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好運者・勝田末吉

外界は、金属的な建物群ばかりで、至るところに白っぽい光源がきらめいていた。その中をリムジンロードに乗って移動している二つの影があった。

「ということは、なにかね。今が西暦2256年とすれば、私は250年間眠っていたことになる。まさに、私が指定しておいた期間だ。やはり科学技術は、それなりに発達していたわけだ。見てみろ、この光景。ぜーんぶ金属ではないか」

「仰る通りです」

この時代では、もう希少になった日本語通訳が、勝田末吉と連れ立っていた。

「思えば、私は幸運者だった。賭け事ばかりして、勝って勝って勝ちまくって、何百億もの大金をつか み、その金の半分を使って旅行三昧、酒地肉林三昧の豪遊をして、後の半分を使って、先々の命の保証をさせるという快挙をやってのけたんだ。しかもだぞ、十 名限定の厳しい審査で知られた冷凍安眠カプセルの宝くじをみごと当てたんだからな。よくぞツキまくったもんだ。おかげで250年後の未来にさえ生きている じゃないかね」

通訳は、あわてて自分と末吉のボディスーツの胸元にある赤く光るワイアレスマイクのスイッチボタンをオフにした。

「幸運? ツキ? そんなものは、この世界には、いや、この時代には、ないんです」

「なにをバカ言ってるんだ? ツキをこの私から取ったら、なにが残る? まあいい。
ところで、ここにはギャンブルはないのかい? いまは無一文でも、少し金を貸してくれたら、勝って勝って勝ちまくって、利息を何倍もつけて返してやる。
どうだ? この話に乗らんか?」

「ご冗談を・・。初めに申しましたように、ここでは、ツキとか、ギャンブルとか、勝ちまくるといった言葉は、すべて禁句です」

「だが、ここは自由主義国だと聞いたぞ」

「いちおう、自由主義の世の中です。しかし、確率に従って生きる自由は認められても、確率に反するような言動は、すべて処罰の対象になります。あなたはまだ新参者ですし、ここは二人だけですから、あなたの違反行為も大目に見ることにいたしましょう」

「なんだって? 当たり前のことを言ったといって、処罰?」

末吉は、通訳から、この時代のあらましを聞くことにした。

それによると、・・・
今から約200年前のこと。政治家という非常に無知で、打算的で、無責任な人々が政治の運営をして、世界経済を破綻させてしまい、大きな戦争を引き起こしてしまった。
その経過を重視した人々は、反省して、非常に優秀な科学者を世界総督のポジションにつけ、政治を担わせることにしたというのである。

この世界総督の意向に沿った世界運営は、彼の先見性によって確かなものとされ、こうして初めの100年間は理想的に推移し、現在の高度文明の基盤を築いた。

ところが、それ以降今に至るまで、何代かの総督が立ったが、みな独裁者であり、彼の出すアイデアがそのまま法律に採用されたものだから、その専横さたるやすさまじいものがあった。

そして、一度作り上げた独裁を許すシステムは、おいそれと修正されることなくいまに至り、20年前 から確率論の数学者が総督となったのをきっかけに、他の様々なことについては問題なくも、こと確率論に関する原理的抵触があったり、反対を唱えるような者 がいれば、すべて違法行為として取り締まられ、処罰の対象とされていた。その罪は傷害や殺人よりも重いとさえされている。
・・・というのである。

「なんとまあ、そんなことが罪になるなんて、信じられんよ。ああ、おかしな世界に来たものだ。しかし、この私から、ギャンブルを取ったら、なんにも残らん。
だが、どうかね。この世界にも、ギャンブルくらいはあるんだろ? どこか君、カジノのようないいところ、知ってないのかね」

「しーっ。マイクのスイッチを入れ直しますから、これからは慎重に発言ください。いいでしょう。良いところにご案内しましょう」

彼らは、やがて別のリムジンロードとの接触地からそこに乗り換え、違うルートに入り、そうしたこと を10回も繰り返したころには、リムジンロードも幅が1mほどの狭いものになっており、特定の目的地に向けた専用ルートといった雰囲気を醸していた。やが て、何もない金属的な空間の左手に、2階建ての木造家屋がぽつんと見えてきた。

二人はその前で下り、家屋の左側に付けられた薄暗い階段を上って、2階の傷だらけをそのままにしたドアを開いて中に入った。

部屋の中はいままで見たところとは、まったく雰囲気が違って、古風な雀荘のイメージがあった。

すでに空気は煙草の煙で淀んでおり、八つの全自動卓が所狭しと並べられている中で、一つの卓にのみ、すでに三人が坐っていて、残るもう一人の到着を待ち遠しくしているかのようだった。

末吉は通訳に勧められるまま、空いた座席に坐った。
三人の男たちは、みな同じボディスーツを着ており、髪型がさっぱりしている以外は、ごく普通の面子といった感じである。しかしなにか雰囲気が違う。彼ら三人の顔には真剣味が感じられないのだ。

末吉は、単純に、勝負師としての勘を働かす。

<これは戴いたり。これはと思うようなツラ構えをしたものなど誰もいない。
いやまてよ。この無表情にしろ、対面にいるこの男は、ポーカーフェイスとも取れなくもない。マークすべきは、この男だけと見た>

ルールとして、ピンピンの高いレートを設定し、ここの通貨で決済することとして、最初の半チャンは始まった。

末吉の予想通り、対面にいる男だけが勝ちを維持していた。末吉は、みなの腕前を見極めることもあって、控えめに負けを演じていた。
だが半チャンも後半になると、敵の手を知ったとばかり、末吉は俄然猛ラッシュをかけたのである。

<そうそう。おれのパターンだ。250年経った今といえども、額に青筋を立てて、目は血走って、血圧の上昇を覚えてくる。これがおれ。おれの勝ちパターンの復活というものだ。おれの空、健在ってもんだぜ>

こうして半チャンが終わってみると、末吉一人ダントツという結果となっていた。
下家にいたドロンとした顔の面長な男は、当然のようにハコテンしていた。そして、精気のなさはいよいよ真に迫っている感じだった。

上家の眼鏡をかけた箱顔の男は、驚いたような目つきで末吉を見つめるも、尊敬の眼差しというには程遠く、末吉を哀れむかのように笑みを浮かべ、頬をぴくっと動かした。

<ケッ。気味の悪い奴だ>

対面にいる多少男前といえそうな男は、全自動卓がうなりを立てて牌をかき混ぜる様を無表情にじっと見つめたままだった。

<くそう。下家のドロリンマンを除いて、なんて連中だ。弱いくせに、場慣れだけはしてやがる。もっと強いのはいないのか。要は、勝負運の戦いなんだよ。ああ、こんなことでいいなら、みんな巻き上げてやっからな>

イーチャンが終わったとき、末吉は当然のことのように、ダントツ。二番手に、対面のポーカーフェイスが沈んではいても、箱ひとつといったところだった。上家が、箱二つ、下家は箱四つという具合でひどい沈み方である。

ところがである。
末吉が軽蔑混じりでいい気になっていたところ突然、裏側のドアが開いて、顔をストッキングのようなもので覆った3人組が押し入ってきた。慌てふためく間もなく、末吉をいきなり取り押さえてしまったのだ。

「うわっ。銀行強盗か? おれはまだなんにも稼いでない無一文なんだぜ。いでででっ。何しやがんだ」

あの通訳が遅れて現れた。

「あなたは、刑法6条に抵触する行為をしたかどで、観察ルームにおける即決裁判の結果、ロボトミン1号の薬物投与が決まりました」

こう言い渡された瞬間、末吉の腕は二人掛かりでねじ上げられ、スタンガンのような注射器で一瞬にして静脈注射されてしまっていた。

末吉は、頭がぐらっと揺れて、目の焦点が定まらなくなってしまった。次に、周りがぐるぐる回転し始め、やがて収まった頃には、半眼のドロリンマンになってしまっていた。

「次を始めるように」という声がどこからか聞こえたが、定かではなかった。

全自動卓がうなりを上げて牌を積み上げたのを見届けたような気がした後、
末吉は、いつのまにか知らず知らずの内に、牌を掴んでは捨て掴んでは捨てを繰り返しているのである。

<おお、どうしたんだ。勝手に手が動いて、つまらん牌ばかりつもって、川に流しているな>

「ロン」という声がする。

<どうやら、やられたらしい。なんてこった。
おかしい。頭が回らん。くそう。何かをしこみやがったな>

いつのまにか時は過ぎ、次の半チャンが終わりかけていることを知った末吉は、持ち点のほとんどないのを見るや、再び、”なにを負けるか”のど根性を起こしたのであった。

対面の流した牌をポンし、下家の流したのもポン、そして次に上家の流した牌で、トイトイのロンをしたのであった。それからツキが俄然変わった。親を十回も連続で維持し、対家のトップを一気に陥落させてしまい、再びダントツになってしまったのだ。

「この者のaf脳波の立ち上がりとともに、確率論に反する事象が生起します。これを妨害するロボトミン9号製剤の投与が必要かと」

「それで平滑化ができたとしても、すでに大きく勝ち越している分をマイナスにするために、鬱を起こすショックレー2号も投与する必要がある」

「それで効果がなければ?」

「オールレッドの独房に10年拘留する」

「発狂刑ですね」

「うむ」

実をいうと、彼が最初にギャンブル好きだと言った時点から、矯正保護観察下に置かれていたのである。

再び、ドアが開き、あの3人組が入ってきた。
そして、通訳の声らしいものも、耳元で聞こえた。

「悪いことは言いません。勝とうとしてはいけない。負けるほうに力を入れなさい」

末吉は、影のようなものが横に来たという程度にしか認識していなかったが、腕がねじ上げられ、痛みともカユミともつかぬ感覚の中で、再び注射が施されたらしい感触を得た。

というのも、一気に感情の高まりが衰え、さらには自己嫌悪の感情が襲ってきて、知らず知らずのうちに、自分の頭を自分のこぶしで、したたか殴りつけているのだった。

<おかしい。待てよ。おれがおれを嫌になってどうするんだ。しかしこのままでは、殺されてしまう。そうか。勝ってはいけないんだ。負けるほうにする?ふざけるなと言いたいが、これも生き延びる道か?>

だが、自分を殴りつけて、傷つけたいという衝動は収まらない。振り上げた拳を、顔を笑いでこわばらせながら、中空で静止させておくのがやっとというところだった。

そのとき、対面のポーカーフェイスが、
「ここは自立更正の場です。あなたが真に法律に沿った行動、つまり確率に則った動きができるようになるまで、更正作業は続きます」
と言ったものだから、振り上げた拳はいきなり対面の男の頭に飛んでいた。

「ガツン!!」

三秒ほど遅れて、末吉の拳に激痛が走った。
見ると対面の男の髪の毛が半分以上取れかかっており、その下はつるつるした金属光沢をしていた。
ロボットだったのだ。

しかも、末吉が殴って作った頭の凹みは、他にいくつも見られた。
末吉はどうやら、右手の指の骨を何箇所か骨折したかもしれない。
それでも、このゲームは強制されたのである。

末吉は、ふがいなくも、負けるほうに持っていこうとした。それには、わざと振り込むようにすればよいだけだ。しかし、末吉の気持ちはやるせなくふがいなく、腹立たしい限りであった。

<わざと負けるようになどすれば、もう幸運の女神様も相手にしてくれなくなる・・・とほほ>

こんな思いに刈られながら、他家への振込みに協力をしたのであった。


「sd脳波が優勢ですから、わざと負けた振りをしていることは明らかですね」

「ううむ。だが、全然だめだとは言いきれない。少なくとも彼が確率論に従わねばならないと、考え方の切り替えをしたのだから、その結果としておのずと矯正されていくだろう」

「当面は反作用の起こることを期待して・・・」

「いずれ法則に逆らわない無気力な確率人間にしなくてはならない」

「では、ロボトミンの投与は?」

「長期投与が図られるべきだ」

「分かりました」

こうして、末吉は、数週間の内に、プラマイゼロをキープできるまでになった。
はじめsd脳波が強く振れていたものも、薬の効果によってか減衰し、目立たぬまでになったのである。

半年後、無気力を絵に描いたような、やつれきった末吉が、すでにメンバーが入れ替わった面子を相手にマージャンをしていた。というより、矯正刑として、無理やりやらされているわけであった。

そこに久しぶりに通訳がきた。

「はじめのころ、上家にいた、顔の四角い兄さんはいまどこに行かれたの?」

「あの人は、刑期を終えて、娑婆に戻られています」

「ああ、そう。では、対面にいたロボットさんは・・・あ、これはいいか。じゃ、下家にいた顔の面長な兄さんはどうされたの。やはり娑婆?」

「この方は残念ですが、マイナスをいつの時も取り戻せなかったために、死刑になりました。あなたは、まだ調節できたからいいですが、この方はいくら取り戻そうとあがいてもだめだったために、事態が深刻でした」

通訳は、言葉にできない同情心を、顔の表情で作って見せた。

「そうか。振りこみは下家に対してしてやれば良かったなあ」

通訳は聞かぬ振りをして、立ち去っていった。

こうして、10年の矯正刑の刑期を勤め上げ、末吉は娑婆世界の構成員として社会復帰していったのである。

 

 


宇宙人の奇妙な願い

米アリゾナ州でその奇妙な生き物は捕まえられた。
 
あれは、2003年の夏の深夜のことであった。
漆黒の星煌の夜空に、緑色の火の粉を吹きながら、流星が山向こうのナバホ居留区に、大音響とともに墜落し、地上を数度に渡って光らせたのである。

これを見ていたホピ族が、「ああこれこそ予言された青い星に違いない」と部族最後の踊りを踊ったかどうかは、この際触れないでおこう。

ところが墜落したものは、正真正銘のつやびかりした金属でできた空飛ぶ円盤であったのだ。

通報を受けた国防省の軍隊が続々と現地入りし、数時間の調査と器物の撤収作業の途中に、防護服に身を包んだ数名の兵士に抱えられるようにして現れた二匹の生物の姿があった。

二匹は、犬とも猿とも、あるいは蜥蜴ともつかない、地球上には棲息しない生き物のようで、冷たい砂漠を連行されて、筒型の見たこともないようなトレーラーに収容されて、数台の車に守られるようにしてどこかに連れ去られていった。

恐らくは、この近くの米軍の秘密地下基地であるに違いなかったが、この二匹にとって、その場所の位置がどうのこうのといったことは、二の次であったことだろう。「生きている」そのことだけが奇跡であると思われるほどに、乗ってきた円盤は大破していた。

「ピーピー・・・・・」「ピーピーヒュルヒュルルー・・・」二匹はほぼ同じトーンのわけの分からない会話を交わしていた。

ところが、防護服の調査官が彼らの前のテーブルに、向き合うようにして座ったとたん、一匹の方が「ウンジャモンジャ・・・・・」と、いささか低いトーンで、明らかに目の前の調査官に対して話し始めたのだ。

「ホワッツ!?」と調査官は前のめりになり、会話を聞こうとする。しかし、彼にはわけの分からない言葉に違いなかった。

いっぽう隣のミラーごしの調査室で、会話の音声を収録しながら聞いていた一人が、音声レシーバーにかじりついた。

「ヘイ!チーフ!!きっとこれは、日本語です!!」

「なにい(@@;」

「私の話をよく聞いてくれ。私は日本人だ。名前は、勝田末吉という」

「生き物は、自分の名前を日本語でたしかに言いました!!オーなんてことだ!!」

日本語を多少は理解できる調査室の男が、急きょ防護服を着て、中に入ることになった。
その間、日本人スタッフ探しに、基地の中は騒然となった。

というのも、この基地で働く日本人は、ごく少なく、しかも基地の外周作業に限られていたのである。
そして選ばれたものに、板山茂樹がいた。

彼の履歴ファイルが調べ上げられたが、頭が良いとか学歴がどうのこうのではなく、ただ口が堅いということを見こまれて選抜されてきた。

「いいか。ここで見聞きしたことは、いっさい他言無用。もし、約束が守れないときは、また守られなかったと分かった時は、命の保証はない」

それ以外にも、報酬面その他で特別な条件が付けられたとみえ、茂樹はオーケーした。

ミラー越しに見る、奇妙な生き物に、茂樹は背筋をぞっとさせた。

「このおかしな生き物と話をするんですか?」
すでに茂樹の周りには、係官が取り巻き、防護服の装着を進めていた。

「ミスターイタヤマ。この生き物には、次の段取りが組まれている。初めてのことで戸惑うかもしれな いが、のんびりしている暇はないのだ。生き物に対する質問事項は、こちらから無線で逐一教える。君は日本語に変えて話せばいいだけだ。彼らの言葉を我々の 言葉に直す必要はない。いいな」

「はい」

こうして茂樹と、奇妙な生き物の会話は始まった。

ところが、生き物の方は、彼が話す前から、鼻に掛かった高いトーンでさも親しげに話してくるのである。

「あんたは日本人だな?そうだろう?」

「は、はい。私は日本人であります」

「ああ、そうだろう。分かるとも。分かるとも。会いたかった」

「はあ?」

<ミスターイタヤマ。会話の途中みたいだが、こちらの質問をしてくれ。まず、彼らが何を目的にここに・・・>
隣の部屋から、無線が入る。

そのような話はどこ吹く風と、生き物は自分の素姓をまくし立てた。このため、茂樹は無線に身が入らない。

「私はね、君らからすれば、500年後の未来からタイムマシンに乗って来たんだよ。君らが聞きたがるのは、恐らくどこの星から来たかということだろうが、あいにく私は地球から来たとしか答えようがない。残念だったな」

「あ、あの、ちょっと」

「分かるよ。分かるよ、君。信じられんことが起きている。そう。たしかに君の前で起きている。これは夢でもなければ、幻でもない」

実は、録音マイクか録音機の調子が悪くて、二度目の司令で通訳して伝えるように言ってよこしていたのであるが、それも聞き取れていない。

「何から話そう。そうだ。私の隣にいるのは、私の妻なんだ。といっても、君らの考える妻とはちょっ と違う。任務上の妻、つまり私がメインなら、こっちがサブということになるな。年齢は、私らの場合、取りたてて意味がない。性別も・・・もうとっくになく している。つまり、私らは複製された人間なんだ。私は、初代勝田末吉から数えて、コピー8代目でね、コピーのたびに記憶だけは更新されて、こうして今でも 昔のことを良く覚えているんだ」

茂樹の耳には無線でなにかしきりと隣室から言ってきているのだが、この生き物の甲高い声にかき消されて分からないでいた。

「ちょ、ちょっと・・・」

「なにがちょうちょだよ。そうだ、ちょうちょなんていたよな。懐かしいなあ。どこにいるんだ?」
と、生き物はあたりを見まわしている。

その様子があまりに気味が悪くて、隣室からマジックミラー越しに見ていた調査官が嗚咽した。

「ああ、私はだめだ。エイリアンものを見て、少しは慣らしたつもりだったが、とても我慢ならん」

「録音が不調ではだめですね。後でイタヤマから聞きましょう」

「あれを見たら分かるだろう。意味が分かっていないから、奴もどきまぎしているのじゃないか」

「呼び戻しましょうか?」

「いいや。どうせなにも分からんだろうから、定刻まで奴に話をさせておけ。後でこの件に関して、適当に調書を書けばいい。だが、なんでこんな調査をせねばならんのだ。今日はまったくツイとらん」

調査官は、ミラーウインドウとは反対の方向を向いて、頭を抱えて座ったきりとなった。

「ちょうちょのことが問題じゃないんだ。ちょうちょがいるということがいかにすごいことなのか、とにかく自然が大切なんだということを、私はここに力説しに来たんだ。分かってくれるかね」

「は、はあ・・」

「私はね、実に不幸な人類の未来を見てきた人間だ。科学という、馬鹿げた人間のおごりが、どんな辛い目に私らを遭わせてきたか、それはもう悔しくて、悔しくて・・・」

涙はいっさい出ている風はないが、目をこするまねをする生き物の仕草には不気味な愛嬌があった。
彼の妻だという生き物は、その仕草をあきれた風を見せるでもなく、丸い大きな目でじっと見つめていた。

「通算480年もの間、私は馬鹿を見てきたんだよ。良かったのは最初の50年だけ。後はみんな棒に振ったようなものだった」

この生き物は、切々と、過去の人生を語った。
学力など皆目なかった学生時代のこと、ギャンブルに明け暮れたそれ以降のこと、ツキと大金を手にし て豪遊三昧をした後半生のこと、未来の世界で遊んでやろうと安眠冷凍カプセルを申し込み、30000倍の難関を突破して栄冠を手にしたこと、250年後の 未来世界に目覚めたまでは良かったが、不幸にも確率論科学者総督の独裁世界で失敗し、10年もの去勢生活の刑期を勤めさせられたこと。
ここまでは、前編でも触れたことであった。

ところがこの先、確率論総督の悪政に対して、潜在的な不満が高まり、クーデターの火の手が上がって 総督は捕まり、皮肉にもロシアンルーレットの刑で確率6分の1の銃弾を引き当てて総督が死んだ後、次に立った科学者は、人間のクローン化と、それによる半 永久寿命の獲得という、誰しもが小躍りして喜ぶような公約を武器にして世界総督に当選してしまったのだ。

当時、クローン技術では正確なコピーを作れるほどに十分進んでいたし、記憶や感情などの意識も、超精度電磁複写機器の発明で、10日ほどの短期間でコピー側に受け継がれてしまうという具合だった。

当時の恩恵に浴した人々のぬか喜びしたこと。

そこで問題は、元の体の始末をどうつけるかだった。人道的見地という話もあるにはあったが、そこは総督の一存で、というより独裁で、まるままコピーが完了したと認定された時点で、もとの体は麻酔された上、焼却処分されることとなったのだ。

こうして、同一個体の複在という問題は人為的に起こらないように仕組まれたのである。

「私はね、確率論総督が倒されて、刑法何条かが取り去られたとき、自分にまだツキが残っているかど うか調べたよ。すると気分の高揚とともに、まだツキがあることが確かめられた。ところが、コピー後に調べてみたら、あれほどあったツキが、半分以下に減っ ているんだ。マージャンを何度となくしてみて、分かったことだ。だから、大勝はできなくなり、興味も半減してしまった」

この生き物の言うには、5、60年毎にコピーをするつど、ツキが前に比べて1/3ずつ無くなっていく気がしたという。それと同時に、体に異変も起きてきた。

第2代目のコピーぐらいから、生殖器が退化し、体も小さくなり、明らかに雌の争奪を主体とした種族維持の方法からの離脱の兆候が、体に現れ始めたというのだ。

遺伝子はいくら調べても元のままだった。ところが、遺伝子の効力発現のメカニズムの中に、異変が生じたのだ。不用になった機能を落としていこうとする、いわば反動である。

このため、第二世代から第三世代にかけて、試行錯誤的に、生殖器を多用しようという機運、つまりフリーセックスの時代となってしまった。それは、面白く思われたが、一面では恐ろしいことだった。

なぜなら、クローン化総督のもとでは、雌雄のセックスによってできた子供は、すべて抹殺されねばならないという法が施行されたからである。

このため、流産の河という設備まで作られていた。ここに流されるのは、途中掻破された胎児ばかりではない。ヘソの緒の付いた生きたままの新生児まで、布で包まれ葦舟のようなもので流されたのは、まだしも母親の思いやりであったかもしれない。

しかし、この施設では、この先ジェットタービンの回転バネで、散り散りの肉片にされるようになっていたから、ロムルスとレムスのような話が生まれる筋はまったくなかったのである。

この世界では、クローンのみが人間であらねばならず、生殖行為は体の機能的衰えを矯正するための健康体操と捉えられていたのだ。

この勝田末吉と名のる生き物も、このころには過去を思い出すように、手当たりしだい雌を誘い性交したが、かつて覚えていたような魅力的な体に遭遇したことは、まずなかったという。

過剰な性行為の反動もきた。早い体の機能的衰えが顕著となり、クローンの平均寿命の60年が、2/3も達成できなくなったのである。こうして、第四代目が主流になるころには、性行為自体が禁止になり、懲罰の対象となっていった。

「まあ、あの頃には、魅力的と思える対象はいなかったからな。だから、禁止になったからといって、もうどうでも良かったんだ。そのうち、どんな人間が魅力的だったかという、その姿すらも忘れてしまったのが、心残りだったんだ」

周りがみな、ちんちくりん人類の世界となり、それに伴って魅力的なボディーの価値観も変わるかと思われたが、さにあらずだった。記憶は退化し失われながらも、持ち込されたからだ。

「実はな、ここに来たのは、もう一度この目で、元の人類の女体の神秘とやらを眺めてみたいからだったんだ。どうだ。ものは相談だ。もっといろんな情報と引き換えに、今の時代の女の体を拝ませてくれんかな」

茂樹は、まだ独身だった。だが、アメリカ人の彼女はいた。美しい人だった。生き物の話がかなり淫靡なものの連続だったために、つい彼女との三日前の行為とダブってしまい、慌てて頭の中で打ち消した。

「それは、難しいです」
<だいたい何で、こんな生き物が・・・>
そう思ったと同時に、生き物はうつむいて話し始めた。

「いまの私に性行為などできるはずないだろ? こんなに退化して、ふくらみすらもない。隣の妻とも一度もしたことはない。何百年、こうなんだ」

なんとなく、同情させられて涙ぐんでしまう茂樹であった。
そのとき、ドアが開いて、時刻がきたと係官が告げてきた。

「会見はこれで終わりです」

こうして、茂樹は生き物をそのまま残して隣の調査室に入った。

「会話はまったく録音できておらん。何度呼んでも返事もしないとはなにごとだ」

「はあ。そうだったですか」

「まあいい。適当に調書を書こう。奴はどこから来たと言っていた?」

「はあ。直接には聞いていません。間接的には、地球の未来からということです」

「なにを聞いてきたのだ。地球には奴らが一時的に根拠しているだけだ。よし。前にもあったように、シリウスの第3惑星からとでもしておこう」

「し、しかし・・・」

「このことは、他言無用だぞ。次に、奴らはいったい何をしにここに来たのか?」

「は、はあ。・・・あ、これも不審に思われるかもしれませんが、女性の体に興味があってやってきたようです」

「あ? 女性の体? うわっはっは。・・・これはいい。・・・ばか者!! 私を愚弄する気か?」

調査官は、茂樹の襟元を掴み上げた。

「ち、違います。ほんとうに・・ほ、ほんとうに・・そうなんで・・」

調査官は、汗を吹き上げ顔を紅潮させている茂樹の表情に、一縷の真実ありと見て手を放した。

「女の体か・・・うーむ。奴らが円盤に連れ込んで何をしていたかという噂とはマッチするな」

こうして、調査官は、簡単にいろんな話を合成した形で、かなりでたらめな調書を書き上げた。
しかし、何か心残りではある。
そこで、妙案を思いついたみたいである。

やがて30分もして、次の医学者たちが現れた。
異星人の解剖を含め、彼らが担当するのである。
未来人であろうはずの生き物たちに、未来は保証されていなかった。

調査官は、医学者スタッフのチーフに対して耳打ちした。
それは、5分にも及ぶ長い耳打ちだった。
その間、医学者チーフは、目といい眉といい、顔の表情を二転三転させたので、恐らくはとんでもない提案が出されたに違いなかった。

医学者はにんまり笑って、一言「オーケー」と言って、後ろに控えていた防護服班に隣の部屋へ入らせた。こうして、裏口から、二匹の生き物は再び別のところに連行されていったのだった。

実は、この調査官、医学者にこの異星人と目される生き物の弱点を教え、うまくすればもっと何か重要機密事項が聞き出せるかもしれないと教えたのだった。

ところが、その日の深夜のことである。
地下基地の最深部で大爆発が起こった。
最深部というところには、遺伝子化学工場の設備があった。

あの医学者チーフは、そこの総責任者で、アーノルド・クローン博士という、地上世界では知られない地下でのみ権威を持った最高科学者であったのだ。

この博士の提唱した新理論が、画期的なクローン技術の促進に寄与したのである。
それを以って、クローン技術とは名付けられたが、よもや人名であろうとは誰も知らなかったことだろう。

ところが、彼はこの大爆発で死んだ。
奇妙な生き物も、まるで初めからいなかったかのように死んだ。

恐らく、最先端科学の粋も、実験工場の爆発とともに、消し飛んだに違いなかった。

そして、その技術の停滞によって、宇宙科学が進めていた宇宙移住計画もやがて頓挫していく。

こうして、歴史は、愚かな政治家の手によって文明の終結を迎えた後に、何の新しい展開も示さなかったのである。

科学者の統治による金属都市も、確率論の科学者の台頭も、クローン科学者の台頭も、いっさいがっさいその後の歴史に登場しなかった。

歴史が、この珍妙な侵入者によって、書き替えられてしまうような事態とは?
あの晩、地下基地の最深部で何があったのだろう。

上層部にいた警備官は、浮名で馴らした東洋系の絶世の美女AVスターが、地下基地行きのエレベーターに警護隊に取り囲まれて入るのを目撃した。

その次のエレベーターで、あの調査官が、ニヤニヤしながら降りていったことも見届けている。

そして、大爆発のあった直前に、地下の最深部でかなり激しい銃撃戦があったことも分かっている。
この程度のことしか、基地の人々の間には伝わっていない。

だが、茂樹はもう少し知っていた。
あの末吉と名のった生き物が、科学者というものをひどく憎悪していたこと。
特に確率論とクローンに関わった科学者を特に激しくである。
また、歴史を書き直せるものなら、書き直してやりたいとも言っていた。

そして何よりも、無防備に見えた生き物たちの武器。それは催眠術であることだった。
腰のあたりに細いベルトがあって、そのお腹側の真ん中に、直径2cmほどのボタンがあって、うつむきながらそれを回すと、向かい合う相手の思考をコントロールできると言っていた。

そうしたことから、茂樹の推測でしかないが、クローン博士とその実験設備が、この生き物にコントロールされた警備隊によって抹殺されたのではないかと感じられたのであった。

だが、茂樹がこれを口にするわけにはいかなかった。生き物によって、もし口外すれば、それをした時点で高いところから飛び降りる催眠術の作動することを聞かされているからである。

今でも、UFOがらみの仕事をしている部署の者は、このような二重拘束状態に置かれる者がいくらか存在しているという。


 

 

 


この本の内容は以上です。


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