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チロリアンハット

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 君はグリーンのフェルト地に可愛らしい飾り紐の付いたチロリアンハットを被っていた。俺は、それが風に飛ばされた拍子にこっちに振り向かないだろうか、なんて都合のいいことを考えていた。
 人差し指を一度口に含んでから天を指さす。風向きを確認してから、君を軸に時計回りで一〇分進む。風向きと言ったって地下空調によるものだ。コンクリートに囲まれた中で、帽子を吹き飛ばすほどの突風は望めない。
 すると、都合良く通過列車が帽子を吹き飛ばした。それを追いかけるようにして君が振り返る。途端、俺は不躾にもカメレオンを連想した。舌を伸ばして帽子を見事にキャッチ。なんてことが起こったわけではない。
 君の顔は俺が今まで見たどんな子よりも目が離れていたのだ。
 帽子は二、三度舞い上がり、列車が通り過ぎるとそのまま線路に落ちた。
 おそらく帽子は駅員が拾ってくれたのだと思う。「線路に物を落とされた方は駅係員にお申し付け下さい」なんて案内が柱に貼ってあるだろう。俺が駅員を呼びに言ったのだろうか。まさか線路に飛び降りたわけではあるまい。
 最後に彼女は帽子を被ってから「ありがとう」と言って、離れた目を細めた。
 あれから一〇年近い時が流れ、偶然にも大学に入ってから再会することとなる。
 それは学生会の歓迎コンパでのことだった。
「もつ煮が好きな男の人って多いよね」
 学生会などというものに所属する予定はなかった。たまたま入学式で隣だった男に声をかけたところ、高校の三年間を生徒会に属していたなんて奴だった。
 呑み会の喧騒の中で俺がその声を拾い上げることができたのは、あの時の一言を記憶していたからだろうか。俺は熱心に先輩の話に耳を傾ける男の隣を離れ、彼女のもとへ歩み寄った。そして、俺は瓶ビールを差し出し、グラスを要求する。
 彼女は条件反射的にグラスを握り、俺を見上げる。そこで俺は目を瞬いた。彼女の目は記憶していたほど離れていない。グリーンのチロリアンハットも被っていなかった。彼女はグラスを差し出したまま首を傾げる。そして、俺はその場しのぎの声を発した。
「もつ煮は昔から大好物だ」
 お陰で俺のあだ名はモツヲに確定した。
 翌朝、俺の隣で彼女は目を覚ました。
「モツヲ」と呟いて、彼女は微笑む。俺は口元を歪めて「なんじゃらほい」と応える。続いて、俺は昔話をはじめた。
「ねぇ、覚えている?グリーンのチロリアン」
 彼女はしばらく間を置いてから応えた。
「なんのこと?」
 どうやら俺の勘違いのようだった。彼女は誰が見ても美人の類だ。誰だってカメレオンと見紛うことはない。そして、俺が思うに、この顔にはグリーンのチロリアンハットは似合わない。
 それでも彼女との付き合いはしばらく続いた。そして、彼女は俺のアパートの小さなキッチンで実に美味いもつ煮を作った。時には学生会の連中を呼んでもつ煮パーティーを開いた。
「男ってもつ煮が好きよね」
 彼女は微笑んだ。俺はモツヲとして誰よりも多くのもつ煮を掻き込んだ。

 夏が一気にやってくると、俺たちはバイト代を握って夏物を漁りに出かけた。一通りの買い物を終えると、デパートの洋菓子売場のテーブルで向き合い、一つのクリームあんみつをつついた。
「ねぇ、はじめて一緒に過ごした日のこと覚えてる?モツヲは朝になってから何か聞いたじゃない」
 俺は背筋が伸びる。
「なんだっけ?」
「グリーンのチロリアン」
「チロ リロリン」
 面倒なことをよく覚えている女だ。
「誤魔化さないでいいの。でもね、普通チロリアンって聞いて帽子を思い浮かべるヒトはいないわよ」
 彼女はそう言って、千鳥屋の店舗を指差した。そこには「高原銘菓チロリアン」と書かれたパネルが置かれている。そのパネルには色とりどりのクリームが詰まったロールクッキーが並んでいた。その一つは抹茶味だろうか、グリーンのチロリアンもあるではないか。
 そこで俺は気づく。つまり、彼女には通じていたのだ。
 彼女は微笑みを蓄えたまま黙って俺を見つめている。俺はその顔を眺めながら、自分の目を寄せていった。
「変わったでしょ」
 俺は二、三度頷いた。
「私がやったのは目頭切開法って言うらしいわ」
「目頭?切開?」
「そう。そのまんま。そんな大げさに考えないでよ。切開する角度とか、長さとか、ラインなんかを決めたら、手術なんて二、三〇分で終わるのよ。一週間後に抜糸もするけどね。高校出て、春休みのうちにできちゃうわけ。大学決まってんだから親も文句ないでしょ」
 それから彼女は帽子を被る必要も無くなったのだという。
 俺はうまく言葉が選べない。でもね、あの時確かに思ったんだ。彼女は誰が見ても美人の類だ。誰だってカメレオンと見紛うことはない。
 だからそう言うことにした。
「もう誰だってカメレオンと見紛うことはない」
 平手が飛んだ。
 それでも彼女との付き合いはしばらく続いた。相変わらず、彼女は俺のアパートの小さなキッチンで実に美味いもつ煮を作った。そして、彼女がはじめてもつ煮を作ったのがこのキッチンだと知ったとき、涙が溢れそうになった。
「男って大抵もつ煮与えとけば満足なのよ」
 彼女は照れ隠しのように言い放った。
 そんなことはないだろうよ。
 彼女は誰が見ても美人の類だ。そして、彼女と体を重ねる度、離れ目は遺伝するのだろうかと考えてしまう。いつか娘を授かるようなことがあれば、グリーンのチロリアンを手に入れたい。


あおぞら

 この肉を脱いで空を飛ぶ。
 おまえはあおぞらを見上げてタイミングを見計らっている。腹の周りの肉を掴んでは、時折、ため息をもらす。
 こいつさえなければ空を飛べる。見えない階段を登って行くように空を飛ぶ。飛ぶというよりはあおぞらを歩くイメージ。今更、両手を突き上げてシュワッチはないだろう。大体あんまり派手なことはしたくないんだよ。
 おまえは大きく鼻から息を吸いあげると、口を尖らせてゆっくりとそいつを吐き出す。分子レベルで肉が消費された。何度も繰り返した挙げ句、ようやく無駄な足掻きだと気づく。
 肉を脱ぐイメージは、ムキムキマッチョが力を込めるとボタンが弾け飛んで服がビリビリに破けるみたいな、あんな風でありたい。ここは派手にいきたいのだ。
 肉を脱ぐなんて、その行為自体が異常なのだから、優雅にやりようがないだろう。でもきっと、汗でべとついたシャツを体を揺らしながら脱ぎ捨てる感じ。ブルブル肉が震える感じ。
「おい」おまえは俺に問いかける。「今、笑ったろ?」
 俺はおまえに目を向けて、もう一度口角を持ち上げる。
「ずいぶん出来の悪い作り笑いだな。明らかな作り笑いじゃないか」
 俺は作り笑いを崩さず、首を一回転させた。
「おまえが何を考えているか、当ててやろうか」おまえは言った。「何故こんな天気のいい日に、こんなつまらない奴と過ごさなきゃならない」
 残念だが、おまえはひどい勘違いをしている。
「俺はおまえになってあおぞらを見上げていたんだ」
 おまえは肉厚の眉間に皺を寄せた。皺というより、もはや溝だ。その溝がますます落ち込んで動脈を絶つ。俺は眉間から血を噴き上げるおまえを思い浮かべた。
「この肉を脱いで空を飛ぶ。肉さえなければ空を飛ぶ。見えない階段を登って行くように空を飛ぶ。飛ぶというよりはあおぞらを歩くイメージだ。今更、両手を突き上げてシュワッチはないだろう」
 おまえは眉間から血を噴き上げることなく、あまりに平凡な応答を示した。
「なに言ってんだ?」
 俺はため息をつく。そして、続けた。
「肉を脱ぐイメージは、ムキムキマッチョが力を込めるとボタンが弾け飛んで服がビリビリに破けるみたいな、あんな風でありたい。ここは派手にいきたい」
 おまえは顎を揺らしながら、二、三頷いた。
「おまえは俺になってそんなことを考えていたということか」
「そうだ」
「そうか」
 それでもおまえはたった一つの心配を抱えている。
「だから、心配はいらない」
 俺は精一杯出来の悪い作り笑いを浮かべて言った。
「残念だが、おまえはひどい勘違いをしている」
 俺は呆気にとられた。
「おまえも俺と同じ思いをしているものと思っていたよ」
 そして、思いがけず涙した。


凡人のパンク愛

 なんにも覚えられない。
 まるで頭に入らない。
 なんにも興味が持てない。
 すぐに飽きてしまう。
 幼少の頃には、まだ発達ショーガイなどというジャンルがなかったから、単に出来の悪い餓鬼で済まされていた。でも、そのジャンルを知ってから、ぼてっと腑に落ちた。希望が見えてきた。
「そんなこと無ぇよ」
 あるっすよ。この出来の悪さはビョーキなんだって、ショーガイなんだって、そう言っておくれよ。
「そんなこと無いっすよ」
 あるって言えよ。絶対どこかおかしいんだって。ちょっと見れば分かるだろう。立派な名の付くショーガイなんだって。
 頭おかしいんじゃねえのか?
 遠慮なくそう言ってくれ。おまえらは他人を愚弄することが大好きだったはずだろう。それなのに、誰も何も言ってくれやしない。表現系が地味だから駄目なのか。胸板にナイフで you make me...なんて彫らないと、家畜の臓物を撒き散らしながら街を闊歩しないと、そこまでしなければ認めてくれないのか。
 出来損ないの頭を必死に隠して、懸命に社会へしがみついている。至極凡庸なアティチュードをアイデンティティと言い張る。そんな風に社会と関わっている輩はいくらもいる。本当は傷だらけの胸板を曝してしていたいのに。たまには臓物を散らしながら狂乱したいのに。
 それは勇気の話しだろうか。決断力が意図しない方向へ働く。保身をはかる。嗚呼。保身をはかる。
 そして、一握り、ひょいと乗り越える聖痴愚がいる。凡人は週末、各種メディアでそれに触れてカタルシス。おまえより先に目に付けていたのだと意気揚々。正義に満ちた息苦しい社会に戻るため、英気を養う。
 なんにも覚えられない。
 まるで頭に入らない。
 なんにも興味が持てない。
 すぐに飽きてしまう。
 それでも、再び訪れる週末に向けて、出来損ないの脳味噌をいくらか回す。


痴れ者のパンク愛

 会社帰り、マーケットに立ち寄り、サラダ油と鳥の臓物、そして、果物ナイフを購入した。

 マーケットを出たら側道を抜けて河原に降り立つ。そして、遠くに輝く街の明かりを頼りに、枯れ枝やエロ雑誌をかき集めた。

 休日の大半は部屋に籠もっている。まるで集中できない文庫本とスマホを行ったり来たりしながら過ごしている。アウトドアの趣味などまるでないが、幼い頃の刷り込みというものは大したもので、一度、二度経験した飯盒炊爨によって、なんとなく効率のいい火の熾し方は身についていた。

 腰掛けるに具合のいい丸石を見つけると、上着とネクタイをある程度丈のある枝に引っ掛けて地面に突き立てた。丸石に腰を下ろし、ライターを捻って、エロ雑誌に目を通す。そして、グラビアページを千切ってはクシャクシャに丸めて地面に放っていった。続いて、そいつを寄せ集めると、細い小枝を放射状に重ねた。再びライターを捻り半裸の女に火をつける。燃え移る炎を眺めながら、少し太い枝をさらに重ねた。いまいち火の移りが悪い女たちに眉をひそめ、サラダ油を注ぐ。赤い炎が立ち上がり、少々仰け反った。

  火が落ち着いたところで、発泡トレーに入った臓物を果物ナイフで適度に刻む。続いて、その先に突き刺した臓物を焚き火にかざした。

「あ、塩忘れた」

 ハツを食えば鉄臭い。レバーを食えば妙ちくりんな風味が広がる。いつまでも食い千切れないテッチャンと格闘しながら、「これって大腸だよな」と、ちょっと嫌な気分になった。

 多少腹が満たされ、大いに胸がムカついたところで本題へ移る。

 眉間に力を込めてナイフを胸元へと持ち上げる。自傷パフォーマンスにはシャツを脱いだほうがいいか。スラックスからYシャツの裾を引きずり出し、プチプチとボタンを外していく。本番にはYシャツはふさわしくないと知り、上着と一緒に枝に掛けた。改めて眉間に力を込め、右手にナイフを握り、左手には臓物の入った発泡トレーを載せた。

 ここでTシャツを破り捨てて声でもあげたいところだが、両手が塞がっていてはそうもいかない。本番は上半身裸で挑むべきか。ステージ上の先人達も、確かにその多くが半裸であった。俺は丸石の上に臓物のトレーを置いて、ナイフを口にくわえたままTシャツを脱ぎ捨てた。

 改めて両手に臓物とナイフ。

「元気ですかぁ」と、一声あげてみる。

 どうも心と言葉が調和せず、続いて、定番の四文字英単語を叫んでみた。それもなんだかしっくりこない。思いつくまま喚き散らした挙げ句、ようやく巡り逢えた言葉。

「ゲバルトっ」

 それは大学時代に、第二外国語の授業で学んだ。アインス、ツヴァイ、ドライに続いて教えられた単語だった。

 独語教師は、学生活動家をねじ伏せた昔話を誇らしげに語り続ける学生会に、常々難癖を付けていた。

 右にも左にも傾けないが、その響きのよさに、もう一度声にした。胸板に添えたナイフは、焚き火の炎に煌めきながら肉の油をギラギラさせている。

 俺は躊躇い、ナイフを焚き火にかざした。

「炙るか」

 チリチリと音を立てながら油脂が焦げて散り去る。十分に炙ったところで、ナイフを振り回す。そして、適度に冷めたところで、貧弱な胸板の前でゆっくりとナイフを引きながら臓物を焚き火に投げ込んだ。

「ゲ~バ~ル~ト~っ」

 準備すべきものは理解し、大体のイメージはできた。そして、明日こそ乗り越えるのだ。

 くしゃみを一つ放ってから、鳥肌の立ってきた肌にシャツを羽織った。ベルトを弛めてシャツの裾を押し込んでいると、健康診断の申し込み期限が近いことを思い出した。


三七歳

 運動会全体練習とやらの土曜日登校。午前中で終わるから小学校まで迎えに来いと甘えたことを言うから来てやった。俺は大いに後悔している。                          

 本来、保護者であることを示す札を首から提げて行くべきだったが、運動不足の身体に鞭を打つべくマラソンでもしながら行こうと愚考したところ、その思い付きに酔いしれ、札のことなどすっかり忘れていた。

 ジャージ姿で階段を駆け下り、マンションの前でなんとなく気恥ずかしい思いを抱えながら我流のストレッチで関節を解した。続いて、住宅街から逃げるように駆けていくと、気持ちのいい緑道が伸びる。俺は思いの外軽い身体に気を良くし、少々加速した。小学校の脇の道に差し掛かれば、なるほど赤白帽子を被った児童等がなにやら校庭で戯れている。そいつを横目に一旦通り過ぎ、例年より短い夏の冷たい空気を裂きながら、緑道をさらに駆け抜けていった。

 折り返し地点に辿り着き、少し歩こうかと減速すると、途端に疲労感に襲われた。何じゃこりゃ。嗚呼もう限界。脚が鉛のように重くなり、間違えて鉄下駄でも履いてきたかしらとを何度も足下を確かめた。  

 何であれ、おまえとの約束の時間にだけは間に合わせなければなるまい。俺はメロスにでもなった気分で重い足を引きずった。走れ走れと頭の中で己を鼓舞する。なんかそんな芝居があったよな。小学校で演ったよ。メロスではなかった。体育館の両脇に立つその他大勢の声を浴びながらメロスではない主人公の彼奴が駆け回るの。走れ走れ。俺は彼奴になった気分でその他大勢が発する声を浴びながら足を引きずる。走れ走れ。迫真の演技で苦悶の表情を浮かべる。走れ走れ。なんだか少しいい気分だ。

 足を引きずりダラダラと小学校の門までたどり着くと、結果的に下校の時刻までには随分と余裕があった。俺と同じく何らかの事情で子を待つママさんも幾らかいらっしゃった。そこで俺だけ札を提げていないことも気づく。ゼエゼエと息を切らせて、苦悶の表情を浮かべながら現れた俺は、どうしたって不審な点が多い。せめてあの札さえあれば、ママさん方に「ごきげんよう」なんて声をかけることができたのに。しかし、俺には札がない。みすぼらしい格好で汗を垂らすおっさんである。

 そう。いつの間にやらおっさんなのだ。その存在だけで罪を背負う運命にある哀れなおっさん。これは過剰な自意識だけの問題ではない。社会が悪い。カルチャーが悪い。一握りの悪いおっさんが生み出す負のスパイラルが善良なるおっさんを追い込む。

 俺にだって、この門が開けば醜く突き出た腹に食い込んでくる愛息がいるのだ。札なんぞ提げなくたって門前で仁王立ちしてやろうぞ。俺は背筋を伸ばして息を整える。そして、腕を組んで肩幅程度に足を広げた。

 いったいどれほどそうしていたろうか。目の前の門は堅く閉ざされ、時の流れは阿呆が算盤で刻んでいるかのように遅い。俺の脳味噌は次第に緊張に堪えきれなくなり、要らぬ思考が回りし始めた。

 俺は確かに世間から煙たがられるおっさんという部類に属している。それでも、中程度の生活を維持し、時には嫁から感謝され、愛息の笑顔は絶えない。こんなおっさんには実にすばらしい日々なのだろう。それなのに、嫁に喜ばれても、誰に持ち上げられても、そこには違和感以外に感じ取れるものがない。きっと光の当たらない少年~青年期を過ごしてきたからなのだろう。こんな俺をよくもまあ持ち上げてくれるものだ。俺の実態はとても臆病でまるで冴えない己を隠し続けることに必死な卑劣間なのだ。

 要らぬ思考は俺を追い込み、仁王立ちする両足が震えはじた。今にもその場に倒れてしまいそうだ。横倒れになって、手足を硬直させたまま陸に上がった魚のようにのた打ち回ってみせようか。「てんかんの発作が生じた」などと、ママさん方に同情を乞うてみせようか。

 それがいい。所詮は世間から煙たがられるおっさんなのだ。そうしようとママさん方の立ち位置を確認すべく、ちらりと背後を伺えば、さっきまでは見かけなかった老人が、後ろ手に組んで閉ざされた門を一点に見つめていた。

 そのいまいち掴み所のない表情を浮かべた老人を、思わず不躾に眺めていると、俺はあることに気づいた。

 この老人、札を提げていない。

 にもかかわらず、この自然な佇まいはどういうことであろう。どこから見ても孫の帰りを迎えに来た老人、それ以外の何者にも例えようがない。そして、どこから見ても無害だ。

 俺はここに光を見た。おっさんは皆やがて老人になるのだ。それは、ただひたすらに生き延びればいいだけのことであり、長い道のりの先にまだ微かではあるが確かに光を見た。



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