず者達を飼い慣らす為に作られた側面があり、戦力として珠姫自身がまったく期待していない。


試し読みできます

国人衆達のその時 8

 とはいえ、城に篭らせて飛び道具を持たせたらそれなりに脅威なので、原田了栄の恫喝をはねつけた時にただ飯を食わせ続けたかいがあったと思わずにはいられなかったのだが。

 更に、吉井荊娯率いる海賊連中にも問題があった。

 海の上での戦いがメインだったので、軽装備どころか鎧をつけない連中も多く、まともにぶつかったら勝てる訳がない。

「原田が高祖城に集めた兵は数百。

篭っている限りは手出ししないと思う。

臼杵殿の後詰も期待できよう」

 博多奉行の臼杵鑑速は、その業務の為に博多の西にある糸島半島一帯に領地を持っていた。

 現在は臼杵鑑速が大友家の外交全般を取り仕切る為に府内に常駐するので、筑前柑子岳城をはじめとした糸島半島の臼杵領の管理は弟である臼杵鎮続(うすき しげつぐ)が行っている。

 彼は明確な大友側の人間で吉井荊娯の上司である火山神九郎がここで水軍衆の再建を行っている関係から、後詰を頼んだら出てきてくれるだろう。

「という事は、立花の兵がこっちにやってきた時が見切り時か」

 吉井荊娯の言葉に、島井茂勝が部屋の中なのに東の方を見て呟く。

 立花家。

 博多の東一帯を領有し、西大友とまで呼ばれた大友一門でありながら、反大友傾向を強めている家で、神屋紹策を通じて毛利側の接触も確認されているこの家が謀反に走った場合、博多そのものが戦場になりかねない。

 それだけは避けないといけなかった。

「毛利家が立花を取り込んだ場合、攻められるのはここだぞ」

 大友家の筑前統治は筑前方分として田北鑑重が赴任すると、麓に太宰府がある宝満城に移行していた。

 結果、博多に信頼できる大友側拠点というのが、博多に隣接するこの中洲遊郭しかない。

 そして、珠姫の統治の関係から、中洲は自治都市形態を取っている博多の一部ではないと明言している。

 おまけに、南蛮人襲来の為に田北鑑重は豊後に帰還、そのタイミングを突かれて竜造寺に太刀洗合戦を仕掛けられて敗北してしまった。

 つまり、攻められない理由がない。

「臼杵家の後詰前提で篭城できるか?」

「やれと言われるならしよう。

だが、兵糧が持つのか?」

 島井茂勝の質問に、吉井荊娯は質問にて答えた。


試し読みできます

国人衆達のその時 9

 東に博多、北は海、残る南と西は川と四方を水に囲まれた中洲は、建物の城郭化もあって攻めるには手間がかかる。

 だが、近隣の不安定さからどれだけ篭城すればいいのか予測がつかず、兵糧が足りないかもしれないという不安をぬぐいきる事ができない。

 そして、騒乱時の常だが、現物(つまり米などの兵糧になりうる食料)相場は早くも上昇し続けている。

 このような状況で立花家が中洲遊郭を攻めた時、後詰に来た臼杵家の兵に原田家が横槍を入れられた場合、中洲遊郭を守りきれない可能性がある。

「畜生。

 宗像のせいで姫様の所に早船を送れぬ。

 陸路は竜造寺の勝ちが轟いているからなおの事怪しい……」

 島井茂勝が畿内より送られた書状の束を掴みうめく。

 風雲急を告げる九州情勢と同じぐらい、畿内情勢が切迫してきていたからだ。

 畿内情勢の主役となったのは、越前朝倉家、能登畠山家、越後上杉家で、これらの家は二つのキーワードで繋がっている。

 足利義輝と一向一揆である。

 京から越後に逃れた足利義輝は越後御所として上杉輝虎の元で政治的行動もせず、上野箕輪城長野業盛(ながの なりもり)配下の上泉信綱(かみいずみ のぶつな)と剣の勝負を楽しみのどかに過ごしていた。

 とはいえ、最上級の権威が転がり込んできた上杉家はこの権威を生かそうと試み、それ以上に義輝より諱までもらった上杉輝虎自身が、

「流浪の公方を御所に帰す事こそ我が義」

 と、燃えてしまい、関東ではなく北陸にその侵略経路を向けたのだった。

 北陸を支配する一向一揆の本拠加賀と接する一向一揆不倶戴天の敵である越前朝倉家は、それを知ると、

「公方様が上洛するなら、安全な陸路で。

 一揆勢を叩くなら、我等も加勢する次第」

 と協力を約束。

 更に、一向一揆と親しい家臣団に手を焼いていた能登畠山家の畠山義綱(はたけやま よしつな)もこれに同調。

 越前・越後・能登という三方同時攻撃に一向一揆勢は各所で寸断され、組織的抵抗ができずに追い詰められていたのだった。

 なお、この一向一揆攻撃の大義が上杉主張の『足利義輝帰還』であったが為に、それに同調した朝倉家の下で庇護されていた足利義昭がひっそりと織田家に走っていたりするのだが、そこまでは島井茂勝の耳には届いていない。


試し読みできます

国人衆達のその時 10

 そして、今の公方様として京に居る足利義栄(あしかが よしひで)と彼を擁立した三好家は、かつての足利義輝と同じ立場に追い込まれつつあった。

 この北陸勢が一致結束して足利義輝を擁して上洛した場合、真っ先に滅ぼされるのが彼らだったからだ。

 彼らは京周辺の大名へ支持を求めるが、心労から背中に腫物を患っていた義栄はそれが悪化。

 病の床に伏せてしまっていた。

 更に間の悪いことに、三好家家中にてお家騒動が勃発。

 この失態の責任を三好三人衆に取らせることを名目に、家中の掌握を狙った三好家当主三好義継(みよし よしつぐ)が三好三人衆によって監禁されてしまう。

 このまま足利義栄が亡くなってしまうと京に将軍が居ない事態となり、その為に幕府が出した証文はただの紙に戻るほどに叩き売られていたのだった。

 そして、畿内を勢力圏に持ち、将軍家の証文の裏書になっていた三好家の証文は堺でも流通しており、堺商人は少なくない打撃を受け、その余波はこの博多にまで響いていたのである。

 まぁ、南蛮人襲撃と『珠姫謀反』の衝撃に比べれば小さいというのが、畿内と九州の距離を現しているのかもしれない。

 叱られて出て行った番頭が手紙を持って戻ってきたのはそんな時だった。

「旦那様。

 神屋様より便りが。

 『持っている大友家証文を銀支払いで全て買い取りたい』

と」

 番頭が告げる手紙の内容に、島井茂勝がしばらく言葉に詰まる。

 資金繰りにはまだ余裕がある。

 神屋相手の大友家証文買い取り競争は、これから持ち出しという危険な橋を渡る所だったからだ。

 ここで損切りしてしまえるならば、この大混乱の後でも島井茂勝は豪商の一人として商売を続ける事ができるだろう。

 彼が富を築いた門司は毛利勢力圏との最前線。

 珠姫の狙い通り、毛利は門司を攻めないのか?

 今居る中洲遊郭は立花と原田の兵から守れるのか?

 守る為にはどれぐらいの兵糧が必要なのか?

 その兵糧を買う為の元手をどこから出せばいい?

 いくつかの質問が島井茂勝の中で渦巻き、彼の中で言葉となってため息と共にそれを吐き出した。


試し読みできます

国人衆達のその時 11

「大友家の証文を売り払え。

 吉井殿。

 手の者を回すので、博多より兵糧をありったけ買い入れて、今日中に中洲に入れて欲しい」

 後に島井茂勝一生の後悔と彼自身何度も思い出す、大友家と竜造寺家和議の報告とそれにともなう証文の急上昇が飛び込む前の日の話だった。

 更に竜造寺和議成立から十日後、薩摩国大口城近隣鳥神尾の合戦にて菱刈・相良・伊東の三カ国連合軍が島津軍に大敗。

 菱刈家は島津家に降伏、滅亡。

 相良・伊東の両家も必然的に大友に頼る事になり、両家を組み込んだ大友の証文は後に西国における基軸通貨としての地位を確立し、大友家の証文は暴落前より上がる始末。

 南蛮人襲撃と珠姫謀反の誤報から始まったこの狂乱相場にて、御用商人として生き残った島井茂勝だが、神屋紹策はこの相場にて百万石以上の儲けを叩き出して西国一の富豪としてその名前を歴史に刻む事になる。


国人衆達のその時 12

有料本のため、このページは読むことができません。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格300円(税込)

国人衆達のその時 13

有料本のため、このページは読むことができません。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格300円(税込)

国人衆達のその時 14

有料本のため、このページは読むことができません。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格300円(税込)

国人衆達のその時 15

有料本のため、このページは読むことができません。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格300円(税込)

国人衆達のその時 16

有料本のため、このページは読むことができません。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格300円(税込)

国人衆達のその時 17

有料本のため、このページは読むことができません。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格300円(税込)

国人衆達のその時 18

有料本のため、このページは読むことができません。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格300円(税込)