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後輩

 

初秋の季節を過去にして、

「 もうすぐ一年かぁ・・」

しみじみと呟きながら夕方のカカシ商運の敷地にトラックを収める。

「 あの、今度こちらでお世話になる事になった"キビヤマ"です 」

不意に現れた見知らぬ顔が、"小鳥"に向かって自己紹介をする。

「 ども、"黒井(小鳥)"です 」

「 よろしくお願いします 」

"キビヤマ"という男が次の言葉を期待しているのが伝わり、

( 俺にもこんな時があったなぁ・・)

"小鳥"は、かつての自分を振り返りながら、

「 よろしくっす、良かったら今度電話ください・・ これ、俺の番号っすから 」

走り書きの連絡先を渡した。

「 じゃぁ今度電話させてもらいます 」

そう言って離れた"キビヤマ"からの連絡は意外にも早かった。

「 もしもし?"キビヤマ"っす、どぅも・・ 今晩飲みに行きませんか?」

「 おぉ、いいっすねぇ!それじゃ・・」

これまでも新人は何人か入って来た。しかし、その誰もが"小鳥"に自己紹介の挨拶をしに来る事も無いまま、いつの間にか姿を消している。要するにカカシ商運の男達による放置か圧力の洗礼に腰が引けたのだろう。
 
そんな経緯を実際に味わった"小鳥"は、積極的な行動でカカシ商運に溶け込もうとしている"キビヤマ"を称える思いでその誘いを受けた。

「 乾杯!」

酒を酌み交わしてわかった事は、"キビヤマ"は形式的には後輩でも歳は"小鳥"よりも4歳年上で、生まれ育った沖縄を成人を機にして飛び出し、今は芸者をやっている彼女と石和で同棲しているという事。

「 それじゃまた・・」

この日は、翌日の仕事を意識して軽めの酒で浅く済ませた二人だが、地元から離れて今を刻む"キビヤマ"の身の上に親近感を覚えた"小鳥"は、この日から"キビ"ちゃんと呼んで交流を深める様になった。
 
 

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あの頃・・

 

西暦1998年のこの年は、

" 来年、地球は滅亡する "

という大予言が巷で騒がれ続けて来た。

株式の値動きにまで影響を与えると言われる様に、人間は時として確証の持てない誰かの言葉を鵜呑みにする不思議な習性を持ち合わせているもので、"小鳥"も又、

( 20年の人生だったのかい・・)

やはり地球の終わりを意識している。
 
( やり残した事はないか?)

と考えれば気分はまだまだ生き足りてはいないが、地球にすっぽりと納まっていれば運命を共にするしかない。

( せめて最後の時は愛する人を守る様に・・)

と考えてみても、都合良く彼女が出来る見込みもない。

結果、

( それならいっそ楽しく・・)

となり、

( どうせあの世に金は持っていけないしな・・)

( 後の事は生き残った時に考えればいいらぁ・・)

"キビヤマ"との酒を助長する。
 
 

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とある酒場事件

 

甲州バイパスを勝沼から甲府方面へと下り、一宮インターを過ぎて間も無く、右手にバーガーショップが建つ交差点の信号を右に曲がると、石和温泉駅へと突き当たるその通りの途中には二階建てのテナントビルがある。

ある時、"キビヤマ"に連れられてこのビルの二階にある洋風居酒屋を訪れ、すっかり気に入ってしまった"小鳥"。それ以来、此処で"キビヤマ"とほろ酔いになってからその辺をハシゴするのが主流である。

「 "キビ"ちゃん、今日はどうしますかぁ?」

「 "小鳥"~ たまには良い女の子がいる店でも行くけ?」

「 いやぁ、そんな高いトコ 行くのはよしましょうよ 」

「 大丈夫だっちこと~ 俺の知ってる店だから頼んで安くしてもらうさね 」

沖縄なまりの嘘くさい甲州弁を話す"キビヤマ"は持ち前の人懐こさで歓迎され、どこへ行っても店のオーナー、ママ、マスターなどから、

「 よく来たね 」

と言われる。

そんな光景を見てすっかり安心感を持っていた"小鳥"は、

( 今日はどんなお店かなぁ~)

地球滅亡の大予言を束の間忘れる事が出来るのである。

各店が横並びに入り口を並べてネオンを光らせている平屋建てのテナントに着く。

( 一人だったらきっと・・)

何処と無く怪しげな雰囲気に怖気付いてしまいそうでも、"キビヤマ"が迷わず扉を開いてくれれば後はただその中に入るだけ。

「 ママ~、コイツは俺の後輩で、この店紹介したくて連れてきたさぁ、だから安くしてんっ 」

「 あらそう、空いてるトコ座れし、今女の子付けるからぁ・・」

いつの間にかの後輩扱いにも苛立ちを覚える事は無い。テーブルには和やかな空気が流れた。

お通しが空になる頃、

「 よしっ、じゃぁゲームでもやるけ?」

焼酎をがぶ飲みしながら"キビヤマ"が言う。

「 いいねぇ~」

女の子が便乗して、

「 よっしゃ! じゃぁ "イッセイノセッ" やろっ 」

「 いいよ~」

事態が動いた。

「 じゃぁいいけぇ? イッセイノって言ったら1~4までの数字を言いながら同時に自分の乳首を出すサネ、二人が出した乳首の数と言った数が合ったら勝ちぃ~」

おかしな事を真剣に説明する"キビヤマ"に、

「 ヤダッ 」

と即答する女の子。

( そりゃそうだ・・)

"小鳥"が見ても女の子が正しい。
 
しかし、"キビヤマ"にめげる気配は無い。

「 ははぁ~~ん、お前さてはぁ~乳首が真っ黒ズラ~、キャハハ ・・」

「 違うもん~」

「 じゃぁ見せて見ろしぃ、違うなら見せれるサネ~、キャハハ・・」

あり得ないリクエストに対して、その女の子は、

「 いいよ~」

と"小鳥"の理解を超える反応を示す。

( はっ? なんで?)

あっけに取られている"小鳥"を置き去りにして、対面のソファでは、"キビヤマ"が女の子の胸元を覗き込んで楽しそうに笑っている。

( イケメンではない、スタイルも良くない、ヒゲも青い、何故だ?わからん・・ けど凄ぇ・・)

ジェラシーなのに感心してしまう。

「 おっちゃんは乳首を触ると歳がわかるサネ~、キャハハ・・」

"キビヤマ"が更にあり得ない事を言い出す。

「 嘘言って~」

「 嘘じゃ無いってコト、いいけぇ~」

「 ちょっと、ヤダァ~」

身をよじりながらも、しっかりと乳首を摘まれている女の子。

「 ん~~、26歳!」

「 ブゥ~~」

" ズコッ "

"キビヤマワールド"と名付けるべき?不思議な空間に引き込まれ、思わず笑ってしまう。
 
 

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夜の魔法使い

 

その後。
 
共に叱られた事を友情の証と言わんばかりに頻繁に連絡をよこす様になった"山野"。
 
それを断り切れず、再び飲みに出掛ける様になってしまった"小鳥"は、続け様にトラブルを体験する事になった。

いつもなら肌寒いはずの寝床であり得ない温もりを感じて目覚めると、

(?)

顔にサラサラとまとわり付く気配までも感じて、

(?)

夕べの記憶をうつろに振り返った。
 
( 昨日は・・ 確か久しぶりに精進湖立体の横の店に行ったよな・・)

初めて"山野"と酒を交わした牢獄風の店を訪れると、

「 店が終わったら電話しろし、どっか一緒に飲みに行くじゃん 」

「 うん 」

"山野"はキャストの一人とそんなやり取りを交わしていて、次の店に移って飲んでいる時に"山野"の携帯は音を立ててピカピカと光った。

「 もしも~~し、おぉほうか、わかったすぐ行く・・ イヒヒヒィ、別にかまわんさよ~」

その後、二人の女性が合流して一緒に飲んだのだが、確か"山野"が引き寄せていた女は"メグミ"と言い、その連れが"今日子"だった。

"今日子"は、

「 ○○ですぅ~~」

と独特の話し方で人気を集めるアイドルを真似た話し方をしていた。"小鳥"が求めるタイプでは無い。イチャつく"山野"と"メグミ"に気を使い、"今日子"との会話に努めていただけである。

その後、"山野"と"メグミ"は堂々と二人で店から姿を消した。そして、取り残された形になった二人はどうしたか?

( あぁ、一緒にここで寝たっけ・・)

成り行きとは言え、夜を共に過ごした奇跡を思い出すと何となく優しい気持ちにもなる。二人は同じ被害に遭った口。関節のしなりも布団のかさつきも、立てる音には注意を払い、そっと上半身を"今日子"に向ける"小鳥"。夢の中へ迎えに行く様に"今日子"の黒髪を掻き分け頬に流す。

とその時、

( あれっ?どちら様?)
 
 

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朝顔

 

口紅もアイシャドウも大幅に乱れた顔面に、

「 おいっ 」

と冷たく声を掛けてすぐに、

" ペチンッ!"

その頬を叩く。

「 痛っ 」

そう言い放った顔は瞼を開き、

「 おはようですぅ~」

すかさず繰り出す語尾を延ばした挨拶。

「 もしもし?お宅はどちらさんですか?」

イラ付きながら尋ねる。

「 "今日子"ですぅ~」

間違いなく"今日子"であると答える乱れた顔面。

( マジか・・)

優しさは萎えていた。
 
"小鳥"は、布団から離れて着替えに取り掛かった。

そんな"小鳥"の胸の内も知らず、呑気に両腕を伸ばす"今日子"は、ゆったりと朝を感じている。

「 お前さん、家はどの辺だい?」

「 小瀬~」

「 俺は仕事だからトラックに乗り換えて来るから、それまでに着替えを済まして出れる様にしといてよ、そしたら送ってくから 」

「 はいですぅ~」

「・・・」

"小鳥"が玄関で靴を履き始めた時。

「 ねぇ・・」

「 あぁ?」

「 彼女いるの?」

「 いや・・」

「 ふぅ~~ん 」

急に話し方を変えた"今日子"が少し悲しげに下を向く。

「 どした?」

「 あのね、私は本当は18歳なの・・」

「 ふ~ん 」

「 年上の彼氏みたいなのがいるんだけど仕事しないんだよね・・ それでお金が欲しい時だけ会いに来るの・・」

「 それってヒモってやつ?」

「 たぶん・・」

「 お前さんは好きなのかい?」

「 ・・・わからない 」

「 そうか・・」

「 ねぇ?」

「 ん?」

「 また遊びに来てもいい?」

「 ダメ!」

「 えっ?」

「 はっ?」

「 なぁ~んでですかぁ~」

( うわっ出た!)

「 まぁいいや、俺トラック取って来るわ!」

「 ねぇ・・」

「 はい?」

「 シャワー浴びないの?」

「 あぁ、別にいいや 」

「 私ね、かんじただったの・・」

( カンジタダッタノ? なんだ?今度はフィリピン人か?)

そんな風に捉えてしまうのも仕方が無い。

「 夕べは感じたってこと?」

"小鳥"が聞く。

「 ちがいますぅ~」

"今日子"はきっぱりとそれを否定する。

「 じゃぁ何?」

「 たぶん、もう大丈夫だと思うけど・・ カンジダっていう病気だったの!」

「 なんだソレ?」

「 なんか~ 性病っていうか・・ カビが生えるみたいなんだけど・・」

「 へぇ・・」

・・・

"小鳥"はこの時、目の前に突如大海原が現れた様な錯覚を覚えていた。

それは更なる世界の広さを知らしめる性病という名の大海原。まったく縁の無かった話をフィリピンごっこかと真剣に受け止めてしまった事が恥ずかしい。
 
それを隠すべくして取り繕う。

「 あぁ、それなら大丈夫だよ・・ 俺なんてエイズだし、まぁトラック取ってくるわ、ははっ・・」

咄嗟に出たのは、聞き覚えのあるメジャーな病名。逃げる様に部屋を出た。

トラックに乗り換えて小瀬まで送る道中、妙に暗くうつむいている"今日子"を、

( 次の誘いを断ったからだな・・)

そんな予測で片付ける。
 
 


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