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約束

 

     約束 

 

 リサちゃんは学校から帰ると、ランドセルを脱ぎながらキッチンにいるママのところに行き、突然こういいました。

 

「ママ、リサ、犬が飼いたいの」

 

「えッ!」

 

 ママはリサちゃんが動物好きなのはもちろん知っていましたが、あまりにも突然のことに驚いてしまいました。

 

 小学校2年生のリサちゃんは、小さいときから動物が大好きで、ママに買ってもらった動物の図鑑や絵本なんかは、何度も読み返したために表紙がビリビリに破れてしまったほどです。

 

 その絵本はまだたいせつに本箱のいちばん下に置いてあり、いまでもときどきひっぱり出して読むことがあります。

 

 テレビもお気に入りの動物の出てくる番組は、ママに頼んでビデオにとってもらうので、録画ずみのテープがダンボールの箱にギッシリつめ込まれて、たいせつに押入れにしまってあるくらいです。

 

「ねえ、だめェ?」

 

「だって、リサはもうプレゼントもらったから、今度の誕生日まではお預けでしょ? ちゃんとママと約束したじゃない。忘れちゃったの」

 

「ううん、忘れてなんかないよ」

 

 確かにリサちゃんはママのいうとおり、誕生日にキティちゃんのぬいぐるみをもらい、クリスマスにはお兄ちゃんとふたりで遊ぶようにと最新のテレビゲームをプレゼントされたのです。

 

 リサちゃんはけして約束を忘れたわけではありません。ちゃんと覚えていたからなかなか言い出せなかったのですが、リサちゃんはリサちゃんなりの理由がありました。

 

 学校の友達がみんな犬を飼っているので、自分も飼ってみたくなったのです。毎日学校でみんなから犬の話を聞かされているうちに、自分もみんなと一緒に犬の話をしたいと思ったのです。

 

「ミキちゃんもタマキちゃんもみんな飼ってるの、だから……」

 リサちゃんはママの顔をまともに見ることができなくて、うつむいたまま話しました。


 

「でもね、リサ、動物を飼うっていうのは、たいへんなことなのよ。リサにはわからないかもしれないけど、ワンちゃんは毎日散歩をさせなきゃストレスで病気になっちゃうの。だから思いつきで飼うということはワンちゃんにとってとてもかわいそうなことなのよ」

 

 ママは、なんとかあきらめさせようと、リサちゃんを説得します。

 

「知ってる」

 

「毎日朝と晩に散歩させることなんかリサにはできないでしょ」

 

 ママはピンクのタオルで手をふきながら言い聞かせます。

 

「じゃあ、毎日ちゃんと散歩させれば飼ってもいい?」

 

「だめ。だって、リサは約束が守れない子なんだから」

 

「そんなことないよ」

 

 そう言ったリサちゃんでしたが、誕生日とクリスマスプレゼントのことを思い出したらそれ以上なにもいうことができませんでした。

 

 

 

 リサちゃんはお兄ちゃんが学校から帰るのを待って、ママにいったのと同じことを話しました。

 

「そんなのだめだよ。だってテレビゲームのときパパとママに約束したじゃないか」

 

 リサちゃんと3つちがいのお兄ちゃんは、ちゃんと約束を覚えていました。

 

「でも……」

 

 リサちゃんは、ママやお兄ちゃんのいうことがわからないわけではないのですが、いまは犬を飼いたいことで頭のなかがいっぱいです。

 

 どうしてもあきらめることのできないリサちゃんは、会社から帰ったパパに相談をします。でも帰って来た言葉はママと同じでした。

 

 リサちゃんは、あきらめきれないままベッドに入ったのですが、やはり犬のことが頭から離れなくて、いつものようにすぐに眠りにつくことができませんでした。

 

 ようやく眠りに入ったリサちゃんは、その夜すごく楽しい夢を見ました。

 

 敷き詰めたようにタンポポの咲くお花畑をたくさんの仔犬とかけっこをしています。

 

リサちゃんのあとからコロコロとおぼつかない足どりで一生懸命にかける姿は、抱き上げて頬ずりしたくなるくらいかわいらしいものでした。

 

 リサちゃんがお花畑で寝転がってると、どこからか集まって来たたくさんの仔犬たちが、リサちゃんの顔をペロペロとなめはじめます。くすぐったくて我慢できなくなったリサちゃんは、ゴロゴロところげ回って仔犬たちからのがれます。

 

 仔犬たちは小さな足でどこまでもリサちゃんのあとを追いかけるのでした。


仔犬

 

     仔犬 

 

 ママはパパにリサちゃんが飼いたがっている犬のことで相談しました。

 

 リサちゃんはいまおもちゃが欲しいのと同じように犬のことを考えています。でも生き物を飼うということはとてもたいへんなことなのです。毎日のご飯の世話、ウンチやオシッコのあと始末、1日2回の散歩、人間と生活を共にするためのルール、病気になったときのことなど数え上げたらキリがありません。

 

 仮に飼っている犬が15年生きるとしたら、その間ずっと面倒をみなければならないのです。小学校2年生になったばかりのリサちゃんにはとても無理なことです。そのことをリサちゃん話すのですが、犬を飼いたいばっかのリサちゃんはまったく聞く耳がありません。

 

 そしてパパはママにこういいました。

 

「いまのリサにはなにをいっても無理なようだから、しばらく様子を見ることにしよう。そのうちにあきらめるに違いないから」と。

 

 だが、犬を飼うことがあきらめきれないリサちゃんは、次の日もそのまた次の日も、ご飯を食べててもテレビを観ていても犬を飼うことをママに話します。でもママの返事はいつも同じでした。

 

 

 

 日曜日の午後、みんなでスーパーに買い物に出かけることになりました。大きなスーパーで、いろんな店が数えきれないくらいあります。リサちゃんはパパとママが買い物をしている間、1軒のある店で待ってることにしました。

 

 それはスーパーのなかにある「ペットショップ」でした。いちばんはじめに向かった先は、黒いトイプードルの入っているケージでした。

 

 ガラス越しなのでさわることはできませんが、トイプードルはリサちゃんが気に入ったらしく、近くに来てしきりに前足でガラスをひっかいています。今度はリサちゃんを不思議そうに小首をかしげて見ます。そのしぐさはたまらなくかわいいものでした。

 

 次に足を向けたのは、ミルクコーヒー色をしたチワワのいるケージです。産まれて間もないからか、まともに歩くことができない小さな体をこきざみに震わせています。その愛くるしい姿にリサちゃんは抱き上げてみたくなりました。

 

 まだほかにも、ミニチュアダックスやフレンチブルドックなどの仔犬がいっぱいいます。リサちゃんの目にはどれもみな愛らしく映るのでした。そしてここにいる仔犬をこの間見た夢のように全部自分の家で飼えたらいいな、と思いながらママが呼びにくるまでの間ペットショップを歩き回りました。

 


 

 1週間ほどして、いつものようにリサちゃんが学校から帰ると、リビングの隅に小さなダンボールの箱が置いてあるのに気づきました。ランドセルを背負ったままなんだろうと思って近づくと、物音に気づいたのか、産まれて1ヶ月そこそこの仔犬が、ダンボールの箱のふちに足をかけて、ひょっこり顔をのぞかせたのです。

 

 リサちゃんはびっくりしたのと、大好きな仔犬が家のなかにいたことで、思わず「ワーッ」と大きな声を上げてしまいました。

 

 仔犬は産まれて間もない茶色のオスの柴犬で、足の先だけが靴下をはいたように白くて、まるで動くぬいぐるみでした。

 

「ママーぁ、ママーぁ」

 

柴犬の頭を優しくなでつづけながら大きな声でママを呼びます。

 

「ママ、これリサの犬? 飼っていいの?」

 

 リサちゃんはうれしくてうれしくて、ぴょんぴょん跳びはねながら聞きました。

 

「あまりリサが犬を飼いたがるから、パパと相談して決めたんだけど、でもそれはリサがちゃんと面倒をみるという約束ができたらだからね」

 

 ママは床にひざをついて、リサちゃんの目を見ながらいいました。

 

「みる。ちゃんとみる。毎日のご飯と、散歩それにウンチのそうじはリサがやるから。今度は本当に約束するから」リサちゃんはしっかりと仔犬を抱いて、「ママ、ありがと」と、

 

うれしそうな顔でいいました。

 

「いいのよ。でも、もしリサがズルするようだったら、ママこの子すぐに返しちゃうからね」

 

 ママはリサちゃんが犬を欲しがっていることを友達に話したところ、たまたま飼ってる柴犬が6匹子供を産んだと聞き、仔犬をゆずってもらうことにしたのです。

 

 リサちゃんは仔犬を『ポピ』と名づけました。犬を飼ったときにはこの名前をつけようとずっと思っていたのです。

 

 リサちゃんは早くお兄ちゃんにポピを見せたくてうずうずしています。そんなときに限ってなかなか帰って来ないものです。

 

 ようやく玄関のドアが開く音がして、お兄ちゃんが学校から戻って来ました。靴を脱ぎかけているお兄ちゃんの腕をつかんでリビングに引っぱって行きます。なんのことかわからないお兄ちゃんは、いやいやながらリビングに行きました。

 

 リサちゃんはダンボール箱の前までつれて行くと、箱のなかでくうくうと眠っているポピを指さします。

 

「ポピっていうの」

 

「うそォ、マジかわいいじゃん」

 

「でしょ。だよね。きょうからリサが面倒みることになったの」

 

「リサが? ムリ、ムリ。おまえはすぐに投げ出すから、絶対ムリ」

 

「そんなことない。ちゃんと面倒みられるゥ」

 

 リサちゃんは、半分泣きそうな顔になっています。

 

「だったらいいけど。なあ、お兄ちゃんも協力するから、ふたりで育てよっか」

 

 もともと生き物が嫌いじゃないお兄ちゃんも、目の前の愛らしい仔犬の姿を見て、自分も一緒に飼ってみたくなったのです。

 

「ほんと、お兄ちゃん?」

 

「ほんとだよ。だってリサひとりじゃ絶対ムリだも」

 

 お兄ちゃんの言葉はリサちゃんにとってとても心強いものでした。

 


 

 リサちゃんはママと一緒に夕飯のお買い物に出かけました。お兄ちゃんも一緒です。なぜならば、そのついでにペットショップによることになったからです。

 

 ポピはまだ仔犬なのでなにを食べさせたらいいのか、どの程度運動させたらいいのか、ベッドはどうこしらえたらいいのかすべてのことがまったくわからなかったので、ペットショップのひとに相談することにしたのです。

 

 ペットショップの店員さんのアドバイスで、散歩用のリードとご飯の食器、それと『仔犬の育て方』という本を買いました。そのとき店員さんが、「なにかわからないことがあったら、いつでも聞いてください」と優しくいってくれました。それを聞いたとたん、リサちゃんは胸のなかにずっとあったシコリのようなものがすうっと消えていきました。

 

 買い物をすませて家に戻ると、あいかわらずポピはダンボールの箱で軽い寝息を立てています。リサちゃんはお兄ちゃんと顔を見合わせて、もう少しそのまま眠らせておくことにしました。

 

 その後ふたりは、晩ご飯になるまでずっとポピの箱のそばにしゃがんだままでした。

 



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