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登場人物紹介

・紅倉美姫(べにくらみき)……強力な霊能力者。自称ロシアンハーフの23歳。

・芙蓉美貴(ふようみき)……紅倉の弟子。18歳の大学1年生。

 

・猿山一郎(さるやまいちろう)……お笑いコンビ「サルカニガッセン」メンバー。

・蟹沢健二(かにさわけんじ)……同じく。

 

・藤原玉恵(ふじわらぎょっけい)……霊能師。

・北条百依(ほうじょうひゃくえ)……霊能師。藤原の弟子。

 

・三津木俊作(みつぎしゅんさく)……東亜テレビ「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」チーフディレクター。

・等々力力(とどろきちから)……映像制作会社「アートリング」社長。オカルト大好き。

・高谷翔(たかやしょう)……「アートリング」社員。

・柄田昌樹(つかだまさき)……同じく。

・万條絵里子(まんじょうえりこ)……同じく。


1、幽霊を罵倒する芸人

 東京H市に「さわり地蔵」という有名な心霊なスポットがある。

 「さわり」は「障り」とも「触り」とも書く。

 バイパスと住宅街に挟まれて標高200メートルあまりの山がある。ふもとから長いまっすぐな階段を上がっていくと明治期には重要な物資輸送路であった道につながる。その道をぐるっと歩いていくと、上へ向かう枝道があり、その先の階段を上っていくと、山の頂に、かつて寺であった広場が現れる。

 現在は公園として整備されたこの地で、過去、凄惨な殺人事件が2件起きていた。

 かつて寺があった頃、寺に住んで管理をしていた老婆が、強盗に惨殺されたのだ。

 更にその数年後、ある地位のある男性が、不倫関係にあった若い恋人を殺し、その遺体をこの山中に遺棄するという事件があった。

 管理する者のなくなった寺は荒廃し、建物は管轄する自治体により解体され、本堂に向かう石畳と柱が立っていた円形の石のみが残されている。

 現在公園となっている旧境内には、外側にベンチが配され、日差しよけの屋根もあったりするが、寺であった名残の石灯籠があったり、一部お墓も残されている。

 階段を上ってきた、公園への入り口、左手に石灯籠が2機まとめて置かれ、右少し奥に、

 

 1体の地蔵が立っている。

 

 これが問題の「さわり地蔵」である。

 前述の2件の殺人事件の被害者たちであろうか、幽霊の目撃談など心霊現象が多く報告されているこの地であるが、中でも恐ろしいのが、この地蔵にまつわる話である。

 いつの頃からかは不明であるが、この地蔵の首が欠けている。

 そしてこの首なし地蔵を触ると、良くないことが起こるというのだ。

 実際に悪ふざけで地蔵を触った者が、帰り道に交通事故に遭い大けがをしたという話がある。

 

 ただでさえ凄惨な殺人事件のあった場所であるが、そのような祟りの話もあり、地元の人間は昼でも気味悪くてめったに近寄らないそうだ。

 うっそうとした山の中でもあり、夜ともなれば真っ暗で、犯罪の面でも危険が感じられる場所であるが、

 わざわざその夜中にやってくる者も多い。

 

 

 カメラは上ってきた長い階段から眼下に広がる街灯りの夜景へパンし、樹木の影に入り、山中の道を写し、そこに2人の男性が立っていた。

 

「どもー、猿山ですー」

「蟹沢ですー。二人併せて、」

「カチカチ山です」

「違うだろ。サルカニガッセンですー」

「ですー。やあー!」

「人様の決めポーズ、パクるなよ」

「ダアー!」

「やめなさいって」

 

「はーい、カットー」

 ディレクターの低い声がかかった。

「はい、オッケーね? あのさあ」

 カメラマンに確認したディレクターは二人に不機嫌そうな顔を向けた。

「そういうのいいから。別に視聴者、見たくないから。早くやろうね?」

「はい。すみませんでした」

 蟹というより小型の「うす」体型で童顔の蟹沢が頭を下げ、『おい』と相方の背中を叩いて頭を下げさせた。

「あんまり楽しいロケじゃないからさ、ちゃっちゃとやっちゃおうね」

 スタッフを引き連れて林道を先へ進むディレクターの背中を、猿山はぎょろりとした目玉で睨んだ。こっちは痩せて、名前の通り猿みたいな顔をしている。

 二人は「サルカニガッセン」としてコンビを組んで活動しているお笑い芸人だ。

 デビュー3年目、そろそろ同期の中で売れる者と売れない者の差がはっきりしてきて、二人は残念ながら後者の方だ。

「ほら、行こうぜ。せっかくもらった仕事なんだから、ふてくされてるんじゃねえよ」

 蟹沢に促されて猿山も歩き出した。

 深夜帯の情報バラエティー番組の、夏のこの時期おなじみの、心霊スポット紹介のコーナーのロケに来ている。

 面白おかしくトーク主体の番組だから、ああして楽しく盛り上げた方がいいだろう? と、蟹沢も思うのだが、そういうのはスタジオのMCたちの仕事で、こちらは彼らがおしゃべりする素材だけ提供すればいいらしい。

 スタジオに呼んでくれないかなあ……と期待していたのだが、この分だとどうやらそれもないらしい。

 俺たち、やっていけるのかなあ? と、蟹沢も惨めな気分で思っていた。

 

 時刻は夜の11時。

 斜面を巡る歴史道は上からうっそうとした樹木が被いかぶさって真っ暗だった。

 ロケには2人の霊能師がオブザーバーとして同行している。

 ロケ隊は公園へ上がる枝道にやってきた。道の左手、樹木に寄り添うようにかつて寺があったことを示す石碑が立っている。

「じゃあ二人、ここでレポートしてもらって、それから例のお地蔵さんのところ、行ってもらうから」

「どういう感じでやりましょう? 怖い感じでやりますか? 適度に笑いを取る感じでやりますか?」

「うーん……、まあ、適当にやってみてよ」

「はい、分かりました」

 ディレクターのやる気のない指示に頷き、蟹沢は猿山と共に石碑をとなりに、階段を背に、カメラの前に立った。

 

「はい、我々がどこにいるかと言いますと」

「ここはどこなんでしょうねえ?」

「のんきに見渡してる場合じゃないよ。我々は今、H市の有名な心霊スポット、O公園に来ています。この上に昔、道仲寺(どうちゅうじ)というお寺がありましてね、今はもうないんですけど、お地蔵さんが残ってまして。これが有名な『さわり地蔵』なんですよおー」

「お客さあん、当寺ではお地蔵さんのお触りは禁止なんですよお」

「その通りだよ。キャバクラのマネージャーみたいに手揉んで愛想笑いしてる場合じゃねえよ。おまえ、ここ、マジで危ないんだからな? 分かってんのか?」

「おまえ、クビだー!」

「しー! 黙れよ、何いきなり大声出してんだよ、ヤバいっつってんだろ!? そうだよ、首がないんだよ、そのお地蔵さん。こんな風にふざけたり、触ったりすると、マジで祟りに遭うんだよ」

「マジすか!?」

「マジだよ」

「何いきなりスクワットやってんだよ?」

「たったり、すわったり」

「やめろって、無理矢理ボケなくていいよ」

「すべったり」

「おまえ、いい加減にしろよ?」

 

 ディレクターが『オーケーオーケー』と手を上げて、霊能師の二人を指差した。

 

「じゃあねえ、俺らだけだと危ないから、専門の霊能師の先生に来てもらってるから。先生、お願いします」

 

 蟹沢に招かれて、二人の女性霊能師が二人のとなりに並んだ。

 70くらいの渋い顔をしたおばあちゃんと、50くらいの怖い大きな顔をした、やたらと濃いパーマのかかった黒髪のおばさんで、二人とも白い着物に黒い袴を着け、輪袈裟を掛け、手に数珠を持っている。

 

「あのう、先生。僕たちこれから上に上がって、さわり地蔵のところに行くんですが、大丈夫でしょうか?」

「その前に、あなた」

 若い方の、北条百依(ほうじょうひゃくえ)が、猿山に怖い顔で言った。

「駄目よ、あなた。さっきから見てたら、まあ、はらはらしちゃったわ」

「俺? なんか悪かったですか?」

 猿山はへらへらと愛想笑いして北条に揉み手した。北条は顔を引きつらせるように言った。

「ふざけすぎよ? もう相当霊の皆さんが怒ってるから、上に上がるのは止した方がいいわね」

 やばいな、と蟹沢がディレクターを見ると、ディレクターは思い切り苦い顔をして蟹沢に、なんとかしろ、とあごをしゃくった。

 蟹沢は猿山の脇腹を肘で小突いた。

「このバーカ。だからやめろって言っただろ? 謝れよ」

「どーもすみません」

 猿山は往年の大師匠の真似をしてこめかみにげんこつを当て、場の空気はますます殺伐とした。蟹沢は低いまじ声で言った。

「おまえ、本当にふざけすぎだぞ。これでロケが終わったら、俺ら本当に二度と仕事来ねえぞ?」

 さすがに猿山も

「すみません」

 と脇に手をやって頭を下げ直した。

「先生、今度はおふざけなしでちゃんと静かに行きますんで、なんとか、どうでしょう?」

 蟹沢の懇願に、

「そうねえ……」

 と、北条は上を見、師匠の藤原玉恵(ふじわらぎょっけい)にお伺いを立てた。

 藤原はしわくちゃの顔を渋くしたまま、何も言わず、それでも弟子には分かるのか、

「では、静かに、お地蔵様のところだけ、行ってらっしゃい。奥のお堂跡には行かないように。いいですね?」

 と、北条は一応許可した。

 ディレクターが『行け』と指差し、

「よろしくお願いします。ほら、行くぞ」

 と、蟹沢は猿山を連れて階段へ向かった。

 下の150段の階段ほどではないが、ここも40段ほどある。

 上り切ると軽く息をつきながら、後に続く霊能師二人を待った。北条はともかく、おばあちゃんの藤原にはもうかなりきついと思われたが、顔に似合わず足腰はしっかりしているようだった。

 霊能師二人は頂上に到着すると、奥に向かって並んで立ち、数珠をまさぐり、手を合わせて無言で祈り出した。お笑いの二人は横で神妙な様子で見つつ、蟹沢がお伺いした。

「先生、よろしいでしょうか?」

 藤原が数珠をまさぐっていた手を止め顔を上げたのを見て、北条が頷いた。

「くれぐれも霊を刺激するようなことはしないように」

 蟹沢は頷き、行くぞ、と猿山と共に、左手の大人の背丈よりある石灯籠の前を過ぎ、ひとまずまっすぐ進んだ。

 カメラはサルカニガッセンの二人についていき、二人は地蔵から3メートルほどの距離で向かい合う位置で止まり、蟹沢がカメラ向かって声を潜めてしゃべった。

 

「あれです、あれが触った者に祟りを起こすというさわり地蔵です」

 

 地蔵は台座の石に乗って、大人の腰の辺り、7、80センチほど、地蔵そのものは5、60センチほどだろうか。

 頭がない。

 胸の前に掲げているはずの手も両方欠けて白い破損面が露出している。

 台座の周りには賽の河原のように小石が丸く盛られている。

 

「いやあ、やっぱり言いようのない雰囲気が漂ってますねえ。なんか空気がひんやりして、寒いです」

 蟹沢はシャツの腕をさすった。

 ディレクターが向こうで『もっと伸ばせ!』と手でジェスチャーしている。

「もうちょっと近くに寄ってみても大丈夫でしょうか?」

 蟹沢は霊能師二人にお伺いを立てて歩き出す姿勢をとったが。

 

 猿山がさっさと歩いていくと、地蔵の後ろに回って、腰を落とすと、地蔵のない首に自分の顔を合わせ、両手を前に回すと、印を結ぶ、というより、女の子の乳首をつまむような手つきをした。

 

 蟹沢はさあっと全身の毛が逆立って、顔の皮が上へ引っ張り上げられるような思いをした。

 

「ばっ、馬鹿っ、やめろ! こっち来い!」

 小声で叱って、必死の様子で手招きした。

 猿山はどけるどころか、あごを突き出しておどけた顔をし、手を千手観音のようにヒラヒラさせた。

「ばっ、馬鹿野郎!……」

 蟹沢は泣きそうになった。

 

「この……大馬鹿者があっ!」

 

 北条が鬼の形相になって一歩踏み出し、堪らず声を上げて叱りつけた。師匠の藤原はしわくちゃの皮膚の中で目を閉じ、じゃらじゃら数珠を鳴らして経を唱えていた。

 

「さっさと前に来て謝りなさい! あなた、本当にただじゃ済まないわよ!?」

 

 猿山は立ち上がると、フン、と、ふてぶてしく鼻を鳴らし、

「幽霊なんかいるか」

 と言い放つと、

 手のひらを地蔵の首にべったり付け、ぐりぐりひねり回した。

「おらおら、触りまくってるぜ、おさわり地蔵さんよお? 祟るんなら祟ってみせろよ、なあ?」

 

「やめなさい!」

 北条がヒステリックに叫び、藤原は経を唱える声を高くした。

 

「あなた! 死ぬわよ!?」

 

 猿山はせせら笑って、ぽんぽん、と地蔵の首を叩いた。

 

「俺、もう駄目だわ、やってらんねえ…………」

 蟹沢はすっかり投げやりになってつぶやいた。


2、反響

 番組は大騒ぎになった。

 その情報バラエティー番組「早く寝まショーね」は、第一テレビ、木曜夜11時50分からの50分間。

 メインMCを関西系人気アイドルグループの話芸達者二人が担当し、用意されたVTRを肴に、ゲストも交えてわいわいトークで盛り上がるという内容である。

 8月頭の放送で、問題のロケのVTRが取り上げられた。

 当初はお蔵入りの予定だった。

 一応編集されたVTRを見たプロデューサーは、

「こんなの使えるか!」

 と怒ってしまった。

 しかし、どうしたことか、他のVTRの編集が器機の不調で遅れに遅れ、スケジュールの厳しい人気アイドルのこと、収録の調整がつかず、仕方なく使用されることになったのだ。

 VTRを見た二人は猿山の暴れっぷりに、

 

「うわ、これはあかんやろ?」

「なあ、これ流して大丈夫なん? この人、ちゃんと生きてる?」

 

 と、終始顔をしかめながら退き気味にコメントした。

 番組放送中からネットの掲示板にも、

 

>生きてるのか、猿山!?

>生きてるに決まってんじゃん。死んでたら放送できるわけねえだろ?

>目立とう精神もここまでやり切ったら立派だわ

>勇気は買う。でもアホだ

>地蔵の祟りなんて信じてる奴いんの?

>猿山スゲー。リスペクトする

>猿山最高! くっだらねえ心霊なんてぶっつぶせ!

 

 と大いに盛り上がり、ネット使用者たちの間ではおおむね好評のようだった。

 

 触ると必ず祟りに遭う、と恐れられたO公園の「さわり地蔵」。

 

 果たして若手お笑い芸人猿山は無事だったのだろうか?

 

 

 

 年が明けて、4月。

 

「ども。猿山一郎です」

 

 テレビにはなかなか仕立てのいいスーツを着込んだ猿山の姿があった。

 第一テレビの火曜夜11時50分、猿山がメインのレギュラー番組が始まった。

 

「猿山の登ってこい!」

 

 ホストの猿山がジャンルを問わず「自分こそナンバー1だ!」と豪語する大口人間を招き、その道の第一人者に挑戦させようという内容だ。

 猿山は挑戦者を煽りに煽って大口を叩かせ、しかしたいてい口先ばかりで、本物のプロに惨敗して青くなり、それをまた面白おかしくちゃかして、奈落の底に突き落としたり、また頑張れよと励ましたり、猿山はそのさじ加減で視聴者の野次馬根性を大いに満足させ、また嫌みになりすぎない程度に上手くまとめる。なかなか上手いものだった。

 猿山はこのレギュラー番組以外にも、この半年間でバラエティー番組へのゲスト出演が増え、今やすっかり若手人気芸人の仲間入りを果たしていた。

 猿山の持ち味はその喧嘩っ早さと、次々論を展開して相手をとっちめる頭の回転の速さと、そんな勢いで突っ走る自分に照れてニヤニヤ笑っている愛嬌のあるところだ。先輩のベテランタレントにも喧嘩をふっかける危なっかしさだが、本当に危なくなると「ウッキー」とブリキの猿のおもちゃの真似をして誤摩化して、それで「コノヤロ」と殴るポーズで笑って済まされる得なキャラクターをしている。

 猿山のブレイクのきっかけになったのは例の有名心霊スポットでの危なすぎる行動によってだったが、それでこうしているのだから、けっきょく祟りはなかったのだろう。

 しかし、

 今、猿山のとなりに相棒の姿はない。

 あのロケの後、相棒蟹沢は愛想を尽かし、二人のコンビ「サルカニガッセン」は解散したのだった。

 蟹沢も猿山ほどではないにしろ、誠実な人柄で堅実にリポーターなどの仕事をこなし、そこそこお茶の間に顔を覚えてもらえるようになっていた。

 別々の道を歩きながらも上手く行っていて、めでたしめでたしというところだったが、しかし、蟹沢にはあのロケのことで未だにわだかまりがあった。

 

 オブザーバーを務めてくれた二人の女性霊能師、その師匠格の藤原玉恵が、亡くなっていたのだ。


3、祟りはどうした?

 藤原玉恵が亡くなったのはロケの1週間後のことだった。

 埼玉県の駅からだいぶ離れた古いマンションの一室が彼女の住居で、周辺住民の知る限り三十年来ずっと一人暮らしだった。時たま客が訪れて、読経の声が聞こえて、近所迷惑に思われていたが、彼女が霊能師であるというのは有名だった。そんな気味の悪い職業の老婆、出て行ってもらおう、という住民運動が起こりそうなもので、実際過去にそうした動きもあったようだが、ある棟の階段で不気味な男の幽霊騒ぎが起きて、その棟の住民が数家族出て行ってしまった事があったのだが、藤原が除霊してこの騒ぎを収め、それ以来彼女を追い出そうという動きはなくなった。

 藤原はこの部屋で心霊相談の仕事をしていたわけではなく、相方の北条百依が近所に家を借りて住んでいた。北条は子どもの頃から霊感が強く、霊障に悩んでいたのを藤原に相談し、藤原は取り憑いていた悪い霊を祓ったものの、北条の強い霊媒体質を心配し、自分が若い頃修行した寺で修行することを勧めた。北条はアドバイスに従って仏道に入門し、修行を終えた後、なお経験を積むため藤原に弟子入りし、以来十余年、二人でコンビを組んで心霊問題の解決に当たってきた。藤原は北条の借家に通い、ここが二人の活動拠点になっていた。

 藤原は普段から言葉数の極端に少ない人で、常に何か苦痛を感じているように深いしわを顔の中央向かって寄せていた。彼女を理解するのは弟子の北条だけで、弟子の存在は彼女の苦痛の人生の救いになっていたと思われる。

 その前夜、藤原は北条の家を辞去する際、靴を履く前に板の間に正座して、

「あなた様にはお世話になりました。ありがとうございました」

 と、指先揃えて手をつき、しっかりお辞儀した。北条は慌てて、

「何をおっしゃいます」

 と師匠に面を上げてもらった。

 北条は表に見送りに出たが、電灯の下とぼとぼ歩いていく小さな丸い背中が妙に心に焼き付いた。

 翌朝、いつもの9時を過ぎてもやってこない師匠を心配して北条はマンションまで訪ねていった。北条の足なら10分くらいの距離だ。

 3階の部屋を訪ね、呼び鈴を鳴らし、鉄のドアをノックしても返事がなかった。

 胸騒ぎがして、預かっていた合鍵を使ってドアを開けると中に入った。

 藤原は布団の中で、くわっと頭の上へ両目を見開いていた。しわだらけの口をへの字にぎゅうっと結んで、そのまま固まっていた。

 救急車が来て病院へ運ばれていったが、夜中の間に亡くなっただろうということだった。死因は心臓発作と思われるが、高齢であり、事件性などはないということで特に詳しい究明はされなかった。満68歳。今の世の中では特に高齢とも言えないが、藤原は年齢よりだいぶ老けて見えた。

 北条には藤原の死に霊の影を見ることはなかったが、藤原は自分の死期を知っていたのだろう。

 もっと長生きしてもらって、出来るならばもっと楽な毎日を送らせてあげたかったと北条は師匠の死を悲しんだ。

 北条は46歳。彼女も独り身で、これですっかり独りぼっちになってしまった。

 北条もまた、師匠の死をあのロケが原因ではないかと疑い、罰当たりな若い芸人を恨んでいた。

 

 

 また、その後のさわり地蔵であるが、

 番組が放送され、ネットであれこれ噂が飛び交い、けっきょく猿山が何事もなくぴんぴんしていると分かると、

 

>なんだ、やっぱり祟りなんてねえじゃねえか

 

 と、白けた意見が圧倒的になった。

 それもそうだろう、あれだけのことをやって、霊能師がヒステリックに「死ぬわよ?」と叫んでいたのが、死ぬどころか、噂される交通事故にも遭わないで、ぴんぴんしているのだから、

 きっと、

>祟りに遭って死ね

 と期待していた怪談ファン、心霊ファンは多かったに違いない、その期待がまるっきり裏切られたのだから、

 

>なんだよっ

 

 と、つばを吐き捨てるごとく怒りを買ったのも当然だろう。

 

 怒りの矛先は当の「さわり地蔵」に向けられた。

 

 元々有名な怪談であり、場所が都内のバイパス沿いで分かりやすく、上に上がってしまえば周りからは木で目隠しされていて、興味本位の者たちが訪れやすい場所だった。

 それで大勢の訪問者があったのだが、中には不心得者もいて、

 実は過去、何度か地蔵の欠けた首には新しい首が据え付けられていた。それが、新しい首を付けるたびに、また誰かがそれを取ってしまうのだ。

 地蔵ばかりでなく、歴史的な場所なのでいくつか記念の石碑が立っているのだが、それが、わざわざハンマーでも持ち出してくるのだろうか、無惨に上下に割られて、これもコンクリートで補修されているのだが、または何者かが割ってしまうのだった。

 そうしたひどい悪戯が以前からあったのだが、猿山の一件以来、エスカレートしていった。

 地蔵や石灯籠、石碑に、カラースプレーでイタズラ書きがされるようになった。

 

『ハッタリ』

『ヘタレ』

『タタレヨ!』

『猿山殺せ!(笑)』

 等々。

 

 あまりのひどさに地元自治体から猿山及びテレビ局に抗議がされた。

 そこで番組で昼間、猿山をO公園に連れて行き、地蔵に頭を下げる姿を撮影し、謝罪文と共に番組ホームページに掲載した。

 しかしそれでも悪質なイタズラは止まらず、しかしイタズラは放送以前からあったものなので、番組、テレビ局も、それ以上の謝罪は行わなかった。

 

 それでも、祟りに遭って誰かが死んだだの、けがをしただのといった話は出なかった。


4、不吉の影

 4月、猿山一郎が冠番組を得て絶好調の波に乗った、ちょうどその頃からだった。

 猿山は、どことはいわず、一人でいる時にふと誰かの視線を感じるようになった。

 テレビ局の楽屋で、廊下で、家の居間でくつろいでいる時に、

 背後から誰かが見ているような気がして、振り向くと、誰もいない。

 おかしいなあ、と思ったが、まあ気のせいだろう、と考えた。

 その時はたまたま一人でも、周囲には誰かしらいた。常に忙しく人が行き交っているテレビ局はもちろん、

 猿山には一緒に暮らしている、結婚を考えている恋人がいた。

 笹原真弓という、旅行会社の支店に勤めるOLだ。猿山より2つ年上で、これまでろくに稼ぎのなかった猿山を経済面でずっと支えてくれてきた。特別美人でもないが、感じのいい女性で、一緒にいると心が安らぐ。

 猿山はレギュラーを得た機会に、きちんとプロポーズして、正式に籍を入れるかと考えていた。

 

 それはちょっと、遅きに失したようだ。

 

 最近急に忙しくなって二人でゆっくり食事をするのもままならない状態が続き、ようやく時間が空いて、近所の洋食屋で夕食をとることにした。

 その席上、猿山からプロポーズしようと思っていたのだが、どうも真弓は調子が良くないらしく、注文もあっさりした控えめの物だった。

「なんだよ、もう金の心配しなくていいんだからさ、もっと豪華なの頼めよ?」

 猿山が冗談まじりに言うと真弓は静かに微笑み、料理が揃って、猿山はワイン、真弓はミネラルウォーターで乾杯すると、真弓が言った。

「あのね、わたし、…………できちゃったみたい……っていうか、できちゃったんだけど…………」

 上目遣いに反応を伺う真弓を、猿山はギョロ目をまんまるにして見つめた。

「ほんとか?」

「うん……」

 猿山は天井を仰いで後頭部に手をやった。

「まいったなあ」

 そして、スーツの内ポケットから四角い布ばりの小箱を取り出すと、腕を伸ばして真弓の前のテーブルに置いた。

「かっこわりいじゃねえかよ」

「開けていい?」

 猿山は頷き、真弓は箱をパカッと開けた。中にはダイヤの指輪が入っていた。

「わたしに?」

「俺におまえ以外、誰がいるんだよ」

「ありがとう。嬉しい……」

「こっちこそ、ありがとう」

 二人にとって生涯の思い出となる食事になった。

 

 猿山の頭から、妙な視線のことなど、すっかり消え去っていた。

 

 

 

 7月。そろそろあのロケから1年が経とうとしていた。

 あのロケの取材を担当したのは「V(ブイ)メディア」という映像制作会社で、番組制作の下請けの下請けという立場の、社員20名ほどの会社だった。

 その日、Vメディアは2つのVTR制作の仕事を受けていて、10名ずつ、2つの班に分かれて、それぞれ関東北部と中部地方にロケに出かけていた。

 奇しくも両方とも夜景の撮影があって、帰宅の途についたのはどちらも11時を過ぎていた。

 どちらも車2台、前後に連なって、交通のまばらになった国道を走っている時だった、前の1台が大型トラックの後ろについてしまい走りづらいなあと思っていると、突然トラックが急ブレーキをかけ、2台の車は次々衝突してしまった。

 それが11時40分。両方ともである。そっくりの状況で、同じ時刻に、同じ事故に遭ったのだ。

 どちらも警察の検証を受けて、急ブレーキをかけたトラックの運転手は、

「急に視界が暗くなって前がよく見えないなと思ったら、赤い光が迫ってきて、てっきり前の車がブレーキをかけたと思ったんで、こっちも慌ててブレーキを踏んだんです」

 と、同じような証言をした。どちらの運転手もアルコールの反応はなく、薬物の反応もなかった。

 衝突した2台掛ける2班、全員が首を傷めて病院行きになった。

 中でも8人、特にひどく、

 事故後、社に連絡して、もう一方の班でも同じような事故を起こしていたことにお互いに驚いて、

「ひどい目にあったなあ」

 とお互いにいたわり合ったのだが。

 翌日、大半の者が首にギブスをした異様な状態で会社に集まって、そこで、

「なあ、これって、もしかして……」

 と、青い顔を見つめ合った。

 特にひどく首を傷めた8人というのが、全員、O公園のロケに参加していたメンバーだったのだ。

 あのロケからちょうど1年になろうかという頃だ。

「おいおい、今さらかよ? 勘弁してくれよ……」

 ひどい目にあったと思いながら、これで自分たちの祟りは終わりであってほしいと強く思った。

 

 

 猿山の好調は続いていたが、やっぱり思い出したように視線が気になった。

 やはり子どもができたというのが気持ちを弱くしたのか、以前よりもやたらと気になり出した。

 視線を感じると、さっ、と素早く振り向いた。

 誰もいない。

 楽屋で、廊下で、居間で。

 しかし、ちょっとした暗がりに、何者かが身を潜めてじっとこちらを伺っているのではないかと、じいっと、疑り深く、念入りに見つめるようになった。

 そして、鏡だった。

 テレビ局でトイレに入り、用を足して、手を洗い、何気なく前の鏡を見ると、ふっ、と、黒い影が後ろを横に去るのが見えた。

 急いで影が去って行った方を見ても、やはり誰もいない。

 しかし猿山のこめかみには冷たい汗が流れていた。

 

 それから猿山は鏡の中に頻繁に黒い影を見るようになり、家の風呂場で体を洗っているとき背後に立っているのを見たのにはさすがに声を上げてしまった。

「幽霊なんかいるか!」

 と豪語していた猿山だったが、

 

 どうやらいたようだ、

 

 と、認めざるを得なかった。



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